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2020年1月25日土曜日

Du-Ran(石塀小路 デュラン)

石瓶小路にあるDu-Ran(石塀小路 デュラン)で「舞妓写真展」(22日~31日)が行わているので訪ねてみた。舞妓さんの写真が喫茶店内に30数点掲載されていて、綺麗な舞妓さんの見応えのある優れた作品だった。
この「石塀小路」が出来たのは比較的最近のことで、大正時代の初期頃。「石塀小路」の土地は、当初は圓徳院の所有地であったが、明治時代になって税金を納める必要が出てきたため、圓徳院庭園の一部を取り崩して、通り抜けの道を造ったことから始まる。現在のような姿に完成したのは、昭和になって京都から市電が廃止されるようになって、市電に使われていた石畳をここに敷いたことからとのこと。「石塀小路」が出来た頃には現在のように旅館や飲み屋はなかったが、東山を舞台とした映画ロケが盛んにされた頃から、映画関係者を目当てとした旅館や飲食店などが建ち並び、現在のような姿になったとのこと。
地元では町並みを大切に保存されていて小路が綺麗だった。ここは夜に来ると、また違った雰囲気を味合うことができそうで再度訪れてみたい。

2019年8月23日金曜日

ヨシダナギ写真展「HEROES 2019」

阪急百貨店でヨシダナギ写真展「HEROES 2019」があり観て来た。この写真展では、撮影がOKだったのでスマホで主な写真を撮りスライドショーにしてみた。
ヨシダ ナギは、1986年生まれの女性写真家。主にアフリカをはじめとする世界の少数民族や先住民を被写体に撮影、少数民族と同じ格好になって写真を撮影するスタイルでも知られている。「ヨシダナギ」という名前は本名ではない(ネット上では非公開)。幼少期にテレビ番組でマサイ族を見てアフリカ人に憧れを抱くようになる。母親からフィリピンに留学する子供たちのサポートの手伝いを頼まれ、一緒にフィリピンに行った。ヨシダにとって初の海外フィリピンで撮影した子供たちの写真をブログに載せたところ、褒められたのをきっかけにカメラを片手に東南アジアを回り始める。その後お金を貯めて2009年の23歳の時に単身でアフリカに向い、最初に行ったのはエジプトとエチオピア。そして2012年に初めて少数民族と同じ格好になって撮影を行った。3度目のアフリカ渡航の時で、カメルーンの山岳地帯に暮らすコマ族との撮影であった。コマ族の女性は上半身は裸で、下半身は葉っぱで隠している。このとき、着替えを手伝ってくれた長老の4人の妻たちに反対されながらもパンツも脱いだところ、女性たちは歌いだし、歓喜の舞でヨシダを歓迎したとのこと。 独学で写真を学び、アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影し発表していることは、この若さで勇気のいるすごいことと感動した。また、この世界の少数民族の写真をみると民族衣装も化粧も様々であることがよく分かり、写真を楽しめた。


2018年3月14日水曜日

「沢田教一」写真展

京都高島屋にて写真家「沢田教一」展(14日~25日)が開催され、初日に観に行った。
この沢田教一(1936-70)は、1965年からベトナム戦争で米軍に同行取材し、最前線で激しい戦闘や兵士の表情などを数多く写真に収めた写真家。輝かしい実績を残し、その中で「安全への逃避」でピュリッツァー賞を獲得している。この画面には戦争写真の「主役」である兵士や兵器、砲撃によって崩れ落ちた建物、そして血の一滴すらもない。が、この1枚が、ベトナム戦争の本質を世界に伝えた。米軍の爆撃から逃れ、必死の形相で増水した川を渡る2組の親子。軍服姿の沢田が向けるレンズにおびえた表情を浮かべる写真である。
受賞は、このピュリッツァー賞以外にも世界報道写真コンテスト2年連続大賞、ロバート・キャパ賞などがある。
34歳でカンボジアにて取材中に凶弾に倒れ殉職した沢田の輝かしい業績として、ベトナム戦争などを写した作品約150点や遺品とその生涯をたどる展示だった。妻・サタさん(93歳)が、初日でもあり来場されていた。

