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2014年6月20日金曜日

ナルク「天の川クラブ」定時総会


第20回ナルク「天の川クラブ」(ナルクの枚方拠点)の定時総会がメセナひらかた「多目的ホール」にて開催され参加。ナルク本部と同時に枚方拠点も設立されて今年で20年。いつもの定時総会の式次第であるが、2013年度の活動報告と2014年度の活動計画が発表され承認された。 例年と違う点は、まず会場が同じ「メセナひらかた」であるが大会議室から「多目的ホール」に変わったこと。枚方市議会があり市の来賓の枚方市長や担当組織部長の挨拶と一般の来賓の方とが別々になったこと。20周年記念ということで記念講演と会員の功労者表彰があったこと。功労者は代表・事務局の部門で10名、時間預託・奉仕活動の部門(3000点以上)で9名、広報活動の部門で3名、事業活動の部門で1名の計23名が表彰された。
小生もナルクに入会し今年で13年、広報活動として、特にホームページの新規立ち上げし、更新を続けて今年で10年ということもあって、表彰状と賞品(電波時計)をもらった(^O^)  5年前にナルク設立15周年が京都会館にて行われた時は、ナルク拠点のホームページ(60点?応募)コンテストがあり最優秀賞に輝いたこともある。 ホームページ作成もHTML、CSS言語での技術的なつくり方やかっこいい見た目によいものへの追求も怠りなく進めないといけないし、更新も結構時間がかかる。 が、これからも引き続いてやってほしいとの今後の感謝も含まれての受賞と思う。

2014年5月27日火曜日

各被災地の視察


仙台駅に8時に集合し、8時30分にバス4台?で被災地に出発。今回、大川小学校⇒女川町⇒石巻市で、特に大被害でメデアに大きく取り上げられて放送されたところだ。まず、大川小学校へ、市教委の説明や地元住民の証言が掲載されていたので抜粋すると『石巻市釜谷地区の北上川河口から約4kmの川沿いに位置する大川小学校は、3月11日の東日本大震災で全校児童108人の7割に当たる74人が死亡、行方不明となった。大川小は津波の際の市の避難場所に指定されているし、校庭に出るのがまずは最善と思われた。だが、この直後、現場にいた11人の教員たちが迷走を始める。このまま校庭に居続けるか、津波を想定して逃げるとすればどこに避難すれば良いのか、すぐに結論が出なかったのだ。校舎の西脇にある裏山に逃げるべきだとの声も出たが、「倒木や雪がある。余震も続いている」などと異論が出た。鉄筋コンクリート二階建てで高さが10メートルある大川小に屋上がなかったことも、選択肢を狭めた。やがて、子供たちは泣き叫ぶなどして動揺し始めた。恐怖のあまり吐く子もいた。とにかく校庭を出発し、北上川に架かる新北上大橋脇の堤防道路の方向に一列になって避難し始めたのは、3時25分ごろになってからだ。校庭からは約7メートルの高さがある。一部の親たちが続々と車で駆けつけて我が子を連れ出し、児童の数は約80人に減っていた。市の広報車が、津波の接近を伝えながら慌ただしく周辺を走る。と、次の瞬間、校舎西側にある北上川と東側にある海岸の二方向から、10メートルを超す山のような津波が、轟音を響かせながら迫ってきた。そして運命の3時37分、堤防道路付近にいた子供たちを一気に飲み込んだ。当時の大川小学校近くの避難に向かった新北上大橋付近の動画(YouTubeの動画借用)』 校長は不在(年休で午後不在)で無事だった。教頭・教員のほとんどがここには津波は来ないと思い込んでいたことが、大きな悲劇を生んでしまったようだ。校舎横の裏山にすぐ逃げる時間もあり十分可能だったが、そこまでの危険意識がなく、時間だけが過ぎていったようだ。改めてこの被災地に立つと何とも言えない恐ろしい津波と悲しみがこみあげた(´;ω;`) 冥福を祈った。 上の写真が校舎で、津波の高さは校舎の屋根までだったようだ。慰霊碑に手を合わせる会員の皆さん。
女川町は石巻市の東側にある港町。女川港を東に望む高台にある女川町立病院(下の写真)、その下に女川町の街並みがあったが谷状の町が津波でほぼ壊滅してしまった。この津波は高台の上に建つ病院の1階部分まで津波がきて、その高さは20mだったとのこと。この高台に登ってみるとガレキも片付き、街一面平地になりその中で鉄筋建てのビルが1棟横転していた。今後処理をどうするのか決まっていないそうだ。この市立病院の建設に当たって、市民から猛反対(高台へ通院に困る)があったが、今回この病院が避難場所となり多くの市民の命を救ったというバスガイドさんの話もあった。

