今年も余すところ数時間となりましたが、いつもこのブログを見ていただき、誠に有難うございます🙏 まじめな文面?で、あまり面白味がないかなぁ~~(笑)と思いながら投稿してきましたが、このブログを2008年に開設して以来、過去最高の124件(昨年120件、平均3日に1件)の投稿をすることができました🙆
これもひとえにご覧いただいている皆様の励ましもあったことも大きかったと改めて厚くお礼申し上げます。有難うございました 🙏
来年も引き続きよろしくお願い申し上げます🙍
これで、今年の第九も終わり、この1年を締めくくることが出来てよかったなぁ~(´▽`)
1983年、駅前に第1号店を開いたレンタル最大手のTSUTAYA創業者(枚方出身の増田宗昭社長)が同じ駅前に、代官山T-SITE、湘南T-SITEに次ぐ3店舗目の枚方T-SITEを今年5月16日オープンしてはや半年が過ぎた。 この場所には近鉄百貨店、その前のひらかた丸物が、またすぐ近くに三越百貨店、長崎屋などがあって、それなりに賑わっていたが時代の流れに乗れず撤退した場所となっていた。そのため枚方市駅前は寂れて、最近は新しくなった「くずはモール街」にお株を奪われてしまっていた。それがようやくこの枚方T-SITEで、活気を取り戻すようになって来ているようで、結構賑わっていた。今日は富山市在住の長女の孫娘と次女の孫娘2人、それに次女の婿と5人で、この枚方T-SITEの5階にある子ども遊びコーナーに出かけた。ここは0歳~3歳くらいまでの赤ちゃんを対象にしたあそび場であるが、次女の下の孫娘が2歳でその姉妹ということで入場が出来た。入場料は大人も子どもも1時間500円で、祝日の影響もあってか若い夫婦が幼児を連れてやおじいちゃんやおばあちゃんが孫を連れてが多く見受けられ賑わっていた。(写真は、まだ賑わっていない時間帯に撮影) いろいろな遊び道具が揃っており、若い係のおねいちゃんが一緒に遊んでくれたりする。孫娘は、特に大きなボールプールが気にいっていた。約1時間楽しく過ごせた(´▽`)
伏見界隈を散策して月桂冠大倉記念館とキザクラカッパカントリー(黄桜酒造)を見物した。
ここ月桂冠は1637年(寛永14年)、初代・大倉治右衛門が京都府南部の笠置町(現在の相楽郡笠置町)から城下町、宿場町としてにぎわっていた京都伏見に出て来て創業。名前の由来は、ギリシャ神話に「太陽神アポロが怪蛇を退治し、月桂樹の葉をもって身を浄めた」とあるように、ヨーロッパでは、月桂樹は邪気を払う霊木として崇(あが)められてきた。1905年(明治38年)、勝利と栄光のシンボル「月桂冠」を商標登録し酒銘として使いはじめた。当時、自然や地名などをもとにした銘柄が多く用いられていた中で、ハイカラな酒銘として注目を浴びたとのこと。また、この名前は1910年(明治43年)に「コップ付き小びん」が当時の鉄道省で「駅売りの酒」として採用され、月桂冠が広く知られるきっかけになったとのこと。
大阪師走の風物詩、第34回「サントリー1万人の第九」が行われ出演。指揮は佐渡裕さんで今回で18回目の総監督・指揮者。今回は、2000年12月(第18回)に始めてから16回目の出演。またこの「第九」は、大阪、札幌、東京(国技館)、広島、鳴門、香川などで合計が49回目となった。目標50回の出場まであと1回で達成できるまでになった。長い~~第九の歴史をまた一つ刻んだ。
白樺派の文豪「志賀直哉」が昭和4年から9年間住んだという旧居(敷地435坪、建物134坪)が「春日大社」の南側上高畑町にあり訪れてみた。現在は奈良文化女子大学のセミナーハウスになっているが、有料で中を見ることができる。
随筆「奈良」(志賀直哉全集7巻)の最後に「兎に角、奈良は美しい所だ。自然が美しく、残っている建築も美しい。そして二つが互いに溶けあってゐる点は他に比を見ないと云って差支えない。今の奈良は昔の都の一部分に過ぎないが、名畫の殘欠が美しいやうに美しい。御蓋山の紅葉は霜の降りやうで毎年同じやうには行かないが、よく紅葉した年は非常に美しい。5月の藤。それから夏の雨後春日山の樹々の間から湧く雲。これらはいつ迄も奈良を憶う種となるだろう」と書いているように志賀直哉が奈良が好きだったことがよくわかる気がした。
ここ春日大社は、今からおよそ1300年前、奈良に都ができた頃、日本の国の繁栄と国民の幸せを願って、遠く鹿島神宮から武甕槌命(タケミカヅチノミコト)様を神山御蓋山(ミカサヤマ)山頂浮雲峰(ウキグモノミネ)に迎えたことから始まる。その後香取神宮から経津主命様、また枚岡神社から天児屋根命様・比売神様の尊い神々様を招いた。祭神はこの4つの神様である。