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2020年2月3日月曜日

八坂神社の節分祭

京都市東山区の八坂神社で2日、3日「八坂さんの節分祭」が行われ、3日の午後1時からに行って来た。午後1時から祇園甲部歌舞会の芸舞妓さん3人が本殿に参拝した後、舞殿で2曲の踊りを奉納。続いて年男や年女とともに袋入りの豆がまかれ舞殿を囲んだ参拝者が一斉に両手を伸ばして取り合っていた。豆を1個でも取りたかったが、その風景を撮るため後ろに下がったので取れずだった。
午後3時から祇園東歌舞会による舞踊奉納と豆まきもあるが、撮影するよい場所を占領されていたこともあってあきらめた。
写真を撮るよい場所は、カメラマンによって早い時間から占領されてしまい、よい写真を撮りたいなら1~2時間早く行って場所を確保しないとダメだ。

2019年7月14日日曜日

祇園祭の前夜祭

京都ヨドバシカメラの買い物を済ませて、時々小雨がパラつく中を室町・新町通り界隈までウオーキング、祇園祭の前夜祭(14日の宵々々山)で賑わっている主な山や鉾を見て回った。山鉾では岩戸山、月鉾、函谷鉾、菊水鉾、放下鉾、鶏鉾などで最後は長刀鉾。
何度か祇園祭の山鉾は見ているが、ゆっくりとみて回ったのは初めて。また長刀鉾の会所の2階にはご神体や懸装品などが飾られて見物し、長刀鉾の上にもあがってみた。

2019年2月3日日曜日

成田不動尊の節分祭

久しぶりに「成田不動尊」の恒例の節分祭に出かけた。境内に全長約150Mの豆まき舞台、中央には日本一の大きさを誇る「千升大福枡」が設置され、開運厄除けとともに交通安全を祈る豆まき式が行われた。多くの参拝客(約2万2000人朝日新聞の情報)で埋め尽くされすごい人だった。第1回目の豆まきは、11時前から交通関係諸団体・関西政財界人・有名芸能人の宮川大助・花子さんやNHK連続テレビ小説「まんぷく」でヒロイン、立花福子を演じる女優の安藤サクラ(32)・今井鈴役の松坂慶子(66)さんが参加して行われた。安藤さんはオレンジ、松坂さんは紫のかみしもを身につけて境内の大舞台に登場すると、「福ちゃ~ん」「鈴さん~」と大きな声援が上がっていた。
不動明王が祭られた境内には鬼がいないとされる。そのため、掛け声は「鬼は外」は言わず「福は内」のみ。安藤さんらが豆をまくと、境内に集まった参拝客が「待ってました」とばかりに、両手を広げ、紙袋で受ける姿がみられた。朝日新聞によると豪快に豆をまいた安藤さんは「なかなか経験できないことをさせていただき、とてもありがたいです。成田山の豆まきは『福は内』としか言わないので、すがすがしい気持ちでした。お客さんからもたくさん声をかけてもらいましたが、豆まきの日に『福ちゃん!』と呼んでもらえてうれしく思いました」とコメントしたとのこと。
5年前にハッピを着て特設の舞台から豆まきを楽しんだことがあるが、今回初穂料が3,000円もかかるので節約して、その代わりとして「福豆」(500円)を1袋だけ買って帰った。安藤サクラ・松坂慶子さんを直にみられてよかった。

2018年2月25日日曜日

北野天満宮の梅花祭

道真の命日(2月25日)に合わせて毎年催されている梅花祭にはじめて行ってきた。
北野天満宮の前、参道には露店がぎっしりと並び多くの参拝客などですごく賑わっていた。本殿に参拝後、梅花祭野点大茶湯には、参拝者が並び約1時間40分かかってやっと舞芸妓さんのもてなしで、ほころび始めた梅をめでながら抹茶を味わうことができた。花街・上七軒の綺麗な舞妓・芸妓さんが接待していて、そこには超人気の芸妓・勝奈さんもこまめに接待をして回っていた。はじめてみる勝奈さんはやはり可愛っくて綺麗で超人気があるのがよくわかった。
この梅花祭野点大茶湯は、1587年(天正15年)に関白・豊臣秀吉が行った北野大茶湯(北野大茶会)に因み、花街・上七軒の舞妓・芸妓さんなどの奉仕によって行われているもの。京都の風物詩の一つになっている。
本殿では、菜の花を冠に挿した神職たちが約900年続くとされる神事を行い、「梅花御供(ばいかのごくう)」と呼ばれる蒸した米を盛った「大飯(おおばん)」と「小飯(こばん)」、筒状にした紙に紅白の梅の枝を立てた「紙立(こうだて)」を神前に供えるということが行われたようだ。
梅の花はまだつぼみで、見頃はもう少し時間(3月初旬頃?)がかかりそうな状況だった。

