2011年3月19日土曜日

「てっぱん」セット公開を見物

NHKの連続テレビ小説「てっぱん」の録画が終わり、そのセット公開が11日~21(月)まで行われているので見物した。
NHK大阪放送局のBKプラザの前に田中荘の一階、二階のセットが設置され、一階の「台所」、「みのみっちゃん」に入っての概要説明も行われたので聞いた
この田中荘は70年前の家で、実物の大きさではなく、テレビカメラの関係で80%とのこと、こじんまりとしたセットだった。
写真は公開された田中荘の外観。

2011年3月6日日曜日

滋賀県日野ダムへ

田舎(滋賀県日野町)に野菜(大根・ミズナ)を取りに出かけた。時々行っているが、初めて「日野ダム」(約3.2km)のダム湖周辺を一周ウオーキングした。 ここは、散策道やダム公園、休憩広場が整備されており、四季ごとに散策したりして楽しめるよいところだ。また、日野ダムからみる綿向山は雪が積もって美しかった。
このダムは町内小井口から村井にかけて位置する治水・灌漑ダム、昭和28年(1958)から昭和41年(1066)にかけて建設された。綿向山は、標高1,110m、鈴鹿山系の一つで、滋賀県側に最も突き出した歴史に古い、神を祀る大衆の山。四季折々に美しい景色の移り変わりを見せ、登りやすい女性的な感じの山として初心者の登山に喜ばれている。山頂の眺めは素晴らしく、東に重厚な雨乞岳を中心に鋭峰鎌ヶ岳につづく鈴鹿連山・伊勢湾をはじめ、秋冬の澄んだ日には遠く、北アルプス穂高岳・木曽おんたけ山・恵那山・南アルプス塩見岳なども望見でき、設置されている展望図盤によってそれらを確認することができる。西には近江盆地が眼下にひらけ、琵琶湖の向こうには比叡山から比良連峰が連なり、雄大な気分を味わうことができる。日野町ではその標高にちなみ、毎年11月10日を『綿向山の日』に制定している。(日野町観光サイトから抜粋)
上の写真は日野ダムと綿向山、下の写真は田舎の自宅近くから撮った綿向山

2011年2月28日月曜日

羽田空港国際線ターミナルへ

昨日は非常に良い天気で温かい日であったが、今日は一転して雨の降る寒い日となった。
朝8時半過ぎホテルをチェックアウトし、青山の青山霊園へ義父母の墓参り。
その後、山手線で浜松町から東京モノレールで羽田空港国際線旅客ターミナルへ。2010年10月21日からの羽田発着の国際線はこの新しいターミナルビル(TOKYO INTERNATIONAL AIR TERMINAL 通称:TIAT/ティアット)となった。ここは従来の「空港地下に駅」ではなく、東京モノレールがターミナルの高架駅に電車が止まり、すぐ同じフロアーのチェックカウンターに行けて、出国出来るのは非常に便利且つ新鮮だ。また、人にやさしい段差の無い空港設備(バリアフリー)、車椅子出迎えサービスや補助犬のトイレ設置など新しい試みもされている。
出国前は4階の江戸の街並みを意識した「江戸小路」で楽しむことも出来る。また、展望台もある5階には「COOL ZONE」というショッピングゾーンやプラネタリウムがある。ここでのショッピング、食事、遊びなど楽しめる空港として随所に工夫がみられた。そのためか多くの人達が見物を兼ねて訪れていた。小生もその一人だった。
上の写真は4階からみた3階のチェックカウンターで、あまり混んでいなかった。下の写真は4階にある「江戸小路」。

2011年2月27日日曜日

「5000人第九」コンサートへ

第27回「5000人の第九」コンサートは、10時から10時半まで並びの調整・発声練習、10時半からゲネプロ「第九」(第1楽章~第4楽章)があり、開演は14時から14時35分まで第一部としてベートーヴェン「献堂式」の演奏。
休憩後15時から16時10分まで第二部として「交響曲第九」の演奏が行われた。
今回、「交響曲第九」の指揮は松尾葉子氏、独唱は佐藤しのぶ・坂本 朱・錦織 健・福島明也氏、管弦楽は「新日本フイルハーモニー交響楽団」、合唱は「国技館すみだ第九を歌う会合唱団5100人」。合唱団は北は北海道から沖縄までの38都道府県と中国、韓国、ドイツなど海外の7カ国から、最少5歳から95歳という人たちだった。
最後はいつものように「花」を全員で合唱し、解団式があり17時過ぎにすべて終わった。 
その後は池袋のサンシャイン60展望台へ、真下観覧スペースが東西南北に1ヶ所ずつあるスポットから窓際ギリギリから真下を見下ろして超高層を実感出来る。窓際ギリギリに近づくと足がすくむ感じでスリル満点だった。
上の写真はコンサート前の合唱団側の風景、下の写真は5000人第九コンサートの冊子の表紙。

2011年2月26日土曜日

第九で東京へ

国技館の第27回「5000人の第九コンサート」の参加のため東京へ。
参加申し込みが遅れて格安のフリープランの手配が出来ず、いつも利用するホテル「アワーズイン阪急」、新幹線の「ぷらっとこだまエコノミープラン」の格安切符を手配し出かけた。
26日は京都駅10時5分発こだま646号(グリーン車)で東京に13時47分着。この日はオケ合せの練習があるが、今回初めてサボって東京見物に。
まず、山手線の御徒町で下車し「湯島天神」に参拝と観梅、土曜日で境内は大分混雑していたが、梅花は見ごろであった。
その後、地下鉄「本郷3丁目」で乗車し、「飯田橋」で下車、小石川後楽園の庭園(観梅)→JRで東京駅に戻り、4時45分頃からランニングコースとは逆を皇居前広場から一周ウオーキング(約5kmで1時間)したが、土曜日でランニングする人が多く、イギリス大使館前辺りなどは道幅が狭く(約70cm)、ぶつかりそうになることもあり、問題(危険であること)になっていることがよく分かった。
<参考>
「湯島天満宮」は古来より江戸・東京における代表的な天満宮であり、学問の神様として知られる菅原道真公を祀っている。そのため受験シーズンには多数の受験生が合格祈願に訪れるが、普段からも学問成就や修学旅行の学生らで非常な賑わいを見せている。また境内の梅の花も有名で、この地の梅を歌った「湯島の白梅」(1942年)は戦中時の歌として大ヒットした。長野県長野市に湯島天満宮の分社がある。「小石川後楽園」は水戸藩二代目藩主「水戸黄門」光圀が完成させた水戸藩江戸上屋敷内の庭園。日本三名園である岡山の後楽園と区別して、「小石川後楽園」と呼ばれる。「後楽園」は現在では東京ドーム周辺一帯の地名として、人々に親しまれているが、この小石川後楽園がその名の由来である。
上の写真は「湯島天神まつり」が行われていた「湯島天満宮」の入口、下の写真は「小石川後楽園」の入口。

