2021年2月23日火曜日

上腕式血圧計OMRON製

若い時より業務でのストレス・緊張が続き血圧が高く(150~160mm)定年退職の頃には高血圧症になり降下剤を服用している。過去血圧計を4台ほど買って定期的に測ってきた。が、今使っていた血圧計(写真右)が7~8年前のもので古くなり、思い切って新しい血圧計(写真左)に買い換えた。
この血圧計は本体・カフ一体型で、本体と上腕カフとのホースがないこともあり使いやすい、カフの上腕巻き方のチェック表示などがあり安心して測れる。データーはスマホにOMRON connectの専用アプリをインストールすればBluetooth通信でデーターを取り込みグラフ化も簡単に作成される。また、そのデーターをスマホからパソコンに転送出来て印刷も可能。というもので、価格が19,000円と結構高いので迷ったが、使ってみると便利で気に入っている。

2021年2月14日日曜日

天王山の登頂

大河ドラマ「麒麟がくる」の最終回も終わり、関連の大山崎・天王山に運動を兼ねて出かけた。ここは天下分け目の合戦(豊臣軍と明智軍の合戦)のあった歴史の跡をみることができるところ。天王山の麓の駐車場に車を置いて、山頂まで約1時間かかりしんどかったが、中腹には展望台や合戦の絵巻看板・説明などあり、また山頂には秀吉が築いた山崎城跡や展望台もあって改めて歴史を学ぶことが出来た。合戦のあらましは、天正10年(1582)年6月2日、京本能寺で織田信長が討たれた。その報は2日後、中国地方備中高松城攻めを信長から命ぜられていた羽柴秀吉の元にも届いた。秀吉は急遽毛利氏との和睦を成し山陽道、西国街道をひた走り京を目指した。一方、主君信長を討ち、京、近江を制圧した明智光秀は秀吉が京を目指して兵を移動させていることを知り、軍勢を摂津、河内境へと進めた。6月13日午後4時頃戦いは始まった。秀吉軍3万数千、光秀軍1万数千の軍勢が眼下小泉川(旧円明寺川)付近で激突した。戦いは短時間で決し、軍勢に勝る羽柴軍の一方的な勝利に終わった。敗北を知った明智の兵は方々に逃散し、光秀も本陣背後の勝竜寺(しょうりゅうじ)城に一時退去、夜陰に乗じて僅かな手勢を伴って近江へと逃れていった。一行は桃山丘陵を越えた小栗栖で土民の襲撃を受け、光秀は竹槍に掛かり乱世の戦いに明け暮れした短い生涯に終止符を打った。合戦直後、秀吉は天王山一帯に城を築城し、大山崎から天下統一へと乗り出すことになる。

2021年2月11日木曜日

方広寺・大仏殿跡

方広寺は豊国神社の北側、大仏殿跡は豊国神社の東側にある。方広寺に天下を統一した秀吉が東大寺の大仏にならって大仏殿の建立をはじめたが、大地震による倒壊や火災による焼失というアクシデントが相次ぎ、慶長17年(1612)に息子の秀頼によってようやく完成した。完成後、落慶供養を行う手筈となっていたが、銘文の「国家安康」「君臣豊楽」が家康の名前を分断し、豊臣を君主とするものだと徳川家康から難癖がつけられた。これが大坂冬の陣の導火線となったといわれている。大仏殿及び大仏は1798年の落雷により大仏、大仏殿ともに焼失、天保年間に再建されたが、こちらも火災にあってしまい大鐘が吊られた鐘楼、諸将の名が刻まれた石塁や石塔だけが往時の遺構が残っている。梵鐘は京都三条釜座鋳物師、名越(名護屋)三昌らによって1612年に製作された。高さが4.2m、外径2.8m、厚さ0.27m、重さ82.7tと、とても大きい物で、奈良の東大寺・知恩院・方広寺と日本三釣鐘(重要文化財)に指定されている。草花や鳥獣と人の現世・来世を描いた天井絵も当時のままで残されている。大仏殿跡は本殿から東側にあり『大仏殿跡緑地公園』として残されている。

