ラベル 展示会 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 展示会 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年3月12日火曜日

横山大観画業と暮らしと交流展

京都高島屋にて「横山大観 画業と暮らしと交流-大観邸」展(3/6~18日)が開催されていたので観に出かけた。この本展では、横山大観記念館が所蔵する大観作品や下絵や写生帖など作品背景を語る貴重な資料をはじめ、画具、遺品、静子夫人の着物など、普段は一度に見ることのできないコレクションを一挙に公開されていた。特に生涯で2000点を超える富士山を描いたという富士山の絵や全長26Mの絵巻「四時山水」がすべて展示されていて見ごたえのあるものだった。
この本展のチラシによれば、『横山大観(1868~1958年)は、東京・上野池之端(台東区)に明治41年(1908年)から居住し、数々の名作を生み出しました。大正8 年(1919年)、この場所に木造2階建ての数寄屋風日本家屋が大観のデザインにより建てられ、自宅兼画室として使用されました。細川護立侯爵から贈られた石を配した庭園も大観の意匠であり、庭の樹木等は多くの大観作品の画題になりました。この大観邸には数多くの文化人が来訪しています。東京大空襲でほとんど焼失しましたが、昭和29年(1954年)にほぼ同じ形で再建され、大観は亡くなるまでここで創作活動と文化交流を続けました。この横山大観旧宅及び庭園は平成29 年(2017 年)2 月に国の史跡及び名勝に指定されました。横山大観旧宅及び庭園を昭和51年(1976年)から記念館として、大観が遺した作品やコレクションの一部を展示して、公開しているのが横山大観記念館です。』

2018年3月14日水曜日

霊山歴史館「大西郷展」

霊山歴史館にて「大西郷展」~第一期西郷隆盛と薩摩藩~(~3/18)が開催されているので見に行った。
この「大西郷展」は、薩長同盟から王政復古、鳥羽伏見の戦い、江戸城無血開城と主導的役割を果たした西郷隆盛。幕末維新の英傑のなかで最も愛された人物の一人、西郷に焦点をあて、多くの資料でその生涯を辿るもの。西郷をとりまく龍馬や新選組の資料も豊富に展示されていた。
第1期は「西郷隆盛と薩摩藩」で、西郷は薩摩藩主・島津斉彬の薫陶を受け、御庭番としてよく仕えた。江戸在勤中に水戸の藤田東湖、越前の橋本左内と会い「わが師は東湖、わが友は左内」といって親交を結んだ。しかし斉彬の死を境に西郷の人生は一変し、国父・島津久光との確執から遠島の処罰を受けることになる。だが、藩政への復帰後は朋友である大久保利通と薩摩藩を代表する存在となった。これらのことが詳しく絵図と説明文にて展示されていた。
第2期は「西郷隆盛と安政の大獄」(3/20~)で、安政の大獄で処罰の対象となった僧月照の和歌や近藤正慎の血染めの巾着などの展示。また井伊直弼襲撃図も見られるとのこと。
NHKの大河ドラマ「西郷どん」を見る上でも参考になったねぇ。

2018年2月15日木曜日

「京都ビジネス交流フェア」2018

2018年2月15日(木)~16日(金) 10:00 ~17:00、場所:京都パルスプラザ 京都府総合見本市会館「大展示場」(京都市伏見区竹田)において「京都ビジネス交流フェア2018」が開催されたので見学に行ってきた。この交流フェアは京都最大のビジネス総合イベントとして、今回で19回目の開催。
京都のものづくり企業の高度な技術や製品をアピールする展示会で、180社22団体から出展されていた。 今回も滋賀県立大学工学部「材料科学科」が主体とした展示や大学・高等専門学校によるシーズ発表会において、工学部材料科学科の伊田助教から「精密ラジカル重合を用いた新しい機能性高分子ゲル材料の創出」と題しての発表もあった。この発表を一番後ろで聞いたが、会場内が騒々しく、またスピーカーの音も低く、内容も材料に関するものあり、さっぱり分からなかった(笑) 「工学部学友会」関連では、立入会長の㈱長濱製作所(立入社長)の展示も行われていた。
会場内を一通り180社のブースを見て回ったが、もう前から第一線から引いっていることもあり関心も少なかったが、その中でも参考になるものもあり少し勉強にもなったかなぁ~と思う。

