2011年12月28日水曜日

朝日新聞夕刊の10年後の記事

先日、朝日新聞夕刊のトップページに「素粒子」という小タイトルで、10年後について以下のことが列挙されていた。興味があり記載してみた。
10年後、①崩れた核燃料の取り出しは始まっているか。②非難した住民は戻っているか。③三陸の漁港に魚は揚がっているか。④金正恩体制が続いているか。⑤普天間基地はなくなっているか。⑥米国産の食品が並んでいるか。⑦消費税は10%以上か。⑧自動車は電気で走っているか。⑨気温が上がっているか。⑩生物のいる星が見つかっているか。⑪大地震が起きて、また原発が壊れていないか。これ以外に「八ツ場ダムがそびえているか。」があったがすでに動き出しているので省いた。
予想がつきそうなものもあるが、はたして10年後はどうなっているのであろうか? 
自分もだんだんと高齢になり10年後、どうしているのだろうか。 はたして元気に生きているだろうか? 死んでしまっているのだろうか? それとも生きていても病気で苦しんでいるのであろうか? 一番気になるところだ。

2011年12月24日土曜日

「楽しいおもちゃ作り」教室開催

作った連タコを揚げて喜ぶ子どもと両親
10時~12時、今年度第5回目のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」(枚方市主催)を「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)で開催。今回、ゴミ袋などを使って「連タコ」作りをして子ども達と一緒に楽しく遊んだ。参加者は子ども13名+保護者7名の計20名、SAひらかたのメンバーは10名であった。
毎回、保護者からアンケートを取っているが、全員から「大変楽しかった」「楽しかった」との回答が得られ、また自由記述欄には「簡単に連タコが作れ、上手く飛ばすことができて子どもは大変喜んでいました。家でも作ってみたいです。」「いつも優しく、丁寧に教えてくださり感謝しています。今後も楽しい企画を楽しみにしています。」「作ったタコがよく飛んだので夢中になりました。ありがとうございました。」などがあり、いつものことであるがやり甲斐のあるおもちゃ作り教室だった。次回は来年3月24日(土)「玉ころがし」作りの予定。

2011年12月18日日曜日

「第九ひろしま2011」に参加

聴衆とともに歌い上げた「第九ひろしま2011」
「第九ひろしま2011」(中国放送、中国新聞社主催で27回目)が18日、広島市西区の広島サンプラザであり参加した。(今回で3回目)
ベートーベンの交響曲第9番「合唱」を指揮者は円光寺雅彦氏、ソリストは市原 愛(ソプラノ)・坂本 朱(アルト)・水口 聡(テノール)・河野克典(バリトン)氏、演奏は広島交響楽団。北は北海道、南は鹿児島から参加した6~88歳の合唱団約1400人が参加し、総立ちになった聴衆約3300人とともに、最高潮の第4楽章で「歓喜の歌」(M部)を高らかに歌い上げた。
年末恒例となったこの演奏会であるが、ことしはまず、東日本大震災で亡くなった人たちの慰霊と復興への願いを込めて、モーツァルトの賛美歌などが演奏された。また、被災地から仙台フィルハーモニー管弦楽団のファゴット奏者水野一英氏も招かれて演奏された。
最後に「蛍の光」を聴衆とともに歌い、終了後合唱団の人達で乾杯(ビールやお茶)し、今年の「第九ひろしま2011」が締めくくられた。
このコンサートの模様は、RCCテレビで24日午後3時から、RCCラジオで25日午後7時から放送されるが、近畿では見られないのが残念。
写真は合唱団と総立ちになった聴衆が「歓喜の歌」を歌い上げた「第九ひろしま2011」、この写真は中国新聞からお借りした。

2011年12月17日土曜日

「ひろしま第九」のついでに呉市へ

てつのくじら館に展示の潜水艦「あさしお」と操縦席
17~18日、RCC(中国放送・中国新聞主催)の第27回「ひろしま第九」があり、17日阪急交通社の広島1泊2日フリープラン(7時35分発ひかり「広島」行き、帰りは20時1分発ひかり「名古屋」行き、宿泊は広電の銀山駅で下車5分のところにある「コートホテル」、費用は18800円で3年前16800円だったので、2000円高かった)を利用し行って来た。
17日はリハーサルまで時間があるため一度呉市を訪れて観光したいので、広島駅に9時5分に着き次第、荷物をコインロッカーに入れ呉市へ。
観光コースはてつのくじら館(海上自衛隊呉史料館、無料)→大和ミュージアム(ここからレンタルサイクル)→海上自衛隊呉地方総監部(旧呉鎮守府)前→歴史の見える丘→入船山記念館→市内れんがとおり→呉中央桟橋ターミナル。「歴史の見える丘」から「アレイからすこじま」まで行きたかったが、潜水艦が日曜日しか見られないこともあってやめた。
てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)では、潜水艦と掃海を展示する史料館。ここでは主に潜水艦「あさしお」(排水量2250t、長さ76.2m、幅9.9m、深さ10.2m、乗員75名)が入口に展示され、巨大な外観や内部の寝室、食堂、トイレ、洗面所、操縦室などが見学できた。大和ミュージアムは、呉が生んだ世界最大の戦艦「大和」を中心に、明治以降における日本の近代化の歴史や「呉の歴史」などを紹介していた。ここではなんと言っても10分の1の戦艦「大和」が見ものだった。歴史の見える丘では、戦艦「大和」を建造したドッグ跡をはじめ呉港を一望できるところであった。入船山記念館は旧鎮守府の司令長官舎で、国の重要文化財になっており館内はもちろんのこと、歴代の司令長官の展示などもみることが出来た。これらを見学し、この呉に海軍が置かれた経緯や海軍の歴史(経緯)などを改めて学ぶことが出来た。今週12月23日に公開される映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」も、この呉にて多くのシーンの撮影が行われたとのことで楽しみだ。

2011年12月12日月曜日

第12回「淡路島一周ウオーク」へ

海岸沿いをウオークする人達が延々と続く
第12回「淡路島一周ウオーク」(約11km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・枚方高槻茨木方面からバス4台で約100名。前回よりも少ない参加者だった。
行程は枚方7:15発→高槻→茨木→途中室津サービスエリアでトイレ休憩後、出発点の多賀の浜海水浴場に到着。この多賀の浜海水浴場を10時45分にスタート→平見神社・法華寺→明神崎→五斗崎→都志海水浴場→高田屋嘉兵衛翁記念館駐車場に13時に到着(約11km、2時間15分のウオーキング)。バス内で昼食後13時50分に出発し、長林寺・智禅寺を参拝。15
時15分出発して途中淡路ハイウェイオアシスで休憩・買い物し、枚方には18時15分過ぎに到着した。天気もよく、風もなく寒くもなかったので絶好のウオーキング日よりであった。
これで淡路島一周のウオーキング距離は約136km、余すところ3回(1月:11km、2月:13km、3月:10km)の34kmとなり、来年の3月で一周が終わる。次の目標のウオーキングはどこにするか考える時期に来ている。案としては、愛知県岡崎で止まっている東海道53次の再開、伊勢神宮参拝道、しまなみ海道である。

2011年12月4日日曜日

第29回「サントリー1万人の第九」

「1万人の第九」に参加のメンバーと記念写真
第29回「サントリー1万人の第九」演奏会に参加(11回目)。東日本大震災の被災地と阪神大震災を経験した関西を映像でつなぎ、大阪城ホールを主会場に初めて仙台市青葉区の宮城学院女子大にも会場が設置され、宮城、岩手、福島県から約200人が合唱団として参加。演奏会の概要は、第1部のオープニングとして、スーパーキッズ・オーケストラによるバッハ「G線上のアリア」の演奏のもと、福島在住の詩人・和田亮一氏が、現在の南三陸の防災避難ビルの前で『高台へ』を朗読された。迫りくる津波の恐怖の中で、最後までみんなに高台へ避難する様に必死に放送を続けた女性(役場に勤めていたある女性)、そして帰らぬ人になったことを書いた詩『高台へ』(高台へ非難してください!、高台へ非難してください!)である。この朗読で指揮する佐渡さんの目にも涙が滲んでいたし、小生も目頭が熱くなった。 朗読が終わり全員で1分間の黙祷をささげた。
大震災が起き、佐渡さんから是非とももう一度「LOVE STORY」「Jupiter」を歌ってほしいと昨年に引き続き平原綾香さんをゲストに迎え、まず『おひさま~大切なあなたへ』、『LOVE STORY 交響曲第9番第3楽章』、『Jupiter』を指揮は佐渡裕さん、演奏は1万人オーケストラで、『Jupiter』の合唱には1万人の第九合唱団も加わり素晴らしい歌声がホールに響きわたった。
第2部は佐渡さんの指揮のもとに「第九」、「故郷(ふるさと)」を演奏し約1万人が大合唱。仙台会場の参加者もその中継映像を見て声を合わせて歌っていた。今回のソリストは、横山恵子・手嶋眞佐子・西村 悟・甲斐栄次郎氏、最後に「蛍の光」を全員で合唱しすべて終わった。今年は特別に感動する第九で、心に残るものだった。
座席は7年間アリーナ席であったが、今年はスタンドのF4列16番(バスの右端の方)だった。アリーナ席のパイプ椅子と違って、座り心地も間隔もあり席への出入りもできやすくてよかった。テレビに映ることはない位置だが、スタンド席もよいものだ。
第九を歌って12年、36回目の参加で、あと18日の「ひろしま第九2011」(37回目)を残すのみとなった。 写真は「1万人の第九」に参加のメンバーとの記念写真。

