2011年8月18日木曜日

総本山三井寺へ参拝

一切経蔵裏の竹林、ここで撮影が行われた。
田舎へ野菜の収穫にいく途中、大津の総本山三井寺(園城寺)に立ち寄り、先般(2~4日)エキストラとして行ったが、参拝できなかったことと、撮影現場がどうなっているのか少し気になり出かけた。現在修繕中の仁王門から入り、金堂、釈迦堂、一切経蔵、三重塔、観音堂など一通りまわり参拝した。672年、壬申の乱が起り大友皇子(弘文天皇)が崩御し大津京滅びた頃、大友村主家によって園城寺建立されたという長い歴史で、国宝・重要文化財など貴重な寺宝を多く見ることができた。ここは春の桜や秋の紅葉の季節に訪れるのもよいみたいだ。
一切経藏裏の竹林で撮影された現場は、血みどろの決戦が大勢の人たち(約90名)で行われ、竹・樹木や地面につけられた多くの血のりも消され、また散乱していた台車、板材、丸棒なども綺麗に片付き、大勢の人たちで踏まれ固まった地面だけが残る静かな竹林に戻っていた。だた、地面をよくみると当日雪景色するため雪の粉が撒かれたが、その粉が少しであるが残っていた。

2011年8月11日木曜日

琵琶湖博物館見学へ

C展示室での淡水魚
草津市立「水生植物公園みずの森」へ睡蓮とハスの写真を撮りに行って、その帰り隣にある「琵琶湖博物館」へ立ち寄り見学した。この「水生植物公園みずの森」へは年1回程度は写真を撮りにいっているが、「琵琶湖博物館」は初めてだった。2階にあるA展示室(琵琶湖のおいたちということで、およそ2億5千万年前から自然の変遷を、琵琶湖前史と琵琶湖のおいたちという展開で紹介している)、B展示室(人と琵琶湖の歴史ということで、今日まで続いている琵琶湖と人間のかかわりの歴史を湖底遺跡、湖上交通、漁労の様子などから紹介)、C展示室(湖の環境と人々の暮らしを紹介)、1階のC展示室(淡水の生き物たちの紹介)を見学。琵琶湖を中心とした人とのかかわりの歴史を学ぶことができた。夏休みで祖父母や母親に連れられての子どもたちが多く訪れていた。

2011年8月7日日曜日

安来節「どじょうすくい」初出演!


「どじょうすくい」を踊る

安来節「どじょうすくい」の踊りを今年の1月から練習を開始し(月1~2回)、何とか格好もついてきたので、「老健ふじさか」の夏祭りにボランティアとして初出演した。4名(男性3名、女性1名)で、踊る舞台も狭く踊りにくかったが何とか格好がついた。この踊りも簡単なようでやればやるほど、顔の表情や1つ1つの動作が難しい。本当に踊れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。安来節の民俗舞踊として「どじょうすくい」があり、代表的な御座敷芸とされている。安来節は江戸時代に「出雲節」などを基礎としていくつかの地元民謡を吸収しながら発達したもので、幕末期から明治初期にかけて渡部佐兵衛とその娘である渡部お糸が大成した。安来節の家元は代々「渡部お糸」を襲名している。現在の家元は第4代目である。(関連サイトから抜粋)

2011年8月4日木曜日

映画のエキストラに参加

2~4日の3日間、来年夏に公開される映画のエキストラとして参加。2日は朝5時15分浜大津のアーカス横の駐車場に集合、マイクロバスで衣装替えや化粧するため体育館へ移動、身支度が整い次第、またマイクロバスに乗り撮影現場(三井寺の竹林)へ。撮影が午後6時ごろに終了し体育館に戻り、衣装替え化粧落としをしてマイクロバスで駐車場へ。帰宅は午後9時前だった。3日は前日の終了が遅かったので1時間遅れて朝6時15分の集合、あとは同じで帰宅は1時間早やく午後8時前だった。4日は3日と同じ集合時間、帰宅もほぼ同じだった。今回、特に朝が早く、撮影や待ち時間も多く、帰宅が遅くなり相当疲れたが、へこたれることなく3日間続けられた。老体に鞭打ってという感じであるが、これも毎日運動(ウオーキング)などをしている影響も少しあるのではないかと思う。
撮影の詳細な内容については、掲載を禁止されているので省略。来年映画が公開されたら記載の予定。写真は三井寺の境内、現場に向かうエキストラ。

2011年7月27日水曜日

JR18青春旅の会に参加

旧野崎家住宅の土蔵群
ナルク「天の川クラブ」のJR18青春旅の会『倉敷市児島エリア・日帰りの旅』があり参加した。参加者は19名(男性10名、女性9名)。JR青春切符を使っての団体の日帰り旅行で、往路はJR京橋8:13発→8:25着、JR大阪駅8:37発姫路行き新快速→9:41着、10:07発相生行き→10:26着、10:29発岡山行き→11:39着、11:45発JR瀬戸大橋線の児島行き→12:23分児島駅着、4回の乗り換えて目的地に到着。駅前で記念写真を撮ったあと、徒歩で「すし、料理店・一心」の2階で昼食。お腹もすいていたし、新鮮な魚、タコ料理が大変おいしかった。その後、徒歩約20分のところにある児島ジーンズストリートを通り、旧野崎家住宅を見物した。この通りは1965年頃から 国内で最初にジーンズ生産を手掛けたことでも有名であるが、どの店もシャッターが下ろされ、人通りもなく非常に寂れた通りになっていた。土・日曜日には店も少しオープンし、人も多くなるとのことだったが、少し期待していただけに残念な結果だった。昼食、徒歩などに時間がかかり、旧野崎家住宅内の見物時間が15分程度しかなくなり、折角なので急いで一通り見物した。この旧住宅は江戸時代後期の建築技術の粋を集めた建物・庭園で、広大な敷地(約3,000坪)に建物(約1,000坪)があり、そのまま国指定重要文化財として保存されている。ゆっくりと見物したかったが、時間の関係でできず残念だった。
帰路は、JR児島駅15:10(快速マリンライナー40号、岡山行き)→15:32着、15:41発相生行き→16:48着、16:49発姫路行き→17:10着、17:12発新快速→18:30大阪駅着、環状線に乗り換え18:40頃京橋駅に到着し、解散。
初めてJR18青春切符を使っての団体の旅だったが、ゆっくりと電車に乗り新鮮な魚料理も味わえたし、よい旅で満足した。次の機会があれば参加したい。

