2013年5月29日水曜日

小林一三記念館、池田城跡公園へ

インスタントラーメン発明記念館から徒歩約20分にある「小林一三記念館」へ。この記念館は、阪急電鉄の創始者(起業業家)・小林一三氏が鉄道事業だけでなく、土地開発、宝塚歌劇・映画・演劇・日本初のターミナルデパート等ユニークな事業を数々生み出し、商工大臣、復興院総裁など政界にも進出。多方面で活躍した小林氏の華麗なる軌跡を当時の資料・写真・映像・ジオラマ等で紹介し、逸翁(雅号)が構想を練った書斎等、旧宅跡も公開されている。また、茶人としての逸翁が工夫を凝らした茶室・庭園・邸宅レストラン「雅俗(がぞく)山荘」で食事を楽しむことのできる。今までに無い新概念の記念館で、「雅俗山荘」「即庵」「費隠」「長屋門」「塀」の5つは国の登録文化財となっている。
小林一三氏については、それなりに知っていたが、これだけ多くの事業を起こし社会貢献したたスゴイ人だったことを改めて知ることができた。 ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ~の一言につきる。
(写真の上が「雅俗(がぞく)山荘」で、1階はレストラン、2階は居住当時の状態に復元され、往時を偲ぶことが出来る。、中の写真は記念館の入り口で長屋門)
その後、徒歩約5分にある池田城跡公園に立ち寄った。この池田城は室町時代から戦国時代にかけ、池田市域一帯を支配していた地方豪族・池田氏の居城で、この城の歴史を後世に残しつつ活用するために整備されたのが「池田城跡公園」。

インスタントラーメン発明記念館へ

以前から一度訪れたいと思いながら、なかなか行く機会がなかったが、うまく時間も取れたのでインスタントラーメン発明記念館、併せて小林一三記念館、池田城跡公園へも出かけた。
まず、「インスタントラーメン発明記念館」は阪急池田駅から徒歩約7分、1958年8月25日、安藤百福氏が大阪府池田市の自宅裏庭に建てた小さな小屋でありふれた道具を使って日夜研究を重ね、チキンラーメンを発明した地にある。年間60万人が訪れるだけあって平日であるが外人(台湾・中国人など)も含めて多くの入場者で賑わっていた。この発明館は、展示室に入ると、まず最初に開発当時に自宅裏庭に建てた小さな小屋とその道具が再現されていたし、インスタントラーメンの歴史や変遷、安藤百福氏の軌跡、「チキンラーメンファクトリー」や「マイカップヌードルファクトリー」といった体験工房などインスタントラーメンに関するさまざまな展示があり、楽しむことができた。また、その発明・発見の大切さも改めて学ぶことが出来た。
「マイカップヌードルファクトリー」は、カップめんの製造工程がわかる体験工房で、自分でデザインしたカップに好きなスープと具材をトッピングして、世界でひとつだけの「カップヌードル」を作ることができるのところで、体験(300円)してみた。\(^^@)/
安藤百福氏のこの発明は、「すべては『食足世平(しょくたりてよはたいらか)』から始まった」という。すごいなぁ~の一言につきる!ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ
(写真:上は記念館の外観、中はインスタントラーメントンネルで発明品から現在までのラーメンを展示、下は自宅裏庭に建てた小さな小屋)

2013年5月26日日曜日

玉ねぎの収穫、サツマイモの植付け

玉ねぎの収穫時期がやってきて、収穫のあと地にサツマイモの苗を植え付けるのが毎年のパタン、そのためずう~と連作。今年も昨年11月に220本植えた玉ねぎを収穫することができたので、それなりに満足。
その後にバイオ苗のべにアズマ50本、同じくバイオ苗のナルトキントキ50本を植えた。普通の苗では収穫が少ないが、このバイオ苗は価格が50%程高いが元気のよいサツマイモが普通苗より倍近く収穫できるので、この苗を植えている。
今年の夏野菜は、すでにキュウリ4本、ピーマン5本、ナガナス5本、トマト4本、黒スイカ3本、カボチャ7本、ミニ冬瓜2本を植えたが、さて収穫は? 楽しみである。