2014年5月26日月曜日

設立20周年記念パーティー

会場を仙台駅横のホテルメトロポリタン仙台の大宴会場に移して18時~20時30分まで20周年記念パーティーが。会員約800名? と仮設住宅居住者(自治会三役)も招待され会場一杯の人たちで賑やかに開催された。 出し物は「東北民謡」「ミニコンサート」「河内音頭」「相撲甚句」などで、当枚方拠点「天の川クラブ」はハッピーを着て「河内音頭」を踊り会場を大いに盛り上げた。また、「いい旅たち」「ふるさと」などを合唱して終わった\(^o^)/

20周年記念行事交流会

9時30分~11時まで定時総会、11時45分~15時までシンポジウム(基調講演、活動拠点報告、パネルディスカッション)、15時15分~17時30分まで民謡、コーラス、踊り、朗読などによる交流会があり楽しむことができた。当枚方拠点「天の川クラブ」は白のブルボンを着用し、高橋華子さん東日本復興応援歌「がんばれ援歌」で、舞台で被災住民の人が踊るのを見ながら全員52名が会場の通路で踊った。(上の写真、下は高橋華子さんの熱唱)
なかなか盛り上がってよかったヽ(;▽;)ノ  

仙台青葉城跡へ


ナルク定時総会には出席しないため、11時までの時間があったが中途半端な時間で市内観光するにしてもどこに行こうかと思案。やはり仙台というと「青葉城跡」(仙台城)か「瑞鳳殿」(伊達政宗公の霊屋)、また、歴史博物館や美術館も考えたが月曜日で休館。時間的に一箇所しか行けないので「青葉城跡」に決めた。仙台駅から観光巡回バスで行けば安くいけるが、時間がかかる。そのためもう来る機会もないしタクシーと決めたいたが、朝食でバッタリ二人の女性会員と会いどこに行くの? との話になり、「青葉城跡」へつもりと話すと一緒にとのことで出かけた。 これでタクシー代が3分の1(1430円/一人)になり助かったし、いろいろと話しすることができて、それなりによかったヽ(;▽;)ノ  この「青葉城跡」では、立派な宮城県護国神社があり参拝、伊達政宗公騎馬像・青葉城資料展示館をみて、また仙台の街を見渡したりして楽しんだo(^o^)o
この青葉城は慶長年間に伊達政宗が築造してから、廃藩置県・廃城令までの約270年に渡り伊達氏代々の62万石の居城であった。国の史跡に指定されている。伊達政宗が築城した仙台城は約2万坪で、全国規模の城であった。青葉山に位置することから、「青葉城」という雅称を持ち、一般的にもその名で呼ばれる事が多い。これは仙台城ができてから生まれた地名で、山と城のどちらが先に「青葉」の名を得たか不明である。(詳しい歴史などは省略)