2011年11月30日水曜日

映画「プリンセストヨトミ」の再鑑賞

茶店で大阪城をみながらソフトクリームを食べるシーン
11月中旬に映画「プリンセストヨトミ」のDVD(スタンダード版、プレミアム・エディション版)が発売され、スタンダード版を入手。自宅で再度鑑賞した。
この映画は、エキストラで知り合ったKさんから借りたDVDの「撮影日誌」によれば、2010年7月23日彦根城でロケがスタートし、最後日は9月10日東京丸の内で終わり撮影日数42日間、総エキストラ数約9,300名、2010年夏の大阪の猛暑日数(35°以上の日数)31日の記録的な暑さの中、大阪・京都(東映撮影所)を中心に撮影が行われ完成したとのこと。
この記録的な猛暑の中、8月14日の大阪府庁、25日の大阪城前の「豊城園」(茶店)、26日の大阪城極楽橋、28日の大阪府庁、9月7日の京都東映撮影所での撮影にエキストラとして参加した。スクリーンに映ったのは、25日大阪城前の「豊城園」(茶店)で、会計監査の仕事も終わり3人(会計監査員の堤・岡田・綾瀬さん)が大阪城をみながらソフトクリーム、タコ焼きを食べるシーンで、3人の後の茶店左横の自動販売機から夫婦役で一緒に出て、しばらく立ち止まって話し合って横に出ていくシーン。(写真のシーン、手ぬぐいを被っているのはタコ焼き屋の兄ちゃんこと玉木宏さん) また、同じく大阪城をみながらタコ焼きを食べる鳥居会計監査員(綾瀬さん)の後の同じ茶店左横の自動販売機から出て、まっすぐ出ていくシーンも少しであるが映っていた。
28日の大阪府庁では、最前列にいたので映っていると思っていたが、残念にも役者の位置関係もあって見当たらなかった。 しかし、「撮影日誌」ではバッチリとアップで映っていて、その時の様子も分かりよかった。
今回、エキストラが約9,300人参加したと言われている中で、スクリーンに映ったのは非常にラッキーであり、よい思い出が残る映画となった。

2011年11月26日土曜日

邦楽の「三曲演奏会」へ

三曲演奏会での演奏風景
第九の知人でFさん(「三曲演奏会」に出演)からNHKホールでの第53回各派合同「三曲演奏会」(朝日新聞厚生文化事業団主催)のチケットが届き、特に予定もなかったので聴きに出掛けた。
演奏は、「秋韻」(宮城道雄作)から「落葉調」(実兼咲山作で新都山流大阪府支部が演奏)まで12曲演奏され、箏・三絃・尺八の合奏を楽しんだ。

2011年11月25日金曜日

心肺蘇生法・AED講習会に参加

3グループに分かれて心肺蘇生・AED講習
ナルク「天の川クラブ」主催で、「きらら」(枚方市立生涯学習情報プラザ)の勤務者を中心に実施されたので参加。参加者は30名。
心肺蘇生法やAEDの使い方に関するビデオをみてから、3グループに分かれて枚方・寝屋川消防署の人(隊長と署員2名)から心肺蘇生法やAEDの使い方を、それぞれ説明を受けて全員が実技体験(各1時間の計2時間)をした。(約3時間の講習会)
この講習は、もう6~7年前に講習を受けたが、忘れているところもあり勉強になった。

心肺蘇生の方法は、倒れた人を発見→周辺の危険はないか確認する→額に手をやり肩などを叩いてどうしました?大丈夫ですかと、3回ほど聞いて(反応がない場合)→周囲の人に119番通報とAEDを頼む→呼吸しているか鼻先に耳を近づけ、胸をみて約6秒確認する(呼吸していない場合)→①鼻をつまんで口から息を2回入れる→②乳頭と乳頭の間に左手を下に右手を重ねて約4~5cm程度(胸部約3分の1)へこむように30回(1分間に30回程度)繰り返す→①と②を繰り返し→AEDが来たら、傷病者の頭の近くに置いてチャックを開け本体とパットを取り出す(本体の取り出しはしなくてもよい)→本体の電源をON→音声に従い電極パットのコードを本体の電源プラグに差し込む→電極パットを右肩、左下に貼り付ける→心電図の解析が始まり、「傷病者から離れてください」とのメッセージが流れるので、周りを確認、その間AEDは電気ショックが必要か調べる→必要とのメッセージが流れると、自動的に充電を開始→充電が完了すると「細細動ボタン」を押してくださいのメッセージに従い押す。その後もメッセージに従って行う。心肺蘇生法やAED操作は、やれば簡単であるが、実際に遭遇したとき、慌てずにうまくいくだろうか? 機会があれば何回も受けて訓練しておくことが必要だ。

2011年11月21日月曜日

第11回「淡路島一周ウオーク」へ

「野島断層保存館」前に集合の参加の皆さん
第11回「淡路島一周ウオーク」(約14km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面からバス4台で約120名。月曜日でもあり、いつもよりか少ない参加者だった。
行程は枚方7:15発→高槻→茨木→途中淡路サービスエリアでトイレ休憩後、出発点の「北淡震災記念公園」に到着。「野島断層保存館」前を10時35分にスタート→朝の漁港→育波・藤本水産に11時45分に到着後買い物し、近くの育波漁港・公園で昼食。12時30分に出発→室津漁港→室津公園→枯木神社→尾崎漁港→群家公園(淡路城)→終点の多賀の浜海水浴場に14時20分到着。(約14kmウオーキング)。

14時45分に出発して「パルシェ香りの館」を見学して、15時20分出発し帰路についた。枚方へは18時15分過ぎであった。
これで淡路島一周のウオーキング距離は約125km、余すところ4回(12月:11km、1月:11km、2月:13km、3月:10km)の45kmとなり、来年の3月で終わる。次の目標のウオーキングはどこにするか検討の時期が来ている。

2011年11月17日木曜日

親鸞聖人750回大遠忌法要参拝

御影堂内(仮設)で参拝する人達
京都西本願寺にて親鸞聖人750回大遠忌法要が、今年の4月9日から始まり11月16日(65日間)で終わるため、50年に1度の大遠忌であり参拝に出掛けた。午前と午後の2回行われていたが午後2時半からに参拝。地方からの信徒(約3000名と司会者から発表)が、広い御影堂内やその前後左右に仮設の参拝席が作られ、そこに着席して参拝。
大遠忌は「宗祖讃仰作法(音楽法要)」で行われ、「宗祖御消息」、「頂礼文(ちょうらいもん)」、「表白(ひょうぴゃく)」、「正信念仏偈(ぶつげ)」、「和讃・念佛」、「回向文(えこうもん)」、「宗祖御消息」であった。
750回大遠忌のスローガンは親鸞聖人のお言葉「世のなか 安穏なれ」だった。知っているようで知らない親鸞聖人の生涯と教えを、この機会にもう少し深く学びたいと思う。

2011年11月12日土曜日

はじめてのクルージングを楽しむ

大阪北港ヨットハーバーでのCASABLANCAⅡ
知人のKさんが所有しているヨットにはじめて乗船。今回乗船したのは女性2名とヨット所有の夫妻の計5名。このヨットは1996年に29フィートで仏べネトウ社製の中古ヨットが売りに出され購入(小型のベンツ並の価格)されたCASABLANCAⅡ。それ以来15年乗られて船として進水してからは22年経過しているが、まだまだ乗って楽しめるヨットとのこと。
枚方からヨットが係留している西宮ヨットハーバーへ、そこから大阪北港ヨットハーバーへ約1時間半の往復クルージングを楽しんだ。天候は最高に良かったが、風がほとんどなく穏やかな湾(海)でセール(帆)を揚げても進まないので途中からエンジンでのクルージングだった。セール(帆)を揚げてのかっこよいクルージングを期待していただけに少し残念だった。昼は北港ヨットハーバーで係留しヨット上でバーベキュー、帰りの途中では舵とりの体験もして楽しんだ。
若い頃に少し憧れでもあったクルージングをはじめて体験、いいものだなあーと思ったが、今からではこの歳だし、お金もかかるし無理。たまに乗せてもらうか、ヨットハーバーに行けばヨット体験として乗れるので、それしかないかと思う。

