2017年5月22日月曜日

玉ねぎの収穫と苗植えつけ

玉ねぎの収穫が近づき収穫したが、まだ少し早かったのか?白い玉ねぎは昨年と同じように大きな玉にならず不作??みたいな状態。そのため収穫が少し早いかとの思いもあり、一部遅らせて5月末にした。
ただ、赤玉ねぎはまあまあの収穫ができたかなぁ~と思うが、あと10日ほど延ばせばもう少し大きくなったかもしれない。
玉ねぎの収穫地にはバイオの鳴門金時の苗を25本植えた。毎年同じ畑地に植えているのであまり収穫が期待できないかもしれないが…。
今年の苗の植え付けも放っておいてもよいものとして、表の畑にカボチャ5本、ミニ冬瓜1本、鳴門金時のサツマイモ50本、裏の畑にはカボチャ8本を植えた。
果たしてどれだけ収穫できるかなぁ~、期待したいが…。

2017年5月21日日曜日

「滋賀サファリ博物館」

滋賀県甲賀市信楽町の国道307号線沿いで、新名神信楽IC下車、右折してすぐにある「滋賀サファリ博物館」、3年前に訪れたことがあるが、田舎(日野町)に行く途中に再度訪れてみた。
開館は土・日曜と祝日のみで入場料500円。初回、入ってみた瞬間、おぉ~すごい~と非常に驚いたが、今回はそうでもなかった。まるで生きているかのような美しい動物の全身剥製がみられる自然科学博物館。その種類は国内にとどまらず、野生羊の最大種であるモンゴルのアルタイアルガリ、世界四大珍獣にも数えられるボンゴ、カナダのへら鹿(ムース)、百獣の王・ライオン、獰猛なナイルワニ、キリン、ホッキョクグマ、トナカイ、コヨーテ、アフリカ水牛、イボイノシシなどなどの野生動物の剥製の勢ぞろい! 動物の剥製類約100点が常時公開されている。
加えて驚きなのが、これらの動物はすべてハンターの故近藤幸彦氏(2013年92歳で亡くなられたが、55歳から本格的に狩猟を初め、世界を駆け巡って80歳までハンティングして剥製展示された)が捕獲したものであるということ。危険と隣り合わせの狩猟の様子も知ることのできる博物館で、一見の価値ありか(*゚▽゚*) 興味のある方はどうぞ!! 
現在は息子さんが自営業をしながら館長として管理しておられるとのことだが、今後の管理も含めて大変だ~と思う。

中之島公園のバラ

16日、学友会のフォト同好会開催(9月末~10月初旬開催予定)に伴い、世話役二人で下見に出かけた。写真を撮るところを探しながら道頓堀・アメリカ村・心斎橋界隈をみて回った。昼食は大丸前の日航ホテル地下2階にある「和食個室 禅園」(美々卯心斎橋店の隣)で人気ランチを、雑談しながら楽しんだ。その後地下鉄で本町に移動して富士フォトサロンで素晴らしいというか凄いなぁ~と思うプロ級の写真をみて、出展者にも撮り方、撮影場所などを聞くことで参考となった。京阪に乗る前に中之島バラ園に立ち寄り、ちょうど見頃で綺麗なバラの写真を撮ってきた(*゚▽゚*)

2017年5月15日月曜日

天台宗「蓮花寺」

八瀬比叡山口駅より徒歩約10分にある天台宗の寺院「蓮華寺」をはじめて訪れた。ここも新緑が美しく、心和らぐよい庭園があり楽しませてくれた。やはり秋がよいと思うので、また訪れたい。
ここは創建年代についてははっきりしないが、もとは洛中に営まれていた時宗の寺で、応仁・文明の乱(1467~1477年)の乱以後荒廃していたものを、加賀藩の家老であった今枝近義が祖父・重直の菩提を弔うために現在地に再興しましたという。今枝重直は織田信長や豊臣秀次に仕え、勲功により豊臣の姓を許されるほどの人物で、秀次の死後は前田利家に仕えた後、隠退して宗二居士と名乗り、茶の湯をたしなむなど、余生を風流人として過ごしたとのこと。
庭園は、小堀遠州や石川丈山の名が挙げられているが、このうち遠州はすでに没しており、作庭者である可能性はないものと思われる。また、石川丈山については、今枝氏と親交があり、蓮華寺と深い関係があったことから、作庭者の有力な候補として挙げられているが、証明する史料は見つかっておらず、現時点では作庭者を特定することはできていないとのこと。