2014年5月25日日曜日

ナルク設立20周年記念大会へ


NPO法人ナルク設立20周年記念大会が25~27日の3日間、仙台市であり参加。全国130拠点から約1200名、当枚方拠点から53名が参加した。大会の主なプログラムは25日、仙台・福島地区で被災地支援活動(浪江町仮設住宅の訪問で交流など)・植樹(宮城県2カ所、福島県4カ所で実施)・農作業の手伝い(キュウリ苗の植え付け・支柱たて、リンゴの花の摘果など)、慰霊碑(閖上湊神社、荒浜小学校、荒浜慰霊塔)とウオーク(市内約6.5kmウオーク)。26日は仙台市電力ホールで定時総会、基調講演、活動事例発表、パネルディスカッション、交流会(仮設住民とナルクとの交流)として民謡・コーラス・踊り・朗読など。夜は18時から仙台駅横のホテルメトロポリタンにて20周年記念パーティー。27日は被災地視察(大川小学校、女川町、石巻市)。
枚方拠点の53名は飛行機、新幹線で福島や宮城県仙台に入り、飛行機組みの自分は第2陣(13名)として伊丹発9時45分で仙台へ。仙台空港で昼食し、慰霊碑ウオークに参加した。主なコースは、12時半に空港をバスで出発→閖上地区→閖上湊神社→荒浜小学校→荒浜慰霊塔(下の写真)をまわり卸町会館⇒⇒総会会場の電力ホールまで約6.5kmウオーク。初めてみる被災地名取市閖上地区、閖上湊神社があった約6mの高台に本殿・鳥居があったが、約9mの津波で流され、今は小さな神殿と鳥居が建てられていた。その高台に立ってその周辺(360度)を見渡すと、多くの住宅(約1800所帯)が立ち並んでいたようだが、すべて流されそのガレキもすべて片付き、ところどころにコンクリートの土台が多く残っているが、広々とした平野が続いていた。また、コンクリートの建物がポツン、ポツンと残っていた。この地区で高台に逃げるにしてもそれらしきもの(山など)があまり見えない? 閖上小学校・中学校、公民館などに避難したようだが、多くの犠牲者が出たとのこと。仙台市若林区荒浜も同じように海岸に民家が集中し、避難先の高台は荒浜小学校(2階までの津波)だけで、ここに避難した人たちは多く助かったとか。

2014年1月21日火曜日

ナルク2地区の新年会

NPO法人ナルク「天の川クラブ」(ボランティア団体)の2地区会(枚方市を10地区に分けて、ボランティア活動をする1つの地区会、ナルク「天の川クラブ」会員850名のうち2地区会は会員72名)が、自宅近くの割烹料理「一ノ谷」にて23名が集い行われ参加。 基本的には年2回で、今年は初めての会合であり新年会として開催された。 まず、「天の川クラブ」代表のあいさつ、地区会担当の代表代理から昨年の活動状況と今年度の取り組みについて、2地区会の副代表から2地区での昨年の活動状況と今年度の取り組みについての話があった。 その中で特に今年、ナルクの大きなイベントとして設立20周年を迎え、5月25日~27日に仙台で全国の各拠点から約1100名が集い総会が開催され、当「天の川クラブ」からも58名(自分も含む)が参加する予定とのこと。また、当「天の川クラブ」も同じ設立で20周年を迎え、10月に記念イベントを企画していることなど、今年は大きな1つの節目になりそうとのことだった。 その後、懇親会で昼食の弁当を食しながら同じ地域に住んでいるので、親しみもあってかいろいろな話題にも花が咲いた。最後はビンゴゲームで終了となった。
ナルク「天の川クラブ」に入会して早や13年、昨年8年間務めた運営委員を辞任したが現在、担当して10年目になる当「天の川クラブ」HPの運営管理、枚方市受託事業「生涯学習情報プラザ」(通称:きらら)のパソコン指導・運営管理の2つ。今年は大きなベントの関連もあってHPの更新など忙しい年になるかなぁ~~。