2011年11月10日木曜日

MBSTV木曜ドラマ「ランナウェイ」

新鴨野橋横の屋台でお好み焼きを買うエキストラの皆さん
TBS系(MBS)TVで10月27日から始まった「ランナウェイ~愛する君のために」が第3話(大阪)として放送された。このドラマに25日、午前中は大阪駅ステーションシティの5F時空の広場、午後(夕方)はOPBの新鴨野橋横であり通行人(客)として参加。参加者はそれぞれ約70名(女性約80%)。この「ランナウェイ」の物語は、理不尽にも無実の罪で逮捕され、北九州の刑務所に収監されてしまった4人の若者たちが愛する者のため、それぞれの目的を果たすため、脱獄。脱獄を果たした4人は、同じく理不尽な環境にいる1人の少女と出会い、度重なる試練を乗り越え、北九州~四国~大阪~京都などを巡りながらそれぞれの目的地・東京(北九州から1000km)を目指すというもの。今回は3話が放送された。あらすじは手に入れた5千万円を持ったまま、空哉(上田竜也)が姿を消す。激しく怒るリュウ(塚本高史)をなだめながら、アタル(市原隼人)たちは空哉の地元であり、次の金を埋めてある場所でもある大阪に向かう。一方、金を持ち出した空哉は妹の香澄(小松美月)と通天閣の展望台で会い、自分の借金のせいで家も店も手放した母昌江(室井滋)が、大阪城近くでお好み焼きの屋台を出して、働く続けていることを聞く。お金を埋めてある場所が屋台の横であり、3人と少女はその屋台で働き、お金を掘り出す。そこ(屋台)に空哉が出向いて母に無実であること伝え詫びるが、そこに刑事達が迫ってくる。母は無実であれば逃げろと言い、4人と少女はその場を立ち去り、バスに乗って京都に逃げる。この後は第4話として続く。
大阪駅の5F時空の広場では、空哉の前を通る通行人として後姿がはっきりと映っていた。夕方、OPBの新鴨野橋横の屋台でお好み焼きを買う客として小さく映っていた。この日の夕方は、寒気が流れ込んだ影響で風も強く大変寒かった。(上の写真)

2011年11月3日木曜日

淡路島の岩屋~野島ウオーキング

野島断層ゾーン
10月の第10回「淡路島一周ウオーク」(約11km)に参加できなかったため、その分のウオークに行った。
車(運転手付)で枚方8時前に出発し、第9回の到着地点の道の駅あわじ・松帆アンカレジパーク(明石大橋の真下のパーク)に10時前に到着、トイレ休憩後10時10分にスタート。途中大川公園で小休憩し野島断層の「北淡震災記念公園」に12時半到着。(約11kmのウオーキング)その後、野島断層保存館の野島断層の保存ゾーン、メモリアルハウス、震災の各展示などを見物、また震災体験館では震度7の体験もした。現地を午後3時前に出発し、枚方には5時前に帰った。 次回(11回目)はツアーに参加するつもり。

2011年11月1日火曜日

尺八・流祖中尾都山邸跡へ

流祖中尾都山邸跡(伊加賀からここに新築したらしい)
先日、都山流尺八演奏を聴きに行ってから、流祖中尾都山が枚方出身であることを思い出し、ホームページで調べてみるとその邸跡が現存することが分かり見に行ってきた。
枚方市駅から徒歩約5分の岡東町(野村証券前の道を西に約50m入った市営岡東自動車駐車場前)に当時の各地の幹部会より寄贈された鳥居、灯籠、狛犬、玉垣等のある流祖都山邸跡(約60坪)があった。
ホームページによると流祖中尾都山は、1876年(明治9年)10月5日、大阪府茨田群伊加賀村(現枚方市伊加賀)で、父中尾治郎平、母み津の次男として誕生、本名は中尾琳三。1894年(明治27年)17歳で虚無僧行脚、1896年(明治29年)20歳で大阪・天満此花町にて都山流尺八指南の看板を掲げて創始、それまで口伝のみで伝えられていた地歌、箏曲、その他を楽譜におこし1903年(明治36年)26歳には独立した尺八の本曲を作曲発表した。1915年(大正4年)~1916年(大正5年)38~39歳でロシア・朝鮮満州への演奏旅行、1922年(大正11年)45歳で本部を東京に移転、1945年(昭和20年)68歳で東京より枚方に転居、1949年(昭和24年)72歳で枚方から京都北区紫野へ転居、1956年(昭和31年)享年80歳で逝去。
寄贈された鳥居、灯籠、狛犬、玉垣等のある流祖都山邸跡前は車や人の往来が多いが、静かにたたずんでいると、その当時の華やかな栄光の面影が浮かんでくるようだった。この邸内には鍵がかかっていているので入ることが出来ない。ここの管理・所有者は都山流四代目か、新都山流三代目かのどちらであろうか?

2011年10月30日日曜日

「都山流尺八楽」定期演奏会へ

尺八・筝合奏の様子と宗家(中央)のあいさつ
新都山流大阪府支部主催の第33回「都山流尺八楽」定期演奏会が京阪天満橋駅近くのエル・おおさか(大阪府立労働センター)の「エル・シアター」であった。この演奏会に出演する「なにわ第九を歌う会」のメンバーの人から聴きに来てほしいとのことでチケットを送ってもらい、何十年ぶりに聴きに出かけた。
演奏は序曲として本曲「八千代」、「牡丹」、本曲「平和の山河」、長唄「越後獅子」、「遠砧」・・・・・など全部で19曲が演奏された。知っている曲もあり、久し振りの尺八演奏を楽しく聴くことが出来てよかった。途中で新都山流初代宗家中尾都山(三代目 美都子氏)のあいさつもあった。
学生で18歳頃に「軟式テニス部」でテニスに明け暮れていたが、他に何かやりたいとの思いで「尺八部」に入部し、尺八の先生に教えてもらいながら猛練習し、部員と一緒に秋の文化祭などで尺八と筝との演奏会もやり楽しかった思い出がある。会社に入ってからは、尺八の先生を探そうと流祖中尾都山の出身地である枚方市駅近く(岡東町)の中尾家(その時の宗家は京都に移住、行った家は親戚?)に行って、出来るだけ寮に近い(京阪古川橋)先生を紹介してもらい習い始めた。約3年通って免許も「初伝」→「中伝」→「奥伝」の手前となり、名前も先生の「蒋山」の一字を入れて「蒋栄」としたが、その頃から仕事も忙しく、また夜学に通いだしたため全く練習が出来なくなりずるずるとサボり、結果的にはやめてしまった。その後、またやろう、またやろうと思いながら今日に至っている。
今思えば、あの時しんどかったが続けてやっておけば、今頃は免許も「師範」以上になって、名前も「栄山」と付けられ変わっていただろうにと少し悔やまれる。その当時に買った尺八(確か1万円程)はガラス戸棚に置いたまま眠っている。

2011年10月25日火曜日

TBS系TVドラマのエキストラ参加

撮影が行われた大阪駅の時空の広場
(立っている人々がエキストラ参加の人)
TBS系TVで10月27日から始まる新番組「ランナウェイ~愛する君のために」の大阪での撮影が行われ参加した。午前中は大阪駅ステーションシティの5F時空の広場、午後はOPBの新鴨野橋であり通行人として参加。参加者はそれぞれ約70名(女性約80%)。
TBSのサイト(HP)にこの番組の「ランナウェイ~愛する君のために」について詳細に掲載されている。その中で、浅野プロデューサーからの記事(10/17)として、渡る世間は鬼ばかりの枠が装いもあらたに木曜ドラマ9となりました。その第一弾が「ランナウェイ」。物語は、理不尽にも無実の罪で逮捕され、北九州の刑務所に収監されてしまった4人の若者たちが愛する者のため、それぞれの目的を果たすため、脱獄をします。脱獄を果たした4人は、同じく理不尽な環境にいる1人の少女と出会い、度重なる試練を乗り越え、北九州~四国~大阪~京都などを巡りながらそれぞれの目的地・東京(北九州から1000km)を目指します。こうした彼らの戦う姿を友情や家族愛などを盛り込みながら描いていきたいと思っております。すでに1話の北九州ロケはすでに終えていますが、素晴らしいシーンが撮れています。必ずや面白いドラマを皆様にお届けできると確信しておりますので、よろしくお願いいたします!!』と掲載されていた。
毎週木曜日の9時から『渡る世間は鬼ばかり』を楽しみにみていたが、それも終了してしまい1つの楽しみがなくなったと思っていたが、今回このドラマが放送されるので楽しみにしたい。また、今回の大阪での撮影がどのように撮られ映っているかも楽しみだ。

2011年10月23日日曜日

「枚方フィルハーモニー管弦楽団」定期演奏会へ

第74回定期演奏会のポスター
午後2時から「枚方フィルハーモニー管弦楽団」の第74回定期演奏会が枚方市民会館であり聴きに行った。(無料)
演奏曲はブラームス作曲の大学祝典序曲、ドリーブ作曲の組曲「コッペリア」より3曲、休憩後ブラームス作曲の交響曲第3番ヘ長調であった。クラッシック曲であり観客は少ないと思っていたが、以外にも会場はほぼ満席に近い状態で驚いた。久し振りにクラッシク音楽の演奏を楽しんだ。
この管弦楽団はホームページによると、『1954年(昭和29年)4人の若者が発起人となって枚方室内楽団を創設、団の充実に伴い枚方室内管弦楽団と改称し、現在の「枚方フィルハーモニー管弦楽団」に至る。団員は枚方市及び周辺都市にすむさまざまな年齢、職業の人で構成され、毎週1回の合奏を通じて音楽を楽しみ、団員相互の親睦を深めながら演奏技術の向上を図っている。活動は年2回の定期演奏会を中心に市の行事への参加、学校・幼稚園等への訪問演奏等も実施している。』と記載されていた。終了後、喫茶店でコーヒーを飲み、久し振りに枚方市駅から自宅まで約50分のウオーキングをした。