2018年1月18日木曜日

第4回「はんなり舞妓写真展」















17日から23日まで京都四条「ぎゃらりい西利」で開催されている第4回京都前田「はんなり舞妓写真展」へ出かけた。
「はんなり舞妓写真撮影会」での舞妓・芸妓さんの写真(出展者11名の写真)45点が展示されていた。出展者がどのように舞妓・芸妓さんを表現しようとしているのかなどを感じながら鑑賞した。いい写真も多くあった。また、出品者のHさんやFacebookのお友達で出品者のYさんとも撮り方など雑談できたのでよかった。
この「京都前田はんなり舞妓撮影会」は、次回は3月開催されるようであるが、先生・昼食付きで参加費が19,000円、ちょっと高そうだなぁ~と思うけど一度は行ってみたい。

2017年9月19日火曜日

「オードリーヘプバーン」写真展

京都大丸6Fにて「オードリー・ヘプバーン」写真展 ~今よみがえる、永遠の妖精 ファッション編~が開かれているので観て来た。
この展示は写真家マーク・ショーの作品を中心に、ファッションをテーマにした写真120点が公開されていた。
日本でも未だ高い人気を誇るオードリー・ヘプバーン(1929~1993年)でもあり、多くのファン?などが訪れていた。 若き日の姿、お洒落で可憐なスタイルの数々を見ることができた。映画「ローマの休日」以降の「麗しのサブリナ」「昼下りの情事」「尼僧物語」「マイ・フェア・レディ」などの撮影中とかに捉まえた写真も多かった。
また、オードリー・ヘプバーンは世界一美しい目と賞賛されているだけあって、綺麗な目(瞳)の写真も多くあり魅了した。
オードリーは少女の頃から決して美しいとは思ったことがなく、痩せて胸もなく、背が高すぎて歯並びも悪いというコンプレックスを抱いていたとのことも紹介されていた。
映画編(120点展示)は、大阪大丸心斎橋店で9月20日から10月2日行われるとのこと、機会があれば観に行きたい。

2017年8月9日水曜日

世界報道写真展2017

ハービスOSAKA地下2階のハービスHALLにて、「世界報道写真展2017」が8日から17日まで行われているので見に出かけた。
この写真展は、毎年世界中の報道カメラマンを対象にオランダで実施される「世界報道写真コンテスト」の受賞作を紹介するもの。
今年は125の国と約5千人近いプロの写真家から、合計8万点の作品が応募され、45人がコンテストでの入賞を果たした。コンテストの部門は全部で8つ(スポットニュース、一般ニュース、スポーツ、現代社会の問題、長期取材、自然、日常生活、人々)で、それぞれの部門で「単写真(写真1枚)」と「組写真(複数の写真で構成)」に分かれて選ばれた。今回は、各部門の単写真、組み写真の1位から3位までが展示(総62パネル)されていた。
入賞の中から、その年の最も優れた写真1点に対しては「世界報道写真大賞」が贈られた。それは、スポットニュースの部で、トルコの首都アンカラで開かれた写真展の開会式にて、警察官が駐トルコ・ロシア大使を射殺した事件を捉えたものだった。それ以外にもイスラム国(IS)の恐怖と食糧難によってやむなく郷里を去り、避難民キャンプで過ごさざるを得ない子どもたちの姿の写真、放置された漁具により生命が脅かされるウミガメの写真などなど、普段目にすることのない世界の現状を見ることが出来た。隣のブースでは、昨年と同様に東北大震災の写真が展示されていた。

2017年7月23日日曜日

親友の写真展

「富士フイルムフォトサロン」にて第15回フォトグループ「001」の写真展が開催されているので観に出かけた。
この写真展は写真家:大鋳真一先生の指導を受けたグループが年1回開催しているもので、親友も含めて8名のメンバーから「私の大阪スナップ」というテーマで約30点が展示されていた。 各人、それなりの観点で撮った写真が展示され素晴らしく感心する作品もあって参考になった。展示場内では撮影禁止のため、展示の写真はなし。
今日は京阪淀屋橋駅から三休橋通りを歩いて本町の丸紅ビル1Fの「富士フイルムフォトサロン」へ。その後も歩いて北御堂(津村別院)と御霊神社に参拝して淀屋橋まで。曇空だったので暑かったがそれ程でもなかった。