2017年9月23日土曜日

高瀬川舟まつり

第28回「高瀬川舟まつり」が高瀬川の水運の起点、木屋町二条の「一之舟入」付近で行われ、はじめて観に出かけた。
復元された高瀬舟に乗ることができ、記念写真も撮ってもらった。
舞妓さんによるお茶席(500円)では、前列に腰掛け、舞妓さんによるお茶の接待、写真も撮れてよかった。
それ以外には、「がんこ」高瀬川二条苑前で、小学生の合唱、歌、落語、剣舞などが、高瀬川では宝探しなど様々な催しが行われ多くの人で賑わっていた。
また、島津製作所創業記念資料館、がんこ 高瀬川二条苑の庭園の無料公開も行われていた。
この「一之舟入」は史跡に指定されている。

2017年5月3日水曜日

近江日野祭

日野祭り(本祭)を2年振りに見物した。この祭りは生まれ育った処の祭りではないが、母親の実家の祭りで、幼少のころにいつも連れられて、ご馳走を食べて見物し、楽しかったことが思い浮かび非常に懐かしいヽ(・∀・)ノ 
この日野祭りは、馬見岡綿向神社の春の例祭で、1170年頃から800年以上の歴史を持つ日野で最も大きなお祭り。毎年5月2、3日にわたって行われ、2日は夕暮れより各町内の曳山が山倉前や辻まで引き出され、ちょうちんに明か りを灯して夜遅くまで祭ばやしがかなでられる。本祭の3日は朝早くからこの祭をとり仕切る神調社(シンチ ョウシャ)・神子(カミコ)等の渡御よりはじまり、昼前には各町内より十数基の曳山が神社境内に勢ぞろい、神輿3 基も繰り出して御旅所のひばり野まで往復担がれる。
この日一日、日野の町は祭一色となり、各地からの観光客も多く訪れ、大賑わいとなる。
動画は2014年に撮影したものを中心に再編集した(^O^)



2017年4月9日日曜日

醍醐寺「豊太閤花見行列」

 京都・醍醐寺にて「豊太閤花見行列」が行われるので、初めてあるが見物に出かけた。これは毎年4月第2日曜日に行われていて、今年は9日であったが、桜の開花が遅くソメイヨシノなどは満開、くしだれ桜は少し散ってきていたが、まさに豊太閤花見行列に相応しい様子が再現されていた。すごい観光客で賑わっていた。
豊太閤花見行列は、国宝に指定されている三宝院の唐門からスタート。子供たちの行列から始まり、護衛の侍、山伏と続き、メインの秀吉や秀頼、正室・北政所、側室・淀、松の丸(京極竜子)、三の丸(織田信長の六女)、加賀(前田利家の娘)らに扮した一行が練り歩き、金堂へ。 金堂では、特設舞台が設置されており、雅楽や狂言が披露される。その舞台を見た後に、豊臣秀吉の行列は再び三宝院に戻って行事は終了となる。
豊太閤花見行列が観賞できる場所は、無料区間と有料区間に分かれて、三宝院から仁王門までは無料。 仁王門から金堂までが有料となっていた。いい場所でビデオ撮影をしたかったが、桜の写真を撮っていたため時間がなくなり、何とか仁王門の端からの撮影となり残念ながらうまく撮れずに終わった。その後、金堂に行くつもりも、もう少し桜の写真を撮りたいこともあって行かなかった。雅楽や狂言を見られなかったことも、また残念(´・ω・`) 是非来年は見たいものだ。
この醍醐寺にて慶長3年(1598)の春、秀吉は花見に際して畿内から700本の桜を植え、三宝院の建物と庭園を造り、盛大な宴を開いたという。息子・秀頼や正室・北政所、側室の淀、三の丸など女房衆1300人余りが参加したといわれている。