2011年10月22日土曜日

きららマナビスト講座の開催

おもちゃ作り教室の様子。
10時~12時、今年度第4回目のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」(枚方市主催)を「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)で開催。今回、牛乳パック、割りばし、串刺しなどを使った「4枚羽根風車」を作り、子ども達と一緒に楽しく遊んだ。枚方市の広報10月号に募集案内の掲載が手違いにより出来なかったため市の方でチラシを作成して枚方市の各小学校、生涯学習市民センター、図書館などに配布し募集を行った。その結果、いつもの広報での募集とは違い参加人員が少ないと思っていたが、以外にも子ども13名+保護者8名の計21名の参加がありよかった。毎回アンケートを取っているが、全員から「大変楽しかった」「楽しかった」との回答が得られ、やり甲斐のあるおもちゃ作り教室でよかった。次回は12月24日(土)「連タコ」作りの予定。

第10回「秋のつどい」2011に参加

櫻井暁美とギータンジャリダンサーズのインド舞踊
NALC「天の川クラブ」恒例の第10回「秋のつどい」2011が交野市「星の里いわふね」で約220名の参加のもと開催された。いつものように広報担当で写真・ビデオ撮影をしたが、今回は写真が趣味のKさんに写真を頼み、私はビデオを中心に撮った。(今年で8回目)
第一部は11時から開会され代表の挨拶、会長による乾杯後食事・懇談が行われた。食事の用意は各地区会の人達が、それぞれカレーライス・ヤキソバ・焼き鳥・焼肉・おでんを担当した。
第二部は12時45分から体育館にてオージンズ(中村・小松氏)のフォークソングの演奏が約10曲あり全員で歌った。そのあと櫻井暁美とギータンジャリダンサーズのインド舞踊を鑑賞した。(櫻井暁美氏の指導の下、様々な公演活動に出演しているインド舞踊団、ギータンジャリという意味は「歌の捧げもの」)
週間予報では雨との予報もあり一時心配したが、朝から昼頃までは晴れ、その後は曇り空になったが雨も降らず、参加の皆さんは楽しい一日を過ごすことが出来たようだ。

2011年10月16日日曜日

ひらかたNPOフェスター2011へ

ナルク展示ブースで80歳高齢者疑似体験
15日(土)~16日(日)、ひらかたNPOフェスタ2011が枚方市民会館・岡東中央公園・市役所別館前で開催され、15日は「被災地は今、そして自分ができること」についての記念講演、16日は展示・バザー・体験・模擬店・ステージなどがあり多くの市民で賑わっていた。
本日(16日)午後2時からナルク「天の川クラブ」が活動紹介の展示をしているため、説明員として出かけた。市民会館内での展示であったためか見学者も少なく暇であった。そのため他の展示ブースをみたり、以前にも体験した80歳の高齢者疑似体験をやったりして過ごした。

2011年10月15日土曜日

映画「一命」を鑑賞

津雲半四郎(市川海老蔵)の立ち回りシーン
本日一般公開された映画「一命」(カンヌ国際映画祭出品)を鑑賞。この映画は1962年に『切腹』というタイトルで仲代達矢主演、小林正樹監督により映画化された滝口康彦の小説『異聞浪人記』を、昨年の「十三人の刺客」などを手掛けた三池崇史監督が再映画化したもの。市川海老蔵と瑛太が、「切腹」という行為を通して武家社会という権力に立ち向かった寛永時代の浪人を熱演。ふたりのまっすぐな生き様を通して、世の中の不条理を問うもので、時代劇初の3D作品ということも話題に上がっている。
あらすじは、戦国の世は終わり、平和が訪れたかのようにみえた江戸時代初頭、大名の御家取り潰しが相次ぎ、仕事も家もなくし生活に困った浪人たちの間で「狂言切腹」が流行していた。それは裕福な大名屋敷に押し掛け、庭先で切腹させてほしいと願い出ると、面倒を避けたい屋敷側から職や金銭がもらえるという都合のいいゆすりだった。そんなある日、名門・井伊家の門前に一人の侍が、切腹を願い出た。名は津雲半四郎(市川海老蔵)。家老・斎藤勘解由(役所広司)は、数ヶ月前にも同じように訪ねてきた若浪人・千々岩求女(瑛太)の、狂言切腹の顛末を語り始める。武士の命である刀を売り、竹光に変え、恥も外聞もなく切腹を願い出た若浪人の無様な最期を・・・・・。そして半四郎は驚くべき真実を語り出すのだった。それは、その若浪人(瑛太)とは、雲半四郎(市川海老蔵)の娘婿で、妻(満嶋ひかり・若浪人の妻)が病気になり小さな子供をかかえお金がなく医者にかかるためにはどうしても金3両が必要となり、狂言切腹に及んだこと、それをここにいる誰一人として聞き入れてくれなかったことを切実に語るが、聞き入れてもらえず無礼者ということで斬られてしまう。
この映画をみて、武士の名誉を捨て一命を掛けて家族を守ろうとした男の姿に感動したし、また初めてみる市川海老蔵の迫力ある演技も非常によかった。
実話や話題性に富んだ映画を観に行くことにしているが、最近では「はやぶさ」「日輪の遺産」などを鑑賞したし、これからも「1911」、「山本五十六」など観たい映画が公開されるので楽しみだ。

2011年10月13日木曜日

高校クラス会「優遊三四会」に参加

後方の高台にあるのが、蒲郡プリンスホテル
蒲郡市の蒲郡プリンスホテルで高校のクラス会「優遊三四会」(第12回)があり出席した。出席者は当初17名の予定であったが、急きょ2名欠席で15名(男性6名、女性9名)。
今回、ゆっくりと行こうとJR京都駅で新快速に乗車したあと、米原駅と大垣駅で2回乗り換えし蒲郡駅で下車、所用時間は最寄りの京阪牧野駅から約4時間50分だった。(帰りも同じ)新幹線を使ってもよいが、たまにはゆっくりと行くのもそれなりに良いものだ。
出席者はいつもの顔ぶれで、久しぶりの再会でもあり懇親会(フランス料理)や二次会で話も弾み楽しいひと時を過ごすことが出来き、大変良かった。宿泊した蒲郡プリンスホテルは、昭和9年に建設された日本を代表するクラッシクホテルで、竹島や大島など三河湾が見渡せる高台にあり素晴らしい所。たまには、このようなホテルの宿泊もよいものだ。
蒲郡プリンスホテルの歴史は、このホテルのサイトに以下のように掲載されている。『昭和9年3月に営業を開始した「蒲郡ホテル」が前身です。 当時の外貨獲得政策の一環として外国人を多く来日させるリゾートホテル建設のため鉄道省に設置された観光局が、国際観光ホテル建設計画を発表して全国から名乗りをあげた40の候補地の中から、横浜、雲仙、大津とともに選ばれたのが蒲郡でした。大蔵省30万円、常盤館の経営でもあった名古屋の織物商・滝信四郎氏の私財から10万円、合わせて40万円の資金で着工。設計は元鉄道省の建築家久野節(くのみさお)氏と村瀬国之助技師、施工は大林組でした。当初の予定名称は、「蒲郡遊園地ホテル」でした。菊池寛、川端康成、志賀直哉、三島由紀夫などの文人が滞在し、作品を残した料理旅館「常盤館」(1980年廃業)の洋風別館的なスタンスで営業が開始されたこのホテルは、数多くの皇族(昭和32年天皇陛下が2日間宿泊など)、有名人に愛され、映画のロケなどが行われ、蒲郡のシンボルとして華々しい歴史を持つ一方、太平洋戦争開戦により日本陸軍病院に提供、米軍の接収など、悲運の歴史をたどります。石油ショック、その後の大不況のあおりを受け廃業。数年の後(昭和62年8月4日)、蒲郡プリンスホテルとして生まれ変わり、現在に至ります。また2007年11月に経済産業省より「近代化産業遺産」にも認定されました。』

2011年10月8日土曜日

朝日系TV「SP警視庁警護課」

特別講演会終了後、石鍋キリ子を見送るTVの
1シーンで、赤い服を着た女性が騒動を起こす。
(画像をクリックすると拡大表示します)
テレビ朝日系TVで土曜SPスペシャルドラマ(21時~23時の2時間ドラマ)、渡瀬恒彦・高畑淳子主演による「SP警視庁警護課」が放送された。
このドラマに1月31日、大阪OBPの円形ホール(旧MIDシアター)で撮影された石鍋キリ子(高畑淳子)の特別講演会及び2月3日大津市ピアザ淡海ホテル6Fクリスタルホールであった石鍋キリ子の弟・石鍋洋介の参議員補欠出馬決起集会にエキストラとして参加した。
1月31日の特別講演では、エキストラが約200名(男女半々か、女性が少し多い)が参加。石鍋キリ子の特別講演があり、終わって支援者が見送る中で、赤い服を着た女性が入り口付近からピストルらしきものをバッグから取出しかけて、すぐデジカメで写真を撮ろうとする。それをみたSP(竹内:渡瀬恒彦他)や警備員がキリ子を狙ったと思い取り押える。その女性は「写真を撮ろうとしただけなのに~」と叫び一騒動が起き、翌日の新聞に大きく報道され、SPとしての責務が問われる事態となる。
2月3日の石鍋キリ子の弟・石鍋洋介の参議員補欠出馬決起集会には、エキストラが約130名参加。キリ子が来場し弟の支援を訴えた演説を行い、壇上を降りて支援者にあいさつ回りをした時、変な男(犯人)がキリ子を狙ってピストルを発射しようとする。すぐSPがピストルを奪おうと襲い掛かり犯人の手を掴むが犯人は天井に向けて発射。今度はナイフを取り出して、キリ子に向かってくるのをSPの竹内(渡瀬恒彦)がかばって、横腹を刺されてしまう。場内は騒然となり救急車で搬送され大事件となる。
このドラマは「SP警察庁生活安全課・竹内警部補(渡瀬恒彦)は、過去にSPとして総理大臣の警護に失敗。その失敗のきっかけとなったのが、ストーカー殺人を未然に防げなかったという苦い過去を背負った男。その失敗が原因でSPとしては一線から遠ざかっていたが、再びそんな竹内をSPとして登用するのが、当時の総理大臣の娘で現在政治家になっている石鍋キリ子。そのキリ子は竹内たちのSPを尻目に突拍子で傍若無人な言動を慎まず他のSPたちは愛想を尽かしてるが、その奔放な言動の裏に政治家として一人の女性として、キリ子が抱えている悲哀を竹内は見抜いていく。そして、竹内は、まさに「動く壁」として命を賭してキリ子の警護につくというスケール感溢れるサスペンスドラマであった。
ただTVを観ているだけでは、多くのエキストラが写っていて画面の切り替えも早く、私の出ている顔や姿は見当たらなかったが、録画をよくみると数か所にわたって確認が出来た。