2011年2月20日日曜日

「鵜殿のヨシ原焼き」

淀川(高槻市側)に春の訪れを告げる恒例の「鵜殿のヨシ原焼き」が、9時から正午にかけて行われたので、10時半頃に写真を撮りに出かけた。
これは伝統行事・文化の継承と市街地に残された貴重な自然の保護・保全のために、毎年2月に高槻市上牧町から道鵜町の淀川河川敷一帯で、地元の実行組合などが中心となって行われるものである。
この地域は丁度、枚方市牧野の対岸にあたり、家から自転車で10分程度行った堤防や川に下りて観ることができる。川岸までヨシが焼けて来てよい写真が撮れるかと期待したが外れた。写真は対岸から望遠で撮影したもの。

2011年2月11日金曜日

映画「太平洋の奇跡」鑑賞

11日に公開された「太平洋の奇跡」(フォックスと呼ばれた男)をTOHOシネマズ梅田にて鑑賞。今回、初めてこのTOHOシネマズ梅田に入場、定員470名でほぼ満席だった。いつもガラガラの映画館(シネプレックス枚方)での鑑賞だったので、久し振りに映画館で観たという感じだった。
太平洋戦争末期のサイパン島を舞台に、大ゲリラ戦で米軍に“フォックス“と仇名され恐れられた大場栄大尉(竹野内豊)率いる陸軍歩兵連隊と絶大な兵力を誇る米軍との熾烈な戦いを描く実話の映画化である。
あらすじは、1944年6月、圧倒的な戦力をもったアメリカ軍がサイパン島に上陸。追い詰められた日本軍は敵軍へ玉砕を敢行、次々と命を落としていく。その戦渦を生き延びた大場栄大尉は生への執着に気付き、最後まで戦う道を選ぶ。やがて彼は、わずかな兵を率いて島の中央、タッポーチョ山で合流した200人近い民間人を守りながら513日にわたる抗戦をする。長期にわたる抗戦で、わずか47人になったが、4万5000人のアメリカ軍を相手に抗戦を続け終戦を迎える。そして、降伏することなく、47人がアメリカ軍キャンプに着き、もう戦争は終わったということでアメリカ軍に温かく迎えられる。(関連サイトから抜粋) 
いつも太平洋戦争の映画を観て、外に出ると人々の豊かで平和な生活風景が目に飛び込み、平和であることの有難さを実感する。そして、同時にどうしてあのような愚かな戦争に向かっていったのであろうか?と考えさせられる・・・・。 上の写真は最後に、47人が歌をうたいながらタッポーチョ山から行列して下山するシーン。 下の写真は大場栄大尉(竹野内豊)。

積雪の大阪城公園・梅林へ

大阪で3年振りに約5cmの積雪となり、大阪城公園・梅林に写真を撮りに出かけた。
この積雪で大阪城公園・梅林での写真を撮るため多くのカメラマンが来て、盛んにシャッターを切っていた。
梅の花は咲き始めた時期であり、ほとんど開花していなかったので、雪が積もった梅花があまり撮れなかった。
また、大阪城天主閣を入れた風景なども狙ったが、いつものようにあまり大した写真が撮れなかった。

2011年2月7日月曜日

第2回「淡路島一周ウオーク」へ

第2回「淡路島一周ウオーク」に参加。参加者は大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面から、バス7台(293名)で、第1回目よりか平日の影響か少なかった。
行程は枚方6:50出発→高槻→茨木→第1回のゴール地点阿万海岸海水浴場10時頃着、バス3台分(約120名)が、まず10時25分出発→南淡路水仙ラインを通り土生港に12時10分着、昼食→13:10出発→14時に「灘黒岩水仙郷」着(ゴール地点)→「灘黒岩水仙郷」を見学、15時出発→15時30分に淡路島七福神・万福寺着、参拝→16時出発し、途中淡路ハイウェイオアシスで休憩→19時頃枚方着。今回は約14kmのウオーキングだったが、歩くスピードが少し速く、前半に上り坂もあって第1回目よりも大分疲れた。
「灘黒岩水仙郷」は淡路島の冬の風物詩で、灘黒岩に位置するスイセンの群生地として、日本三大群生地の一つとなっている。この「灘黒岩水仙郷」は、今から約180年前に付近の漁民が海岸に漂着した球根を山に植えたのがだんだん繁殖したとされ、今ではここ淡路島の南部に位置する諭鶴羽山(標高608m)から海に続く45度の急斜面の一帯、約7ヘクタールにわたって500万本もの野生の水仙が咲き誇っている。(南あわじ市観光サイトから抜粋)
第3回目は4月2日(土)、灘岩水仙郷から立川水仙郷のウオーキングと洲本城跡の桜、第4回目は4月16日(土)、神々が造った最初の島・沼島と淡路島七福神・護国寺、覚住寺で、参加の申し込みをした。写真は灘黒岩水仙郷の案内看板と水仙。