2013年10月11日金曜日

第12回ナルク「秋のつどい」に参加

ナルク「天の川クラブ」恒例の第12回「秋のつどい」2013が交野市「星の里いわふね」で約220名の参加のもとで開催され参加した。
いつものように10回目の広報担当で写真・ビデオ撮影をしたが、この「秋につどい」も今回で終了、来年はまた違った形で行われる予定。
第一部は11時から開会され実行委員長の話があり、ナルク本部役員による乾杯後食事・懇親が行われた。食事の用意は各地区会の人達が、それぞれヤキソバ・焼き鳥・焼肉・おにぎり・デザートを担当。飲み物も多く用意され、楽しい昼食懇親会が行われた。
第二部は13時10分から体育館(ホール)にてオー・ジンズ(中村・小松・早川氏の3名グループ)のフォークソングの演奏、大正琴演奏、口笛(演奏)、抽選会があり終了した。
当初、雨降りとの予報であったが、早朝には雨も上がり9時には晴れ間も出て参加の皆さんは楽しい一日を過ごせたようだった。
これから写真やビデオ編集をして、DVD作成やHPへの掲載が残っており、ヤレヤレ終わったということではなく、これからが大変だぁ~~。

2013年4月2日火曜日

「天の川クラブ」2地区会に参加

ボランティア団体ナルク「天の川クラブ」の2地区会(会員を住居毎に10地区に分けた1つの地区の集い)があり参加(18名参加)。
9時半に枚方八景の一つ牧野公園に集合し、まず満開の桜を満喫してから船橋川公園の桜を見るため約4Kmのウオーキング。 そして10時半から近くのレストラン「ガスト」で三津代表の挨拶後、歓談しながら昼食して12時過ぎに(・ー・)オワッタナ・・・。 今回、入会され初めて参加の方も数名おられ交流が図れたようだ。 
この牧野公園には、「史跡 伝 阿弖流為(アテルイ) 母禮(モレ) 之塚」がある。 約1200年前、時の朝廷の国土統治にあたり、東北地方には蝦夷(エミシ)と呼ばれる人々がいて、その支配を拒否していた。このため朝廷は、彼らを辺境の人々として征討部隊を派遣したが、人々はこれに対し、激しい抵抗を繰り返し容易には屈しなかった。延暦21年(802)4月、征夷大将軍坂上田村麿呂(さのうえのたむらまろ)は蝦夷の首長アテルイと副将モレが同族500余人を引き連れてようやく降伏したことを朝廷に報告し、7月に2人を伴って帰京した。2人の処遇について田村麿呂(たむらまろ)は強く助命を嘆願したが、8月に2人は河内国で処刑された。 その地がここ牧野阪(公園)で、アテルイとモレのゆかりの地とされている。(石碑の刻印から)
上の写真が「伝 阿弖流為(アテルイ) 母禮(モレ)」の石碑で、その裏に塚がある。下の写真はその前にある満開のしだれ桜の下で観桜。

2012年10月12日金曜日

第11回「秋のつどい」に参加

NALC「天の川クラブ」恒例の第11回「秋のつどい」2012が交野市「星の里いわふね」で約200名の参加のもと開催され参加。
いつものように広報担当で写真・ビデオ撮影をしたが、今回も写真が趣味のKさんにも写真撮影を頼み、私はビデオを中心に写真も撮った。(今年で9回目)  第一部は11時から開会され代表の挨拶、実行委員長の話があり、会長による乾杯後食事・懇親が行われた。食事の用意は各地区会の人達が、それぞれカレーライス・ヤキソバ・焼き鳥・焼肉・おでんを担当。それぞれ食べたが結構美味しかった。  第二部は13時10分から体育館(ホール)にてオー・ジンズ(中村・小松・早川氏の3名グループ)のフォークソングの演奏が「旅愁」「ローレライ」・・・最後に「あのすばらしい愛をもう一度」など8曲あり全員で合唱。その後、高須礼子さんの素晴らしいソプラノ独唱と樋上さんのピアノ演奏を聴き、最後に山吹流銭太鼓の賑やかな踊りを鑑賞した。あと抽選会があり予定通り午後3時半頃に無事終了。 天候もよくて参加の皆さんは楽しい一日を過ごせたようだった。これから写真やビデオ編集をして、DVD作成やHPへの掲載が残っており、ヤレヤレ終わったということではない。これからが大変だあ~~。