2011年10月5日水曜日

TVドラマのエキストラに参加

撮影が行われた神戸国際会議場メインホール
TBSのTVドラマのエキストラ(役割:舞踊会の観客)に参加。朝9時までにポートアイランド「神戸国際会議場」1階メインホールへ集合。参加者は約300名、男性は20~25%でほとんど背広・ネクタイ姿で有給休暇を取っての参加みたい?で、我々のような中高年の人は少なかった。女性も若い人が多く、男性と同じように中高年の人は少なかった。今回、家元の襲名披露舞踊会ということで、和服の男性(2~3名)や女性(8~10名)の参加があった。朝9時過ぎからメインホールで、舞踊会が行われたシーン(観客の入場、家元の着席、舞踊、事件など)が夜8時半前まで撮影された。予定では夜の7時までであったが、約1時間半もオーバーし、予定の7時に帰る人も多かった。帰ろうかと迷ったが最後まで参加したので、家に帰ったら10時半前、着席しているだけで何もしないのに大分疲れた。(撮影の詳細(俳優含む)は省略、詳しくは放送された後で。) 

2011年9月29日木曜日

「天の川クラブ」の地区会に参加

牧野阪の三浦蘭阪について講義する馬部氏
ナルク「天の川クラブ」の2地区会が開催され参加。(2006年3月にナルク「天の川クラブ」を活性化させるため「枚方市」という広い地域を小さな地区に分けることで「お互いに顔のみえる範囲での生き生きとした活動にしょう!」と枚方市を10地区に分けて、各地区での会合が行われ、活性化に向けての取り組みがされているもの。)
今年度、最初の会合で参加者は、会員数65名に対して20名、あと代表と地区会担当リーダーを合わせて計22名であった。
まず、「現在住んでいる地区を中心とした歴史を学ぶ」ということで、枚方市の市史資料調査専門員の馬部隆弘氏の講演が約1時間あった。話の主な内容は江戸時代(18世紀末)に牧野阪の医師で歴史家でもあった三浦蘭阪が活躍した内容が中心であった。今回、初めて三浦蘭阪がこの牧野で有名な人とは知らず、少し恥ずかしい感がしたが、この人の偉大さを学ぶことが出来たことはよかった。
その後、代表から「天の川クラブ」の近況報告、自己紹介、連絡事項などあり約2時間で終わった。次は来年3月に牧野公園(枚方八景の一つ)で桜見物をしようということで再会を約束し解散した。
『三浦家は、17世紀末頃より河内国交野郡坂村(現在の枚方市牧野阪)に居住し、代々医師をつとめていました。歴代当主のうち、18世紀末頃より活躍した三浦蘭阪(みうららんぱん)は、考古学や金石学(金属や石に刻まれた金石文を研究する学問)など歴史に強い関心を寄せるとともに、同好の士たちとの広い交友関係を持っていた人物として知られています。彼は各地に赴き、多くの遺物を拓本や模写によって写しとっています。また、その調査の過程で古文書も数多く集めています。なかでもとりわけ注目されるのは、平安~鎌倉時代の法隆寺文書です。これらは、古文書が記された当時の様子を知る材料となるだけでなく、蘭阪による調査の実態を伝える貴重な史料ともいえます。』(枚方市の関連サイトから抜粋)

2011年9月24日土曜日

2011パナソニックオープン観戦へ

2011パナソニックオープン会場の入口
2011 パナソニックオープンが9月22日(木)~25日(日)の4日間、滋賀県栗東市の琵琶湖カントリー倶楽部の栗東・三上コースにて開催されているので、初めて3日目の観戦に出かけた。自宅を7時半に出発し、第二駐車場(パナソニック㈱ホームアプライアンス社の駐車場)へ、そこから無料のギャラリーバスにて会場へ(約20分乗車)。入場券がないので、当日券(4,000円)を買おうと窓口に行くとある男性から、この切符もういらないのでどうぞと、もらうことができた。大変有難かった。感謝!感謝。
1STコース9時からスタートし、池田勇太・石川遼両選手とアマチュアの藤本佳則選手が5組目にスタート(9時40分)し、ギャラリーと一緒に回った。20歳になった遼君の人気はすごい、多くのギャラリーに囲まれてのプレーだった。3名とも昨日までのスコアーは1アンダーであったが、遼君の調子はもう一つで、素晴らしいティショットもあったが、松林に入れることもあった。しかし、それをうまく出して崩れないあたりはすごいものだ。本日の結果は石川遼選手は前半のアウトを1ボギー、1ダブルボギーで通算2オーバーにスコアを落として終えた。池田勇太選手も2バーディー、1ボギー、1ダブルボギーで通算イーブンパーに落とした。藤本佳則選手は2アンダーで頑張った。
ギャラリーは土曜日ということもあって子ども連れの家族、若いカップル、中高年の夫婦、若い女性や以外に中高年の女性連れなどすごい人、人だった。初めてのプロゴルフを観戦し、さすがに上手いし素晴らしいプレーするなあ~と感心した。
パナソニックオープンはアジア太平洋ゴルフ連盟、パナソニック株式会社、財団法人日本ゴルフ協会の主催で行われ、アジア太平洋地域のアマ・プロのトッププレーヤーが出場する、まさにアジア太平洋NO.1を決める大会となっている。また、この試合はジャパンゴルフツアーとアジアンツアーの特別協力により両ツアーの賞金加算対象競技となっており、両ツアーから参戦する選手たちが一段と白熱した戦いを繰り広げる。賞金総額1億5千万円、優勝賞金は3千万円。
昨年は最終日を首位から3打差の11位タイでスタートしたブレンダン・ジョーンズ選手が最終18番ホールまでもつれこむ接戦の末に逆転優勝であった。また、第2ラウンドではホストプロの石川遼選手がホールインワンを達成し、大会を大いに盛り上げた。第4回大会の会場となる琵琶湖カントリー倶楽部は、滋賀県初のゴルフ場として1959年に開場した関西の名門コース。今回は、老松でセパレートされた風格漂う栗東コース、ハザードが巧みにレイアウトされた難易度が高い三上コース、この2つの個性溢れるコースを使用する。(関連サイトから抜粋)

2011年9月15日木曜日

「1万人の第九」練習スタート

初めての練習風景
第29回「サントリー1万人の第九」(12月4日本番)の大阪3クラスの練習(経験者クラスで6回練習)がスタート。
この「サントリー1万人の第九」に2000年に初めて参加して以来、今回で11回目。
練習会場は京阪天満橋の府立労働会館エル・シアターホールで、今年は合唱指導が日本オペラ歌手の花月真さん、ピアノ伴奏は昨年と同じ三輪さんだった。指導者は第九合唱の本番の経験はないがソリストとして歌ったとのこと、オペラ歌手でもあり歌い方の指導もよく、昨年と違い非常によかった。
これから5回の練習と指揮者佐渡さんの特別レッスン、12月3日(土)大阪城ホールで全員集合による総合リハーサル、そして4日(日)が本番となる。写真はエル・シアターホールでの初めての練習風景。

安来節「どじょうすくい」ボランティア


敬老会で「どじょうすくい」を4人で踊る
(画像をクリックすると拡大表示します)
枚方ボランティアセンターからの紹介で、安来節「どじょうすくい」の踊りのボランティアに老健施設「安心苑」の「敬老会」(約30名のディーサービスを受けている人達)に出かけた。
8月7日に「老健ふじさか」の夏祭りにボランティアとして初出演して2回目。「どんぐり会」という4名(男性3名、女性1名)のメンバーで、だんだんと慣れて格好もついてきたが、簡単なようでやればやるほど、顔の表情や1つ1つの細かな動作が難しい。本当にうまく踊れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
持ち時間は約30分で、安来節「どじょうすくい」と「どじょうすくい」の2番目を職員へ指導し一緒に踊った。そして紙皿回しを全員に挑戦してもらい、何とか持ち時間をクリアーしたが、もう一つ持ち芸がほしいところだ。