豊国神社参拝

豊臣秀吉ゆかりの地である豊国廟に続き、豊国神社を訪ねてみた。豊臣秀吉が1598年に63歳で亡くなり後陽成天皇より正一位の神階と豊国大明神の神号を賜り、遺骸は遺命により阿弥陀ヶ峰の中腹に葬られた。また、その麓には廟社が造営され、その偉観は豊国祭礼図屏風にも描かれており壮観を極めた。しかし豊臣氏の滅亡後、その廟社は徳川幕府により取り壊され、豊臣秀吉の御霊は新日吉神社に移された。その後(1880年)、現在の地に社殿が再建され別格官幣社として復興された。また、廟も阿弥陀ヶ峰の頂上にも再建(豊国廟)された。唐門の両脇の石灯籠は秀吉思顧の大名が奉献したもの。唐門も見事なものだった。

2021年2月7日日曜日

豊国廟(豊臣秀吉墓所)

運動を兼ねて初めて豊国廟を訪れた。天下人豊臣秀吉は慶長3年(1598)8月18日、伏見城で亡くなった。遺骸は遺言により京都東山・阿弥陀ヶ峰に埋葬された。山頂に墓が、山麓に荘厳な豊国社(とよくにのやしろ)が築かれた。元和元年(1615)大阪夏の陣で豊臣氏が滅亡すると、幕府により豊国社も墓も破壊された。以後、江戸時代を通してこの地は荒れ寂れていたが、明治13年(1880)豊国社は豊国神社として生まれ変わり、明治31年(1898)墓も豊国廟として再建された。豊国廟へは山頂に続く石段があり63段(秀吉の死去63歳の階段)ごとに踊り場が5つあり、階段は合計で315段と最後に約170段ありで、総合計485段ありすごくしんどくて何度も休憩してやっとたどり着いた。たどり着くと、そこには巨大な五輪の塔のある豊国廟。お参りし、左手方向の木々の合間に京都の町並みが見下ろせ、清水寺も見えた。長い石段を登ってきたこともあり気分よかった。豊国廟まいりでご利益があればよいが…。今回、秀吉のゆかりで見落とした豊国神社・方広寺にも、また訪れてみたい。

2021年1月31日日曜日

自室の襖張替え

自宅を新築して約40年、自室の押し入れの襖も一部破れたり汚れがあり、そのため天袋と合わせて襖を張替えた。
襖紙は下に絵付きでない平凡な全体の織模様、天袋は無地白色でアイロン掛け貼り付けの枠外しなしを購入した。押し入れは枠外しなしで貼り付けたが襖紙のカットが綺麗に仕上がらずちょっと素人ぽい感じとなった。天袋の方は枠を外したので綺麗に貼り付けができてすっきりした。

2021年1月30日土曜日

城陽市のロウバイ

FBの友達・福富さんの投稿をみて、城陽市市辺の富田家のロウバイが見頃とのことで車で出かけてきた。
厳しい寒さの中、かれんな黄色い花と甘酸っぱい香りが漂い、訪れる人を楽しませていた。ここは新聞販売業冨田保幸さん方の民家の庭に、祖父が約80年前に苗木を植え、徐々に増え、現在は20本近くが群生し、市の「名木・古木」にも選ばれている。毎年この時期になると、市内外から多くの人が見学に来るという。今回、初めて行くと4~5人がみに訪れていた。今年は例年より10日ほど遅く、年明けに咲き始めたとのこと。これだけ高い木のロウバイは初めてみたが見事なものだった。

2021年1月22日金曜日

近況とTikTokへの動画投稿

今年になってもコロナウイルス感染拡大が収まらず、感染者(陽性)が増加し緊急事態宣言が7日に発令され外出自粛が叫ばれている。そのため高齢者で基礎疾患もあって感染したらアウト(死)であり、リスクを減らすためにもスポーツジムも1月から退会してやめた。その代わり運動は、午後1時間程度のウオーキング(自転車)と夜にはTVを観ながら30分程度のストレッチ体操を続けている。
ここ数カ月は自宅に籠ることが多く、PCやスマホでの動画編集の勉強をネット(youtuble)等で続けている。特にスマホで動画を撮り、PCではBeeCut、DaviciResolve、kizoa等で編集。スマホでは、CapCut、Kizoa、SNOWと最後に「TikTok」で編集して、短編動画の「TikTok」にアップしている。昨年15日で「いいね!」が1つの節目の1万回を超え、現在(1/22)では1万6千回、先月12日でフォロワー1000人突破し、現在は1290人となり、日々増加している。これらの動画はfacebook(FB)のストーリーズにもアップして多くの友達が見てくれている。下のURLは「TikTok」にアップした動画。https://vt.tiktok.com/ZSVKA6Y6/