2013年5月24日金曜日

「御殿山神社」に参拝し取材

OB会(松愛会枚方支部)HPの「ひらかた発見」の第4シリーズとして枚方市内の神社を取材し、私たちの眼から見た神社を紹介しようと昨年スタート。今回5回目として京阪御殿山駅から徒歩約10分にある「御殿山神社」に参拝し取材を行い、若い声楽家でもある異色の宮司さんから神社の歴史などを詳しく聞くことができてよい勉強になった。(詳しくは後日、パナソニック松愛会枚方支部HPで紹介)
 この神社は、元は渚の院跡の観音寺境内に設けられていた小倉の粟倉神社のお旅所であった。江戸文政年間(1818~29年)、渚村に産土神勧請の話が起こり、お旅所に八幡大神を勧請して西粟倉神社と称した。明治初年の神仏分離令によって、1869年(明治2年)御殿山に社殿を造営し、翌年当地に遷宮し、御殿山神社と改称し、現在に至っている。御殿山の名は江戸初期に領主永井伊賀守がこの山に陣屋を設けたところから、呼ばれるようになったと言われる。御殿山神社としての歴史は浅い。
東京芸大卒で声楽家でもある異色の宮司さん(38歳)は、脚本・演出家、オペラ歌手、御殿山森の混声合唱団を作り、その指導など幅広く音楽活動をもしながら宮司職をされているのだ。\(◎o◎)/!スゴイなぁ~。 神職として7年目になるとのことであるが、地域に密着したいろいろなイベントを精力的に開催され、地域とのコミュニケーションを大事にされていることに大変感心した。

2013年5月21日火曜日

近畿大学水産研究所へ

ヨドバシカメラ梅田店へタブレット端末を検討するため出かけたついでに、グランフロント大阪南館6Fにある「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」の養殖マグロを食べた。すごい人気で開業した26日以降行列ができるほどで、今日も11時20分に行ったが長い~行列ができて2時間待ちとか? えぇ~どうしょうかと考えたが折角来たのだし、また来ても同じように並ばないとダメなので並んだ。2時間待ちを覚悟したが、案外と早く、それでも1時間20分ほど待って12時40分に入店できた。その後は7~8人で昼食は売り切れて終了となった。 昼食をと思って12時頃に来ても終わっているケースも多いらしい。係りの人の話では1時間から1時間半は待たないとダメらしい。スゴイ人気!
昼食のメニューは、6種類程度であまり多くないが、今回は「近大選抜のマグロ丼」1800円(下の写真)を注文した。なるほどこれが・・・養殖マグロかと味わったが、やはり新鮮で( ゚v^ ) オイチイものであった。が、値段はそれなりに高い。
この近畿大学水産研究所は、戦後、世耕弘一 初代総長の「海を耕し、海産物を生産しなければ日本の未来はない」という理念のもと、和歌山県白浜町に臨海研究所(現:水産研究所)として開設され、これまでに18魚種の種苗生産を世界で初めて達成。2002年にはクロマグロの完全養殖(人工孵化の卵から成魚まで育て、さらに卵を採取する事)にも世界で初めて成功し「近大マグロ」として大きな注目を集めた。当初は出荷尾数も少なく、味もまだまだ天然物には負ける部分があった。しかし、その後の研究により生産・供給量が増加し、味の面でも大きく向上している。また、以前より「近大マグロを食べてみたいが、どこで食べられるかわからない」といった声が多くなり、マグロを始めとする天然資源の減少がますます危惧される中、水産養殖のパイオニアである近畿大学が、率先して社会に対して養殖魚の価値を問いたいと考え今回の出店にいたった。(関連サイトから抜粋)

2013年5月18日土曜日

会社OB会の支部総会に出席

会社OB会(松愛会枚方北支部)の2013年度年次支部総会に出席。80名が出席し、第1部が支部年次総会として、2012年度行事報告と2013年度の活動方針(計画)、第2部は記念行事として「まるごと爽健 健康パートⅡ『元気な長寿は、からだを動かすことが基本』と題しての講演、第3部は懇親会であった。 全国36支部、会員数約27,000人の中で、枚方北支部の会員数は1,560名と最も多い支部であるが、最大の課題は諸行事(主な行事は春と秋のレクリエーション、社会見学会、新春懇親会など)の参加率の低迷(5~7%)で、ワーストの状態だそうだ。魅力ある行事企画が急務ということであるが難しい課題だなぁ~。(´Д` )
今回、講演の中で特に参考になったことは、ウオーキングでメリハリをつけること、即ち普通に歩いて大股で2~3分程度速足で、そして普通に歩くということを何回か繰り返しメリハリをつけることが大変良いこと。それと昔から行われているラジオ体操1・2が健康に良いことが最近見直されてよく行われるようになっていることだった。これはぜひ日々の中で取り入れてみよう!
支部総会が終わってから中之島公園のバラが満開であるとのことで、写真を撮りに出かけた。土曜日ということもあって、多くの人で賑わっていた。それなりに撮れた。(*^_^*)