2011年7月25日月曜日

第7回「淡路島一周ウオーク」参加

八淨寺(淡路島七福神・大黒天)
第7回「淡路島一周ウオーク」(約10km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面からバス4台(約135名)、前回より約半分と少なかった。真夏の影響だろう。
行程は枚方7:20発→高槻→茨木→途中トイレ休憩後、八淨寺(淡路島七福神・大黒天)に参拝→第6回の到着点淡路ワールドパークに11時頃に分到着し淡路ワールドパークONOKORO内を見物(昼食)→12時50分に準備体操をして出発→志筑新島・生穂新島・佐野新島→ゴール点の八淨寺に15時10分に到着(約10kmのウオーキング)。八淨寺を15時30分過ぎに出発し「たこせんべいの里」で買い物後、16時15分出発→中国道名塩サービスエリアでトイレ休憩し18時50分頃に枚方に到着。今回、曇っていたので幾分ましだったが、それでも暑くて非常に疲れた。次回(8月22日)も真夏のウオークだ。

2011年7月17日日曜日

祇園祭山鉾巡行見物に

十数年振りに祇園祭のクライマックスとなる山鉾巡行見物に出かけた。京阪の祇園四条駅で下車、四条河原町に行こうとしてもすごい人、人で、仕方なく木屋町通りを北上し御池通りで見物。写真が御池通りを行く山鉾、右上の写真は京都ホテルオークラ前での氷で作った菊水鉾。
この祇園祭は日本の三大祭の一つに挙げられ、毎年7月1日から31日までの1カ月間、京都市内の中心部や八坂神社(東山区)で行われる。クライマックスとなる山鉾巡行と神幸祭(いずれも17日)をはじめ、多彩な祭事が繰り広げられる。祇園祭の由来と歴史は、平安時代前期の869年、京で疫病が流行した際、広大な庭園だった神泉苑(中京区)に、当時の国の数にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神(スサノオノミコトら)を迎えて災厄が取り除かれるよう祈ったことが始まりとされる。応仁の乱(1467-77年)で祭りは途絶えたが、1500(明応9)年に町衆の手で再興された。以後、中国やペルシャ、ベルギーなどからもたらされたタペストリーなどを各山鉾に飾るようになった。これらの懸装品の豪華さゆえに、山鉾は「動く美術館」とも呼ばれる。江戸時代にも火災に見舞われたが、町衆の力によって祭りの伝統は現代まで守られている。現在、巡行に参加している鉾は9基、山は23基。(関連のサイトから抜粋)



2011年7月16日土曜日

「きららマナビスト講座:楽しいおもちゃ作り」の開催

2011年度第2回目のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」(枚方市主催)を「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)で開催。
今回も牛乳パックを使い「くるくる回る飛行機」を作り子ども達と一緒に遊んだ。今回、定員50名の会場の確保ができなかったため、定員30名の会場で20名募集した結果、子どもが22名+保護者14名の計36名となり大盛況で、満員の会場となった。SAメンバー(9名)で指導を行い、時間的には約1時間半かかり丁度良い時間に終わることが出来た。毎回アンケートを取っているが、全員から「大変楽しかった」「楽しかった」との回答が得られ、事前の準備も大変であるがやってよかったと思う。
今回もラジオ放送「FMひらかた」から平上アナウンサー(女性)が来室し、実況中継された。子ども(2名)へのインタビューもあって、「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)でのおもちゃ作りのPRも少しは出来たのではないか?と思う。 写真は会場を出て完成した飛行機をくるくると回して遊ぶ様子。

2011年7月13日水曜日

TVドラマのエキストラに参加

滋賀県愛知郡愛荘町役場秦荘庁舎の2階会議室にて、朝日系TVドラマの捜査会議にエキストラ(刑事役)として参加。男性約27名が参加して捜査会議の様子の撮影が2時間半にわたって行われた。(詳細は放映された後で、今回省略) 写真は愛荘町役場秦荘庁舎の正面全景。

2011年7月10日日曜日

TVドラマのエキストラに参加

おごと温泉、浪漫あふれる水都の宿「びわ湖花街道」で、朝日系TVドラマの宴会にエキストラとして参加。約60名が参加して宴会で大・若女将のあいさつの撮影が行われた。(詳細は放映された後で、今回省略) この「びわ湖花街道」に初めて訪れたが、なかなか雰囲気も良いし、ぜひ泊まりたいと思った。その分値段はしっかりで、平日最低でも一人約25,000円はいる。もし泊まるとしたらもう少しお金を出して泊まりたいものだ。写真は「びわ湖花街道」の全景と正面入り口。

2011年7月7日木曜日

第10回「会社訪問」に参加

7日、「彦機会」の第10回「会社訪問」に、立入さんの取引先である滋賀県栗東市の㈱イシダ滋賀事業所様を訪問した。参加者は「彦機会」、「湖風会」から16名、滋賀県立大学の職員、学生8名の計24名であった。概要は参加者一同の自己紹介、「彦機会」を代表して 立入副会長の挨拶、(株)イシダ様を代表して得津滋賀事業所所長代理の挨拶、会社案内VTRの映写、第4製造課課長 矢代様による会社説明、2班に別れて工場を見学であった。工場見学の主な内容は、コンピュータスケール(供給システム、袋詰め、箱詰め装置の周辺機器を含む)の組立てライン、X線異物検出装置及び計量包装付装置のデモンストレーションであった。 現在のような高い業績を挙げられるようになった礎は、なんと云ってもコンピュータスケール(組合せ計量)の開発・商品化にある。本館1階のロビーにその1号機(ACW-M-1)が展示してあった。工場内の組立て工程には、受注先からの仕掛品が沢山置かれフル生産されていた。今回、特にコンピュータスケールの組立てライン、X線異物検出装置が参考になった。 写真は㈱イシダ滋賀事業所の正門からの全景とロビーで参加者と㈱イシダ滋賀事業所の皆さん。

2011年6月28日火曜日

新歌舞伎座へ

歌舞伎座は難波に1958年10月開場し、2009年6月閉館。2010年9月に上本町YUFURAの6階に移転し新しくオープンした。ぜひ一度行きたいと思っていたので今回、「坂本冬美・藤あや子ショー」(6月3日~29日)を観に出かけた。第1部は「から騒ぎの森~ロミ&ジュリ~」と言う芝居だった。第2部は「冬美とあや子の麗しのショータイム」で、初めは坂本冬美と藤あや子が、あでやかな白を基調とした着物姿で登場、次に大阪をイメージして、藤あや子がデザインしたというゴールドのコートにキラキラした青色の飾りを付けた大きな帽子姿の二人が登場。また、次々とあでやかな着物姿や洋服で登場するなどした。そして「あばれ太鼓」「夜桜お七」「風に立つ」「雪深深」「御堂筋ラプソディ」などを生で聴き楽しむことができた。フィナレーは「上を向いて歩こう」の歌で、華々しい舞台で終わり満足した。