2021年1月2日土曜日

石清水八幡宮に参拝

早や2日目、コロナ感染防止と運動を兼ねて石清水八幡宮に自転車で参拝しに行った。午後1時半過ぎに出発してくずは→橋本→八幡で第一鳥居には2時20分頃に到着。表参道約25分→本殿にて参拝→裏参道(途中、展望台に立ち寄り)第一鳥居をくぐった後、その前の店で甘酒が売られていたので紙コップ(400円)一杯飲んで、また同じ道を通り4時半頃に帰宅した。結構よい運動量になった。
 

2021年1月1日金曜日

二ノ宮神社に初詣

コロナウイルス感染騒動の2020年が終わり2021年が始まったが、2021年もコロナ感染騒動がまだまだ続き大変そうだ。初詣は歩いて約15分にある二ノ宮神社に行って体調のことを祈願した。
  

明けましておめでとうございます!

2020年12月11日金曜日

石切神社参拝

初めて石切劔箭神社に妹の車に乗車して行ってきた。大阪平野の東、生駒山麓に鎮座する石切劔箭神社は、「いしきりさん」と親しみを込めて尊称されている。社号の「石切劔箭(いしきりつるぎや)」は御祭神の御神威が強固な岩をも切り裂き、貫き通すほど偉大な様をあらわしている。特に加持祈祷(病気・災難などをはらうためのに行う祈祷)、お百度参りは有名で関西一円はもとより、その御神徳を慕い全国から大勢の方が参拝されている。今回、妹が自分の病気平癒祈願をしてもらっていることもあって参拝した。コロナの影響で参拝客も少ない感じだった。

2020年12月7日月曜日

「一万人の第九」リモート観覧

2020年の「サントリー1万人の第九」コンサートが12月6日、大阪城ホールにて無観客・無合唱で行われた。今回リモート観覧できるので14時45分から待機し、パソコン画面で視聴用のテストで参加した。
参加すると画面上(左画像)には主催者側の第九演奏の映像が流され、参加者のリストも出ていた。この状態で本番の映像が出てくると思って待つこと2時間。その後に画面上に「お待たせして申し訳ありません。主催者が参加した時点で開始されます。あなたが待機していることを主催者に知らせますか」でボタンをクリックすると第九演奏、参加者リストも消えた画面に(恐らくリモート観覧が終了したためか)。結局長時間待ったが観覧できず、楽しみにしていたのに残念に終わりショック。どうして観覧できなかったのか?当方の操作でテスト版から入ったのが間違っていたのか?よくわからない。リモートでの操作はやさしようで難しい。このTV放送がMBSから19日(土)16時~からあり観られる。

2020年12月1日火曜日

免許書更新の認知機能検査

枚方自動車教習所にて認知機能検査を、今回2回目を受けた。当日検査のイラストは、予想Aと思っていたが、外れてBだった。3年前と同じBで、初年度(認知機能検査のスタート)Aで次年度に受けてたのでB、その後3年目(B→C→D→A)なのでAだと思っていただけに少し面食らった感じ。しかし、A・B・C・Dの絵各16個(合計64個)すべて覚えていたので問題なく書け、結果は、前回に続いて満点の100点。今の年齢で覚えるのには時間がかかったが、終わってヤレヤレでホットした。
次は高齢者講習会の受講の申し込みで、おそらく1月中には済んで更新手続きができるだろうと、 24日に枚方自動車教習所で予約するも3ヶ月先の2月24日しかなく、仕方なく門真自動車試験所に申し込み1月21日(木)10:00~12:00となり、午後から更新手続きもできることになった。これが最後の更新になるだろうと思う。

2020年11月17日火曜日

投稿をやめて早や約6カ月弱!