2013年5月15日水曜日

高校の同窓会に出席

2年ぶりに日野高校の同窓会が大津市の「琵琶湖ホテル」(14日~15日)で行われ出席。出席者は34名(男性:21名、女性:13名)で前回より10名程少なく、過去最低の出席だった。欠席の理由の中で大半が体調がすぐれないとか入院しているというケースが多くみられ、これも歳も取ってきたので仕方ないことで、出席できるだけでも幸せと思わないといけないなぁ~と思う。(*^_^*) 
卒業者約160名の内で物故者29名、住所不明者11名での34名(約22%)出席。今回8回目の同窓会であったが、ここ数回出席していない人や初めて出席した人が5~6名見受けられたが、出席する人は大体決まっている。どこの同窓会でも同じだろう。2年ぶりであったが、懐かしく親交を深めることができた。\(^^@)/
この琵琶湖ホテルは、昭和9(1934)年10月、風光明媚な水辺の景勝地として知られる大津にリゾートホテルとして開業、平成10年(1998)年10月1日に浜大津再開発事業を契機に浜大津に新築移転オープンし、現在に至る。 部屋からからは琵琶湖が一望でき、右方向に比叡山、眼下に浜大港のクルーズ船ミシガンなども見られ気持ちの良いよいホテルだった。

2013年5月12日日曜日

「奥びわこと賤ケ岳ウオーク」へ

毎年5月10日恒例の工学部学友会の「ウオーキング&小旅行」同好会(第9回)の『奥びわこドライブと賤ケ岳ウオーク』に参加。参加者は20名。
概略のコースは、JR米原駅に9時半に集合、貸切バス(中型)に乗車→賤ケ岳の麓でボランティアガイドさんの案内でリフトに乗り山頂へ→賤ケ岳からの眺めや賤ケ岳合戦などの案内を受ける→つづらお展望台で奥琵琶湖を眺望→「国民宿舎つづら荘」で昼食→渡岸寺観音堂で国宝「十一面観音」を観る→醒ヶ井水の駅で買い物→JR米原駅17時30分過ぎ着、17時48分発の新快速に乗車。
前日まではよい天気が続いていたが、当日は朝から曇り空で賤ケ岳の山頂に着いた頃からポツポツと降り出し傘を差しての観光、その後も降ったり止んだり、渡岸寺観音堂に着いた頃から本降りの雨だった。
賤ケ岳の山頂は、南西には奥琵琶湖と比良山系、竹生島など湖山の美しさがあり、東は伊吹山、北は羽衣伝説の余呉湖が一望できる奥琵琶湖随一の景勝地だ。また、賤ケ岳合戦の戦跡碑、戦没者の碑がある。曇り空で視界も悪く素晴らしい琵琶湖の景色が見られなかったのが少しザンネン。
渡岸寺観音堂に安置される十一面観音は、日本全国に七体ある国宝十一面観音の中でも最も美しいとされる日本彫刻史上の最高傑作といわれ、祈りの仏にふさわしい、慈愛に満ちた姿の観音さまをみることができよかった。(*^_^*) 
ここ暫く掲載しなかったのは、先月26日開業したグランフロント大阪に行って、夕方から喉の具合が悪くなり唾などをのみこむと違和感(軽い痛み)が生じ、軽く風邪を引いてしまった。市販の風邪薬を飲んで何とか喉の具合もよくなったので、少し疲れていたが無理して30日に長岡天満宮と乙訓寺に出かけたのが悪く、また治ったと思っていた喉が悪くなり、完全に風邪を引き声も出なくなってしまった。病院にも2回行って診てもらい薬を飲み(8日間)自宅で静養。ようやく10日頃には、風邪もほぼ治ったが、声はもう一つ出にくい状態がまだ続いているが、元に戻るのにはもう少し時間がかかるようだ。今回のように長引く風邪で声がで出ない状態は初めてで、歳による影響か? と思う。 これからは、あまり無理をせずにボチボチ出かけて掲載をしていきたい。

2013年4月30日火曜日

牡丹の「乙訓寺」へ参拝

長岡天満宮の「キリシマツツジ」の後、すぐ近くにある牡丹で有名な「乙訓寺(おとくにでら)」へも数年ぶりに訪ねた。「乙訓寺」のホームページによると、ここの牡丹の始まりは昭和15年頃とのこと。牡丹が咲き誇る以前の乙訓寺は表門から本堂まで続く松の並木が美しいことで有名であった。それらが昭和9年の室戸台風でほとんどが倒木し応仁の乱も生き延びたと伝わるモチノキ、弘法大師お手植えの菩提樹も多大な損害を受けることになった。そこで「乙訓寺」第19世海延の伯父にあたる長谷寺の第68世能化(住職)海雲全教和上が被害著しい境内をみて、本尊への供花、荘厳花として、また同時に参拝者にしばしの安らぎをと念じられ、多年ご愛育の牡丹のうち2株を寄進されたのが当寺に牡丹のある初めである。その後、乙訓寺歴代住職らの尽力により株数も年を追って増加し、今では約2000株の花が美しく境内を彩っている。(以上、「乙訓寺」のサイトより抜粋)
写真撮影で2~3回は訪れているが、初めてみた牡丹のきれいさの印象が今でも強く残っている。 が、今回みると3~4日遅かったためか? もう一つで、少しガッカリ! それでも良く咲いてきれいな牡丹もあって写真を撮りながら楽しめてよかった。(*^_^*)