2017年5月21日日曜日

「滋賀サファリ博物館」

滋賀県甲賀市信楽町の国道307号線沿いで、新名神信楽IC下車、右折してすぐにある「滋賀サファリ博物館」、3年前に訪れたことがあるが、田舎(日野町)に行く途中に再度訪れてみた。
開館は土・日曜と祝日のみで入場料500円。初回、入ってみた瞬間、おぉ~すごい~と非常に驚いたが、今回はそうでもなかった。まるで生きているかのような美しい動物の全身剥製がみられる自然科学博物館。その種類は国内にとどまらず、野生羊の最大種であるモンゴルのアルタイアルガリ、世界四大珍獣にも数えられるボンゴ、カナダのへら鹿(ムース)、百獣の王・ライオン、獰猛なナイルワニ、キリン、ホッキョクグマ、トナカイ、コヨーテ、アフリカ水牛、イボイノシシなどなどの野生動物の剥製の勢ぞろい! 動物の剥製類約100点が常時公開されている。
加えて驚きなのが、これらの動物はすべてハンターの故近藤幸彦氏(2013年92歳で亡くなられたが、55歳から本格的に狩猟を初め、世界を駆け巡って80歳までハンティングして剥製展示された)が捕獲したものであるということ。危険と隣り合わせの狩猟の様子も知ることのできる博物館で、一見の価値ありか(*゚▽゚*) 興味のある方はどうぞ!! 
現在は息子さんが自営業をしながら館長として管理しておられるとのことだが、今後の管理も含めて大変だ~と思う。

2017年5月5日金曜日

2017年食博覧会・大阪

2017年食博覧会・大阪(9回目)が開催され見物に出かけた。ゴールデンウィークでもあり会場内はすごい人で賑わっていた。2009年「食を知り、食を楽しむ」をテーマに7回目が開催された時に見物して以来2回目だった。 その動画がブログに残っていたので、画質があまりよくないけど再度掲載、ここには故郷の日野町のブースもあって、みると懐かしい(*゚▽゚*)
この食博覧会は、「食の都」大阪を舞台に1985年から4年ごとに開催され、日本最大級の「食」のイベントとなっている。今回(9回目)で「日本の祭り・日本の味くらべ」の開催をテーマに、日本各地の地域資源である「食」と「祭り」の魅力を広く発信することで、国内はもちろん、世界の国や地域へ日本の「おもてなしの心」と「元気」を届ける「宴」にするとのこと。
会場の2・3・4・5・6A・6B号館を一通り回ってみたが、美味しいものがたくさんあり、昼食は何をと探しながら5号館に行くと「宴茶房」というところが人も少なくて、ゆったりとしていたので、ここで「宴御膳」を食べた。この「宴御膳」には、山形の牛すき煮、青森の帆立貝・鮭うに焼、青森・岩手の干しするめいかとねかぶのねぶた漬け、千葉の祭りずしダイヤ、岡山の祭りずし、岩手南部のわかめ飯、それに汁物があり東北地方の味を中心に味わい、大変美味しかった(^O^)
2号館のふるさとステージでは、以前所属していた「なにわ連」による阿波踊りを懐かしくみて、またやってみたいと思うが体力的にもこの歳ではもう無理だなぁ~と、残念だけど。また、日本の祭りライブステージでは、大阪だんじり祭りや子ども和太鼓演奏で楽しんだヽ(・∀・)ノ