2017年2月3日金曜日

「成田不動尊」節分祭

「成田不動尊」の恒例の節分祭に出かけた。
境内に全長約150Mの豆まき舞台を設け、中央には日本一の大きさを誇る「千升大福枡」が設置され、開運厄除けとともに交通安全を祈る豆まき式が行われた。多くの参拝客で境内が埋め尽くされた。第1回目の豆まきは、11時前から交通関係諸団体・関西政財界人・有名芸能人(NHK連続テレビ小説の「べっぴんさん」の主役の芳根京子さんや谷村美月・百田夏菜子・土村芳さん、桂福團治・ぼんち おさむ・宮川大助・花子さん、京阪電車CMキャラクターのおけいはんの林真帆さんや京都の芸妓・舞妓さんなど)により豆(落花生)が「福は内」~「福は内」~の掛け声でまかれた。華やいだ豆まきだった。新聞の情報では、最前列の人たちは朝の3時頃から並んだ人たちとのこと。いつもながらすごい人だった。午後からは2回目の豆まきに大関豪栄道も来る予定が、初場所のケガのため不参加。3年前の午後にハッピを着て特設の舞台から豆まきを楽しんだことがあるが、初穂料が3,000円もかかるので節約して今回はやめ、その代わりとして「福豆」(500円)を4袋買って帰った。

2016年10月9日日曜日

大津祭り

大津祭り」を初めて知人と一緒に出かけて見物した。浜大津駅10時半頃に着き、徒歩約5分の浜通りの国道161線側に各曳山町から曳山が引かれて合流(集結)する様子、中町通りの商店街を引かれる曳山や曳山展示館などをみることが出来た。
昼食後は中央通りにある集結した13基の曳山展示場から祭本部前の観覧席を順々にコンチキチンの囃子と「からくり」を演じながら行く曳山や2基の神輿行列をもみて楽しむことが出来た。朝日新聞の朝刊によると3月に祭りが国の重要無形民俗文化財に指定されたことを記念して、神輿行列が半世紀ぶりに行われたとのこと、そのためかよく分からないが神輿が輝く金色ではなくくすんだ金色だったことがなんとなく理解できた。その後、「天孫神社」に参拝したが、大津であり広大な敷地にこんもりとした森の中に立派な本殿があると思っていたが、意外にこじんまりとした境内の歴史のある神社だった。その境内に祭りのため露店がぎっしりと並び、人出も多く参拝するのにも一苦労した。
この大津祭は、市内の中央部に位置する京町三丁目の天孫(四宮)神社の祭礼で、長浜曳山祭らと並んで湖国三大祭の一つに数えられている。この本祭には13の曳山町から13基の曳山が出され、終日コンチキチンの囃子と見事な「からくり」を演じながら市内を巡行する。いずれも江戸時代に製作された華麗な曳山は、まさに「動く文化財」の様相を呈しているといってよい。からくりは大津祭の特色の一つで、各曳山町や町の辻々約28ヶ所で実演される。五色布の采配棒の合図によって、からくり囃子に替わり、曳山屋台で精緻なからくりが披露される。いずれも曳山の名称にちなんだ所作の巧妙さと発想に富んだものが多く、観る人を楽しませてくれる。また、からくりと並んで曳山の装飾も祭礼の大きな見所の1つとなっている。装飾の代表的な幕類には、見送幕、胴幕(胴懸)、水引幕などがある。それらは各曳山町が競って豪華なものを誂えたり購入をしたものとのこと。

2016年8月14日日曜日

日野「火ふり祭り」


毎年8月14日・15日に盆の夜空を彩る近江日野町の夏の風物詩「火ふり祭り」が行われ昨年に続いて見物。 
これは日野祭のお旅所である上野田の通称「ひばり野」(松の木などが数本あるこじんまりとした公園、ここに武将「蒲生氏郷像」もある)で古くから行われている祭。上野田(こうずけだ)の氏神、五社(ごしゃ)神社で、町内の人たち百数十人が松明(竹材とわらで作った2.5~3mのもの)に火をつけ、 その年の日野祭のお稚児さん3人を中心に松明の行列が、午後7時半から「ひば り野」(約2km)へ向かう。
「ひばり野」へ午後8時頃に到着後(松明の長さがちょうど投げられる程の長さになる)、太鼓の合図とともに百数十本の松明が一斉に松の木に投げ上げられる。 枝に留まると大きな歓声があがり、松の木に松明が多く溜まれば、その年は豊作といわれる、勇壮なお祭。今年も多くの松明が溜まっていたので豊作か?
8月14日・15日のお盆の時期に行われるこの祭りは日野町各地で行われている盆行事の精霊火が転化したものと考えられている。 
ずいぶん昔、幼少~小学生のころはよく母親の里のお盆に連れられて、「ひばり野」の前にある親戚の2階の特等席でみたことが、改めて懐かしく思い出された。(下の写真は日野観光協会の写真を借用)