ルイ・イカール美術館

「瑠璃光院」の帰り道の途中にある「ルイ・イカール美術館」をはじめて訪れた。
ここはフランスの画家ルイ・イカールの作品を展示する美術館で、1958年に結ばれたパリ市と京都市の姉妹都市提携が50年を経過し、2つの都市の国際文化交流をさらに深めることを主旨に「瑠璃光院」の一角に誕生した。公開は「瑠璃光院」と同じ公開日にされている。
この美術館は芸術作品の鑑賞だけでなく、作品が展示された空間そのものも楽しんでもらうとの思いを込めて設計されているという。ルイ・イカール作品のコレクターの私邸という設定のもと、大きく5つの展示スペースを設け、各スペースそれぞれにも趣向を凝らして展示されている。ルイ・イカール画家の作品(女性を描いた作品)を鑑賞して楽しんだ。

京都八瀬大原「瑠璃光院」

2年程前から行ってみたい~と思っていた京都八瀬大原「瑠璃光院」を訪れた。ここは年2回、新緑の美しい春と紅葉の鮮やかな秋に特別公開されていて、今回4月15日から6月15日の2ヶ月間特別公開されている。
ここは叡山電鉄、八瀬比叡山口駅より高野川の吊り橋を渡り清流に沿って歩くと山門が…。受付で拝観料2000円(ルイ・イカール美術館含むが結構高い?)を支払い、ゆっくりと登る参道の傾斜地に植えられた数十種のカエデの新緑が眩しい。玄関前には小さな浅瀬の池にゆったりと錦鯉が泳いで心を和まさせる。書院の玄関を入ると、まず2階に案内されて「瑠璃の庭」のカエデやそれが和机・廊下に映る新緑を味合うことが出来る。1階に降りて格調高い書院の「瑠璃の庭」をゆったりとして心穏やかに眺める。次は本堂で参拝してから「臥龍(がりょう)の庭」へ、数十種の苔のじゅうたんをぬって一条のせせらぎが清らかに流れるもので天にかけのぼる龍を水と石で表した池泉庭園である。眺める人の心を解放し、昇運の兆しをもたらすということとのこと。また、三条実美公命名の由緒ある茶室、日本式蒸し風呂の原型「八瀬のかま風呂」も見学した。拝観料は高いが見る価値は十分あるかなぁ~と思う。 秋はもっと素晴らしい紅葉がみられると思われるので再訪したい。
ここは本願寺歴代門跡もしばしば訪れたと記録に著され、明治の元勲三条実美公は、当時の庵に「喜鶴亭」と名付けて直筆の命名額を下されている (瑠璃光院に現存) その後、大正末から昭和の初めにかけて、一万二千坪の敷地に延二四〇坪に及ぶ数奇屋造りに大改築するとともに、自然を借景とした名庭を造営。日本情緒あふれる名建築・名庭として多くの人々に親しまれ、囲碁本因坊位の対戦場となったことなどでも知られている。

2017年5月12日金曜日

映画「美女と野獣」

先月21日公開の映画「美女と野獣」を観にいきたいと思いながら時間が取れず、今日(12日)になった。不朽のディズニー・アニメーション「美女と野獣」をディズニー自身が実写映画化したもので親しみやすいミュージカルであり、ディズニーらしいというか、さすがディズニーだなぁ~と思う。
あらすじは、ひとりの美しい王子が、呪いによって醜い野獣の姿に変えられてしまう。魔女が残した一輪のバラの花びらがすべて散る前に、誰かを心から愛し、愛されることができなければ、永遠に人間には戻れない。呪われた城の中で、希望を失いかけていた野獣と城の住人たちの孤独な日々に変化をもたらしたのは、美しい村の娘ベル。聡明で進歩的な考えを持つ彼女は、閉鎖的な村人たちになじめず、傷つくこともあった。それでも、“人と違う”ことを受け入れ、かけがえのない自分を信じるベルと、“人と違う”外見に縛られ、本当の自分の価値を見出せずにいる野獣──その出会いによって奇跡が生じ…、最後は呪いが解けてハッピーエンドで終わる。