2016年11月7日月曜日

キンシ正宗「堀野記念館」

BS4で毎週日曜日21時から放送されている船越英一郎さんの「京都を極める」(京都の有名神社仏閣、食事処などを紹介する番組)をみているが、今回、キンシ正宗の京仕込み発祥の地、旧堀野本宅の「堀野記念館」が紹介されたので訪問してみた。
その歴史は古く天明元年(1781年)、若狭出身の初代松屋久兵衛がこの地に造り酒屋を創業したことに始まる。 明治13年(1880年)に酒造拠点は伏見に移されたが、屋敷や酒造道具類は当時の様子を伝える文化資産として、今に受け継がれている。この堀野記念館の名はかつて堀野家の本宅であったことに由来している。間口約26m、奥行約30m、広い敷地の南側に位置するのが、切妻造段違桟瓦葺の主屋。切子格子やむしこ窓など、町家らしい造りを観ることができる。記念館の右隣(北側)にある町家麦酒の旨さの源泉は、堀野記念館中庭からコンコンと湧き出る桃の井の名水(下の写真の左下)で造られている。
 キンシ正宗は明治13年(1880年)までは、この桃の井の名水で作られていて、多くの酒蔵が軒を並べていた。が、その後は伏見に移り、現在はキンシ正宗の本社蔵内にある常磐井の水(日本の名水百選にも選ばれた御香宮に湧きでる御香水と同じ水脈)で、 この「自然の恵み」を「命の水」としてキンシ正宗の酒は造られいる。 今回、入館料300円で約200年の町家らしい造りの本宅・庭園(下の写真の上の左右)や酒造道具類の当時の様子を伝える品々などを見物した。 また、桃の井の名水も飲んでみたが、まろやかな感じの水だった。最後に日本酒と地ビール(下の写真の右下)を試飲したが、あまりお酒やビールの味がわからないがなかなかの味だった。

2016年3月4日金曜日

江崎記念館


江崎グリコのルーツが見られる「江崎記念館」を訪れた。この記念館はJR塚本駅から徒歩約15分にある江崎グリコ㈱本社構内にあり、1972年3月、創立50周年事業の一環」として、従業員に創業の志を伝え、社業の発展に寄与するために設立されたもの。
この記念館では創業者・故江崎利一氏(1882~1980)が故郷の佐賀県薬種業の長男に生まれたこと。1919年春(37歳)有明海で浜辺で漁師たちが中国に輸出するカキを大きな釜で煮て、煮上がるとそれを捨てていた。その煮汁から健康によいとされるグリコーゲンを抽出し、病気の治療より予防に役立てようと考え、「グリコーゲンを一番必要としているのは育ち盛りの子どもである。それならば子どもが喜ぶ菓子の中にいれて嗜好品として売ったらどうか」と考えたという。健康なからだづくりがグリコの創業の原点だったこと。その製品名は、グリコキャラメルでは他の商品と区別する意味で「グリコ」にした。箱の意匠は当時森永キャラメルが黄色で、それにならって他の商品も同じ黄色だった。が、何とか目立つ色にとの思いで赤色にした。商標(ゴールインマーク)は自宅近くの公園で子どもたちが遊んでいる姿をみて閃いて、手を上げてゴールする姿にしたこと。キャッチフレーズ(一粒三百メートル)も体重40Kgの人が一粒で三百メートル走れることで決めた。などなど用意周到に決めて、1921年(大正10年)3月佐賀から大阪に居(曽根崎)を移し、1922年(大正11年)2月に三越にて栄養菓子グリコが売り出されたのがスタートである。
1927年(昭和2年)には、「食べることと遊ぶことは子どもの二大天職である」。この思いの下、「グリコ」とおもちゃはひとつだと考えて、おまけ付きおもちゃを発売(以来50億個を超す)、子どもたちの創造性を育み、日本の生活文化を語る証拠として多くの人たちに愛され親しまれている。ここでは創業時から現在までの約4000点のおもちゃが展示されていた。それ以外には製品や広告の歴史、おまけ付きおもちゃの歴史などが展示されていたし、創業者江崎利一を偲ぶ部屋もあった。今回、江崎グリコの創業のことなど広く学ぶことができた。