2011年9月11日日曜日

第9回「淡路島一周ウオーク」参加

左上スタート点での説明、上ラジオ電波塔、
左下明石大橋、下岩屋神社の秋祭り
第9回「淡路島一周ウオーク」(約9km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面から土曜日ということもあって子どもたちの参加もありバス6台(約210名)、前回(8月)よりかバス2台多かった。
行程は枚方7:15発→高槻→茨木→途中トイレ休憩後、10時15分に第8回到着地点の道の駅・東浦ターミナルパークに到着→10時20分、注意の説明後出発→ラジオ関西・電波塔→淡路交流の翼港(小休憩)→岩屋神社(秋祭り)→岩屋港→12時40分に道の駅あわじ・松帆アンカレジパーク(明石大橋の真下のパーク)に到着(約9kmのウオーキング)。暑いため
昼食(弁当)をバス内ですませ、14時に出発し14時10分に淡路夢舞台・淡路島国営明石海峡公園に到着。東浦口ゲートから入場し、広大な公園で歩いても暑いので「奇跡の星の植物園」と「レストラン&ショップ」のみに立ち寄り、バス駐車場へ。 16時に出発し帰路に着いたが途中渋滞があり枚方には16時45分頃に到着。先月よりも約1時間遅かった。
今回も先月(第8回)と同様に朝から天候に恵まれたが、風もなくアスファルトのウオークは照り返しもあり、非常に暑くて疲れた。この暑さにはまいった。次回(10回目)は連れの都合が悪く、このツアーには参加せず、11月の初めに10回目(約11km)のウオークをする予定。

2011年9月6日火曜日

「上条麗子の事件推理9」のTV

琵琶湖競艇場で、渡辺徹さん(左は鳥羽潤さん)と
エキストラの皆で頑張れ!それ行け!と声援するTV画面
(画像をクリックすると拡大表示します。)
5月22日に琵琶湖競艇場でエキストラとして出演したTBS系月曜ゴールデン「上条麗子の事件推理9」が、5日の午後9時からMBS(毎日放送)から放送された。放送されて20分過ぎに尾崎健作(渡辺 徹)と武村浩二(鳥羽 潤、頭に包帯している)が琵琶顔競艇場に遊びに来て、尾崎は大当たりして喜ぶ姿、エキストラの連中は外れてがっかりする風景などが映し出された。写真は頑張れ!それ行け!もっと行け!などと声援するテレビの一画面(午前8時前の撮影、レースは行われていないので、スタッフがボートらしい紙をもって前を通るのをみて演技する。みんなうまく演技しているなあ~と大変感心)
このドラマは滋賀県の近江八幡へ出張した公認会計士の上条麗子(眞野あずさ)は、連続殺人事件に遭遇。会計士志願の尾崎健作(渡辺徹)と共に事件解決に挑むドラマであった。物事に動じず冷静な麗子と緊張感に乏しくマイペースな健作。コミカルな名コンビの明るく元気な活躍と他には荻野目慶子、寺田農らがゲスト出演し、味わい深いドラマとなっていた。
あらすじは、『近江八幡では県の所有地を払い下げることになり、麗子は入札候補の業者を調査することになった。その矢先、地元の関係者二人が次々と殺され、麗子は事件の真相を推理する。近江八幡の名物・近江牛の味噌漬けの肉が偽装されているらしいと気付き、麗子は肉の偽装と連続殺人に関わりがあるのでないかと疑い、解決していく・・・・・。』
近江八幡の名所と京都を巡りながら物語が進み、小船に乗る水郷巡り、彦根城、竹生島、長浜、日野の畜産技術振興センター、そして京都の街並みなど観光の情報も盛り込まれていた。滋賀県内の有名なところも撮影されてPRにもなったようだ。

2011年9月4日日曜日

「ふれあいきずな応援メッセ」参加

基調講演中の堀田力氏とふれあいきずなトークの様子
大阪市立北区民センターにて「ふれあいきずな応援メッセin近畿」というイベントがあり参加。
このイベントは未曽有の大震災から半年が経過しようとしている、この時点で再度、「市民がもっとも暮らしやすいまちを創造する」ために、お互いがやるべきことは何なのかを考える機会として行われた。
まず13:00からふれあい健康体操ということで、4つの体操(鉄板・きんとっと・明石焼・阿波踊り体操)が披露され、その健康体操の仕方の指導もあった。14:10~基調講演として公益財団法人さわやか福祉財団理事長の堀田 力さんからふれあいいきがい地域包括ケアの町づくり「復興支援に向けた3つの方向性」と題しての講演があった。(写真) その3つとは、①緊急支援の命を救うこと。(これは一段落した)②仮設住宅などの近くにふれあいサロンを新設して心のふれあい活動を行う。これは初めて8月27日釜石の運動公園に支援センターを開設し開始した。③福島県外に移住された人とのふれあい活動で、どのように支えていくかであり、これからの課題である。
15:00か「らふれあいきずなトーク」が堀田さんの司会で、山形・宮城・青森県から4名の大震災で活動しているリーダー(NPO法人の代表)が来館、震災発生から現在までの活動の様子や今後の課題は何かなどが語られた。一言でいえば物資の支援はもう不要、復興に向けた心の支援の輪を広げていくことの重要性を語られていた。
堀田さんとはナルク設立15周年記念大会が京都会館で行われた時に、初めていろいろと話をしたし、今回もトイレでバッタリ会って話した。堀田さんは1976年東京地検特捜部検事としてロッキード事件を担当、1990年法務大臣官房長に就任されるなど有名な方、刑事事件などがあるとよくNHKなどのテレビにも出られている。 大変気さくで話しやすい立派な人である。

2011年8月31日水曜日

京都「修学院離宮」の参観

「修学院離宮」の上空からの見取り図
約3カ月前にインターネットで申し込みしていた修学院離宮」(総面積54万5千㎡)の参観にはじめて出掛けた。10時50分集合し11時からの参観であった。参観者は10名(男性は私のみ)と少なく、男性の案内で下離宮(写真の左下)の寿月観→中離宮(写真の右中央)の楽只軒、客殿→上離宮(写真の左上)の大刈込、隣雲亭、窮邃亭(きゅうすいてい)、浴龍池、楓橋、西浜などを約3km(約1時間15分)歩いて観て回った。昭和39年(1964年)に上・中・下の各離宮の間に展開する約8万㎡に及ぶ田畑地を買い上げて付属の農地とし、景観保持をするためその田畑を買い上げた農家に格安(1a当り400円程度)で提供しているとのこと、京都市内にこのような広大な田畑があったことに驚いた。田圃では稲の刈入れ時期を迎え準備する農家の人々の姿があった。見所は下離宮の寿月観や中離宮の楽只軒、客殿、上離宮の隣雲亭、窮邃亭(きゅうすいてい)、浴龍池などで、モミジの木が多く、秋の11月中ごろから12月初めに訪れるのが最高と思われた。

2011年8月30日火曜日

府立大学校友会の懇話会に参加

大阪府立大学中之島サテライトの案内看板
大阪府立大学校友会(OB会)で、月に一度の懇話会(講演と懇親会)が中之島サテライトで開催されているので、今回はじめて参加。
会場の中之島サテライトは中央公会堂の裏側、大阪府立図書館の北隣にあり、京阪淀屋橋駅からも近く便利なところ。今回は朝日放送㈱でドラマ監督、プロデューサーのU氏(先輩の息子さん、府立大卒)の講演があり、大変興味があり出かけた。監督として1997年の「新・部長刑事」以降「土曜ワイド劇場」など多くの作品を作られ、今年はWOWOW連続ドラマW「CO 移植コーディネータ」、「土曜ワイド劇場~棘の街/刑事 上条元」があり、有望な若き監督さんだ。
講演のテーマは「ドラマとヤラセの関係」で、これを詳しく例を出して話され興味深く聞けた。例えば、街頭インタビューでは、新首相はどう思うか?との問いに「このように答えて・・・」とか言えない。言うとヤラセになってしまう。しかし、こちらが求めている返答がほしいがなかなかもらえないことがよくある。その場合、それに関する資料を事前に渡してから行うとかもよくする。また、以前某TVで納豆を食べると何キロやせたという放送がヤラセであったとのことで大問題になったことの話。カメラの位置(カメラに向かって正面、15度横向き、90度横向き)によって観ている側からの印象が違うことの話。ドラマはリアリティーに作ることの重要性などなどであった。
早めに会場に行ったので、U氏とあいさつ程度の話が出来たが、講演が終わってからもっといろいろと聞きたいことがあったが、他の人との名刺交換などがあり、ゆっくりと聞けなかったのが残念。またの機会に聞きたい。

「デジカメ写真の取込み講座」実施

「デジカメ写真の取組み・簡単編集」講座の風景
「きらら」で昨日29(月)と、本日も同じ「デジカメ写真取込み・簡単編集」講座の講師を担当。この講座は子ども達の春・夏・冬休みに2日程実施しているが、定員10名に対して数名のキャンセル待ちが出るほどで、開催の日を多くしてほしいとの要望が強い。年代は40~80歳代の幅広い受講者で、女性が約70%。
受講者にはデジカメとUSB接続ケーブルを持参してもらっての取込みであるが、USB接続ケーブルを忘れたり、デジカメの電池が切れかかっていたり、写真を撮ったままでメモリが一杯とか、随分古いデジカメの持参とか、デジカメの使い方が殆ど分からない人など、受講する基本的なことが出来ていない人がいて進めるにも苦労する。本日もこのようなことが多く、また途中で分からないと質問する人も多くありスムーズに進まず、2時間コースであるが予定の時間を大きくオーバーした。
そして、十分噛み砕いて説明し分かってもらったつもりでもアンケートには、「難しくて分かりにくかった」と書く人(2~3名、60~70歳代)があり、ガッカリ。しかし、若い人(40歳代)は理解も早く「詳しく説明してもらい、よく分かりました」と書いてくれる人もいるので、嬉しく思う。昨日はこのようなことが少なくて案外スムーズに進められたが、アンケートの結果は同じようなものだった。この2日間の講座も終わり、ヤレヤレといった感じだ。