2011年2月6日日曜日

「変身舞妓in東福寺」撮影会へ

全日写連関西本部の冬の撮影会「変身舞妓in東福寺」が京都・東福寺であり参加した。
モデルは変身舞妓4人、変身芸妓2人の計6人、参加数はよく分からないが200人程度ではないかと思われた。
12時45分よりセレモニーがあり、前半は13時15分から東福寺の境内で、変身舞・芸妓1人に対して指導員2~3人(関西本部の役員等)がつき、6箇所に分かれて撮影がスタートした。14時30分頃に20分間の休憩があり、後半は変身舞・芸妓2人が組になって同じように行われ15時30分頃に終わった。
6人の変身舞・芸妓の写真を連写で撮りまくったが、これといった作品になるようなものはなかなか撮れない、撮ろうとはしていないこともあるが・・・・・、今回もフォトコンテストに応募するつもりもないので、これで十分だ。
写真はセレモニーに勢揃いした綺麗な変身舞・芸妓さんと変身舞妓さん。

2011年2月3日木曜日

TVドラマのエキストラに参加

  31日と同じテレビ朝日系TVドラマ「SP警視庁警護課(仮題)」渡瀬恒彦主演(SP:要人警護の警官)の2時間ドラマで、大津市のびわこホールの横「ピアザ淡海ホテル6Fクリスタルルーム」にて撮影が行われたので参加。
今回、元首相の長女で国会議員の石鍋キリ子(高畑淳子)が弟・石鍋洋介の参議院補選出馬表明大決起大会に来場し演説を行うが、そこで大事件が起こる・・・・・の会場内のエキストラ。(詳しい撮影状況、内容などは掲載禁止のため省略)
今回、参加者は約130名(見た感じで男3、女7の割合)で、滋賀ロケーションオフィスに登録以外の他府県(名古屋・大阪など)から来た人(男性)もおられた。名古屋の人は名神を使って車で参加された熱心な方で、正月に放送された「二人の軍師」「源氏物語」にも参加されたそうだ。
今回、2回目のエキストラとして会場内での演技を行い、それなりに楽しめたし、1回だけカメラに映っている場面もあってよかった。撮影は9時頃からスタートし、午後1時半頃までかかり、それからやっと昼食の弁当を会議室で食べた。(下の写真の弁当)
上の写真は撮影が行われた「ピアザ淡海ホテル」で、1階にはパスポートセンターや2~3階は滋賀県立県民交流センターなどがあった。


2011年2月1日火曜日

琵琶湖一周へ

 昨日は大雪の影響でJR湖西線近江今津~近江塩津間、JR北陸線長浜~近江塩津間が不通だったが、朝のニュースでは除雪されて早朝から開通しているとのことで、一区間切符を買って久しぶりに琵琶湖一周した。
その行程は京都駅から大津駅まで切符(190円)を購入→京都9時48分発敦賀行き快速電車に乗車→11時01分に近江塩津駅着→11時5分発新快速姫路行きに乗り換え→11時52分米原で車両連結し発車→12時35分大津駅着、ウオーキングするためにここで下車。(このまま帰る場合、一旦大津駅の改札口を出て、一区間(山科駅180円)の切符を買って再乗車し山科駅で下車、京阪山科駅で乗車し帰る)
コースは滋賀県庁(初めて正面玄関に入る)→NHK滋賀放送局(「江」の展示を観る)→びわこホール(入口のみ)→ピアザ淡海・県民交流センターのロビー→湖岸沿いの公園を通り浜大津へ(約50分のウオーキング)、京阪浜大津駅から乗車して帰宅。
雪は近江高島駅を過ぎる辺りから積雪量も徐々に増え、乗り換えた近江塩津駅から余呉にかけてはすごい積雪だった。大雪の峠は越えたが、まだ雪が降っていた。
上の写真は近江塩津駅の敦賀方面のプラットホームに積もった雪(1m以上?)で、下の写真はJR余呉駅プラットホームの立て看板が埋まりかけていた。

2011年1月31日月曜日

TVドラマのエキストラに参加

 テレビ朝日系TVドラマ「SP警視庁警護課(仮題)」渡瀬恒彦主演(SP:要人警護の警官)の2時間ドラマで、大阪ビジネスパーク円形ホール(旧MIDシアター、写真)内で撮影が行われたので参加した。
元首相の長女で国会議員の石鍋キリ子(高畑淳子)の特別講演会が行われたが、ロビーに出ると事件が起こる・・・・・の会場内外でのエキストラ。詳しい撮影状況、内容などは掲載禁止のため省略)
今回の参加者は約200名(男女半々か、女性が少し多い感じ)で、現役の20~50代が多く60代の人はちらほらだった。
エキストラとしての会場内外での演技(役割)もあり、結構楽しめたのでよかった。また、昼食の弁当も美味しかった。(下の写真)
円形ホールの地下から上がったところで、渡瀬恒彦さんにバッタリ出会い「お疲れさんでした」と声を掛けたら返答してもらえた。



2011年1月23日日曜日

「ぐるっと淡路島一周ウオーク」へ参加

 サンケイ旅行社の「ぐるっよ淡路島一周ウオーク」の第一回目の鳴門岬から阿万海岸海水浴場(約13km)までがあり参加した。大阪市内・奈良・神戸・枚方高槻方面から土曜日のため子供をはじめ多くの中高年の参加者で、バス9台(346名)の大人気のウオークツアーだった。
行程は枚方7:00出発→高槻→茨木→淡路島「おのころ島神社」に参拝→11時着、鳴門岬「道の駅・うずしお」にて昼食、約15分徒歩で第1駐車場に集合→12:00スタート(2つのグループに分かれてスタート)→刈藻海水浴場→13時10分、福良港着→休息→13:40分福良港出発→吹上浜→15時40分に阿万海岸海水浴場着(ゴール地点)。 約3時間10分のウオーキングだったが、心配していた足の痛みなどもなく歩けてよかった。
この「淡路島一周オウーク」は、次回(2回目)は阿万海岸海水浴場から灘黒岩水仙郷で、2月7日(月)。3回目は灘岩水仙郷から立川水仙郷で、4月2日(土)にある。4回目以降、最終15回目(来年の3月)で終わり、道のりは合計170kmである。
このウオークツアーは、ただ単にウオークキングするだけではなく、どこか一か所の観光も含んでいるのでよいと思う。今後、毎月1回のペースで行われるが、次回以降も参加したい。
上の写真は「ぐるっよ淡路島一周ウオーク」のチラシ、下の写真は福良港を出発して吹上浜に向かう長蛇の列(先頭から撮影)。