2011年6月24日金曜日

老人福祉センター「楽寿荘」取材

パナソニック松愛会枚方北南支部のHPに「ひらかた発見」の第3シリーズとして枚方の施設を訪問し、私たちの眼から見た施設を紹介し、広く会員や一般の市民の方にも枚方市を理解してもらう活動を続けている。今回は前回枚方市福祉老人総合センターの取材を行い、続けて福祉に関連する施設として京阪光前寺駅から徒歩約6分にある桜の有名な枚方市立老人福祉センター「楽寿荘」を取材した。この「楽寿荘」は、昭和35年大阪府により府民の憩いの施設として開設され、平成12年4月より建物について、平成21年10月には敷地について無償譲渡を受け、枚方市立老人福祉センターとして運営されている。平成22年8月から老朽化・耐震化対策とともに可能な限りのバリアフリー化・アメニティ向上などの改修工事を行い、平成23年4月1日よりリニューアルオープンした。家族や友人との語らい、会合、趣味の集い、食事などに利用できる施設で、個人から団体まで、誰でも低廉な料金で利用できる。桜の木々などに囲まれて落ち着いた雰囲気で気楽に利用できるのがよい。

パナソニック定時株主総会に出席

パナソニックの第104回定時株主総会が大阪城ホールで行われ、2年ぶりに出席した。出席者は2,620名、決議事項は第1号議案取締役20名選任の件及び第2号議案の監査役2名の選任の2件で、決議されて11時半過ぎに無事終了した。質問が8件ほどあったが、今年は的を外れたようなおかしな質問もなく、東日本震災の対応は?(義援金は?)、関電の節電15%の要請の対応は?、個人情報の管理は?、プラズマ・液晶テレビのサイズの区分けは?、今回三洋電機の株主は出席しているのか?、先般新聞に人員削減の発表があったが、それはなぜか?などの易しいものだった。議長をした社長をはじめひな壇に並んだ役員の人達はホットとしたであろう。

2011年6月21日火曜日

「もりやまアジサイ芦刈園」へ

久しぶりに滋賀県守山市の「もりやまアジサイ芦刈園」に写真を撮りに訪れた。ここ芦刈園はヨーロッパから集められた西洋アジサイ50品種5000本、日本アジサイ50品種5000本が植えられ見ごろを迎えていた。
青や白、ピンクなど様々な品種のアジサイが楽しめた。平日(火曜日)であったが中高年の夫婦連れや写真を撮る人、ゆっくり散策する人、近隣の小学6年生がアジサイの花を写生するなど、たくさんの人が訪れていた。
写真は「もりやまアジサイ芦刈園」のアジサイの一部。
その後、田舎(日野)に行き畑の雑草除去やキュウリの初収穫などを行った。

2011年6月18日土曜日

第6回「淡路島一周ウオーク」へ

第6回「淡路島一周ウオーク」(約10km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面からバス6台(約250名)であった。自宅を出るときから小雨で、淡路島に入ると本降りの雨となり前回と同じかと思ったが、スタートの洲本港に着く頃にはどんよりとした天候であったが雨も上がっていた。ウオーキングの途中、今にも雨が降りそうで覚悟していたが、幸いにも降らずウオーキング出来てよかった。雨は淡路のお菓子館を出たころから降り出して、枚方に着いても降っていた。
行程は枚方6:55発→高槻→茨木→第5回の到着点洲本港に10時40分到着しスタート→厚浜海水浴場→淡路ワールドパークONOKOROに12時50分着、バス内で昼食(弁当)後13時50分出発→宝生寺(淡路島の七福神・寿老人)に参拝→淡路お菓子館で買い物、15時15分出発→途中淡路サービエリアでトイレ休憩し18時50分頃に枚方に到着。前回とは約1時間早く帰ることが出来た。
写真は洲本港で、スタートに当たってスタッフより概要説明を受ける皆さん、右下の写真は国道28号海岸線をウオーキングする皆さん。

朝日新聞「紫陽花」写真の掲載

18日付朝日新聞の夕刊に17日の宇治三室戸寺「紫陽花」の写真が掲載された。入園していた若いカップルにモデルを頼み、撮影して掲載されたのがこの写真。やはりモデルを入れての紫陽花の写真は報道写真としてもよいし、よい構図だ。ただ、手前の薄いピンク系の紫陽花が写っているが、あったのかどうか?少し疑問を感じたが、多分あったのであろう素晴らしい写真だ。

2011年6月17日金曜日

「三室戸寺」の紫陽花

宇治市の三室戸寺へ久し振りに紫陽花の写真を撮りに出かけた。今年は例年と比べると天候の影響で見頃が数日遅いが、ようやく見頃を迎えている感じだった。50種類・1万株の紫陽花が杉木立の間に咲く様は紫絵巻のようで素晴らしい景観。紫陽花のお寺としても有名で多くの参拝者、観光者が訪れていた。その中で、朝日新聞社のカメラマンも見頃を迎えた紫陽花を撮りに来ていた。許可をもらい枠内(一般人は禁止区域)に入って、入園の若いカップルにモデルを頼み盛んにシャッターを押していた。聞いてみると明日の朝刊に掲載されるらしいとのことだった。多分、この写真(若いカップルの写真)が掲載されるのではないかと思われる。(18日に追記:18日付の朝日新聞夕刊に大きな細長の写真として掲載された。思っていた構図ではないので、意外な感じがしたがよい写真だった。)
ここは綺麗なハート型の紫陽花があることも有名で、案内人と朝日新聞社のカメラマンの後をつけて撮った。(写真の右上)土、日に限り19時より20時30分までライトアップが行われている。

2011年6月15日水曜日

ナルク「天の川クラブ」定時総会

本日、第17回ナルク「天の川クラブ」の定時総会が、メセナひらかたで盛大に開催された。来賓は枚方市長、枚方市安全部部長、地域振興部部長、健康部部長、枚方福祉協議会常任理事、ひらかた市民活動支援センター理事長、枚方市ボランティアグループ連絡会副代表、ナルク会長、ナルク交野拠点代表の9名、会員の出席は約143名であった。第1部はいつもの定時総会、第2部はサックス演奏:ロメロ・ジェススさんの演奏会、第3部は懇親会であった。 ロメロ・ジェススさんのサックス演奏は こちら 。
第2部のサックス演奏会は、約40分にわたって有名な曲(マイウェイ、ムーンリバーなど10曲ほど)が演奏され楽しむことが出来た。
第3部の懇親会は、今回特に余興もなく後半に東日本震災義援金のバザーが行われたので、そちらに人気が出て、早く帰ってしまう人もいるなど、最後はしらけた感じとなった。最後、元代表の1本締めで終了となった。
今回で7回目の写真、ビデオ撮影であったが、いつものことながら疲れた。この後、写真の整理とビデオ編集をしてCDに書き込み事務所に届けることと、ホームページに掲載することが残っている。写真はロメロ・ジェススさんのサックス演奏の様子と右下第3部でロメロ・ジェススさんとの記念写真。