2017年1月18日水曜日

第3回はんなり舞妓写真展

第3回はんなり舞妓写真展が8日から京都四条通りの「がゃらりい西利」で行われ、昨年の第2回に続いて見に出かけた。
この一年間に4回程のはんなり舞妓写真会が行われ、出展者15名の写真が展示されていた。やはり若くて綺麗な芸舞妓さんのふと見せる仕草や表情など、こころを揺さぶられる作品が約50点あり楽しませてくれるものだった。会場には舞妓さんの姿がちらほらみられた。この写真撮影会は、季節に応じて年4回程度開催されるようで、昨年の応募チラシには、参加費が午前コースで昼食付きで19、000円、午後コースが15、000円となっておりよい価格で、う~~と考えされられる。しかし、一度は参加してみたいなぁ~と思うが…。

2016年12月25日日曜日

第61回「報道展」

関西写真記者協会(加盟77社、カメラマン1100名所属の協会)の第61回「新聞・通信・テレビ・ニュース報道展」が阪神百貨店梅田本店8階に開催されているので立ち寄ってみた。
この展示は、関西写真記者協会所属のカメラマンの1年間の集大成として、 今年中に放映された放送ニュースや紙面掲載された新聞写真から選考された作品を上映・展示し「この1年」を振り返る報道展である。  歳末に「この一年」を振り返る師走恒例の報道カメラマンによる写真、映像作品展として毎回好評を得て行われている。
会場には、今年の出来事の写真が、新聞・通信の部とテレビ・ニュース映画の部の各部門毎(ニュース・ニュース組み・スポーツ・企画・撮影・新人の部門)に金賞・銀賞が選ばれて展示されていた。すでに見たことのある出来事の写真やまだ見たことのない写真もあった。また、撮ろうと思ってもなかなか撮れないようなすばらしい写真も多々あり、さすがにプロだと感じた。この1年を振り返りなが見て回った。
この展示会場内での写真撮影が禁止されており、残念ながらすばらしいと思うものを撮ることができず、外からのみの写真となった。

2016年11月17日木曜日

奈良市写真美術館

「志賀直哉」の旧居からすぐ近くにある入江泰吉記念「奈良市写真美術館」で、春日大社第60次式造替記念として、3日から故入江泰吉氏の「春日大社とおん祭」展と同時開催として「春日山原始林」展があり鑑賞した。入江泰吉氏が長年撮り続けてきた春日大社の風景と伝統行事「春日若宮おん祭」を中心にした写真が展示されて、1950年頃の「おん祭の露店」の風景、「春日大社の参道秋陽」など春日大社の四季写真を楽しんだ。
入江泰吉記念「奈良市写真美術館」は、写真家・入江泰吉の全作品を収蔵・保存するとともに、随時テーマを替えて企画展を開催し入江作品を公開している。
故入江泰吉氏(1905ー1992) 昭和時代の写真家。明治38年(1905)11月5日に奈良に生まれ。昭和6年大阪で写真店を開業。昭和16年日本写真美術展に「文楽」を出品し文部大臣賞。昭和20年故郷奈良にもどり大和路の風景、仏像などを撮影し、平明で抒情的な作品で人気写真家となる。「古色大和路」「万葉大和路」「花大和」で51年菊池寛賞受賞。平成4年1月16日死去(86歳)。 県庁東側に入江泰吉旧居があり、公開されている。