このブログの投稿をやめて約6カ月弱になります。その間にいろいろな出来事がありました。
3月頃からコロナウイルス感染拡大で外出自粛が始まり、自宅に籠りがちでした。そのため運動不足解消に近辺の散歩に出かけ道端、公園、人家前に咲いている綺麗な花を中心にスマホで動画を撮ってきました。また最近は各名所、庭園なども撮り出しました。これらはスマホで撮り、アプリ「SNOW」「TikTok」などで1分以下に編集加工して、短編動画で人気の「TikTok」にアップしています。15日で「いいね!」が1つの節目の1万回を超えました。これらの動画はfacebookのストーリーズにもアップしていますが、26秒に短縮さらたもので24時間で見えなくなります。下のURLは「TikTok」にアップした動画です。 https://vt.tiktok.com/ZSVKA6Y6/






2020年5月31日日曜日

ダイハツミラーイース納車

従来、次女が電車通勤であったが、新型コロナウイルス感染防止のため、我が家のスズキアルトで通勤、また娘婿も同じように感染防止のため自車(シエンター)通勤をしだした。
緊急事態宣言も解除されるが、今後の感染防止と車通勤をしだすと楽だし、これからも二人とも車通勤することとなった。
そのため、6月1日からの保育所(娘の次女)の送迎や急な時の車使用が出来なくなってしまうので、急遽ダイハツの中古車(ミラーイース)をカミタケモータスで購入、31日が納車だった。
保育所の送迎は来年3月までで、4月からは小学校になり送迎はなくなるが…、運転もそろそろと歳だしいつまで使う(乗れる)か考える時期になって来ている。

2020年5月30日土曜日

豊臣秀次菩提寺・瑞泉寺

地下鉄の烏丸御池で下車し、運動を兼ねて京阪三条までウオーキング。久しぶりに三条大橋の近くにある豊臣秀次菩提寺・瑞泉寺を訪れて参拝。
この菩提寺・瑞泉寺は、太閤秀吉の甥・豊臣秀次とその一族を弔うために慶長16年(1611年)この場所に建立されたお寺。
秀次といえば、秀吉の養子となって関白の位と豊臣家の家督を継ぐが、太閤の愛妾「淀君」に秀頼が誕生したことから秀吉には次第に疎んぜられ、さらには石田光成らの策謀もあって、ついに文禄4年(1595年)7月、謀反の疑いを理由に高野山へ追放され、同月15日(現暦8月20日)に切腹させられてしまう。
次いで同年8月2日(現暦9月5日)、秀次の子供と側室などの女性一族39人が、三条大橋西南の当時はまだ鴨川の河原であった此の地で無残にも公開処刑され、遺骸はその場に掘られた大きな穴にひとつに投げ込まれた。
そして、その上に世に「殺生塚」(摂政関白の塚よりの転意)と呼ばれる大きな塚が築かれ、その存在は当時の「洛中洛外図」(舟本本他)にも印象深く描かれることとなる。
それから16年後、高瀬川の開削と「木屋町筋」の整備を開始した豪商角倉了以は、洪水などで荒廃したその「塚」を拝み、縁浅からぬ豊臣秀次一族を弔うための墓地と一寺をこの地に建立した。

京都植物園

 永い間緊急事態宣言のため外出自粛があって、遠くへの外出を控えていた。が、緊急事態宣言も解除され、久ぶりに電車に乗車して京都府立植物園に出かけた。
園内はいろいろな花々が咲き綺麗で、今花しょうぶが見頃であった。ただ、バラ園が綺麗に咲いていたが、新型コロナ影響で土・日曜がクローズされていて、中に入って見ることが出来なかった。残念‼

2020年5月24日日曜日

禅寺・円福寺

緊急事態宣言も解除されて外出自粛も緩んで人の動きも多くなってきた。その中で運動を兼ねて自転車で「松花堂」の庭園をみて、禅宗の円福寺に立ち寄って来た。約2時間のサイクリング(運動)をした。
この円福寺は、京都府八幡市にあり、大阪府枚方市にまたがって三万坪を数える敷地。山門・本堂・庫裡・禅堂・有栖川宮旧御殿等多くの建物が甍を連ね、洛南の一大道場として雲水(修行僧)衆が日夜坐禅托鉢等に精進している禅寺。
この円福寺では、年末に約15メートルのイチョウの大木2本に修行僧がはしごをかけて登り、束にしたダイコンをロープで引き上げ、枝にかける行事が行われる。このダイコンは修行僧らが托鉢して歩き、農家などから集めた約1200本。冬の冷気に1月中旬ごろまでさらし、漬けものにする。修行僧の毎日の食事のほか、年2回の「万人講」で振る舞われるという。特に変わった年度行事ではないが、イチョウの大木にかけて干すのはちょっと面白いし、変わった風景で新聞やTVでも報道される。また、京セラ創業者稲盛和夫さんがこの臨済宗妙心寺派円福寺で、西片擔雪(たんせつ)さんというご老師の導きで、得度をされ仏門に入られたことでも名が知れている。