2011年6月6日月曜日

神戸市街の写真撮影へ

予定した日の天候が悪くて延びたが、親友3人で久し振りに神戸市街の写真撮影に出かけた。
概略の行程は、10時10分頃にJR大阪駅5番乗り場に集まり、新快速に乗車し三宮で下車→生田神社参拝、生田の森→異国情緒あふれる神戸の山の手、北野町周辺の「うろこの家」「風見鶏の館」などの異人館→昼食→彩り豊かな南京街、ここで神戸写真研究会の写真展示を鑑賞→重厚な洋館が建ち並ぶ旧居留地・大丸付近の街並み→JR三宮→JR大阪駅、構内を見物、三越伊勢丹10階のレストランで6時過ぎまで軽食・懇親。
以前観光では神戸の山の手、北野町周辺の「うろこの家」「風見鶏の館」などの異人館街、南京街など行ったことがあったが、写真撮影を目的としては初めてだった。あまりよい写真は撮れなかったが、それなりに楽しむことが出来てよかった。写真は生田神社、右下は生田の森のクスノキ。

2011年6月5日日曜日

第30回「なると第九」に出演

「祈・東日本大震災被災地復興」をサブタイトルにした鳴門市の第30回ベートーベン「第九」交響曲演奏会が5日、市文化会館で開催され「なにわ第九を歌う会」のメンバー(15名)として出演した。今回、通算で35回の出演(参加)となった。
被災地・宮城県の合唱団をはじめ、全国各地や海外(アメリカ)の52団体約630人が出演し、高らかな歌声は「被災地に届け」とばかりに、第九アジア初演の地に響いた。
会場には約1300人が来場。立ち見も出る中、第1部として公募のソリスト4人によるアリア(独唱曲)、第2部はベートーヴェン作曲「交響曲第9番「合唱付き」の演奏、指揮者:山田啓明氏、ソリスト:公募の国方里佳(ソプラノ)・鈴木紀子(メゾ・ソプラノ)・山本欽也(テノール)・伊藤貴之(バス)氏、管弦楽:徳島交響楽団、合唱:NPO法人 鳴門「第九」を歌う会、全日本「第九を歌う会」連合会だった。
終了後第1部セレモニー、第2部交流会(懇親会)に参加、最後に恒例の「阿波踊り」を全員で踊り、来年の再会を誓って万歳三唱し17時40分頃にすべて終了した。

2011年5月28日土曜日

映画「プリンストヨトミ」を鑑賞

昨年8月14日の大阪府庁、25日の大阪城前(茶店)、26日の大阪城極楽橋、28日の大阪府庁、9月7日の京都東映撮影所での撮影にエキストラとして参加した「プリンセストヨトミ」が公開された。
スクリーンに映ったのは、25日大阪城前で会計監査の仕事も終わり3人(会計監査委員の堤・岡田・綾瀬さん)が大阪城をみながらアイスクリーム、ソフトクリーム、タコ焼きを食べるシーンで、3人の後の茶店左横の自動販売機から夫婦役で一緒に出て、しばらく立ち止まって小生のみが横に出ていくシーン。少しピンボケであるがバッチリと映っていた。また、同じく大阪城をみながらタコ焼きを食べる鳥居監査委員(綾瀬さん)の後の茶店左横の自動販売機から出て、まっすぐ出ていくシーンも少しであるが映っていた。28日の大阪府庁では、最前列にいたので映っていると思っていたが、残念にも役者の位置関係もあって見当たらなかった。今回、エキストラが約5000人参加したと言われている中で、スクリーンに映ったのは非常にラッキーであり嬉しく、よい思い出となった。
この映画は、“大阪が全停止した”という奇想天外な設定から物語が始まり、東京から大阪に足を踏み入れた会計検査院調査官3人と、400年間“あるもの”を守り続けてきた大阪の男たちとの攻防が描かれたもの。奇想天外でおもしろいものだった。(詳しいストーリは こちら)
写真は8月25日、猛暑の中大阪城前の茶店前で行われた撮影風景。

「きららマナビスト講座:楽しいおもちゃ作り教室」の開催

2011年度第1回目のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」を開催。今回は「皿回し用の紙皿と回し棒」を作って、皿回しをして遊ぶもの。いつもは30名ほどの参加があり、人気の教室であるが、今回はなぜか子ども6名で非常にさびしいものだった。SAメンバー(7名)と一緒に紙皿を作って、皿回しをして遊んだ。
簡単なようで回すのに苦労するメンバーもいたが、子ども達はすぐ上手に回して遊んでいた。
ラジオ放送「FMひらかた」から平上アナウンサー(女性)が来室し、実況中継された。子どもへのインタビューもあって、「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)でのおもちゃづくりのPRも出来たのでよかった。写真はおもちゃ作りの様子と上手に紙皿を回す子ども。

2011年5月26日木曜日

玉ねぎ収穫とサツマイモ植付け

昨年11月7日にサツマイモを収穫した後、赤い玉ねぎ120本、早生の玉ねぎ50本、長期保管可能の白い玉ねぎ50本の計220本を植えた玉ねぎを少し早いが(1週間程度)収穫した。
今年の玉ねぎも昨年と同様にほぼ満足のいくものだった。1週間後にはサツマイモを植える予定。写真は赤い玉ねぎを収穫した様子。
6月2日、サツマイモ(バイオ苗アズマニジキ)50本、普通のサツマイモ25本を玉ねぎの後地に植えた。いつもより25本ほど少ない。
バイオ苗とは、組織培養(無菌状態)から外の環境に出して1年以内の苗のことを「バイオ苗」という。無菌上で生長点を採取し寒天培養で増殖する。生産性に優れ、生育も良好で成長が早く、つるが良く伸びる事によって良質多収が実現するとのこと。バイオ苗は手間がかかっているので1本48円と高いが、良質多収に期待したい。普通の苗は30円。(6/2記)

2011年5月24日火曜日

第5回「淡路島一周ウオーク」へ

第5回「淡路島一周ウオーク」(14.5km)に参加。参加者は大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面からバス6台(約200名)で、月曜日の関係もあってバス1台分少なかった。自宅を出るときは曇りだったが、枚方を出発する頃には雨が降り出し、現地到着では本降りの雨となった。
行程は枚方6:50出発→高槻→茨木→10時半頃玉ねぎ収穫体験をする畑に到着(雨のため玉ねぎ収穫体験ができず、すでに収穫しているものをポリ袋に15個入れての持ち帰りだった)→第3回の到着点立川水仙郷に12時到着しスタート→生石公園「エトワール生石」に13時着、会議室で昼食(弁当)後13時50分出発→中間地点で小休止後、洲本温泉、洲本港を通り駐車場16時20分頃に到着(所要時間約4時間半)→16時45分駐車場を出発し、途中淡路ハイウェイオアシスで約30分休憩、19時55分頃に枚方着。
今回初めて本格的な雨降りで、合羽を着て傘をさしてのウオーキングであったが、前日防水対策の靴を買ったが雨もりがして靴下にしみ込んだし、ズボンの下も随分と濡れた。次回は梅雨でもあり、雨対策をしっかりとしないといけないと思う。写真は洲本港で、遠方の山の上に洲本城がかすかに見える。