2016年9月17日土曜日

特別展「星野道夫の旅」

没後20年の特別展「星野道夫の旅」(写真展)が高島屋大阪店7階グランドホールで開催されたので見てきた。
アラスカに魅せられ、かの地を棲家にして壮大な自然の世界を描写した、たぐいまれな写真家・故星野道夫(1952~1996年)。彼がカムチャツカの地で、取材中に不慮の死を遂げてから2016年8月で20年となり、残された多くの写真や文章は、いまだに多くの人々の心を魅了し続けている。そこで、今回は星野道夫が駆け抜けた、幾多の道をひもとく未発表作を含むおよそ250点の写真をはじめ、自筆の文章や手紙、撮影に使用したカメラなどを展示するとともに、愛用したカヤック、スノーシュー、毛皮のパーカー(アノラック)も展示されていた。アラスカの大自然と動物たちの写真は、素晴らしく見ごたえのあるもで感動した。
1996年8月8日ヒグマに襲われて不慮の死を遂げた事件の概要は、関連サイトに掲載されていた。それはTBSの『どうぶつ奇想天外!』の放送番組の取材目的で、「ヒグマと鮭」を題材にした写真を撮影するためTBSのクルーと共にロシアのカムチャッカ半島南部のクリル湖畔(ロシアで熊が最も多いとこ)へとやってきた。付近には身の安全を確保できる小屋や「鮭観察タワー」などの宿泊施設があったものの、彼は敢えて湖畔のほとりにテントを設置し、そこへ寝泊りすることを選択。この季節は7月。「この時期は、サケが川を上って食べ物が豊富だから、ヒグマは襲ってこない」との見識に基づいた判断だった。体長2m超・体重250 kgの巨大な額に傷を負ったヒグマが到着してから2日後の夜、宿泊用の小屋に備え付けてある食糧庫によじ登り、飛び跳ねて荒らしていた。 このヒグマ、数日前にも食糧庫を荒しており、どうやら空腹のようだった。それはこの年、サケの遡上が例年よりも遅れていたためらしい。さらに、この額に傷を負ったヒグマが、地元テレビ局の社長によって餌付けされていたため、人間への警戒心が薄かったとも考えられている。しかしこの時、そんなことは分かっていなかった。「たまたまだろう」と思ったのか、星野は再三に渡るガイドの忠告を聞き入れず、テントでの宿泊を続行。そして、2週間が経過したある日の深夜に悲劇は起こった。キャンプ場に突如として響き渡る絶叫。その声がすぐに星野のものだと分かったTBSスタッフは、急いで小屋から出て懐中電灯で照らすと額に傷のある例のヒグマが彼を咥えて、悠々と森の中へ戻っていく姿が見えた。テントはひしゃげてポール(支柱)は折れ、星野の寝袋は切り裂かれていた。ガイドが無線で救助を要請し、ヘリコプターで到着した捜索隊は上空からヒグマを捜索し、発見すると射殺した。星野の遺体は森の中でヒグマに喰い荒らされた姿で発見されたという。アラスカでグリズリーの写真を幾度も撮影してきた実績のある、いわばその道のプロフェッショナル。当然、熊の習性などは熟知していたはずなのになぜ、このような悲劇が起こってしまったのか謎になっている。

2016年8月18日木曜日

世界報道写真展2016

ハービスOSAKA地下2階のハービスHALLにて、「世界報道写真展2013」が9日から18日まで行われ、最終日に見に出かけた。
この写真展は、世界中の報道カメラマンを対象にオランダで実施される「世界報道写真コンテスト」の受賞作を紹介するもの。今年は128の国と6千人近いプロの写真家から、合計8万点の作品が応募され、41人がコンテストでの入賞を果たした。コンテストの部門は全部で8つ(スポットニュース、一般ニュース、スポーツ、現代社会の問題、長期取材、自然、日常生活、人々)。 それぞれの部門で「単写真(写真1枚)」と「組写真(複数の写真で構成)」に分かれて選ばれた。約150点の入選作があったなかで、今回は各部門の単写真、組み写真の1位から3位までが展示(総62パネル)されていた。
入賞の中から、その年の最も優れた写真1点に対しては「世界報道写真大賞」が贈られた。それは、スポットニュースの部の単写真1位のウォーレン・リチャードソン氏(オーストラリア)。2015年8月28日 レスケ(ハンガリー南部)にてセルビアとハンガリーの国境を越えようとするシリア難民の男性と子どもが、国境の有刺鉄線付きフェンスができあがる前に、ハンガリー側へ渡ろうとする瞬間を、警備員に見つからないように月明かりの下で撮られたもの。緊迫した様子が伝わってくるという写真だった。(上のチラシの写真)
今回、世界で起こっている様々な事件や出来事の写真を見ることが出来た。 隣のブースでは、昨年と同様東北大震災の写真が展示されていた。