長岡天満宮の「キリシマツツジ」へ

長岡天満宮(京都長岡京市)には、樹高が約2.5m、樹齢は130年前後と推定され、市の天然記念物に指定されている有名な「キリシマツツジ」があり、久しぶりに見に出かけた。
「長岡天満宮」のホームページに開花情報が掲載されているので見ると2日程前に満開は終わっているとのことだったが、とりあえず行ってみた。 遠くからみると真っ赤な「キリシマツツジ」が大変きれいであるが、近くでは花びらも萎れたりしてきれいさはあまりなかった。少し残念! ただ、この境内や周辺には赤・白・桃色のツツジが沢山植えられて、それが丁度満開で凄くきれいだった。(^○^)
上の写真が真っ赤なキリシマツツジ」、下の写真の遠方にみえるのが「キリシマツツジ」。
 

2013年4月26日金曜日

開業の「グランフロント大阪」へ

本日、JR大阪駅北側の再開発地区「うめきた」の先行開発区域「グランフロント大阪」が26日、開業したので出かけた。最先端技術の実用化を探る拠点「ナレッジキャピタル」を中核施設とし、併設された都心部最大級の専門店街(266店)は年間2500万人の来場と売上高400億円を目指すもの。超高層ビル4棟にオフィスやホテル、マンションも備えた新しい「街」は、関西経済再生の拠点として期待されている。新聞等の報道によれば、約1000人が行列を作ったため、予定を30分早めて午前9時30分に開業したとか。入場者数は夕方で14万人、午後9時には32万人とか、さすがに午前11時頃から約2時間ほど南・北の専門店などを見て回ったが、すごい人で非常に疲れた。
パナソニックセンターは大阪駅から入ってすぐの南館右側の一等地、地下1F、地上1・2Fにあり多くの人で賑わっていた。 北館6Fにある近畿大学水産研究所の初めての養殖魚門料理店には2時間待ちの行列ができていたため、残念ながらあきらめたが、一度は養殖マグロを食したいものだ。 また、2Fの植物(野菜)工場を併設したサブウエー野菜ラボ、6Fの同じく植物(野菜)工場を併設したロート製薬直営の薬膳レストラン「旬穀旬采」などにも一度は入ってみたいなぁ~と。
まだまだゆっくりと見ていない専門店や「THE世界一展」とかも多く、またの機会にしょう。


2013年4月24日水曜日

南座「歌舞伎鑑賞教室」へ

歌舞伎を観たいと思いながら行く機会がなく、今回歌舞伎が初めてでもあり、まず第21回南座の「歌舞伎鑑賞教室」(4月20日~25日)に出かけた。観客はほぼ満席で女性が多く、それも和服を着ている人が目立った。男性は1割程度?
一部は「南座と歌舞伎」について、落語家の桂九雀さんにより、大変おもしろく解説があり歌舞伎のことがよく分かった。(●´ω`●)  また、当日きれいな若い女性5名を客席から選び赤姫・花魁・街の娘姿など女方の衣裳で花道を歩く、「歌舞伎ファッションショー」も行われ観客から拍手喝采を浴びていた。第2部では第1回でも上演したという南座「 歌舞伎鑑賞教室」の原点でもある『藤娘』を上村吉弥が19年ぶりに踊り、続く『供奴』では初役で勤める上村吉太朗(12歳)が溌剌とした舞台を見せて、万雷の拍手喝采のうちに幕が下りた。
歌舞伎とは、歌(音楽)、舞(舞踊)、伎(伎芸)をそれぞれ意味するが、日本固有の演劇で、伝統芸能の一つである歌舞伎をほんの少しだが楽しむことができた。(^○^)  5月は「五月花形歌舞伎(市川海老蔵出演)」があり、行ってみようかなぁ~。

