2021年2月7日日曜日

豊国廟(豊臣秀吉墓所)

運動を兼ねて初めて豊国廟を訪れた。天下人豊臣秀吉は慶長3年(1598)8月18日、伏見城で亡くなった。遺骸は遺言により京都東山・阿弥陀ヶ峰に埋葬された。山頂に墓が、山麓に荘厳な豊国社(とよくにのやしろ)が築かれた。元和元年(1615)大阪夏の陣で豊臣氏が滅亡すると、幕府により豊国社も墓も破壊された。以後、江戸時代を通してこの地は荒れ寂れていたが、明治13年(1880)豊国社は豊国神社として生まれ変わり、明治31年(1898)墓も豊国廟として再建された。豊国廟へは山頂に続く石段があり63段(秀吉の死去63歳の階段)ごとに踊り場が5つあり、階段は合計で315段と最後に約170段ありで、総合計485段ありすごくしんどくて何度も休憩してやっとたどり着いた。たどり着くと、そこには巨大な五輪の塔のある豊国廟。お参りし、左手方向の木々の合間に京都の町並みが見下ろせ、清水寺も見えた。長い石段を登ってきたこともあり気分よかった。豊国廟まいりでご利益があればよいが…。今回、秀吉のゆかりで見落とした豊国神社・方広寺にも、また訪れてみたい。

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