2015年10月27日火曜日

ピースおおさか

JR森ノ宮駅から徒歩5~6分にある「ピースおおさか(大阪国際平和センター)」を見学した。65歳以上は運転免許書などの証明があれば無料。
ここ「ピースおおさか」は、1991(平成3年)年に平和の首都大阪の実現をめざし、大阪府民・市民の協力のもと、世界平和に貢献することを目的に、大阪における平和の情報発信基地として開館された。以来24年余が経ち、これまでに延べ188万人の来館があったとのこと。
館内は、展示のAゾーンでは空襲で焼け尽くされた大阪の超拡大写真が展示され、現在の大阪の様子とともに伝えるところであった。 Bゾーンでは空襲に至った背景としてなぜアメリカと戦争をしたのか、また日清・日露戦争から太平洋戦争までを写真や動画などで解説するところ。 Cゾーンでは空襲に備えた当時の様子など伝えるところ。 Dゾーンでは多くの犠牲を出し、焼け野原になった大阪の様子を実物資料、体験者の証言などで伝えるところ、ここでは10人程度が入れる防空壕、1トン爆弾(複製模型)、被弾した鉄カブトなどの展示がしてあった。 Eゾーンでは戦後、GHQによる占領下から高度成長を経て発展する大阪の姿を伝える展示であった。 それ以外に戦争に関する書籍・資料やDVDの閲覧、映画も上映されていた。
今回、これを見て大阪空爆では、すごい被害があったことがよく分かり、また当時の暮らしぶりなど改めて知ることができた。

2014年7月13日日曜日

滋賀サファリ博物館

甲賀市信楽町の国道307号線沿いに「滋賀サファリ博物館」が随分前からあり、何があるのか?変なまがい物でもあるのか?と思いながら車で通っていた。 開館は日曜祝日のみで、入場料500円とのこと、騙されても大したことがないので立ち寄ってみた。
入ってみておぉ~すごい~~と非常に驚いた! まるで生きているかのような美しい動物の全身剥製がみられるではないか。 その種類は国内にとどまらず、野生羊の最大種であるモンゴルのアルタイアルガリ、世界四大珍獣にも数えられるボンゴ、カナダのへら鹿(ムース)、百獣の王・ライオン、獰猛なナイルワニ、キリン、ホッキョクグマ、トナカイ、コヨーテ、アフリカ水牛、イボイノシシなどなどの野生動物の剥製の勢ぞろい! 動物の剥製類約100点が常時公開されている。 加えて驚きなのが、これらの動物はすべハンターの故近藤幸彦さん(昨年92歳で亡くなられたが、55歳から本格的に狩猟を初め、世界を駆け巡って80歳までハンティングして剥製展示。)が捕獲したものであるということ。 危険と隣り合わせの狩猟の様子も知ることのできる博物館で、一見の価値ありか(*゚▽゚*)  ここは、新名神信楽IC下車、右折してすぐにある。 