2016年3月6日日曜日

日野ひなまつり紀行

田舎に用事があり、そのついでに2月14日~3月13日まで開催されている「日野ひなまつり紀行」をみて歩いた。
ここ日野町は蒲生氏の城下町であり、また近江日野商人の故郷でもある。 日野町の大窪から村井にかけて昔ながらの町並が今も残り、どこか懐かしさを感じるそんな街角や商家、商店街に江戸時代から現代にいたるまでのお雛様や創作人形を はじめとする雛飾りが行なわれている。その中には日野独特の風景である桟敷窓ごしなどに江戸時代から現代に至るまでのお雛様や創作人形などが飾られている。日野を代表する商家・正野玄三家(現在:日野まちかど感応館・観光協会)には、代々伝承された江戸時代の御殿びなが公開され、見事な御殿びなに思わずため息がこぼれる。また、近江日野商人館(静岡県御殿場に出店して大成功した日野商人の名家であり、山中兵右衛門の旧宅の資料館)でも立派な雛飾りがみられた。 また、この商人館では典型的な日野商人本宅の特徴を示す建物や館内には初期の行商品や道中具、店頭品をはじめ、家訓などが展示され、日野商人の歴史と商いぶりなどがよくわかる館になっているので、改めて併せて見物した。
雛人形が一般家庭で飾られるようになったのは、高度経済成長期の40年代になってからというが、日野町では古くから雛人形を飾る文化が定着しており、旧商家を中心に江戸時代の雛人形が多いというのは、日野商人が全国的な商いで身につけた経済力や文化・教養等が秀でていたという証だそうだ。今回、はじめて桟敷窓から見えるお雛さまや各家庭に飾られているお雛さんをみて歩いて楽しむことができた。
桟敷窓(上の写真、左上)とは? 800年以上の歴史のある日野祭は御輿や曳山が町内を巡行して豪華絢爛で祭を家の中に居ながらにして見物できる様に仕掛けられた窓。通りに面した家の板塀を四角にくり抜いて、その窓に御簾(みす)を垂らし緋毛氈(ひもうせん)をかけて見物席をつくる。 年に一度の日野祭の為だけに桟敷窓をしつらえた家造りとなっている。 

2015年8月14日金曜日

日野「火ふり祭り」

毎年8月14日・15日に盆の夜空を彩る夏の風物詩「火ふり祭り」が行われ昨年に続いて見物。 これは日野祭のお旅所である上野田の通称「ひばり野」(松の木などが数本あるこじんまりとした公園、ここに武将「蒲生氏郷像」もある)で古くから行われている祭。上野田(こうずけだ)の氏神、五社(ごしゃ)神社で、町内の人たち百数十人が松明(竹材とわらで作った2.5~3mのもの)に火をつけ、 その年の日野祭のお稚児さん3人を中心に松明の行列が「ひば り野」(約2km)へ向かう。
「ひばり野」へ到着後(松明の長さがちょうど投げられる程の長さになる)、太鼓の合図とともに百数十本の松明が松の木に投げ上げられる。 枝にかかると大きな歓声があがり、松の木に松明が多くたまれば、その年は豊作といわれる、勇壮なお祭。
8月14日・15日のお盆の時期に行われるこの祭りは日野町各地で行われている盆行事の精霊火が転化したものと考えられている。 
ずいぶん昔、幼少~小学生のころはよく母親の里のお盆に連れられて、「ひばり野」の前にある親戚の2階の特等席でみたことが、改めて懐かしく思い出された。

2015年5月15日金曜日

京都葵祭り

葵祭りを見物。この葵祭りは京都三大祭のひとつで、わが国の祭のうち最も優雅で古趣に富んだ祭として知られている。この祭りの古典行列は平安貴族そのままの姿で列をつくり、京都御所を出発、総勢500名以上の風雅な行列が下鴨神社に、そして午後から上賀茂神社へ向う。
以前2回は京都御苑(御所)で見物したが、今回は下鴨神社で見物。朝家の出発が遅かったこともあって、到着した頃(午前11時)には境内は人ひとだった。観覧券を買えばよいが、その観覧券も売切れていたし、仕方なく遠くの方で人と人の間から見物し写真を撮った。 久しぶりに古典行列を楽しんだ。