2020年5月22日金曜日

山田池公園の花しょうぶ

山田池公園の花しょうぶが咲き始めた。
毎年5月25日から末まで開園され、多くの市民の人たちが訪れて賑う時期となるが、今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止されるとの張り紙が掲示されていた。
明日(23日の午前0時)から緊急事態宣言が解除されるので、開園されると思っていたが残念! 園内には入れないので、外から見るしかない。

2020年5月10日日曜日

市民の森

運動を兼ねて自宅から自転車で約25分の「市民の森」へ出かけた。
この「市民の森」には、花の森、郷土の森、せせらぎの森、緑化植物見本園などに花や植物が沢山植えられた市民の憩いの公園となっている。遠い平安を偲ばせる鏡伝池を囲み、今はツツジ、バラ、矢車草、カキツバタなどの花々が見頃を迎えていて綺麗だった。また、鯉のぼりが泳いでいて、5月だなぁ~~と感じる風景だった。鏡伝池を2回程回りながら写真を撮った。

山田池公園の春

新型コロナウイルスの感染症拡大防止で、3月2日から高中小学校の休校がスタートし、その後4月8日から緊急事態宣言も発せられ5月7日からも継続、現在も外出自粛が続いている。自宅で一日中籠っていると運動不足も起こり、気分的にも優れないこともある。
そのため、とりあえず午前中は、HPの更新作業、YoutubleでDHCテレビ(虎ノ門ニュース)、武田邦彦TV、水間条項TV、世界経済チャンネル、藤井厳喜の「ワールド・フォーキャスト」などを視聴と映画鑑賞など、午後はスポーツジムの休業もあり運動不足を解消するため、3月初旬から5月9日までほぼ1日おきに山田池公園に出かけて運動(ウオーキング)をしながら写真を撮ってきた。その写真を「山田池公園の春」として動画にしてまとめてみた。

2020年4月27日月曜日

山田池公園でキャラクターと遊ぶ

武漢ウイルス感染拡大防止で、緊急事態宣言が出され外出自粛中であるが、「三蜜」条件がないので運動、森林浴、気分転換によく山田池公園に出かけている。
今回、アプリ「SNOW」のキャラクタターを使って遊んでみた。編集加工は、まずスマホでアプリの「SNOW」のキャラクターを使って撮影、それをパソコンで画像編集ソフト「KIZOA」で動画編集した。もっと楽しくなるような面白い動画が作れないかなぁ~~と考え中!

2020年4月23日木曜日

吉野山の桜2020

今年の桜鑑賞は吉野山の桜を予定していたが、新型コロナウイルスの外出自粛ため止めざるを得なかった。Youtubeを見ていると「吉野山の桜2020」を見つけたので観たが、来年は行ってみたいが行けるだろうか…。

霧島ツツジと牡丹

京都府長岡京市の長岡天満宮の霧島ツツジと乙訓寺の牡丹が見頃とのこと、何度も観に行っているが、今年は新型コロナウイルス感染防止により外出自粛のため我慢して過去(2018年4月)の写真をみて過ごした。


2020年4月18日土曜日

高倉健主演映画の鑑賞


先日、BSで大スターの高倉 健主演の映画を3本(2012年「あなたへ」、1982年「海峡」、1977年「幸福の黄色いハンカチ」)を観た。
が今回、新型コロナ感染拡大防止で8日から緊急事態宣言が出され自宅に籠りがち、そこで今までゆっくりと鑑賞できなかった高倉健主演の映画を鑑賞することにした。
TUTAYAのレンタルビデオとAMAZONのプライム会員(月500円)での無料ビデオで、以下の作品をPCで鑑賞して楽しんだ。
2001年「ホタル」、1999年「鉄道員-ぽっぽや」、1987年「冬の華」、1967年「網走番外地 悪への挑戦」、1966年「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」、1972年「日本任侠伝 斬りこみ」、1965年「網走番外地」、1975年「新幹線大爆発」、2000年「緋牡丹賭博 一宿一飯」・「緋牡丹賭博 仁義通します」は藤純子主演であるが、やはり高倉健主演の任侠シリーズはカッコよくてよかったなぁ~。高倉主演映画は、まだまだたくさんあるが、これで一旦終わって、次は吉永小百合主演の映画を鑑賞してみよう。今まで200本の映画に出演し、ここ10数年の作品は全て観ているが、過去の人気のあった作品はほとんど観ていないので観てみよう!