2011年8月25日木曜日

「子どもおもしろパソコン教室」実施

 
「私の簡単なホームページづくり」教室の様子
きらら(枚方市立「生涯学習情報プラザ」)で夏休みの「子どもおもしろパソコン教室」『私の簡単なホームページづくり』を24日と25日の午前10時から12時まで実施(計4時間のコース)、その講師をつとめた。
小学6年生1名、小学4年生6名の計7名(1名欠席)の教室だったが、前回(昨年夏休み)と比較すると2名多かった。 作成したホームページのサンプルは こちら です。
当初は7月の夏休みが始まってからすぐ「子どもおもしろパソコン教室」(カレンダー・カードづくり、動物のアニメーションづくりなど)の実施であったが手違いがあり8月になってしまった。夏休みも明日で終わる中、楽しくホームページづくりが出来た。それなりに子ども達も頑張って完成させていたし、喜んでくれたのはよかった。この作成したホームページは、自宅や学校などでみられるようにレンタルサーバーにアップロードした。父兄も喜んでくれるのではないかと思う。

2011年8月22日月曜日

第8回「淡路島一周ウオーク」参加

世界平和大観音像(閉鎖)と付近をウオークする参加者
第8回「淡路島一周ウオーク」(約10km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面からバス4台(約140名)、前回(7月)と同じ参加者だった。
行程は枚方7:15発→高槻→茨木→途中トイレ休憩後、10時20分に第7回の到着地点の八淨寺(淡路島七福神・大黒天)に到着→10時30分に準備体操をして出発→世界平和大観音像→仮屋漁港→久留麻漁港→12時50分に道の駅・東浦ターミナルパークに到着(約10kmのウオーキング)。
昼食(弁当)をバス内ですませ、14時5分過ぎに出発し、14時15分から15時25分まで「花の湯」で入浴、休息。帰りは淡路ハイウェイオアシスに立ち寄り、17時50分頃に枚方に到着。いつもよりか約1時間早く帰れた。
今回、前日の天気予報では秋雨前線の影響で曇り時々雨とのこと、いやだぁ~と思っていたが、朝から晴れ間もありよい天候に恵まれた。しかし、風もなくアスファルトのウオークは照り返しもあり、非常に暑くて疲れ切った。これで、やっと淡路島一周のウオークも半分終わったこととなった。次回は9月10日(土)。

2011年8月20日土曜日

きららマナビスト講座「工作教室」

竹トンボの羽をナイフで削る
今年度(2011年度)3回目のきららマナビスト講座「親と保護者との工作教室」として「竹トンボ」づくりを実施。毎年、夏休みに竹細工を取り上げて実施している。今回もナルク「天の川クラブ」の竹遊会のメンバー6名が担当。参加した親と保護者は15組(子ども24名、父兄15名)で計39名と多くの参加者だった。
竹トンボを一から作るとなると随分時間もかかるので、半完成品(ほとんど完成品)を渡して、竹トンボの羽根(両方)の先だけをカッターで削り落として完成、あと竹トンボの中心の穴に串刺し棒を入れ接着剤で止めるという至って簡単なものである。が、幼児や小学校1~2年生が多く、これだけのことをするにしても結構時間がかかった。初めてナイフを使うという子どもも数人いたが、削るやり方を教えると、だんだんとうまくなり上手に使えるようになっていた。その後は外に出て竹トンボを飛ばしてキャーキャーと叫んで楽しく遊んでいた。 全員、参加して楽しかった。またこのような竹細工の教室を開いてほしいとの保護者からの要望が多くあった。
次回は10月22日(土)、牛乳パックを使った4羽風車づくりの予定だ。

2011年8月18日木曜日

総本山三井寺へ参拝

一切経蔵裏の竹林、ここで撮影が行われた。
田舎へ野菜の収穫にいく途中、大津の総本山三井寺(園城寺)に立ち寄り、先般(2~4日)エキストラとして行ったが、参拝できなかったことと、撮影現場がどうなっているのか少し気になり出かけた。現在修繕中の仁王門から入り、金堂、釈迦堂、一切経蔵、三重塔、観音堂など一通りまわり参拝した。672年、壬申の乱が起り大友皇子(弘文天皇)が崩御し大津京滅びた頃、大友村主家によって園城寺建立されたという長い歴史で、国宝・重要文化財など貴重な寺宝を多く見ることができた。ここは春の桜や秋の紅葉の季節に訪れるのもよいみたいだ。
一切経藏裏の竹林で撮影された現場は、血みどろの決戦が大勢の人たち(約90名)で行われ、竹・樹木や地面につけられた多くの血のりも消され、また散乱していた台車、板材、丸棒なども綺麗に片付き、大勢の人たちで踏まれ固まった地面だけが残る静かな竹林に戻っていた。だた、地面をよくみると当日雪景色するため雪の粉が撒かれたが、その粉が少しであるが残っていた。

2011年8月11日木曜日

琵琶湖博物館見学へ

C展示室での淡水魚
草津市立「水生植物公園みずの森」へ睡蓮とハスの写真を撮りに行って、その帰り隣にある「琵琶湖博物館」へ立ち寄り見学した。この「水生植物公園みずの森」へは年1回程度は写真を撮りにいっているが、「琵琶湖博物館」は初めてだった。2階にあるA展示室(琵琶湖のおいたちということで、およそ2億5千万年前から自然の変遷を、琵琶湖前史と琵琶湖のおいたちという展開で紹介している)、B展示室(人と琵琶湖の歴史ということで、今日まで続いている琵琶湖と人間のかかわりの歴史を湖底遺跡、湖上交通、漁労の様子などから紹介)、C展示室(湖の環境と人々の暮らしを紹介)、1階のC展示室(淡水の生き物たちの紹介)を見学。琵琶湖を中心とした人とのかかわりの歴史を学ぶことができた。夏休みで祖父母や母親に連れられての子どもたちが多く訪れていた。

2011年8月7日日曜日

安来節「どじょうすくい」初出演!


「どじょうすくい」を踊る

安来節「どじょうすくい」の踊りを今年の1月から練習を開始し(月1~2回)、何とか格好もついてきたので、「老健ふじさか」の夏祭りにボランティアとして初出演した。4名(男性3名、女性1名)で、踊る舞台も狭く踊りにくかったが何とか格好がついた。この踊りも簡単なようでやればやるほど、顔の表情や1つ1つの動作が難しい。本当に踊れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。安来節の民俗舞踊として「どじょうすくい」があり、代表的な御座敷芸とされている。安来節は江戸時代に「出雲節」などを基礎としていくつかの地元民謡を吸収しながら発達したもので、幕末期から明治初期にかけて渡部佐兵衛とその娘である渡部お糸が大成した。安来節の家元は代々「渡部お糸」を襲名している。現在の家元は第4代目である。(関連サイトから抜粋)

2011年8月4日木曜日

映画のエキストラに参加

2~4日の3日間、来年夏に公開される映画のエキストラとして参加。2日は朝5時15分浜大津のアーカス横の駐車場に集合、マイクロバスで衣装替えや化粧するため体育館へ移動、身支度が整い次第、またマイクロバスに乗り撮影現場(三井寺の竹林)へ。撮影が午後6時ごろに終了し体育館に戻り、衣装替え化粧落としをしてマイクロバスで駐車場へ。帰宅は午後9時前だった。3日は前日の終了が遅かったので1時間遅れて朝6時15分の集合、あとは同じで帰宅は1時間早やく午後8時前だった。4日は3日と同じ集合時間、帰宅もほぼ同じだった。今回、特に朝が早く、撮影や待ち時間も多く、帰宅が遅くなり相当疲れたが、へこたれることなく3日間続けられた。老体に鞭打ってという感じであるが、これも毎日運動(ウオーキング)などをしている影響も少しあるのではないかと思う。
撮影の詳細な内容については、掲載を禁止されているので省略。来年映画が公開されたら記載の予定。写真は三井寺の境内、現場に向かうエキストラ