2011年5月22日日曜日

TVドラマのエキストラに出演

TBS系ドラマスペシャル「上条麗子の事件推理9~死を呼ぶ琵琶湖~」(主演:眞野あずさ)で、浜大津びわこ競艇場の3階自由観客席において、渡辺徹さんと1名の俳優(男性で名前?)が来場し、撮影が行なわれた。午前7時半過ぎから8時半頃まで、観客役として男女25名(男性10名程)が出演、観客席に座っての観戦風景だった。(詳しいことは省略)
午前10時に開門されてボートレースが始まるので、一旦浜大津に戻り時間を費やして、10時過ぎに再びびわこ競艇場へ。本日は2011女子リーグ第2戦「第20回びわこプリンセスカーニバル」が行われていて、1レースのみを観戦した。観客席(スタンド)は、天気がよいと琵琶湖、対岸の風景(草津方面、三上山など)が見渡せて素晴らしいが、本日は雨で残念だった。

2011年5月19日木曜日

京都岩倉圓通寺へ

知人から岩倉にある臨済宗妙心寺派圓通寺の庭園は素晴らしいとのことを聞いたので訪ねてみた。
ここ圓通寺は、寛永16年(1639)後水尾天皇が造営された幡枝(はたえだ)離宮の跡であり、幡枝小御所、幡枝茶園とも呼ばれていた。延宝6年(1678)文英尼を開基とし、後水尾上皇より山号を大悲山、寺号を圓通寺とする勅額を賜り、霊元天皇の祈願所となった。この地は後水尾天皇が長い年月をかけて探された土地で、真東を向いた約400坪の平坦な杉苔に覆われた地に、40個余りの紀州の海石を配した枯山水平庭がある。その周囲は躑躅、山茶花などの低い混ぜ垣で囲われ、その外に植えられた杉と檜の間から比叡山を望むことが出来る借景庭園である。ここから望む比叡山はその稜線の美しさから「みやこ富士」とも言われている。借景とは「景色を借りる」というように庭園の背景に在る景色自体を庭園の一部として利用するもので、この比叡山の借景を得るために後水尾天皇は各所をまわってようやくこの地を探し当てたという。修学院離宮といい、ここ圓通寺といい、後水尾天皇のセンスの良さには脱帽である。(関連サイトから抜粋)
外に植えられた杉と檜の間から比叡山を望むことが出来る借景庭園は素晴らしく見事であった。庭の左右にはもみじがあり(写真の左右の緑色がもみじ)、特に秋はもっと素晴らしいと思う。今日の比叡山は霞んでいたので、もう一つだったが、比叡山の山の景色によって、この庭園が変化するのは見事だ。

2011年5月12日木曜日

「ウオーキング&小旅行」に参加

「彦機会」同好会の「ウオーキング&小旅行」の第7回「湖南三山巡りと甲賀忍者屋敷」に参加した。(湖南三山とは「善水寺」「常楽寺」「長寿寺」をいう)
概略の行程は、JR草津駅9時半に集合、マイクロバスに乗車→甲賀の忍者屋敷→善水寺→(磨崖不動明王は時間がなく参拝中止)→「レストラン潮」で昼食・懇親会→長寿寺→タイキ農場→北島酒造→草津駅に6時半頃着。
甲賀流忍者屋敷は、甲賀武士53家の筆頭、望月出雲守の住宅として元禄年間(1688~1703)に建築された。外見は一般的な日本建築の住宅そのものであるが、建物内部には忍者の住まいにふさわしく、侵入者から身を守る為のさまざまな工夫が凝らされている。
国宝善水寺は、和銅年間(708-715)に元明天皇勅命により国家鎮護の道場として草創されたのがはじまり。織田信長の兵火の時にも焼失を免れた本堂は国宝に指定されている。天平時代から平安時代にかけての多くの仏像(本尊薬師如来座像、梵天立像・帝釈天立像、四天王立像の広目天・多聞天や増長天・持国天、不動明王座像など)が本堂に安置されていて一見の価値がある。長寿寺は、阿星山の北東麓にあり、湖南三山の常楽寺の西寺に対して東寺と呼ばれる天台宗のお寺。奈良時代後期、聖武(しょうむ)天皇の勅願によって良弁が創建したと伝えられている。善水寺と同じで紅葉のシーズンに訪れるとよさそうだ。北島酒造では、蔵の見学と磨きに磨き抜いた「山田錦」を使い、丹精こめて醸造した全国新酒鑑評会金賞受賞の大吟醸を試飲した。
生憎の雨降りであったが、「甲賀忍者屋敷」の見学、湖南三山の「善水寺」「長寿寺」の参拝など盛り沢山の計画であったが楽しめてよかった。この同好会も発足して7年になるが年々盛況になってきている。

2011年5月7日土曜日

香雪美術館へ

神戸東灘区御影の香雪美術館で「田渕俊夫、澄みわたる四季」( ~5月8日)が開催されていたので出かけた。
ここ香雪美術館は、朝日新聞社の創立者で茶人でもあった村山龍平(むらやま りょうへい、1850年 ー1933年)の収集品を収蔵展示するため、1972年(昭和47年)に財団法人香雪美術館が設立され、翌1973年(昭和48年)に開館した。館名の「香雪」は村山の号である。
村山は伊勢国(現在の三重県度会郡)の出身で、上野理一とともに朝日新聞の創設者である。岡倉天心らが中心になって1889年(明治22年)から発行された美術雑誌「国華」(2004年現在、引き続き刊行中)の苦境を救うため、朝日新聞社が同誌の発行元となったことが、村山が古美術に関心を持つきっかけになったという。収集は刀剣武具から始まり、仏教美術、茶道具へと広がっていった。なお、香雪美術館の収蔵品のなかには、村山の娘婿で、のちに朝日新聞社長となった村山長挙(むらやま ながたか、1894年 -1977年)の収集品も含まれている。運営主体である財団法人香雪美術館は、株式会社朝日新聞社、朝日放送、テレビ朝日の大株主でもある。
田渕俊夫画伯は1941年(昭和16年)東京に生まれ、東京藝術大学大学院修了後、アメリカ・イタリアへ遊学し、帰国後は院展を舞台に活躍。29才の時、平山画伯に師事し、その後東京セントラル美術館賞展や山種美術館賞展で受賞し、注目されるようになった院展では、二度の日本美術院賞(大観賞)をはじめ、文部大臣賞、内閣総理大臣賞を受賞するなど、現代画壇で高い評価を受けている。この間、愛知県立芸術大学や東京藝術大学で後進の指導にあたり、2005年(平成17年)には東京藝術大学副学長に就任。(関連サイトから抜粋)
日本画を代表する多くの作品を鑑賞することができた。繊細な爽やかな画風は素晴らしいもので、心を強く引き付けるものがあった。デッサンを徹底的に行い、対象を丹念に描き込む細やかな筆遣いが印象的であった。特に印象に残ったのは、すぎばやし(写真の上、杉の繊細な描写)、刻(霞が関、写真の下)だった。久し振りに日本画を楽しむことが出来た。写真が展示されていた作品の一部。