2020年4月15日水曜日

造幣局の「桜の通り抜け」

15日の朝日新聞夕刊に大阪の春の風物詩とされる造幣局の「桜の通り抜け」が、新型コロナウイルスの感染拡大で中止となった。そのれを楽しみにしている人に届けてほしいとのことで、その写真が掲載された。
毎年、この造幣局の「桜の通り抜け」を楽しみして行っているが、今年は残念にも見ることができず。この夕刊の写真と昨年撮ったものをコラージュした写真を見て、来年はこの新型コロナウイルス感染が収束して見られるようになることを念願する。


2020年4月12日日曜日

仁和寺の御室桜

今年最後の桜、仁和寺の御室桜が満開を迎えているとのこと、車で行って写真を撮りたかったが、新型コロナウイルス感染防止の自粛要請もあり残念だがあきらめた。
仁和寺の御室桜はソメイヨシノより1週間から10日遅い里桜(品種はほとんどが有明で、他に車返し、鬱金(うこん)など十種類の里桜)で、丈が低く(3m前後)、根元より香り高い白花を咲かせる特徴がある。御室桜の起源は古く、平安時代にまでさかのぼるが、現在のものは江戸時代初期に約200本植えられたもので、大正13年に天然記念物法により名勝に指定された。
仁和寺の歴史は、仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって「西山御願寺」と称する一寺の建立を発願されたことに始まる。しかし翌年、光孝天皇は志半ばにして崩御されたため、第59代宇多天皇が先帝の遺志を継がれ、仁和4年(888年)に完成。寺号も元号から仁和寺となった。明治20年(1887年)には御殿の焼失があったが、大正時代に再建。昭和時代に入ると、仁和寺は真言宗御室派の総本山となり、近年では平成6年(1994年)に古都京都の文化財の1つとしてユネスコの「世界遺産」に登録され、新たな歴史を刻んでいる。 (仁和寺のサイトから抜粋)

写真上・中は2017年4月、下はFBのSさんから20年4月に撮影した写真を借用。

2020年4月5日日曜日

玉川堤の桜

笠置の帰りに、十数年ぶりに京都府井手町の玉川堤の桜に立ち寄って来た。
ここは、日本六玉川の一つとして知られる「井手の玉川」で「平成の名水百選」にも選ばれ、堤防両岸には約500本のソメイヨシノが植えられている。満開で見頃を迎えて綺麗だった。
玉川沿いでは、毎年桜の開花にあわせ「井手町桜まつり」が行われるが今年は新型コロナの影響で中止。桜のあとは、ヤマブキが咲くことでも有名。

笠置木津川畔の桜

笠置の木津川畔(笠置キャンプ場)の桜を観に車で出かけた。
笠置町(かさぎちょう)は、京都府の最南端、相楽郡の東部に位置し、南は奈良市に接している木津川上流の山峡にあり、歴史と自然を素朴に漂わせている静かな里。ここの桜は「日本さくら名所100選」にも選定されていて、この木津川畔(ふれあいひろば)のソメイヨシノ、淡いピンク色の枝垂れ桜が満開で美しく、見応えがありよかった。

2020年4月3日金曜日

観音寺の菜の花畑

京田辺市普賢寺にある「観音寺」に初めて車で出かけた。
ここは「観音寺」へ続く桜の参道の両脇に一面に黄色い花を咲かせる菜の花畑がある。桜並木と並んで人びとを魅了するこの菜の花畑は、地元有志と観光協会との共同事業として2000年に登場。毎年花見ウォークの会場になるなど、桜と菜の花が咲く季節には多くの人が訪れるところで有名。本日も家族連れなどが訪れていた。
本堂に参拝後、桜と菜の花をみて写真を撮った。