2013年4月18日木曜日

新島襄・八重の旧邸見学へ

新島襄八重の墓を訪れて下山し、新島旧邸のある御所の東側(寺町通り丸太町)へ徒歩約1時間で。この旧邸は大河ドラマ「八重の桜」放映に伴い、特別公開が昨年9月から今年12月まで行われている。 予約申込みはインターネットで、予約なしでは入れない。
新島旧邸のサイトによると、この新島旧邸は襄・八重の私邸で、ボストンの友人J. M. シアーズの寄付によって1878年(明治11年)に建てられた。この場所は同志社英学校が開校したさいに仮校舎として借家した高松保実邸の跡です。外観はいわゆるコロニアルスタイルの洋風ですが、造りの基本は和風寄棟住宅です。間取りは日本的な田の字型であり、壁は柱を露出させる旧来の真壁造りとなっている。床が高く、三方にべランダをめぐらし窓には鎧戸をつけ、白い壁面に茶褐色の木部を見せる簡素な二階建住宅です。設計者・施工者とも明らかではありませんが、当時の同志社教員で医師・宣教師でもあったW. テイラーの助言を得ながら、新島襄が設計したとも伝えられています。日本人のために建てられた和洋折衷の木造二階建て住宅として、また、同志社創立者の旧居としての価値が認められ、昭和60年(1985)に京都市指定有形文化財に指定されました。
当時の台所や食堂、応接室、八重夫人が愛用したオルガンや椅子や机、書斎、風呂場、木で作った洋式風のトイレなどもそのままでの状態で、当時を偲ばせるに相応しい旧邸だった。(●´ω`●)

新島襄・八重の墓地を訪れる

NHK大河ドラマ「八重の桜」の放送回数も増えるに連れ、新島襄・八重の墓所と旧邸を訪れたいと思い出かけた。 まず墓地へは、京阪三条で市バスに乗り「永観堂・南禅寺」前で下車し、「哲学の道」の南側始発点(終着点)のそばにある熊野若王子神社脇に山道の登り口がある。そこから墓所までは徒歩で20分ほど。山道は整備できるとは言い難いもので、雨でも降れば靴はドロドロになりそうだし、足場も悪そうな山道。 新島襄・八重の墓石がある同志社墓地は京都市営の若王子墓地の中で、一般の人の墓も沢山ある共同墓地(霊園)の一角にあった。 結構きつい山道で、ここへの墓参りも大変と思う。 楽しむような雰囲気の場所ではなかった。 大河ドラマ「八重の桜」の影響で多くの人が訪れているようで、沢山の花束が供えられていた。 この同志社墓地には、八重の兄の会津藩士山本覚馬と父母(山本権八・佐久)の墓碑もあった。この山道沿いには、杉の木立が続きよい森林浴になったのはよかった。(上の写真は熊野若王子神社の脇の山道の登り口、下の写真の正面が新島襄の墓碑、その左が八重の墓碑)
 

2013年4月16日火曜日

造幣局の桜通り抜け

今年も大阪の春の風物詩である「造幣局の桜の通り抜け」が本日16日から22日まで行われ、昨夕のTV放送の実況をみて早く行かないと綺麗な桜が観れないと思い初日に出かけた。 今年はいつもの年よりか早い開催だったが、行ってみると満開の木も多いが、満開の時間が過ぎて花びらが萎れていたり、またすでに花が散っている木も多く、初日でありながら通り抜けが終わったあとのような感じだった。一週間程遅いように感じた。残念ながら今年の通り抜けは素晴らしい、綺麗だぁ~とあまり思えないものだった。 造幣局では、通り抜けの桜に親しみを持ってもらうために数多くの桜の品種のうちから一種を「今年の花」として選び毎年紹介されている。今年は「天の川」で、この花は東京荒川堤にあった里桜で、樹姿がほうき状となり、淡紅色の花が上向きに咲く珍しい品種、花弁数は10~20枚ある綺麗な花だった。 初日で天候に恵まれて凄く沢山の観客で賑わっていた。 また、各TV局があっちこっちで実況放送をしていた。(上の写真が今年の花「天の川」で、ほとんど花が萎れたり散っていた中で撮った1枚)