2012年6月15日金曜日

ナルク「天の川クラブ」定時総会

15日、第18回ナルク「天の川クラブ」(NPO法人のボランティア団体)の定時総会が、メセナひらかたで盛大に開催された。来賓は枚方市長、枚方市民安全部部長、地域振興部部長、福祉部部長、枚方福祉協議会副会長、ひらかた市民活動支援センター理事長、枚方市ボランティアグループ連絡会副代表、ナルク会長、ナルク交野拠点代表、ナルク宮城拠点林代表の10名、会員の出席は昨年と同じ約143名だった。
第1部はいつものように定時総会、第2部は宮城拠点の林代表の講演、第3部は懇親会だった。今回の目玉は第2部の林代表の講演で、昨年「天の川クラブ」から「パラソル喫茶」として女性4名を派遣し「ハンドマッサージ」(被害者の手を取りながらマッサージを行い話を聞く活動)を実施、それが好評で今も皆さんに喜ばれて続けているとの感謝の話や東日本大震災の生々しい体験談を時には思い出して目に涙を浮かべながら話をされた。
また、今年5月に天皇・皇后両陛下が宮城の仮設住宅を訪問された時、付き添いの8名の一人として光栄にも選ばれ、皇后陛下から「ナルク」は何をする会ですかと尋ねられたが、年甲斐もなく緊張して、どのように説明したかをはっきりと覚えていないこと、普通は宮内庁の担当者との事前打ち合わせがあると思っていたが何もなかったこと、今回天皇・皇后陛下に会うことが出来たことで一番驚いたのは家内だったことなどの話をユーモアを交えて話された。会場の皆さんは時間を忘れて林代表の話に引き込まれていた。よい講演だった。第3部の懇親会は、これといった余興もなく、最後に元代表N氏の1本締めで15時に終了となった。
今回で8回目の写真、ビデオ撮影であったが、いつものことながら疲れた。この後、写真の編集・整理とビデオ編集をしてCD/DVDに書き込み事務所に届けることと、ホームページにそれらを掲載することが残っている。結構大変だ。

2011年10月22日土曜日

第10回「秋のつどい」2011に参加

櫻井暁美とギータンジャリダンサーズのインド舞踊
NALC「天の川クラブ」恒例の第10回「秋のつどい」2011が交野市「星の里いわふね」で約220名の参加のもと開催された。いつものように広報担当で写真・ビデオ撮影をしたが、今回は写真が趣味のKさんに写真を頼み、私はビデオを中心に撮った。(今年で8回目)
第一部は11時から開会され代表の挨拶、会長による乾杯後食事・懇談が行われた。食事の用意は各地区会の人達が、それぞれカレーライス・ヤキソバ・焼き鳥・焼肉・おでんを担当した。
第二部は12時45分から体育館にてオージンズ(中村・小松氏)のフォークソングの演奏が約10曲あり全員で歌った。そのあと櫻井暁美とギータンジャリダンサーズのインド舞踊を鑑賞した。(櫻井暁美氏の指導の下、様々な公演活動に出演しているインド舞踊団、ギータンジャリという意味は「歌の捧げもの」)
週間予報では雨との予報もあり一時心配したが、朝から昼頃までは晴れ、その後は曇り空になったが雨も降らず、参加の皆さんは楽しい一日を過ごすことが出来たようだ。

2011年10月16日日曜日

ひらかたNPOフェスター2011へ

ナルク展示ブースで80歳高齢者疑似体験
15日(土)~16日(日)、ひらかたNPOフェスタ2011が枚方市民会館・岡東中央公園・市役所別館前で開催され、15日は「被災地は今、そして自分ができること」についての記念講演、16日は展示・バザー・体験・模擬店・ステージなどがあり多くの市民で賑わっていた。
本日(16日)午後2時からナルク「天の川クラブ」が活動紹介の展示をしているため、説明員として出かけた。市民会館内での展示であったためか見学者も少なく暇であった。そのため他の展示ブースをみたり、以前にも体験した80歳の高齢者疑似体験をやったりして過ごした。