2011年1月20日木曜日

「客船オセアニック号」船内見学会へ

神戸ポートターミナルで「客船オセアニック号」(世界一周の船旅)の船内見学会が行われ、関心もあり出かけた。今回はすでに船旅の予約をした人、相談・予約する人、ただ見学の人などで約3,000名が参加とのことで混雑していた。 
この客船は、船籍:パナマ、総トン数:38,722トン、全長:238.4M、全幅:29.4M、乗客定員:1,550人、航海速度:最高27ノットで、ヨーロッパとアメリカ結ぶオーシャンライナーとしてイタリヤで1995年に建造され、カリブ海クルーズや地中海クルーズなどで活躍した、快適な船内生活を過ごすことが出来る外航客船である。(写真は神戸ポートターミナルに接岸する「客船オセアニック号」)
船内見学の前に「90日間世界一周の船旅」の概要説明がプロジェクターを使って、何回かに分けて行われていたし、また相談・予約コーナーも十数テーブル置かれ、多くの人が相談し予約している様子が見受けられた。
客船の到着が予定より遅れ12時15分頃に接岸、見学は13時15分から行われた。客船の5階が地上1階にあたるので、そこから乗船し船内案内図のもと6・7・9階の客室、8階のブロードウェイショールーム、ショップ、ラウンジ、パブ、10階のプールサテライトラウンジ、客室、11階のスポーツジムなど一通り約1時間見学した。船内は自由に見学が出来て分からないことがあれば、各所にスタッフがいて説明案内してくれた。
一番気になるのは価格、一番安いのは4人部屋で2段ベッドで一人99万円、シングルで200万円~、2人部屋のスタンダードで一人140万円~で窓のある部屋、ない部屋など間取りによって価格が違う。
乗船して世界一周してみたいなあ~と思うが、まずはお金、次に仕事やボランティアをやめないといけないし、家族のこともあり行けそうにない。 しかし、いつか行ってみたいなあ~・・・・・。

2011年1月16日日曜日

「New year Concert」へ

寝屋川演奏家クラブの定期演奏会「New year Concert」が門真市民文化会館ルミエールホール小ホールであり聴きに出かけた。
第1部はフルート、クラリネットピアノのためのソナタをはじめとするクラッシク系音楽(6曲)、第2部は映画「ノーノーナネット」より『二人でお茶を』をはじめとする映画音楽(6曲)の演奏だった。
第1・2部ともフルート、クラリネット、サックス、ピアノ、歌ありのバラエティーに富んだ音楽を聴くことが出来てよかった。
最後に出演者全員による映画「サウンドオブミュージック」より『私のお気に入り』『すべての山に登れ』『エーデルワイス』の合唱があった。(写真がその様子)
寝屋川演奏家クラブは、2000年に娘二人と寝屋川市、枚方市などに在住の音大生、音大を卒業した人達十数名で発足し、年3~4回の定期演奏会を行っている団体(現在43名の会員)で、今年で満11年になる。当初と比べると寝屋川演奏家クラブの知名度も随分とアップし、多くの人達が来場されるようになっている。

2011年1月13日木曜日

「藤間劇団」のショーを鑑賞

 京阪御殿山の「渚の湯」で行われている大衆演劇の「藤間劇団」を観に出かけた。12時から唄のショー、60分の時代劇の芝居、60分の演歌や流行の歌謡曲に合わせて座長や団員による踊りのショーがあった。芝居は日毎に変わるらしい。観客は平日の影響か15名と少なかったが、大衆演劇のファンが前列に陣取って声援を送っていた。智太郎座長の歌や芝居、また女形の踊りもよかった。1月末まで「渚の湯」、2月は石川県加賀市「大江戸温泉ながやま」での公演とのこと。
この劇団は1985年に初代座長・藤間新太郎(現太夫元)が旗揚げ、まじめに一生懸命をモットーに劇団全員で力を合わせて、日々の舞台を勤めている。2005年5月に、新太郎太夫元の長男・智太郎が二代目座長を襲名した。将来、藤間歩(あゆみ、小学6年生)が三代目として襲名予定。(公式サイトから抜粋)  
「大衆演劇」の概要は、全国各地にある大衆演劇専用公演の劇場・または、健康ランドやホテルなどで劇団員一行が時代劇を主とした公演をしているものをいう。公演場所を指して分かるように、他の公演と比較し、演じる役者と観客との距離が大変近く、芝居の内容を観客が大変分かりやすい構成で仕上げている。その為、役者と観客が一体となり臨場感溢れる空気が生まれるのが特徴である。劇団の総数は全国で130劇団以上存在。現在では20代~30代の座長が看板を努める劇団が多いのが傾向。 何世代も続く歴史の深い劇団から、最近旗揚げ(創立)した劇団まで様々な歴史を持つ劇団があり、劇団一行の人数は数名~30名程の構成となっている。
2月の「渚の湯」は「宝海劇団」の公演予定で、機会があればまた観たいものだ。上の写真は芝居の一場面、下の写真は座長の舞踊。

2011年1月12日水曜日

イメージングスクエアサービスの開始

 11日付の朝日新聞で、1ページを使ってCASIOから広告(IMAGING SQUARE)が掲載された。
これは1枚の写真からパーチャルペインター(写真を12種類の各絵画に変換)、HDR(ハイダイナミックレンジ)アートクラフト(1枚の写真をHDRアートに変換)、ダイナミックフォト(写真の切り抜き、合成機能)、画像の左右90°回転、サムネール画像の作成などができるオンラインサービスを開始したとの内容であった。
画像編集ソフト(フォトショップエレメント等)でもできる内容を高価なソフトを購入せずに、オンライン上で手軽に作成できるもので、早速試してみた。やってみると誰でも簡単に変換できるので大変便利で面白い。
ほんの一例だが、上のバラの写真を水彩画に変換させてみたものが下で、油絵にも即座に変換してくれる。