2016年6月2日木曜日

中務淳行写真展

 天満橋旧松坂屋ビル8階にある読売文化教室などの写真教室の講師:中務淳行さんの個人写真展「金魚その池その街」が大和郡山市の「やまと郡山城ホール」展示室であり、親友と一緒に出掛けた。
8年前に生駒市から大和郡山市に引越しされ、金魚の街を約1000日間散歩がてらに撮りためていた40数点が展示された。
やはり写真のプロであり目の捉え方がうまくすばらしい写真で参考になることが多かった。その中でも案内写真の薄氷が張る上に一匹の鳥とその下に金魚の群れの写真が大変よかった。
この金魚の写真以外に「大和百景+α」のスライドショーもあり楽しむことができた。ヽ(;▽;)ノ

2016年4月20日水曜日

日本風景写真協会選抜展


富士フイルムフォトサロンにて日本風景写真協会(所在地:京都下京区)の第6回選抜展「四季のいろ」があり、今回この会員であるN講師(以前よみうり写真教室で習った講師)のメール案内があり出かけて鑑賞した。
この日本風景写真協会は「プロもアマも風景写真を楽しもう」を合言葉に2002年に誕生。北海道から沖縄まで、約1500名の会員が所属、45支部が各地で活発に撮影会や研究会、作品展を行っているとのこと。この協会には写真をやる人の中では、よく知られている写真家の白籏 史朗・竹内 敏信・丹地 敏明氏、写真教室の講師など多くの人たちが会員のようだ。
この選抜展には全国の会員の作品から選抜した103点が展示されていて、さすがによい写真(作品)が多くて、大変勉強にもなった。その中の一点が下の写真で、タイトルが「神聖な朝」、北広島町で撮られたもの。ピンク色の蓮、そこにクモの巣に朝露がつき、遠くに霞みかかった風景はなんとも言えないすばらしい作品。このような写真はなかなか撮ろうとしても撮れないものだ。

2016年2月15日月曜日

親友の写真展

心斎橋ピルゼンギャラリー3Fにて、第14回フォトグループ「001」、第32回オートフォーカスフォトグループの合同写真展が開催されているので観に出かけた。 この写真展は写真家 大鋳真一先生の指導を受けた2つのグループが年1回開催しているもの。親友も含めて13名のメンバーから約50点が展示されていた。 各人、それなりの観点で撮った写真が展示され素晴らしく感心する作品もあって参考になった。(上の写真が会場内) 
今日は京阪淀屋橋駅から中之島フェスティバルタワー19階に3月16日開催の藤原道山「風雅竹韻」のチケットを取りに、その後本町の富士フイルムフォトサロンの写真展示場にも立ち寄って心斎橋ピルゼンギャラリー3Fまでウオーキング。久しぶりの御堂筋を楽しみながらウオーキングした。

2015年12月28日月曜日

新聞・通信・テレビ・ニュース報道展

関西写真記者協会(加盟77社、カメラマン1044名)の第60回「新聞・通信・テレビ・ニュース報道展」が阪神百貨店梅田本店8階に開催されている。
この展示は、関西写真記者協会所属のカメラマンの1年間の集大成として、 今年中に放映された放送ニュース、紙面掲載された新聞写真から選考された作品を上映・展示し「この1年」を振り返る報道展である。
歳末に「この一年」を振り返る師走恒例の報道カメラマンによる写真、映像作品展として毎回好評を得て行われている。
 会場には被爆から70年がたった広島の様子やラグビー日本代表の五郎丸選手などの写真100点が展示されていた。この中には撮るに撮れないようなすばらしい写真も多々あり、さすがにプロだと感じ、この1年を振り返りなが見て回った。
また、テレビ・ニュース映画の部の映像作品では、「東海道の新幹線で焼身自殺か」など11点が上映されていた。