2010年10月15日金曜日

第9回「秋のつどい」2010へ

NALC「天の川クラブ」恒例の第9回「秋のつどい」2010が交野市「星の里いわふね」で220名の参加のもと開催された。いつものように広報担当で写真・ビデオ撮影をした。(今年で7年)
第一部は11時から開会され食事・懇談でカレーライス・ヤキソバ・焼き鳥・焼肉・おでん・飲み物(ビール・ノンアルコール、ウーロン茶等)等があった。小生なカレーライス・焼き鳥・焼きそば、おでんを食べた。飲み物はビールを紙コップの3分の1程度、ノンアルコール(缶350ml)1本、ウーロン茶1杯
第二部は13時45分からフォーク&トークで中村好宏(枚方拠点会員)・早川 洋治(交野拠点会員)。そのあと西浦達雄ライブ、西浦氏はライブシンガーソングライターとして放送番組のテーマ曲やCMソングを多数制作。87年から朝日放送の全国高校野球中継のエンディング曲を担当し「高校野球バラードのカリスマ」ともいわれる。阪神淡路大震災の時は「歌のボランティア」として避難所を回った。今回の出演も、ナルクのボランティア活動に共感されて実現したもの。
今回、220名と過去最高の参加者、天候も秋晴れに恵まれ楽しい最高の一日を過ごすことが出来たようだ。毎回であるが、写真とビデオ撮影担当で、思うように楽しむことができにくかったことが残念。あと、写真とビデオはCDへ、またNALC「天の川クラブ」のホームページにも掲載する一仕事が残る。

2010年8月7日土曜日

「アドプト・リバー・NALC天野川」へ参加

NALC「天の川クラブ」が毎月第1・3週の土曜日9時から10時(夏季の実施時間)に行っている「アドプト・リバー・NALC天野川」(河川の清掃ボランティア)に初めて参加。
この「アドプト」とは養子という意味で、これは地域の人々に河川の育ての親になってもらい、綺麗な河川や住みよい環境を育てていくものとして発足。
この猛暑の中、参加人員が少ないのではと思っていたが10名と多かった。「天の川クラブ」事務所近くの鵲(カササギ)橋から左右岸・堤防を上流に沿って禁野橋まで約600mを清掃した。カン、ビン、新聞、ビニール袋は勿論のこと、いろいろな物が捨てられていた。私が拾ったものではコタツの暖房ランプ、傘、パイプ椅子の壊れたもの、草履、スリッパー等々だった。
暑い中だったが、清掃することで橋の上から見ても河川が綺麗になり大変気持ちよいものだ。これからも時間が取れれば参加しよう。 写真は堤防に掲げられている「アドプト・リバー・NALC天野川」の看板と参加の皆さん(10名であるが、写真を撮っている人が抜けている。)

2009年8月10日月曜日

ナルク15周年記念行事へ

5月25日に京都会館で開催予定だった「ナルク15周年記念行事」が新インフルエンザの影響で本日行われ参加した。
京都会館で午前10時から12時まで、全国代表者会議が行われ、そこで会報・ホームページの表彰式・中山道ウオーク完歩者紹介等があった。ナルク「天の川クラブ」の会報は「奨励賞」、ホームページは「優秀賞」を受賞した。ホームページは5拠点が同じ優秀賞であった。
ホームページを担当して5年になるが、どこの拠点にも負けない豊富な活動内容、動画・画像を入れて見やすいホームページにしている。しかし、今回の評価は優秀賞の一番上であるが、他の拠点と同じ優秀賞? 他と比べても最優秀賞をもらってもよいものだが・・・・、どうしてと審査に不満を感じた。 しかし、もらえたのでよかった。
午後は第1ホールにて、高畑会長、堀田 力顧問の挨拶があり、3拠点の事例発表、芸能フェステバルとして13拠点からの出演があった。
午後5時半より記念パーティーがウェスティン都ホテルに約700名弱参加のもとに行われた。ここでは琴の演奏、日本舞踊、バンド演奏、全国拠点紹介、バンド演奏で会長の「北の漁場」の歌等があり、盛り上がったパーティーだった。