2013年4月11日木曜日

胸中の山水「細川護煕展」へ

10日(月)~22日(月)まで、阪急うめだギャラリーにて「細川護煕展」が開催されているので出かけた。 一般の入場料は800円であるが、アサヒメイト会員のため無料。
ご存知の細川元首相が60歳を機に政界を引退され、祖母の代から住まわれていた神奈川県湯河原の地に「不東庵」を構え、晴耕雨読の生活に入られた。 そして、陶芸を始められ十数年、その作品は今やトップレベルと高い評価を得られている。 近年、油絵や水墨画にも精力的に取り組まれ、磨かれた感性を幅広いジャンルで表現し、さらに注目を集めておられる。
今回の展示は、細川家ゆかりの京都の地蔵院、建仁寺塔頭正伝永源院の襖絵26面展のほか油絵、墨書、陶芸などが展示され、楽しむことができた。 特に地蔵院の襖絵の「蕭湘の景」、永源院の襖絵「知音」(月闇で、山に咲く桜の風景)はすばらしくそう簡単に描けるものではない、非常に感心した。 この襖絵は、初めての作品で2012年春、2013年春に完成したもの。 出口には陶芸品の即売所もあり、たとえばお茶椀などは価格60~100万円がずら~と並び、すでに予約カードが張られているものもあった。
第2の人生を「くらしをとことん楽しむ」をモットーに、晴耕雨読にいそしみ、陶芸、油絵、墨書を楽しみ、最近では東日本大震災と大津波に被害を受けた岩手県~福島沿岸に、命を守る森の防波堤を作る活動にも精力的取り組まれるなど、さすがだなぁ~~と。

2013年4月7日日曜日

ニプロのCM「元気になあれ篇」

医療機器・医薬品メーカー「ニプロ」が、日夜、患者さんのために一生懸命、治療に取り組んでる医師、看護師、薬剤師の皆さんなど医療の現場で働く人にエールを送るTVーCMを全国ネットでオンエアしている。CMは全部で4テーマあり、その「3.元気になあれ篇」にエキストラとして参加。 この撮影は3月9日、阪神電車「武庫川駅」徒歩約5分にあるH調剤薬局で、9時半頃から4時過ぎまで薬剤師(松本さやか)さん、赤ちゃん、母親、幼稚園児、若い男性、お年寄り、そして患者(エキストラ約12名)により行われたもの。 その概要は、薬局のカウンターに次々と来る患者さんに応対する薬剤師(松本さやか)さんが主役。 会社勤めの男性、赤ちゃんとお母さん、お年寄り、様々な患者さんそれぞれにお薬の用法をしっかりと伝えながら「ゆっくり休んでくださいね」「お大事に」と声をかけている。薬剤師さんが調剤室に向かってやりとりをしていると、「すみませ~ん。お薬くださ~い。」と呼ぶ男の子の声が、振り向くと小さな男の子が背伸びしてカウンターごしにやっと顔をのぞかせて呼んでいる。その姿に思わず笑みがこぼれる薬剤師さん。「今日もどこかで誰かの元気をお手伝いできますように。」「そんな願いを込めて私たちニプロは、よりよい医薬品の研究・開発をつづけています。」薬剤師さんが、薬局の前で、男の子とお母さんを見送りながら「早く元気になあれ」と呼びかける。「その技術は人のために。信頼の医療機器・医薬品のニプロです。」というもの。(ニプロのCMサイトから抜粋)
患者さんに対する薬剤師さんの対応が大変爽やかで気分のよいCMになっているし、イメージキャラクターの松本さんのにこやかな笑顔がとってもよかった。(^○^) 
このニプロのCMは、次の提供番組でオンエアされている。
・行列のできる法律相談所全国30局ネット毎週日曜21:00~21:54
・みのもんたの朝ズバッ!全国28局ネット毎週月曜~金曜5:30~8:30(CM放送は1日おき)
・報道ステーション全国24局ネット 毎週月曜21:54~23:10
・BSフジLIVE PRIME NEWS(BSフジ) 全国BS 毎週月曜~金曜20:00~21:55

2013年4月2日火曜日

「天の川クラブ」2地区会に参加

ボランティア団体ナルク「天の川クラブ」の2地区会(会員を住居毎に10地区に分けた1つの地区の集い)があり参加(18名参加)。
9時半に枚方八景の一つ牧野公園に集合し、まず満開の桜を満喫してから船橋川公園の桜を見るため約4Kmのウオーキング。 そして10時半から近くのレストラン「ガスト」で三津代表の挨拶後、歓談しながら昼食して12時過ぎに(・ー・)オワッタナ・・・。 今回、入会され初めて参加の方も数名おられ交流が図れたようだ。 
この牧野公園には、「史跡 伝 阿弖流為(アテルイ) 母禮(モレ) 之塚」がある。 約1200年前、時の朝廷の国土統治にあたり、東北地方には蝦夷(エミシ)と呼ばれる人々がいて、その支配を拒否していた。このため朝廷は、彼らを辺境の人々として征討部隊を派遣したが、人々はこれに対し、激しい抵抗を繰り返し容易には屈しなかった。延暦21年(802)4月、征夷大将軍坂上田村麿呂(さのうえのたむらまろ)は蝦夷の首長アテルイと副将モレが同族500余人を引き連れてようやく降伏したことを朝廷に報告し、7月に2人を伴って帰京した。2人の処遇について田村麿呂(たむらまろ)は強く助命を嘆願したが、8月に2人は河内国で処刑された。 その地がここ牧野阪(公園)で、アテルイとモレのゆかりの地とされている。(石碑の刻印から)
上の写真が「伝 阿弖流為(アテルイ) 母禮(モレ)」の石碑で、その裏に塚がある。下の写真はその前にある満開のしだれ桜の下で観桜。