2013年7月31日水曜日

大河ドラマ特別展「八重の桜」へ

京都文化博物館で開催中の2013年NHK大河ドラマ特別展「八重の桜」(7月13日~9月1日)へ。
この展示は第一章「会津の教え」、第二章「幕末の京都」、第三章「会津籠城」、第四章「古都復興~覚馬と襄~」、第五章「ハンサムーマンへ」、それに新島旧邸応接室の家具展示などに区分され合計210点が展示されていた。
この大河ドラマは会津出身の新島八重の生涯を描くもので、八重は会津藩の砲術師範であった山本権八・佐久の子として生まれ、1868年の戊辰戦争時には鶴ヶ城に籠城し、自らも銃をとって男性と共に奮戦。会津藩の敗戦後、八重は兄の山本覚馬を頼って京都に移り、半年後京都最初の女学校「女紅場」の教師に。その傍らで英語や聖書も学び、1875年アメリカ帰りで後に同志社の創立者となる新島襄と出会い、その翌年に結婚。男女の平等を望み、レディファーストを貫く八重の生きざまを、襄は「ハンサム」と評した。新島襄が病死後に日清、日露戦争が起こると八重は故郷の魂を胸に篤志看護婦として果敢に行動するなど大いに活躍し、自邸(現・新島旧邸)にて86歳で死去。この八重の一生を同時代の資料やゆかりの品々が多数紹介され、これからNHK大河ドラマをみる上でも大変楽しみとなった。 (●´ω`●)
同館にて7~8月の2カ月、フイルムシアターで古い映画が無料で公開されていた。本日は「映画に見る美男子の魅力時代劇編」ということで、1961年(昭和36年)東映映画「家光と彦左と一心太助」が中村錦之介(家光・一心太助)、進藤英太郎(大久保彦左衛門)、中村賀津雄、桜町弘子、北沢典子、山形勲(悪役)など子どものころに見た豪華キャスターで上映されていたのでみた。約90分の映画で画質はあまりよくないが、何か50数年前に戻ったようで懐かしかった。

2013年6月9日日曜日

琵琶湖博物館の「橋本忠太郎展」へ

近江の博物学者である滋賀県日野町十禅寺出身の橋本忠太郎氏(1886(明治19)年~1960(昭和35)年、74歳死去)の植物研究にかけた情熱と題して、この博物館の企画展示室で開催(4月2日~6月9日)された。今回、採集された植物標本約2万点が琵琶湖博物館に寄贈されることを記念して開催されたとのこと。本日が最終日であり、田舎(日野)に行く途中に立ち寄って見学した。
明治・大正・昭和にかけて、滋賀県内で精力的に調査研究をされてきた橋本忠太郎氏の業績をたどりながら、収集された実物標本と写真を中心に滋賀の植物相やその特色について紹介されていた。また、植物の現状や橋本忠太郎の意志を受け継ぐ人々の活動も紹介されていた。収集したコレクションは3万点以上にのぼり、その標本は東京国立科学博物館、京都大学総合博物館などにも収蔵されている。サヤマスゲやワタムキアザミなど39種が新種として記載されるなど、日本の植物分類学の発展にも多大な貢献をされたとのこと。 
この橋本忠太郎氏は田舎の隣の隣の部落(村)の人で、ずいぶん昔に聞いたことはあるが、今回の展示などをみて、改めて凄い人だったんだなぁ~と、感心するとともに誇りに思った。(^-^)

2013年1月31日木曜日

「昭和幻風景 ジオラマ展」を見物

ジオラマ作家、山本高樹氏の最新作をはじめこれまでに制作した作品を一堂に展覧する「山本高樹 昭和幻風景 ジオラマ展」が髙島屋7階グランドホールで開催されているので見物に。  山本高樹氏は、昭和の街並みと、そこに住まう人々をテーマにした作品を作り続ける、ジオラマ作家として知られている。単にモチーフを縮小しただけでなく、時代の味わいや空気感を凝縮した作風が高い評価を得ている。最近では、連続テレビ小説「梅ちゃん先生」のオープニングタイトルのジオラマを制作し注目を集めた。
この展覧では、「市電19系統新橋行 東京銀座」「冬支度 長野飯山」「雪国の市 新潟越後十日町」「坂の上の遊郭 広島尾道」「墨東の色町 東京向島」「浅草神社の三社祭り」など昭和時代の懐かしく、あたたかみのある多くの作品が展示され、レトロな世界を楽しむことができた。
その中でも「浅草神社の三社祭り」で3基の神輿を担ぐ人々、見物する人々、参拝する人々など約320人がそれぞれに表情豊かに制作されているのには驚いた、また神社本殿、社務所、鳥居、境内などの制作も精密で凄い! ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ

2012年9月9日日曜日

高島屋で開催「横田 滋写真展」へ

なんば高島屋7階で開催されている「横田 滋写真展」(めぐみちゃんと家族のメッセージ~めぐみさん 家族と過ごした13年)へ。 主催は「あさがおの会」で、2003年年5月 横田ご夫妻と同じマンションに住む住民有志がご夫妻の拉致被害者救出活動を身近で支援するために設立した団体。会の名称は北朝鮮でめぐみさんが曽我ひとみさんに押し花を作って贈った、めぐみさんの大好きな花「あさがお」にちなんでご夫妻がつけられたとのこと。共催は朝日新聞社、後援は大阪府、大阪市。
めぐみさんが拉致される(1977年11月15日)まで、結婚するときに記念のアルバムとして渡そうと滋さんが撮り続けた写真50数枚に添えた説明文の展示と短編映画「『ただいま』の声を聞くために」(約33分)の上映や「記事でたどる拉致問題」展も行われていた。1977年11月15日、中学校の帰り道に突然いなくなり、あらゆる手段で探し求められた20年、そして北朝鮮に拉致されたということが分かり救出活動に15年という長い々歳月が流れ、まだ未解決。その間のご夫妻の壮絶なまでの思いが伝わり、言葉には言い表せない悲しみが込み上げ涙が出た。北朝鮮の体制も変わりつつあり、早くご夫妻の元へ『ただいま』と帰られることを切に々願うのみ。この拉致問題で一個人としては何もできない。できるとすれば救出応援の署名と募金と思い、署名と少額であるが何らかの活動の一部にとの思いで募金した。

2011年3月27日日曜日

親鸞展へ

京都市美術館にて親鸞聖人750回忌、真宗教団連合40周年記念として「親鸞展」が17日から5月29日まで開かれているので観に出かけた。
これは、浄土真宗の宗祖・親鸞ゆかりの書画や彫像を集めたもので。鎌倉時代に親鸞が書いた「教行信証(きょうぎょうしんしょう)(坂東本〈ばんどうぼん〉)」など国宝9点、親鸞の肖像画「親鸞聖人影像(熊皮御影〈くまがわのみえい〉)」など国の重要文化財36点を含む約130点が展示されていた。
真宗教団連合」とは親鸞聖人は、真宗教団立教開宗の根本聖典である主著『教行信証』で、「真実の教は、浄土真宗である」と述べておられる。その浄土真宗を信奉する教団は、いろいろの歴史的な事情から、現在では十派に分流している。それは本願寺派(西本願寺)・大谷派(東本願寺)・高田派(専修寺)・佛光寺派(佛光寺)・興正派(興正寺)・木辺派(錦織寺)・出雲路派(毫摂寺)・誠照寺派(誠照寺)・三門徒派(専照寺)・山元派(證誠寺)である。しかし、その源はすべて親鸞聖人に帰一し、聖人を宗祖と仰ぐ御同朋の教団である。各教団がそれぞれの枠を乗り越え、大同団結をしてこの不安と混迷の現代社会において、浄土真宗の教えと立場を鮮明にするための行動する組織体が「真宗教団連合」である。(「真宗教団連合」のサイトから抜粋)我が家は西本願寺の門徒であり、親鸞聖人についてはそれなりに聞いていたが、この展示をみてより一層親鸞聖人という人の理解出来たし、その教えなどもよく分かった。

2008年5月25日日曜日

篤姫展とBBQ

午前中は大阪歴史博物館で開催されている「天璋院 篤姫展」を観に行ってきた。篤姫の一生涯がどうであったのかがよく分かったし、毎週、NHK大河ドラマ『篤姫』を楽しみに見ているが、より見る楽しみが増えそうだ。
午後は去る4月26日の徳島市「はな・はる2008」の阿波踊りコンテストで県外の部で準優勝したので、バーベキューパーティーが大阪城公園であり参加、そのあとはいつものように阿波踊りの練習だった。