2011年1月4日火曜日

通天閣「スカイウオーク」へ

 京阪北浜駅で下車して、堺筋を南下し本町、長堀、日本橋をウオーキングし、約1時間で通天閣に到着。
通天閣の5階に上がり4階にある昨年10月から始まり人気のある「スカイウオーク」へ。
これは照明の保守などに使う地上75Mの足場を歩き、新世界など大阪の町並みが一望できるもので、腰に命綱を着けているが、足元の格子から地上がのぞくと思わず足がすくむ人もいるらしい。 
受付して待つことなく安全帯を装着していざ地上75Mの空中散歩へ! 若い女性のガイドが安全を確認しながら案内してくれた。途中「神様のテンちゃん」があり、その前で記念写真を撮った。(上の写真)
良い天気で風は少しあったが、見晴らしがよくて一回りした空中散歩の体験はよかった。しかし、恐怖心もなく何となく物足りない感じの体験でもあった。下の写真は「スカイウオーク」を体験する人達。
その後、難波へ出て御堂筋を北上し途中、難波神社、北御堂に参拝し京阪淀屋橋駅から帰宅した。本日のウオーキング時間は2時間半(距離で約12km)だった。(1/713138)

2011年1月2日日曜日

「片埜神社」へ初参り

大晦日は大雪の影響で日野に泊まって1日午後帰宅。
2日に徒歩10分にある「片埜神社」へ初参りした。正月で行列ができるほど多くの参拝客で賑わっていた。この6年ほど前から毎年清酒1本を献酒しているが、ずらあ~と並んだ献酒をみると案外1本は少なくて2本が多い。今年も家族の健康とよい年になるようにと祈願した。
「片埜神社」(概要)は、第11代・垂仁天皇(在位:元年~の御代、出雲の豪族・野見宿禰(土師・菅原氏の祖)が当麻蹴速との戦いに勝ち、河内一帯を賜わった。そして、当所、阪の地に出雲の神様「建速須佐之男大神」を奉鎮し、土師氏の鎮守としたのが始まりである。欽明天皇(539年~ 571)の御代に勅により「片野神社」と号した。
鎌倉時代の末期、元弘建武の兵火に罹って社殿の悉くを焼失したが、室町中期になると、禁中から、吉田家によって荘厳な儀典が執り行われ社殿が再建された。しかしながら再び、天文・永禄年間に、三好・松永らの戦いによる兵火に見舞われること数回、社殿をはじめ旧記宝物の悉くが灰燼に帰したことは誠に惜しい事である。
天正11年、豊臣秀吉公が大阪城築城の際、鬼門の方角に位置していた当社を大阪城鬼門鎮護の社と定めて尊崇、修築した。当社が大阪の鬼門除け、方除け社として世に知られる様になるのはこの時からである。さらに慶長7年には豊臣秀頼公が片桐且元を総奉行として復興、本社を大造営させたのが現在見る本殿、正門、築地塀である。

2010年12月31日金曜日

2010年の実績と反省

2010年の活動計画の実績と反省は、次の通り。
1)枚方市「生涯学習情報プラザ」は、5年目に入るが従来通りの仕事(月当たり7~8日)と小学5・6年生を対象の「ホームページづくり」及び大人のパソコン教室(ミニ体験)の見直し実施。
例年通り大人対象の「パソコンミニ体験」(入門、Word、Excel、インターネット体験)及び小学生を対象にした「おもしろパソコン教室」も春・夏・冬休みに実施。ただ6年生を対象の「ホームページづくり」の見直しを少ししたが大幅にはできなかった。大人のミニ体験の新規講座として「デジカメ写真の取込み体験」、「ハガキ作成の体験」を今年度(2011年3月25日以降)からスタートできるように準備したことはよかった。(結果:まあまあ)
2)田舎(滋賀日野)での野菜づくりも例年通りやろう。収穫がもう一つの野菜(カボチャ・サツマイモ等)についての土作りから考えてみよう。ヤンマー産業の「畑の大将」を使うのも1つだ。ヤンマー産業の「畑の大将」を使いながら野菜作りを行い、玉ねぎ、大根、カボチャ、冬瓜、ナスビ・ピーマン、キューリ等の収穫が多かった。しかし、サツマイモ・水菜・日野菜などがダメだった。(結果:まあまあ)
3)写真は季節の花はもちろんであるが、何かに特化して撮影に取り組もう。 これは今年の課題。それらを「eizouの部屋」HPに掲載してより充実させる。⇒計画通りに進まなかった。今年全日本写真連盟に入会し、春の撮影会、舞妓さんの撮影会などに参加した。特化した撮影への取り組みには至らなかった。(結果:まあまあ)
4)合唱の第九は2月末の東京両国「5000人の第九」、「鳴門の第九」、「かがわ第九」、「一万人の第九」、「第九ひろしま」に参加する。ウイーンの楽友協会大ホールでの「第九」の参加が夢だ。⇒東京両国「5000人の第九」、「鳴門の第九」、「一万人の第九」、「第九ひろしま」に参加したが、新たに「999人の第九」(札幌)にも初参加した。今年で34回目の出演となった。(結果:Good)
5)ボランティア活動では、昨年と同じくNALC「天の川クラブ」・「彦機会」HPの更なる充実、「パナソニック松愛会枚方支部」のHP委員としての活動、そして子ども達との「楽しいおもちゃづくり」も同じ。しかし、時間を取るためにも「天の川クラブ」の運営委員、松愛会HP委員での施設担当リーダ、きららのおもちゃづくり担当はやめる方向でいこう。⇒「天の川クラブ」の運営委員は、辞退したが来年の改選まで待ってほしいとの要望となった。松愛会HP委員での施設担当リーダは交代した。「きらら」のおもちゃづくり担当も各回、担当者を決めて実施した。(結果:まあまあ)
6)新たな挑戦として楽器(ピアノ・篠笛等)、芸能等か、または、過去にやったテニス・海釣り・尺八・カラオケ・ゴルフ・料理等だが・・・・・。 早く決めて進めよう。⇒新しい挑戦として、念願のエキストラに挑戦した。8月の「プリンセス・トヨトミ」映画のエキストラで5日間出た。大阪・滋賀のローケション協会に登録した。(結果:Good)
7)パソコンの勉強も更に進め上級者を目指す。Windows7(Word/Excel2007等含む)をより使いこなしてマスターする。 Flash、CSSも勉強しよう。⇒Flashは少し勉強できたが、更なる上級者への勉強はあまりできなかった。(結果:Bad)
8)映画、美術鑑賞にはできるだけ行って視野を広めよう。⇒映画は1月の「アバターAVATAR」から12月の「武士の家計簿」まで12本鑑賞した。美術鑑賞は2月の「ハプスブルク展」から「ウフィツィ美術館自画像コレクション」までの4展とアメリカ東部のシカゴ・ボストン美術館やニューヨークの近代美術館を観た。まあ満足のいく結果と思う。(結果:Good)
9)運動も最重要。ウオーキング、テニス、水泳などの運動(1日当たり30分以上の運動を入れて一万歩)を継続してやろう!⇒最低でも毎日30分以上のウオーキングを実施した。(結果:Good)
10)その他として、①海外(アメリカ東部)・国内旅行。 ②本を読むこと、目標:最低月当たり1冊以上。 ③NHK大河ドラマ「龍馬伝」を通じて坂本龍馬をみつめ、ゆかりの地も訪れてみよう。 また、幕末に活動した人物も合わせて勉強しよう。⇒①5月25日~6月1日にアメリカ東部旅行をした。国内は札幌や広島の宮島などに行った。②③最低1冊の購読や坂本龍馬のゆかりの地の訪れ、幕末に活動した人物も合わせての勉強はあまりできなかった。(結果:①はGood、②③はBad)