2015年5月3日日曜日

日野祭り

昨年に引き続き日野祭り本祭を見物。この日野祭りは、馬見岡綿向神社の春の例祭で、1170年頃から800年以上の歴史を持つ日野で最も大きなお祭り。毎年5月2、3日にわたって行われ、2日は夕暮れより各町内の曳山が引き出され、ちょうちんに明か りを灯して夜遅くまで祭ばやしがかなでられる。 本祭の日は朝早くからこの祭をとり仕切る神調社(シンチ ョウシャ)・神子(カミコ)等の渡御よりはじまり、昼前には各町内より十数基の曳山が神社境内に勢ぞろい、神輿3 基も繰り出して御旅所のひばり野まで往復担がれる。この日一日、日野の町は祭一色となり、各地からの観光客も多く訪れ、賑やかだった。上の写真は馬見岡綿向神社内、写真の下は街中を神輿を担いでひばり野へ。

2014年8月14日木曜日

近江日野「ひふり祭り」へ

毎年8月14日・15日に盆の夜空を彩る夏の風物詩「火ふり祭り」が行われ昨年に続いて見物。 これは日野祭のお旅所である上野田の通称「ひばり野」(松の木などが数十本あるこじんまりとした公園、ここに武将「蒲生氏郷像」がある)で古くから行われている祭。上野田(こうずけだ)の氏神、五社(ごしゃ)神社で、町内の人たち百数十人が松明(竹材とわらで作った2.5~3mのもの)に火をつけ、 その年の日野祭のお稚児さん3人を中心に松明の行列が「ひば り野」(約1.8km)へ向かう。「ひばり野」へ到着後(松明の長さがちょうど投げられる程の長さになる)、太鼓の合図とともに百数十本の松明が松の木に投げ上げられる。 枝にかかると大きな歓声があがる。松の木に松明が多くたまれば、その年は豊作といわれる、勇壮なお祭。8月14日・15日のお盆の時期に行われるこの祭りは日野町各地で行われている盆行事の精霊火が転化したものと考えられている。 幼少~小学のころはよく母親の里のお盆に連れられて、「ひばり野」の前にある親戚の2階の特等席でみたことが懐かしく思い出された。

2014年5月3日土曜日

日野祭り

日野祭りの宵山・本祭を久しぶりに見物し、ビデオ撮影をしてみた。後日、編集してYouTubeにアップする予定、お楽しみに!! この祭りは生まれ育った処の祭りではないが、母親の里(実家)の祭りで、幼少のころいつも連れられて、里でご馳走を食べて見物し、楽しかったことが思い浮かび非常に懐かしい!! 
この日野祭りは、馬見岡綿向神社の春の例祭で、1170年頃から800年以上の歴史を持つ日野で最も大きなお祭り。毎年5月2、3日にわたって行われ、2日は夕暮れより各町内の山倉や辻まで曳山が引き出され、ちょうちんに明か りを灯して夜遅くまで祭ばやしがかなでられ、祭り気分を盛り上げられる。本祭の日は朝早くからこの祭をとり仕切る神調社(シンチ ョウシャ)・神子(カミコ)等の渡御よりはじまり、昼前には各町内より十数基の曳山が神社境内に勢ぞろい、神輿3 基も繰り出して御旅所のひばり野まで往復担がれる。この日一日、日野の町は祭一色となり、各地からの観光客も多く訪れ、賑やかとなる。
2014年日野祭りの動画はこちら

2014年2月3日月曜日

成田不動尊の「節分祭」(NO2)へ

午後は1時20分頃から2回目の「福豆まき式」が行われ、芸能人は豪栄道関、落語家の笑福亭鶴志さん、漫才コンビの二葉由紀子・羽田たか志さん、京都祇園の芸妓・舞妓さんなどであった。 午前中と比べると有名な芸能人もすくなく、その影響だろう参拝客も午前中よりかぐん~と少なかった。(約40%減?)
その後、2回目(最終)の一般応募による「福豆まき」が行われ初めて参加した。 成田山の青いはっぴを着て舞台に上がり、「福は内~、福は内~~」と大声で言って豆(落花生)をまいた。 下には沢山の人が紙袋、ビニール袋、帽子、カバン、風呂敷などを開けているが、できるだけ遠くの人に受け取れるようにめがけてまいた。喜んでいる夫人や老人が見受けられた。初めての楽しい豆まき体験が出来てよかった。(^○^)