2011年4月28日木曜日

ふれあい散策クラブ「カワセミ」に参加

ナルク「天の川クラブ」のふれあい散策クラブ「カワセミ」(2009年3月に発足した散策クラブで、月1回開催されている)に、2年振りに参加した。参加者は33名(男性:11名、女性:22名)と多かった。
地下鉄で京都国際会館駅まで行って、10時頃出発→宝ヶ池を回り→深泥池→京都府立植物園に12時半に到着の約6kmのゆっくりとしたウオーキング。
府立植物園内にて昼食、その後植物園内を散策して3時頃に現地解散となった。来月はJR京橋駅から鶴見緑地公園までのウオーキングの予定。 写真は府立植物園での記念写真。

2011年4月23日土曜日

島津製作所創業記念資料館へ

島津製作所創業記念資料館が、リニューアルオープンされた記念として、23~24日無料公開されたので訪れた。(通常入場料300円)
この島津製作所創業記念資料館は、島津製作所が創業100年(昭和50年)を契機に、創業者島津源蔵氏の遺徳を偲ぶために開設された。
創業の地である高瀬川の北端の木屋町二条(京阪三条駅から徒歩約7分)は、島津製作所の創業の地であるとともに、明治初め、京都府が欧米の最新技術を導入した実験所や工場など多くの産業諸施設を設立した近代科学発祥の地でもあった。現在は、京の落ち着いたたたずまいが感じられる場所であり、その中に建つ木造の2階建ての外観は、初代、二代目が居住し、店舗としていた当時の面影を今に伝えている。
館内には、創業以来製造した理化学機器、人体模型などの標本をはじめ、初期の医療用X線装置や昭和40年代での産業用製品、それらに関する文献・資料が約600点展示されていた。今回、ここで初めて医療用X線装置の開発や沢山の理化学機器も開発され製作されていたことがよく分かり参考になった。写真は島津製作所創業記念資料館。

「枚方子どもいきいき広場」へ

今年度から枚方市立小学校の土曜日開催「ふれ愛フリースクエアー」の名称が「枚方子どもいきいき広場」へ変更になり、その取り組みも少し変わった。
所属の「SAひらかた」は伊加賀小学校区を担当することになり、初めての活動として「おもちゃ作り」4枚羽のトンボ(牛乳パック、割りばし、爪楊枝などを使ったトンボ)作りを行った。
小学1年生から6年生まで約67名(約半数が1年生)が参加し、2会場に分かれてトンボ作りを行った。完成後、子ども達はトンボを飛ばしあって、キャーキャーと言いながら楽しく遊んでいた。

2011年4月20日水曜日

仁和寺(御室桜)へ

仁和寺の御室桜が満開とのことで、写真を取りに出かけた。
御室桜は染井吉野より1週間から10日遅い里桜(品種はほとんどが有明で、他に車返しなど十種類)で、丈が低いのが特質で、樹高は3m前後である。大正13年天然記念物法により、名勝に指定された。現在の御室桜は1696年の伽藍再建の折りに植えられたもので約200本ある。
2年前の17日に撮りに行ったことあるが、その時は1週間ほど遅かった。今回、ほとんど満開で散り始めていたが綺麗だった。少し雨がぱらつくあいにくの天気だったが、多くの観光客で賑わっていた。
仁和寺の歴史は仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって「西山御願寺」と称する一寺の建立を発願されたことに始まる。
しかし翌年、光孝天皇は志半ばにして崩御されたため、第59代宇多天皇が先帝の遺志を継がれ、仁和4年(888年)に完成。寺号も元号から仁和寺となった。慶応3年(1867年)、第30世 純仁法親王が還俗したことにより皇室出身者が門跡となる宮門跡の歴史を終える。また、明治20年(1887年)には御殿の焼失があったが、大正時代に再建。昭和時代に入ると、仁和寺は真言宗御室派の総本山となり、近年では平成6年(1994年)に古都京都の文化財の1つとしてユネスコの「世界遺産」に登録され、新たな歴史を刻んでいる。 (仁和寺のサイトから抜粋)
写真は「御室桜」から五重塔を望む。

2011年4月16日土曜日

第4回「淡路島一周ウオーク」沼島へ

第4回「淡路島一周ウオーク」沼島(ぬしま、神々が造った最初の島・沼島)一周に参加。参加者は大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面から、バス7台(280名)で、第3回目よりバス1台分多かった。3日程前の天気予報では雨降りだったが、当日は曇り後晴れで雨具の必要もなくウオークが出来てよかった。
行程は枚方6:50出発→高槻→茨木→賀集山・護国寺に10時頃着、参拝(写真が護国寺の仁王門)、10時25分出発→土生港11時00分発で沼島港に11時10分に到着→到着後時計回りにウオークがスタート、途中「上立神岩」の見晴らしの良い所で昼食(弁当)、14時半にゴール点に到着→沼島港15時15分出発し土生港へ。 覚住寺(毘沙門天)に参拝して、16時20分に出発し途中淡路ハイウェイオアシスで約30分休憩、高速道路が混んでいたので19時45分に枚方着。今回は約8kmの短いウオーキングであったが、アップダウンが多く、結構疲れた。
第5回目は5月23日(月)で、第3回のゴール地点「立川水仙郷」から洲本市までの約15kmに参加の予定。