田舎(滋賀県日野)へ

大晦日の朝、田舎(日野)の自宅・墓の掃除もあって、田舎に出かけた。寒波襲来で国道307号線の信楽に入った途端に猛吹雪で道路上に雪が積もりだし、このままでは日野へは行けないと思い、途中のコンビニでタイヤチエンをつけた。走るに従って道路の雪も少し融けてきたのでチエンを外してゆっくりと走行し、雪が降る中何とかたどり着いた。8時半前に出発して到着は12時前で3時間半かかった。
目的の墓の掃除も雪が積もり(約7cm)できず、大根・白菜・水菜を取って13時頃出発。307号線を通って帰るには峠越えがあり通行が難しいと思い、国道1号線であれば何とかいけると思いそうした。名神の入口の栗東まで来ると栗東インターから京都南インターまでが雪で通行止め、京滋バイパスも通行止めになっていた。そのため栗東インターから下りる車で激しい渋滞に巻き込まれ、ほとんど動かない状態が続き、草津南笠(南草津付近)まで来たのはよいが、すでに午後5時で暗くなりつつあり4時間が過ぎていた。このままではいつ頃に帰れるか分からないので、思案し仕方なく日野に戻ることにした。
のぼり(戻る)方面は案外空いていたので、途中買い物をして午後6時半過ぎに着き泊まった。このようなことは、今までになかった。もしあのまま帰っていたら到着は真夜中か、朝方になっていたのではないだろうか?

2010年12月30日木曜日

映画「武士の家計簿」鑑賞

4日から公開されている「武士の家計簿」を鑑賞。朝日新聞24日付に映画ファンが、今年観た映画のベスト10が掲載されていた。①「十三人の刺客」、②「武士の家計簿」、③「悪人」、④「おとうと」、⑤「告白」・・・・・で、①③④は観たが②は観ていなかったので急きょ観に出かけた。
古文書から幕末の武士の暮らしを読み解いた磯田道史による教養書「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」を、森田芳光監督&堺雅人主演で映画化。激動の幕末を、剣ではなくそろばんで生き抜いた家族の絆を描いた実際の物語。
御算用者(経理係)として加賀藩に代々仕えてきた猪山家の八代目・直之。しかし当時の武家社会には身分が高くなるにつれて出費が増えるという慣習があり、猪山家の家計もいつしか窮地に追い込まれてしまう。一家の借金が膨らんでいることに気づくと、家財道具を売り払って返済、詳細な家計簿をつけ始める。彼は自分で返済方法を考え、自分で計画を立て、着々と家計建て直しを実行する。その一つには猪山直之が息子の着袴の祝いに親戚一同を招いた時、祝い膳にのせる塩焼き用の鯛が買えず鯛の絵で代用する。激動の幕末を、剣ではなくそろばんで生き抜く猪山家の団結と家族の絆を描いていた。
この映画を観て、祝い膳にのせる塩焼き用の鯛が買えず鯛の絵で代用で、親戚たちがあ然とする笑えるシーンもあり、同時に人になんと思われても、一度決めたことは曲げない直之の性格がうまくでていてよかった。また、妻のお駒(仲間由紀恵)も直之の考えにしたがい尽くす演技もよかった。先行き不透明な時代を生きる我々の指針の一つかもしれない。

2010年12月25日土曜日

「きららマナビスト講座:楽しいおもちゃ作り教室」開催

 今年最後(6回目)のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃづくり教室」(枚方市生涯学習課主催の講座)を開催。
今回はビニールシート、竹ひご、たこ糸を使ってオリジナルの凧作りをした。
参加は幼稚園児、小学1年生などの子供17名+父兄10名、「SAひらかた」のメンバーは10名が参加、凧の作り方指導・支援をして、一緒に凧をあげて楽しんだ。
寒波襲来で非常に寒く風も強かったが、作った凧はどれもこれもよくあがって、子供達はキャキャート歓声をあげていた。
次回は、3月26日(土)に「動くコトコトカメさん」を予定している。
上の写真は凧作りの様子。下の写真は凧をあげて遊ぶ子供達。