成田不動尊の「節分祭」(NO1)へ

昨年に続いて、今年は午前中から出かけた。まず、成田山不動尊に参拝し、境内に全長約200mの舞台が設けられ、中央には日本一の大きさを誇る「千升大福枡」に豆が山盛り、開運厄除けとともに交通安全を祈る「福豆まき式」が10時50分頃から行われた。 午前の部は松井大阪府知事、NHK朝ドラの杏(あん) (ヒロイン『西門 め以子』役)・財前直見(ヒロインの実母)・松浦 雅さん(ヒロインの長女)、落語家の桂福団治・桂文福・ぼんちおさむさん、漫才師の宮川大助・花子・さゆみ(娘)さん、京都祇園の舞妓・芸妓さんなどと関係諸団体・関西政財界人など多くの人が参加して行われた。 この時、「鬼は外」とは言わずに「福は内」とだけ言う。これは、不動尊の慈悲が大きく、鬼も改心してしまい鬼でなくなるからだそうだ。
舞台の前も後ろも一杯の人で、随分と後ろの方だった。そのため豆も全く届かず、ただただ見て遠くから写真を撮るだけ、ザンネン! ここの豆は落花生だ。 
日本維新の会幹事長である松井一郎大阪府知事は、「僕の願いは東京と並ぶ二極をこの大阪に作ること。いっしょにそのことを願ってください」と参拝者に呼びかけがあった。本日、橋下市長の辞任が表明され、出直し選挙が行われるがどうなるのであろうか大阪都構想は・・・・。

2013年8月14日水曜日

滋賀県日野の「火ふり祭り」見物

毎年8月14日・15日に盆の夜空を彩る夏の風物詩「火ふり祭り」が行われ見物。これは日野祭のお旅所である上野田の通称「ひばり野」(松の木などが数本あるこじんまりとした公園、ここに武将「蒲生氏郷像」がある)で古くから行われている祭。上野田(こうずけだ)の氏神、五社(ごしゃ)神社で、町内の人たち百数十人が松明(竹材とわらで作った2.5~3mのもの)に火をつけ、 その年の日野祭のお稚児さん3人を中心に松明の行列が「ひば り野」(約1.8km)へ向かう。「ひばり野」へ到着後(松明の長さがちょうど投げられる程の長さになる)、太鼓の合図とともに百数十本の松明が松の木に投げ上げられる。枝にかかると大きな歓声があがる。松の木に松明が多くたまれば、その年は豊作といわれる、勇壮なお祭。8月14日・15日のお盆の時期に行われるこの祭りは日野町各地で行われている盆行事の精霊火が転化したものと考えられている。 ここ数十年はみに行ったことがなかったが、本当に久しぶりに見物。幼少~小学のころはよく母親の里のお盆に連れられて、「ひばり野」の前にある親戚の2階の特等席でみたことが懐かしく思い出される。今年の松明は枝に数える程度(数本程度?)しか、かからなかったが、今年は不作? 数十年ぶりに懐かしく楽しんだ。o(^o^)o  写真の上、五社神社を出る松明の行列、途中燃えすぎる松明の火を竹でたたいて消す小学生達。

2013年1月10日木曜日

片埜神社の枚方ゑびす祭へ

1月9~10日の3日間、徒歩約10分にある片埜神社で「年のはじめのえべっさん」が商売繁盛、社運隆昌、金運向上を祈願するお祭り「枚方ゑびす祭り」が行われ、露店も出て多くの参拝客で賑わっていた。本日は中日で恒例の歌謡ショーが夜の8時からあり参拝も兼ねて出かけた。 2008年7月にデビューの歌手井上れいかさん(30歳)のオリジナル曲「水の都に夢が咲く」、「淡雪の恋」など3曲と懐メロを含めて8曲披露、寒い中であったが多くの参拝客が聴き入っていた。
この神社では秋祭りに「カラオケ大会」と合わせて歌謡ショーが行われており、毎年恒例行事の一つになっている。