2011年7月27日水曜日

JR18青春旅の会に参加

旧野崎家住宅の土蔵群
ナルク「天の川クラブ」のJR18青春旅の会『倉敷市児島エリア・日帰りの旅』があり参加した。参加者は19名(男性10名、女性9名)。JR青春切符を使っての団体の日帰り旅行で、往路はJR京橋8:13発→8:25着、JR大阪駅8:37発姫路行き新快速→9:41着、10:07発相生行き→10:26着、10:29発岡山行き→11:39着、11:45発JR瀬戸大橋線の児島行き→12:23分児島駅着、4回の乗り換えて目的地に到着。駅前で記念写真を撮ったあと、徒歩で「すし、料理店・一心」の2階で昼食。お腹もすいていたし、新鮮な魚、タコ料理が大変おいしかった。その後、徒歩約20分のところにある児島ジーンズストリートを通り、旧野崎家住宅を見物した。この通りは1965年頃から 国内で最初にジーンズ生産を手掛けたことでも有名であるが、どの店もシャッターが下ろされ、人通りもなく非常に寂れた通りになっていた。土・日曜日には店も少しオープンし、人も多くなるとのことだったが、少し期待していただけに残念な結果だった。昼食、徒歩などに時間がかかり、旧野崎家住宅内の見物時間が15分程度しかなくなり、折角なので急いで一通り見物した。この旧住宅は江戸時代後期の建築技術の粋を集めた建物・庭園で、広大な敷地(約3,000坪)に建物(約1,000坪)があり、そのまま国指定重要文化財として保存されている。ゆっくりと見物したかったが、時間の関係でできず残念だった。
帰路は、JR児島駅15:10(快速マリンライナー40号、岡山行き)→15:32着、15:41発相生行き→16:48着、16:49発姫路行き→17:10着、17:12発新快速→18:30大阪駅着、環状線に乗り換え18:40頃京橋駅に到着し、解散。
初めてJR18青春切符を使っての団体の旅だったが、ゆっくりと電車に乗り新鮮な魚料理も味わえたし、よい旅で満足した。次の機会があれば参加したい。

2011年7月25日月曜日

第7回「淡路島一周ウオーク」参加

八淨寺(淡路島七福神・大黒天)
第7回「淡路島一周ウオーク」(約10km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面からバス4台(約135名)、前回より約半分と少なかった。真夏の影響だろう。
行程は枚方7:20発→高槻→茨木→途中トイレ休憩後、八淨寺(淡路島七福神・大黒天)に参拝→第6回の到着点淡路ワールドパークに11時頃に分到着し淡路ワールドパークONOKORO内を見物(昼食)→12時50分に準備体操をして出発→志筑新島・生穂新島・佐野新島→ゴール点の八淨寺に15時10分に到着(約10kmのウオーキング)。八淨寺を15時30分過ぎに出発し「たこせんべいの里」で買い物後、16時15分出発→中国道名塩サービスエリアでトイレ休憩し18時50分頃に枚方に到着。今回、曇っていたので幾分ましだったが、それでも暑くて非常に疲れた。次回(8月22日)も真夏のウオークだ。

2011年7月17日日曜日

祇園祭山鉾巡行見物に

十数年振りに祇園祭のクライマックスとなる山鉾巡行見物に出かけた。京阪の祇園四条駅で下車、四条河原町に行こうとしてもすごい人、人で、仕方なく木屋町通りを北上し御池通りで見物。写真が御池通りを行く山鉾、右上の写真は京都ホテルオークラ前での氷で作った菊水鉾。
この祇園祭は日本の三大祭の一つに挙げられ、毎年7月1日から31日までの1カ月間、京都市内の中心部や八坂神社(東山区)で行われる。クライマックスとなる山鉾巡行と神幸祭(いずれも17日)をはじめ、多彩な祭事が繰り広げられる祇園祭の由来と歴史は平安時代前期の869年、京で疫病が流行した際、広大な庭園だった神泉苑(中京区)に、当時の国の数にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神(スサノオノミコトら)を迎えて災厄が取り除かれるよう祈ったことが始まりとされる。応仁の乱(1467-77年)で祭りは途絶えたが、1500(明応9)年に町衆の手で再興された。以後、中国やペルシャ、ベルギーなどからもたらされたタペストリーなどを各山鉾に飾るようになった。これらの懸装品の豪華さゆえに、山鉾は「動く美術館」とも呼ばれる。江戸時代にも火災に見舞われたが、町衆の力によって祭りの伝統は現代まで守られている。現在、巡行に参加している鉾は9基、山は23基。(関連のサイトから抜粋)



2011年7月16日土曜日

「楽しいおもちゃ作り教室」の開催

2011年度第2回目のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」(枚方市主催)を「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)で開催。
今回も牛乳パックを使い「くるくる回る飛行機」を作り子ども達と一緒に遊んだ。今回、定員50名の会場の確保ができなかったため、定員30名の会場で20名募集した結果、子どもが22名+保護者14名の計36名となり大盛況で、満員の会場となった。SAメンバー(9名)で指導を行い、時間的には約1時間半かかり丁度良い時間に終わることが出来た。毎回アンケートを取っているが、全員から「大変楽しかった」「楽しかった」との回答が得られ、事前の準備も大変であるがやってよかったと思う。
今回もラジオ放送「FMひらかた」から平上アナウンサー(女性)が来室し、実況中継された。子ども(2名)へのインタビューもあって、「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)でのおもちゃ作りのPRも少しは出来たのではないか?と思う。 写真は会場を出て完成した飛行機をくるくると回して遊ぶ様子。

2011年7月13日水曜日

TVドラマのエキストラに参加

滋賀県愛知郡愛荘町役場秦荘庁舎の2階会議室にて、朝日系TVドラマの捜査会議にエキストラ(刑事役)として参加。男性約27名が参加して捜査会議の様子の撮影が2時間半にわたって行われた。(詳細は放映された後で、今回省略) 写真は愛荘町役場秦荘庁舎の正面全景。

2011年7月10日日曜日

TVドラマのエキストラに参加

おごと温泉、浪漫あふれる水都の宿「びわ湖花街道」で、朝日系TVドラマの宴会にエキストラとして参加。約60名が参加して宴会で大・若女将のあいさつの撮影が行われた。(詳細は放映された後で、今回省略) この「びわ湖花街道」に初めて訪れたが、なかなか雰囲気も良いし、ぜひ泊まりたいと思った。その分値段はしっかりで、平日最低でも一人約25,000円はいる。もし泊まるとしたらもう少しお金を出して泊まりたいものだ。写真は「びわ湖花街道」の全景と正面入り口。

2011年7月7日木曜日

第10回「会社訪問」に参加

7日、「彦機会」の第10回「会社訪問」に、立入さんの取引先である滋賀県栗東市の㈱イシダ滋賀事業所様を訪問した。参加者は「彦機会」、「湖風会」から16名、滋賀県立大学の職員、学生8名の計24名であった。概要は参加者一同の自己紹介、「彦機会」を代表して 立入副会長の挨拶、(株)イシダ様を代表して得津滋賀事業所所長代理の挨拶、会社案内VTRの映写、第4製造課課長 矢代様による会社説明、2班に別れて工場を見学であった。工場見学の主な内容は、コンピュータスケール(供給システム、袋詰め、箱詰め装置の周辺機器を含む)の組立てライン、X線異物検出装置及び計量包装付装置のデモンストレーションであった。 現在のような高い業績を挙げられるようになった礎は、なんと云ってもコンピュータスケール(組合せ計量)の開発・商品化にある。本館1階のロビーにその1号機(ACW-M-1)が展示してあった。工場内の組立て工程には、受注先からの仕掛品が沢山置かれフル生産されていた。今回、特にコンピュータスケールの組立てライン、X線異物検出装置が参考になった。 写真は㈱イシダ滋賀事業所の正門からの全景とロビーで参加者と㈱イシダ滋賀事業所の皆さん。

2011年6月28日火曜日

新歌舞伎座へ

歌舞伎座は難波に1958年10月開場し、2009年6月閉館。2010年9月に上本町YUFURAの6階に移転し新しくオープンした。ぜひ一度行きたいと思っていたので今回、「坂本冬美・藤あや子ショー」(6月3日~29日)を観に出かけた。第1部は「から騒ぎの森~ロミ&ジュリ~」と言う芝居だった。第2部は「冬美とあや子の麗しのショータイム」で、初めは坂本冬美と藤あや子が、あでやかな白を基調とした着物姿で登場、次に大阪をイメージして、藤あや子がデザインしたというゴールドのコートにキラキラした青色の飾りを付けた大きな帽子姿の二人が登場。また、次々とあでやかな着物姿や洋服で登場するなどした。そして「あばれ太鼓」「夜桜お七」「風に立つ」「雪深深」「御堂筋ラプソディ」などを生で聴き楽しむことができた。フィナレーは「上を向いて歩こう」の歌で、華々しい舞台で終わり満足した。

2011年6月24日金曜日

老人福祉センター「楽寿荘」取材

パナソニック松愛会枚方北南支部のHPに「ひらかた発見」の第3シリーズとして枚方の施設を訪問し、私たちの眼から見た施設を紹介し、広く会員や一般の市民の方にも枚方市を理解してもらう活動を続けている。今回は前回枚方市福祉老人総合センターの取材を行い、続けて福祉に関連する施設として京阪光前寺駅から徒歩約6分にある桜の有名な枚方市立老人福祉センター「楽寿荘」を取材した。この「楽寿荘」は、昭和35年大阪府により府民の憩いの施設として開設され、平成12年4月より建物について、平成21年10月には敷地について無償譲渡を受け、枚方市立老人福祉センターとして運営されている。平成22年8月から老朽化・耐震化対策とともに可能な限りのバリアフリー化・アメニティ向上などの改修工事を行い、平成23年4月1日よりリニューアルオープンした。家族や友人との語らい、会合、趣味の集い、食事などに利用できる施設で、個人から団体まで、誰でも低廉な料金で利用できる。桜の木々などに囲まれて落ち着いた雰囲気で気楽に利用できるのがよい。