2010年12月22日水曜日

映画「最後の忠臣蔵」鑑賞

池宮彰一郎の同名小説をテレビドラマ「北の国から」の杉田成道が映像化した時代劇。“忠臣蔵”として有名な赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件で生き残っていた男2人の物語を追う。事件前夜に逃亡した瀬尾孫左衛門に役所広司、大石内蔵助(片岡仁左衛門)よりとある命を受けた寺坂吉右衛門役に佐藤浩市。男たちに課せられた宿命を生々しく映し出すものである。
あらすじは、赤穂浪士が吉良邸へ討ち入りした事件から16年。そのなかのひとり吉右衛門は、大石内蔵助より真実を後世に伝え、浪士の遺族を援助するという大役を与えられ生き残っていた。最後の遺族を捜し当て京都に向かったある日、彼は討ち入り前日に逃げた孫左衛門と再会。吉右衛門は、孫左衛門にもある密命が与えられていたことを初めて知る。それは、討ち入りの前日、京都の可留という妾と妊娠している子供(可音)を守ってほしいという命令だった。可留は出産してすぐ亡くなり、赤子の可音を抱いて隠れ家に住み育てる。可音(若手清純派女優17歳の桜庭ななみ)も16才となり人形淨瑠璃を観に行って豪商「茶屋」の息子(山本耕史)と大旦那に見初められ嫁がせる。孫左衛門は死ぬことを許されず、ようやく内蔵助の命令、可留との約束を果たし、可音が嫁いだ日に位牌の前で使命を果たしたことを報告し、割腹して果てる。
この「最後の忠臣蔵」を観て、自分の役目を成し遂げるのに16年の歳月をかけ、大抵の人が求める金欲や性欲、楽しみや幸せは無縁のところに自分を置き、ただ大石内蔵助の命令を遂行するためだけに身分を隠し、ほそぼそと粛々と役目を果たす姿は志高く、意思が強く、忠誠心に満ちているものだった。歳のせいではないが、この生き方に感動し、つい泣けてしまった。佐藤浩一と役所公司の演技も素晴らしいものだった。また、可音を演じた若手清純派女優桜庭ななみもよかった。

2010年12月19日日曜日

「ひろしま第九」2010へ

 18~19日、RCC(中国放送・中国新聞主催)の第26回「ひろしま第九」2010があり参加。
19日、チサンホテルを8時半前に出発して、会場へ9時半過ぎに到着。10時から席の調整、発声練習、第1部のゲネプロは11時半、第2部は12時10分から行われた。本番の1部は15時、2部は16時10分からだった。今回の合唱団は北海道や九州宮崎を含む18都府県と海外から6~87才の過去最高の1508人だった。場内もほぼ満席(約3500人)の状態で盛大なコンサートだった。今回、過去最高の参加者(合唱団)で客席がほぼ満席だったのは、人気歌手佐藤しのぶさんの出演が大きかったのであろう。
第1部は各ソリストによる独唱、第2部はベートーベンの「交響曲第九」で指揮は円光寺雅彦氏、ソリストはバリトン河野克典・テノール水口聡・アルト坂本朱・ソプラノ佐藤しのぶ氏、オーケーストラーは広島交響楽団だった。いつもの通りであるがベートーベンの交響曲第9番「合唱」のMの部分は、聴衆も総立ちになり(総勢約5000人)高らかに歌い、最後全員で「蛍の光」を歌って終わった。第九も今回で34回目の参加となったが、宮島の観光や第九でそれなりに楽しむことが出来た。
上の写真は市民合唱団が聴衆と一体となって歌声を響かせた「第九ひろしま」の様子。(RCCサイトのニュースの写真)

2010年12月18日土曜日

宮島「厳島神社」へ参拝

 「第九ひろしま」2010に参加のため広島へ。午後2時45分からリハーサルがあるが、それまで時間があるので、日本三景・世界文化遺産の宮島の「厳島神社」へ参拝に行った。
新大阪8時45分発のぞみ3号に乗車→広島着10時05分→山陰本線に乗り換え「宮島口」に10時40分着→徒歩3分で桟橋へJR西日本宮島フェリーに乗船(約10分)→宮島桟橋11時過ぎ着、土産物・食べ物屋のある通りを抜けて厳島神社へ参拝→多宝塔→五重塔、千畳閣→元の宮島桟橋へ戻り13時15分のフェリーで宮島口へ、約2時間の短時間の観光だった。
厳島神社は海を敷地とした大胆で独創的な配置構成、平安時代の寝殿造りの粋を極めた建築美で知られる日本屈指の名社である。廻廊で結ばれた朱塗りの社殿は、潮が満ちてくるとあたかも海に浮かんでいるようで、背後の弥山の緑や瀬戸の海の青とのコントラストはまるで竜宮城を思わせる美しさとのこと。今回、潮が満ちていなかったので、浜辺にある神社という何となくあっけない感じだった。神社内では潮の香りがただよっていたが、潮が満ちているとよかったのにと残念。
そのあと、広島電鉄に乗車して商工センター前から第九コンサートのある「広島サンプラザ」へ。 発声練習、第4楽章のリハーサルがあり16時過ぎに終了。JR新井口駅から広島駅、広電に乗車し「銀山」(八丁堀の手前)で下車、チサンホテルへ。そのあと徒歩で平和大通りでの「ひろしまイルミネーション2010」を観て写真を撮った。
上の写真は「厳島神社」の参拝入口、下の写真は「ひろしまイルミネーション2010」の「ピース城と平和の鐘」のイルミネーション。