2013年3月31日日曜日

大川沿いの桜、造幣博物館

大阪の桜も満開! 大阪城の桜及び、大川沿いの桜並木の写真を撮りに、そして造幣博物館の特別展「貨幣を彩る桜たち、明治から平成」(3月22日~31日開催)を見物。 大阪城の桜も大川沿いの桜も満開で、日曜日で多くの観桜客で賑わっていた。  また、はじめての造幣博物館では、造幣局の歴史及び造幣事業の紹介、千両箱や貨幣袋の重さを体験するコーナー、本物の金塊・銀塊に触れるコーナーなどもあった。  また、造幣局の勲章の製造技術を生かして製造された金属工芸品、東京及び長野オリンピック入賞メダル、国民栄誉賞盾などの展示、貨幣と勲章の製造工程を実物やパネルを使って説明展示されていた。通り抜けの桜も満開に近い木も数本見られたが、これから。 この造幣博物館は、サイトによれば明治44年(1911年)に火力発電所として建てられた建物で、造幣局構内に残る唯一の明治時代のレンガ造りの西洋風建物。昭和44年(1969年)に建物の保存を図り、造幣局が保管していた貴重な貨幣などを一般公開し、造幣事業を紹介するため当時の外観をそのままに改装し、「造幣博物館」として開館。平成20年(2008年)より「人に優しい博物館、環境に配慮した博物館、魅せる博物館」を目指し、展示や設備に最新の手法を導入し、より親しんでもらえるように大改装が行われ、平成21年(2009年)4月にリニューアルオープンした。(造幣博物館サイトから抜粋) 
今回、日本造幣の歴史など知らなかったことを多く学ぶことができてよかった。日曜日で見物客が多くゆっくり時間をかけて見られなかったことが少し残念。また、機会を見つけてゆっくりみたいものだ。上の写真は桜の通り抜けにある造幣博物館、中の写真は大川沿いの満開の桜並木、下は造幣局の桜(紅時雨)。

2013年3月29日金曜日

京都府立植物園へ

右脚の痛みもほぼなくなり、久しぶりに京都府立植物園へ桜の写真を撮りに出かけた。この右脚の痛みは、25日の夜に少し痛いなぁ~と感じていたが、一晩寝れば痛みもなくなるとの思いでいた。しかし、26日の朝起きると右脚の太ももからお尻にかけて痛く、起き上がるにも痛くてすぐ起き上がれないし、歩行も階段の上り下りも痛みが酷かった。その日、外出の用事もあったが出来ず、動くと痛みがあり静かに寝転びテレビをみて過ごした。27日の朝起きると大分痛みも取れたが、まだまだ痛みも残り27日~28日の伊豆長岡温泉での高校のクラス会を残念ながら欠席。 痛みの原因は転んで打った訳でもなく、家内は歩きすぎでは? 加齢かも・・・とも言われたが確かなことではない。28日になると前日よりか、ほぼ痛みもなくなり歩行も普段と変わらないようになり、本日(29日)は普段通り元気に! ヤレヤレだが、このような痛みはなんだったのかなぁ~~と不思議! これからも歳をとるにしたがいよくわからないことが起こってくるかもしれないなぁ~~。 京都府立植物園の桜は満開に近い木も数本あるが、満開には5日~7日先のようだった。明日からライトアップも始まるらしく準備されていた。植物園を出たあと鴨川沿いを京阪出町柳駅まで、いつもの半分ぐらいの速さでブラブラと歩いた。特に痛んだ右脚も問題ないようでよかった。(^○^)