2020年3月29日日曜日

八幡市背割堤の桜

27日、醍醐寺の帰りに立ち寄ってみたが、まだ7分咲き程度であったので、29日に自宅から自転車で改めて訪れてみた。
ここは京都府八幡市にある淀川河川公園背割堤地区の桜の名所として知られていて、二つの川(宇治川と木津川)堤道約1.4キロに渡って両側にソメイヨシノが約220本ある桜並木。
新型コロナ感染予防の影響で「さくら祭り」の中止や「さくらであい館」が休館となっていて、人出は昨年と比較すると随分と少なく、まばらな状態で寂しいものだった。(写真中の状態) が、その分ゆったりと観て写真も撮ることが出来てよかった。
 

2020年3月28日土曜日

松花堂庭園

曇り空であったが、自宅から運動を兼ねて八幡市のさくら公園と「松花堂」へウオーキング。片道約1時間で往復約2時間のウオーキング。
自宅から樟葉方面に向かい美咲の住宅街を通り抜けて、まずさくら公園でソメイヨシの桜をみて、松花堂に、折角来てので「庭園」に入園して一回り見てきた。2~3度入園しているので、目新しいものはなかった。

2020年3月27日金曜日

京都醍醐寺のしだれ桜

桜の名所である総本山醍醐寺に、車を地下鉄醍醐寺駅にあるアルプラザ(平和堂)醍醐店に駐車して往復歩い(片道約10分)て行った。
醍醐寺には専用駐車場があるが、駐車代700円かかり、このアルプラザの駐車場は2時間無料、それを過ぎると1時間100円で済むことと運動も兼ねられる。醍醐寺に行く場合は、ここに駐車している。
朝から雨模様で、時には小雨が降る境内は枝垂れ桜がほぼ満開、ソメイヨシノは7分咲きであったが、新型コロナの影響もあってか観桜客はまばらであった。今回は霊宝館、三宝院内にあるしだれ桜も満開のようだったが、前に2~3度観ているし入館料も1500円かかるのでやめて、その周辺の桜を観て写真を撮って楽しんだ。

2020年3月20日金曜日

京都御苑のしだれ桜


嵐山から車で京都御苑の近衞邸跡のしだれ桜を見に行って来た。
京都御苑北西部にある五摂家の一つ、摂政や関白を多く出した近衞邸の跡で、しだれ桜(糸桜)の大木が約60本植わっていて、ほぼ毎年、この近衞邸跡のしだれ桜を見に来ているが、今満開で綺麗だった。
ここは御苑で一番早く咲き始める桜で、3月中旬にはほころび始める。この近衛邸跡の庭園に塀や建物はないが、大きな池を囲むように庭園は保存されて、その池は同じ御苑内の堺町御門近くの九条家の九条池に対し近衛池とよばれている。
また、御苑内には所々にしだれ桜、ソメイヨシノ、山桜などもあるが、まだ満開には時間がいる感じだった。

写真上: 近衞邸跡のしだれ桜(糸桜)、写真中:京都御苑内の出水のしだれ桜(糸桜)。
写真下:2018/3/27に撮影した近衛邸跡のしだれ桜で、今回はまだ蕾が多くて、このような見事なしだれ桜を見ることが出来なかった。

桜守佐野右衛門邸のしだれ桜

「やすらぎポイントカード」(公立共済やすらぎの宿のカード)のポイント(2300円分のポイント)の使用期限が今月末までのため、嵐山の「花のいえ」でポイントを使ってお土産を買うため車で出かけた。
買い物が終わって、渡月橋の写真を撮ってから桜守佐野右衛門邸(植藤造園)のしだれ桜が満開ではないかとの思いで見に行ってみた。が、まだ蕾も多く綺麗なしだれ桜を見ることが出来なくて残念であった。
この佐野藤右衛門邸は、京都市右京区広沢池近くにあり、桜の名所であるが雑誌にもほとんど掲載されないが、美しい桜が観賞出来るという噂を聞きつけて、多くの人が訪れるところである。佐野藤右衛門邸は個人の家で、春には無料で一般開放されており、誰でも桜を観賞する事が可能である。佐野藤右衛門とは、嵯峨野にある「植藤造園」の当主が代々引き継ぐ名である。この佐野藤右衛門は桜守としても有名で、その活動は14代目から行われており、現在は16代目で三代目桜守。円山公園のしだれ桜、蹴上のインクラインの桜などを育てたのも佐野藤右衛門氏だったとのこと。