2011年4月15日金曜日

造幣局の通り抜けへ

昨年と同じ14日~20日まで、恒例の造幣局の通り抜けが始まり、2日目の午前10時に表門(南門)から入った。人出も多く随分混雑していた。まだ5分咲の桜の木もあり、今週末が見ごろを迎えるのではないかと思う。毎年写真を撮りに来ているが相変わらず綺麗だ。今年は震災の影響で夜間のライトアップが中止されたので、平日は午前10時から午後5時までだ。
この通り抜けは、明治16年(1883年)、時の遠藤謹助局長の「局員だけの花見ではもったいない。市民とともに楽しもうではないか」との提案により、構内の桜並木の一般開放が始まり、「桜花縦覧のため表門(現在は南門)から入り、造幣局構内を通って裏門(現在は北門)へ抜ける、約560M」、つまりは文字どおり構内を通り抜けることが、その名の由来。「あともどりできない通り抜け」がいつしか「通り抜け」という固有名詞となった。現在、大阪の年中行事の一つとして、人出は約80万人に及んでいる。桜は、関山、普賢象、松月、紅手毬、芝山、楊貴妃など約120品種、約350本を数え、大半は遅咲きの八重桜で、満開時の美しさはたとえようもなく、今では浪速の春を飾る風物詩となっている。その中でも紅手毬、大手毬、小手毬及び養老桜などは、他では見られない珍種と言われている。 

2011年4月11日月曜日

京都嵐山での同窓会に参加

10日(日)~11日(月)、高校の同窓会に幹事として参加。(参加者は43名) 会場は京都嵐山、ご清遊の宿「らんざん」で京都「吉兆」の西隣りで嵐山では最高の場所。
今回、開催に当たり日本でも有名な桜の名所嵐山で『参加者には、ぜひ満開の桜を観てもらおう』との強い思いで、日程を決め準備してきた。それが見事にズバリ命中、嵐山で10日に満開を迎え天候もよく最高になり、幹事の思いが通じて非常に感激した。 
写真は「らんざん」の中庭の枝垂れ桜で満開で綺麗だった。
終わった後、毎年桜の花が咲く頃に来ているが、これだけ満開で綺麗な桜が観られることが少ないので、写真を撮るため嵐山野宮神社~嵯峨野の二尊院~清凉寺辺りを散策した。

2011年4月5日火曜日

桜の名所「背割堤」へ

自宅から自転車で、約30分のところにある京都府八幡市の背割堤に出かけた。
木津川と宇治川を分ける背割堤は、自然の大パノラマが広がり、約250本のソメイヨシノが1.4kmにわたって歩道の両脇に立ち並ぶ桜の名所である。
もう満開に近いかと思っていたが、まだ5~6分咲きで少し早かった。今週末から来週初めが満開の見ごろかと思われた。写真は歩道から下流に向かって撮ったもの。

2011年4月2日土曜日

第3回「淡路島一周ウオーク」へ

第3回「淡路島一周ウオーク」に参加。参加者は大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面から、バス6台(257名)で、第2回目よりか少なかった。
行程は枚方6:50出発→高槻→茨木→三熊山・洲本城に10時頃着、桜が満開ではと期待したがつぼみで期待外れだった。(写真が洲本城、模擬天主閣)、10時35分出発→11時30分に第2回のゴール点「灘黒岩水仙郷」着、昼食後12時20分出発→淡路島モンキーセンター小休憩→立川水仙郷(第3回ゴール点)に15時30分に到着。16時15分に出発し、途中淡路ハイウェイオアシスで約30分休憩→高速道路が混んでいたので19時50分に枚方着。今回は約13kmのウオーキングだった。
<洲本城の歴史>大永6年、安宅治興が三熊山に築城した。天正9年、安宅清康は、羽柴秀吉・池田元助によって由良城(古城)を攻められ降伏、その時に洲本城も開城した。天正10年、仙石秀久が入り、天正13年に脇坂安治が城主となった。 脇坂氏により洲本城は大修築された。 慶長14年、安治は伊予大洲へと移封となり、慶長15年には池田忠雄が63,000石で入封した。元和元年、池田忠雄は兄忠継の養子となって備前岡山城主となり、淡路一国は大坂の陣の功により、阿波徳島城主の蜂須賀至鎮に加増された。蜂須賀氏は、寛永12年、淡路の拠点を由良城(成山城)から洲本城へ移し、城下町を形成させた。洲本城代には、稲田示稙が任命されて以来、江戸時代を通じて、代々稲田氏が城代を務めた。(関連サイトから抜粋)
第4回目は4月16日(土)、神々が造った最初の島・沼島の一周ウオーキング(約8kmと短い)と淡路島七福神・護国寺、覚住寺の参拝。

2011年4月1日金曜日

祇園・白川舞妓さんの撮影会へ

毎年恒例の祇園・白川の舞妓さんの撮影会が午後3時よりあった。昨年は雨降りであったのでカメラマンも少なかったが、今年は天気もよかったので、多くのカメラマンが来ていた。舞妓さんは二人と、少し寂しかった。
白川沿いの枝垂れ桜が満開で、そこに立つ舞妓さんも綺麗だった。ほかの桜(ソメイヨシノ)はまだつぼみで、昨年と比べると4~5日遅いようだ。
舞妓さんの名前は、左から満奈葉さん、つる葉さん。

2011年3月28日月曜日

「ジオラマ」京都JAPANを見物

 山陰本線「嵐山嵯峨野駅」横に3月1日オープンした「ジオラマ」京都JAPANを見物した。
HOゲージサイズの鉄道模型を使用した日本最大のジオラマで京都の街並みを演出している。(上の写真は清水寺の模型)
EF66機関車の運転台からカメラ付き付き模型列車の映像を見ながら実物の列車運転装置(マスコン)を使って操作して、ジオラマ内の列車を操縦できる。
「HOゲージ」とは、鉄道模型の完成品ではなく、鉄道模型のキットや部品についての縮尺を示唆し、国際的に統一されたレールの幅の数値を用いて作成する事を表す。また、模型の規定サイズの部品を組み立てて完成させるタイプのものをHOゲージとも呼んでいる。レールの規定サイズは、16.5mmで、HOゲージ特有のサイズとなっている。また、「HOゲージ」の魅力は、車両の種類が豊富だという点や、ヨーロッパ型の鉄道も多い。HOゲージの場合、現代のヨーロッパを代表する、高速列車から豪華列車などの名が高いオリエント急行といった列車をはじめ、100年前の蒸気機関車に至るまでさまざまな車両がHOゲージ用として模型化されている。hoゲージ製品のほとんどはプラスティック製での普及品であり、 とくに欧米各国においてhoゲージを使用する愛好者が多いのも一つの特徴です。特に注目する点は、車両のモデルは各国の数多くのメーカーから発売されているので、 連結器や車輪の規格は基本的にすべて統一されている。実際の国際列車と同じに、さまざまな国籍の車両を連結して同じレールの上を走らせる楽しみが出来る。作った鉄道模型を走らせる楽しみが一番実感出来るのが「HOゲージ」と言っても過言ではない。(関連サイトから抜粋)
鉄道模型ファンにとっては一見の価値があるようだ。下の写真は高速道路での交通事故がリアルに再現されていた。