2010年12月17日金曜日

夢ROBOの展示イベント

上海万博の日本産業館で壁をよじ登るロボットとして人気を集めた「夢ROBO」3体が、サンタクロースに扮して大阪市中央区の「京阪ビルディング」(京阪電気鉄道天満橋駅)西側の壁面(大川側)を登り下りするイベントが10日から始まった。
夢ROBOは高さ約1・4メートルの人型で、赤い衣装を着て高さ約10メートルのはしごを登り下りし、クリスマス気分を盛り上げた。
サンタ姿の夢ROBOが登り下りするのは今月25日ごろまでで、それ以降は別の衣装に替わり、1月16日まで展示される。
夢ROBOは関西の中小企業15社が共同開発した。休みなくがむしゃらに動く姿が万博で話題となった。
みているとなかなかユーモアがあり面白いROBOだ。

2010年12月11日土曜日

「大阪コンソール」第4回リサイタルへ

先輩ご夫妻が所属している合唱団「大阪コンソート」の第4回リサイタル『メサイア』(バーンスタイン提唱により2部構成のメサイア)が「いずみホール」であり聴きに出かけた。
この『メサイア』は音楽監督・指揮者の富岡健氏、ソリストは松田昌恵・田中友輝子・小餅谷哲男・井上敏典氏、ハーモニアス室内管弦楽団、オルガン片桐聖子氏、合唱団は61名(男子21名、女子40名)のもと120分に及ぶ大作を歌い上げられた。ホールは満席で、素晴らしい歌声のもと大盛況に終わった。この大作『メサイア』の練習は、多分2年以上もかかり大変だったのではないだろうか。団員の方々は飽きることなく練習に練習を重ねられた結果だと思う。次のコンサートを期待したい。
合唱団「大阪コンソート」は、毎日放送主催の「一万人の第九」富岡クラスの有志によって富岡健氏の呼びかけのもと1999年に発足。その発足経過からもわかるように、初めて合唱を人生の中に迎え入れたメンバーが合唱経験者よりも多いのが特徴で、誇りはこつこつと真摯に作品と向かいあうことによって、高いレベルの合唱音楽を楽しめるようになること。今までオーケストラとともに、モーツアルトやバッハの作品を演奏したが、メンバー一人一人がこれまで受身でしか楽しめなかった偉大な作曲家の作品を、自らの声で歌いあげることによって、豊かな芸術に触れる歓びを享受している。(合唱団「大阪コンソート」のサイトから抜粋)

2010年12月6日月曜日

「サントリー1万年の第九」へ

第28回「サントリー1万年の第九」演奏会に参加(10回目)。演奏会の概要は、まずオープニングとして日本サッカー応援ソング「THE JAPANESE SOCCER ANTHEM~日本サッカーの歌~」(1994年に坂本龍一が書き下ろしたもの。)を淀川工科高校吹奏楽部によって吹奏されホールに響き渡った。
1ST STAGEはゲストに平原綾香を迎え、まず『Jupiter』(指揮:佐渡裕氏・演奏:淀川工科高校吹奏楽部、スーパーキッズ・オーケストラ、合唱:1万人の第九合唱団)、『威風堂々』、『LOVE STORYベートーヴェン交響曲第9番 第3楽章』(「世界一、美しいメロディ」と呼ばれる第3楽章に、平原綾香がベートーヴェンと対話を繰り返しながら詩を綴ったもの)、『JOYFUL JOYFUL』(平原綾香が高校時代の学園祭ミュージカル「天使にラプソングを2」でこの曲を歌い音楽プロジューサーに見初められデビューに至ったもの)。
2ST STAGEは、もちろん『交響曲第9番』(指揮:佐渡裕氏、ソリスト:安藤赴美子・手嶋眞佐子・吉田浩之・キュウウォンハン氏)、最後に「蛍の光」を全員で合唱し、すべて終わった。
今回も座席は舞台アリーナ左7列25番だった。大阪3クラスになってから7年間アリーナでるが、なぜか最前列にならないのが不思議だ。
第九を歌って11年、33回目の参加で、あと19日の「ひろしま第九2010」を残すのみとなった。
写真は「高松(かがわ)の第九」・「なにわ第九うとたろ会」の参加メンバーと、大阪城ホール前での記念写真(第九演奏会前)。

2010年12月2日木曜日

「ウフィツィ美術館自画像コレクション」鑑賞

大阪中之島の国立国際美術館で11月27日から開催されている「ウフィツィ美術館自画像コレクション」(巨匠たちの「秘めた素顔」1664~2010年)に出かけた。あまり自画像などは観ないのであるが、今回「朝日友の会」(アサヒメイト)の会員は無料であるので、それにつられて観に出かけた。(観覧料は当日、大人1400円)
イタリア・フィレンツェを代表するウフィツィ美術館には、ルネサンス絵画の宝庫として有名であるが、一方で1700点を超える画家や彫刻家の自画像が所蔵されていることはあまり知られていない。これらの膨大なコレクションは、アルノ川をはさんで対岸にあるピッティ宮殿と美術館をつなぐ空中通路「ヴァザーリの回廊」(ヴェッキオ橋の上の建物がヴァザーリの回廊)などに保管され、通常は一般公開されていない。今回は約70点を厳選・展覧し、形成期から現代までの350年におよぶ流れを概観するものである。
ヴァザーリの回廊とは、イタリア・フェレンツェの支配者であったメディチ家の自宅(現ピッティ宮殿)と執政所(現ウフィツィ美術館)を結び、一族だけが市内を安全に通行できるように造られた空中回廊。1565年、当時の当主コジモ1世が建設を命じ、画家であり、建築家でもあるジュルジュ・ヴァザーリが設計したもの。その長さは1kmにも及び、回廊内部はルネサンス期の偉人達を含む肖像画が数多く並んでいる。回廊の窓からはフィレンツェ市内を見下ろすことができ、サンタ・フェリチタ教会ではメディチ家専用バルコニーも設けられている。 (パンフレットから抜粋)
写真の看板の左側がピッティ宮殿からみたアルノ川にかかるヴェッキオ橋の上の「ヴァザーリの回廊」、右が展示された自画像の一部。