2015年8月12日水曜日

世界報道写真展

オランダで開催された世界報道写真コンテストの入賞作を紹介する「世界報道写真展2015」(朝日新聞社など主催)が11日から大阪・梅田のハービスHALLで始まった。
今年は第58回目のコンテストで、131の国と地域、5692人のプロの写真家から合計9万7912展の応募の中から入賞した約62点が展示されていた。
世界で起きているイラン・イラク紛争で難民を乗せて脱出の船、生々しい殺害現場、現代社会の問題のエボラ出血熱や中国の環境破壊、マレーシア航空機の墜落現場と死人、奇跡的なスポーツラグビー選手の瞬間、こわれゆく自然の姿などを写真を通してより知ることができた。
隣のブースでは、昨年と同じように東北大震災の写真が展示されていた。

戦後70年報道写真展

阪神百貸店8階で、戦後70 年を迎える今年、日本が辿った軌跡を報道写真とともに振返り、少し先の未来まで見据えた写真展(共同通信社の主催)が12日より開催されていたので立ち寄った。また、阪神をとりまく梅田界隈の変遷など身近に時代を感じることができる展示もあった。
1945年8月15日、見渡す限り焦土の中で、日本は新しい歩みをはじめた。これまでの価値観が根底から覆され中で、貧しさに耐えながら夢を抱き、懸命に働くことにより世界でも有数の経済大国に成長した。しかし、順風満帆だったわけでもなく、右肩上がりの時代からオイルショック・狂乱物価を経験し、バブルに酔い・破れ、そして今は人口減少という本格的な少子高齢化時代を迎えている。また、阪神大震災・東日本大震災にも遭遇した。
会場にはこれらの時代々の写真が、1枚1枚展示され、それを見ながら改めて戦後70年を振り返ることが出来た。 よくぞ今日まで生き抜いてきたものだと我ながらつくづくと思う。

2015年5月13日水曜日

写真展「天空の美、地上の美」

遠藤湖舟 写真展「天空の美、地上の美」(大阪高島屋7Fにて開催)を鑑賞。
写真展では、月・太陽・空・星など6つの楽章から構成され、自然や宇宙を感じることができる内容となっていた。 これらの作品約130点が大型アクリル作品(高さ1.8m/幅2.7m)や大判プリント作品(高さ1.5m/幅2.2m)、屏風、掛軸、映像など、さまざまな手法で立体的に表現されていた。 特に月・太陽・星・空の写真が大型アクリル(高さ1.8m/幅2.7m)や大判プリント(高さ1.5m/幅2.2m)で展示されていて、素晴らしい迫力のあるものだった。
また、紅葉や桜、新緑、空の色、夜のネオンなどが水面に写りこむ模様が、これほどまでに表情を変え様々な美を表現できることに気づかされた。 この写真展示では写真撮影が許可されていたので、会場内の写真を多く撮った。(通常の展示会では撮影は禁止であるが、このような写真をPRしたいとの思いで許可されていた。)
遠藤湖舟氏は多摩川を主な撮影場所とし、天体から、足元の草花まで、都会の自然が見せる、一瞬の「美」を捉える作家として活躍中。先日、NHKでこの展示会の様子や夜のネオンが水面に写る写真の撮り方などを紹介していた。

2015年2月13日金曜日

親友の写真展

心斎橋ピルゼンギャラリー3Fにて、第13回フォトグループ「001」、第31回オートフォーカスフォトグループの合同写真展が開催されているので観にいった。 この写真展は写真家 大鋳真一先生の指導を受けた2つのグループが年1回開催しているもの。親友も含めて17名のメンバーから約50数点が展示されていた。各人、それなりの観点で撮った写真が展示され素晴らしく感心する作品もあって参考になった。(上の写真が会場内、親友の「豊穣祈願」の写真4枚) 
行きは京阪淀屋橋から心斎橋(大丸の北側の辻を東に入った場所・ピルゼン)までウオーキング、途中本町の富士フイルムフォトサロンの写真展示場にも立ち寄った。帰りはそこから京阪天満橋までウオーキング、天満橋のジュンク堂で書籍(HPのHTML5&CSS3説明書・辞典)を購入して帰宅。 万歩計をみると15,000歩を超えて、結構足がつかれた(;´ρ`)