2011年3月27日日曜日

親鸞展へ

京都市美術館にて親鸞聖人750回忌、真宗教団連合40周年記念として「親鸞展」が17日から5月29日まで開かれているので観に出かけた。
これは、浄土真宗の宗祖・親鸞ゆかりの書画や彫像を集めたもので。鎌倉時代に親鸞が書いた「教行信証(きょうぎょうしんしょう)(坂東本〈ばんどうぼん〉)」など国宝9点、親鸞の肖像画「親鸞聖人影像(熊皮御影〈くまがわのみえい〉)」など国の重要文化財36点を含む約130点が展示されていた。
「真宗教団連合」とは親鸞聖人は、真宗教団立教開宗の根本聖典である主著『教行信証』で、「真実の教は、浄土真宗である」と述べておられる。その浄土真宗を信奉する教団は、いろいろの歴史的な事情から、現在では十派に分流している。それは本願寺派(西本願寺)・大谷派(東本願寺)・高田派(専修寺)・佛光寺派(佛光寺)・興正派(興正寺)・木辺派(錦織寺)・出雲路派(毫摂寺)・誠照寺派(誠照寺)・三門徒派(専照寺)・山元派(證誠寺)である。しかし、その源はすべて親鸞聖人に帰一し、聖人を宗祖と仰ぐ御同朋の教団である。各教団がそれぞれの枠を乗り越え、大同団結をしてこの不安と混迷の現代社会において、浄土真宗の教えと立場を鮮明にするための行動する組織体が「真宗教団連合」である。(「真宗教団連合」のサイトから抜粋)我が家は西本願寺の門徒であり、親鸞聖人についてはそれなりに聞いていたが、この展示をみてより一層親鸞聖人という人の理解出来たし、その教えなどもよく分かった。

2011年3月26日土曜日

「きららマナビスト講座:楽しいおもちゃ作り教室」の開催

今年度最後(6回目)のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」(枚方市生涯学習課主催の講座)を開催。
今回は牛乳パック、古い単一乾電池などを使った「トコトコかめさん」で、タコ糸で持ち上げて床におくとトコトコと動くかめさん。
参加は幼稚園児、小学1年生などの子供27名+父兄17名、「SAひらかた」のメンバーは11名が参加し作り方指導や支援をして一緒に楽しんだ。 
子供達はかめさんの動きが鈍いし、動く距離も短いが、キャキャ~と歓声をあげていた。
次回、5月28日(土)に皿回し用の紙皿を作って、皿回しをして遊ぶ予定。
下の写真は楽しく「トコトコかめさん」を作っている様子。上の写真が「トコトコかめさん」でタコ糸で持ち上げて床におくとトコトコと動く、なかなか面白い。

2011年3月24日木曜日

認知症講習会に参加

「ラポールひらかた」大研修室にて枚方市高齢社会室主催の「家族と自分のための認知症講習会」が行われ参加した。約1時間半にわたって、1)認知症とはどういうものか?、2)認知症の症状(中核症状と行動・心理症状)、3)必ず現れる中核症状の記憶障害・見当識生涯・理解判断力の障害・実行機能障害、4)行動・心理j症状とその支援、5)認知症の判断・治療、6)認知症の予防についての考え方、7)認知症の人と接するときの心がまえ、8)認知症介護をしている家族の気持ちを理解する。 という内容だった。
まずは、認知症にならないように予防することが重要である。そのためには、1)日常生活に社会活動や趣味を積極的に取り組む。趣味の活動や複数のことを認識して同時に行うことも注意力の低下に効果がある。2)有酸素運度をする。例えばウオーキング、水泳、サイクリングなどの運動は脳の血流が増えて、認知症になりにくいことが分かっている。1日30分以上の有酸素運動に心がける。3)野菜を多く食べる。野菜や果物をたくさんとっている人は、認知症になりにくいことが分かっている。4)魚をできるだけ食べる。魚のDHAやEPAと呼ばれる不飽和脂肪酸には、脳の神経伝達をよくしたり、脳の血流をよくする働きがある。5)記憶力を積極的に使う。知的な機能を活発に使う生活では認知症になりにくい。特に「エピソード記憶」という体験したことを思い出す機能(たとえば、今朝何を食べたかを覚えていて思い出すことが出来る機能)を使うとよい。
以上の予防をしていても加齢に伴い、認知症になる確率は増加する。もし、軽い認知症障害があるとわかったら、早めに適切な治療やケアを行うことで、症状を軽減したり進行を遅らせることが出来る。 
今回、講習を受けて、認知症のことがよく分かったし、予防することもよく分かった。 今後も予防に心がけて、早期発見にも心がけよう。 と思った。

2011年3月19日土曜日

「てっぱん」セット公開を見物

NHKの連続テレビ小説「てっぱん」の録画が終わり、そのセット公開が11日~21(月)まで行われているので見物した。
NHK大阪放送局のBKプラザの前に田中荘の一階、二階のセットが設置され、一階の「台所」、「みのみっちゃん」に入っての概要説明も行われたので聞いた。
この田中荘は70年前の家で、実物の大きさではなく、テレビカメラの関係で80%とのこと、こじんまりとしたセットだった。
写真は公開された田中荘の外観。

2011年3月6日日曜日

滋賀県日野ダムへ

田舎(滋賀県日野町)に野菜(大根・ミズナ)を取りに出かけた。時々行っているが、初めて「日野ダム」(約3.2km)のダム湖周辺を一周ウオーキングした。 ここは、散策道やダム公園、休憩広場が整備されており、四季ごとに散策したりして楽しめるよいところだ。また、日野ダムからみる綿向山は雪が積もって美しかった。
このダムは町内小井口から村井にかけて位置する治水・灌漑ダム、昭和28年(1958)から昭和41年(1066)にかけて建設された。綿向山は、標高1,110m、鈴鹿山系の一つで、滋賀県側に最も突き出した歴史に古い、神を祀る大衆の山。四季折々に美しい景色の移り変わりを見せ、登りやすい女性的な感じの山として初心者の登山に喜ばれている。山頂の眺めは素晴らしく、東に重厚な雨乞岳を中心に鋭峰鎌ヶ岳につづく鈴鹿連山・伊勢湾をはじめ、秋冬の澄んだ日には遠く、北アルプス穂高岳・木曽おんたけ山・恵那山・南アルプス塩見岳なども望見でき、設置されている展望図盤によってそれらを確認することができる。西には近江盆地が眼下にひらけ、琵琶湖の向こうには比叡山から比良連峰が連なり、雄大な気分を味わうことができる。日野町ではその標高にちなみ、毎年11月10日を『綿向山の日』に制定している。(日野町観光サイトから抜粋)
上の写真は日野ダムと綿向山、下の写真は田舎の自宅近くから撮った綿向山