2013年3月26日火曜日

ドラマ「泣いたらアカンで通天閣」

YTV開局55周年の記念ドラマ「泣いたらアカンで通天閣」の3連続夜の1話が放送された。このドラマは2月20日通天閣の周辺の数箇所で撮影が行われ、ボランティアエキストラとして友人と一緒に老若男女約30名が通行人の役として参加。   あらすじは、OLの千子(木南晴夏)は新世界にあるラーメン屋「味よし」の一人娘。店主である父のゲンコ(大杉漣)は、亡き妻が繁盛させていた店を引き継いだものの、不器用な彼が作るラーメンは不味く、店はいつも大赤字。千子は千子で、会社の上司の細野(長谷川朝晴)と不倫していることを、誰にも言えず悩んでいた。ある日、この町を嫌って東京に出て行った千子の幼なじみカメヤ(鈴木亮平)が10年ぶりに帰ってくる。彼は会社のトラブルに巻き込まれて仕事を辞めざるを得なくなり、深く傷ついていた。千子はそんなカメヤを何も言わず温かく迎えた。そんな時、細野が妻子を連れて新世界を観光していたところをゲンコが目撃。細野が千子の彼氏だと思っていたゲンコは、彼が妻子持ちと知って大激怒。細野に詰め寄り大騒ぎとなる。駆け付けた千子は、細野の妻が妊娠していることを知る。千子は気丈に、細野の妻に頭を下げ、“やましいところのない部下”を演じきる。傷つき、耐える千子を、カメヤは「我慢せんと泣いたらええ」と抱きしめた。続きは2話へ。(YTV「泣いたらアカンで通天閣」のサイトから)
この放送は26日の0時28分から1時25分までの深夜、記念ドラマでありゴールデンタイムに放送と思っていたが、それはラブシーンが入っていたためでドラマをみて納得。 今回、通天閣風の格好(黒い帽子、黒のジャンバー、ジーパン、黒の運動靴姿)? のため通行人として、よく似合っていたかなぁ~? この通天閣の周辺は、小奇麗な服装などはあまり似やわないところだから・・・。上の写真の右の女性が主役の千子(木南晴夏)、下の写真の背中の男性が上司の細野(長谷川朝晴)。

2013年3月19日火曜日

京都南座「春の特別舞台体験」へ

3月16日から4月16日まで京都南座にて「春の特別舞台体験」が行われており参加。 まず参加者は、歌舞伎役者になったつもり?で、「チャリン!」と揚幕を引く音ともに「花道」を歩いて舞台へ、舞台の中央に立って2階や3階の客席を眺めるが距離が近く感じてすごい眺め。 続いて「廻り舞台」にて一回転、[迫り(せり)](舞台の床の一部を切り抜き、俳優や大道具などを床の上にのせて上下させる装置)では、上下交互に動く2つの迫りに分かれて乗り、上に上がるとほぼ2階席と同じようになり眺めもすごいものだった。また、今回はじめて「チョンパー」の体験も、これは歌舞伎舞踊の照明技法のひとつで、舞台と客席を暗くしておいて、拍子木の音の合図で舞台と客席の照明を一斉に明るくする照明の演出効果のこと、参加者全員が舞台中央横一列に立っての初体験で、ライトがパッーと点灯の瞬間は全員「わぁ~」と感嘆の声が・・・・・。 約30分という短い舞台体験だったが、ちょっとした歌舞伎役者の気分を味わえた。     この体験と同時に『歌舞伎ミュージアム 南座2013』が開催され、「文化財としての南座」を観覧、南座のもつ歌舞伎劇場特有の構造や館内に点在する美しい意匠が随所にあり、登録有形文化財としての南座の魅力を感じた。 また、歳末の「吉例顔見世興行」で古式ゆかしく劇場正面に掲げられる「まねき看板」や「芝居錦絵」の実物なども特別に館内に展示され見物した。 その他には歌舞伎を盛り立てる【小道具】展示体験では、歌舞伎ならではの小道具を見て、触って、歌舞伎を身近に感じることができたし、歌舞伎の【乗り物】展示体験では 歌舞伎に登場するお馴染みの「乗り物」(馬、小舟など)に乗っての体験もできた。
今回、約30分という短い舞台体験と登録有形文化財としての南座の魅力を十分に感じることができてよかったぁ~!(^○^)  次は4月にある第21回「歌舞伎鑑賞教室」にも参加しょうか~と思う。

大相撲春場所9日目を観戦

大阪府立体育館の大相撲三月場所9日目を観戦。大相撲をみるのが楽しみでいつもテレビ観戦であるが、大阪三月場所は1回以上は観戦に出かけている。   9日にみたかった取り組みは、豪栄道対高安戦で、4回対戦しているが豪栄道は1度も勝てない相手、今場所の豪栄道は調子も良くて何とか勝てるのではと期待したが、善戦したが負け高安戦とは5連敗・・・・・これでは大関に上がれないのではと心配、ザンネン! 交野市出身の勢いも横綱戦が終わり、あまり元気のない安美錦に勝てるのではと期待したが完敗。 当地出身の2人には大応援もあったが、応援に応えられない悪い結果だった。 その他の横綱や大関の取り組みもそれなりに楽しめた。 (^○^)
貴乃花親方がエントランスホールでサインと記念写真撮影会が行われていた。長い行列が出来ていたが20分程度で親方と握手した記念写真を撮ることができてよかったぁ~~ \(^^@)/