2017年5月8日月曜日

大徳寺塔頭「興臨院・黄梅院」

大徳寺の本坊を拝観して後、春の特別公開している大徳寺塔頭の「興臨院」と「黄梅院」を拝観した。ここも初めてだったが、それぞれ詳しい説明を受けて歴史や重要文化財など多くを知ることが出来てよかったぁ(^O^) 
興臨院」は、大永年間(1521-1528)に能登(現在の石川県)の守護、畠山義総が創建。その法名を取って寺名を興臨院とした。畠山家の衰退と共に荒廃するが、天正9年(1581)に前田利家によって屋根の葺き替えが行われ、以後、畠山家に加え前田家の菩提寺ともなる。 創建当時の姿が残る表門と本堂(唐門を含む)が共に重要文化財指定されている。優美で安定感のある姿が静寂と落ち着きを感じさせる本堂や、「昭和の小堀遠州」とも言われた作庭家の中根金作が復元した方丈庭園があり、どれもよかった。
紅梅院」は千利休作庭「直中庭」を持ち、美しい苔とモミジが訪れる人の目を楽しませるところで落ち着きのあるものだった。また、織田信長、豊臣秀吉など戦国大名ゆかりの寺院でもあり、故郷(滋賀県日野)の城主:蒲生氏郷が京都屋敷で亡くなり、その亡骸がここに葬られて墓地がある。毛利元就の三男で豊臣秀吉政権の五大老をも務めた小早川隆景の寄進による、禅宗寺院において現存最古の庫裡(くり)や、加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰ったとされる釣鐘、また狩野永徳や長谷川等伯と並ぶ桃山時代の日本画家、雲谷等顔の障壁画(複製)などが公開されていた。

京紫野・大徳寺本坊

春季京都非公開文化財特別公開(4月28日~5月7日、18カ所)が行われ、4月28日にはじめて「大徳寺」の本坊を訪れて拝観した。
唐門、方丈、玄関、狩野探幽筆襖絵など詳しく説明を受けながら見物し、歴史やいろいろな重要文化財などをみて知ることができてよかった(´▽`) ここに掲載した唐門・方丈の写真は、撮影禁止であったので大徳寺のサイトから唐門、方丈をコピーして掲載した。
臨済宗大徳寺派の大本山とは、大燈国師(宗峰妙超)が紫草の茂る洛北の野原に大徳という小庵を結んだことに始まる。大燈国師の教えは次第に世に知られるようになり、後に花園・後醍醐両天皇の帰依を受け、勅願所として嘉暦元年(1326)に現在の龍宝山大徳寺と命名された。 室町時代には幕府から冷遇されるが、それが厳しい禅風を残す要因ともなる。優れた禅僧を多数輩出し、桃山時代には豊臣秀吉や前田利家、細川忠興など多くの大名が自らの帰依した禅僧を開祖として、塔頭寺院を創建する。千利休が建てた金毛閣は、この楼上に利休木造を置いたことから秀吉の逆鱗に触れ、利休切腹の要因になったことでも知られる。(以上、サイトから抜粋)

2017年5月5日金曜日

2017年食博覧会・大阪

2017年食博覧会・大阪(9回目)が開催され見物に出かけた。ゴールデンウィークでもあり会場内はすごい人で賑わっていた。2009年「食を知り、食を楽しむ」をテーマに7回目が開催された時に見物して以来2回目だった。 その動画がブログに残っていたので、画質があまりよくないけど再度掲載、ここには故郷の日野町のブースもあって、みると懐かしい(*゚▽゚*)
この食博覧会は、「食の都」大阪を舞台に1985年から4年ごとに開催され、日本最大級の「食」のイベントとなっている。今回(9回目)で「日本の祭り・日本の味くらべ」の開催をテーマに、日本各地の地域資源である「食」と「祭り」の魅力を広く発信することで、国内はもちろん、世界の国や地域へ日本の「おもてなしの心」と「元気」を届ける「宴」にするとのこと。
会場の2・3・4・5・6A・6B号館を一通り回ってみたが、美味しいものがたくさんあり、昼食は何をと探しながら5号館に行くと「宴茶房」というところが人も少なくて、ゆったりとしていたので、ここで「宴御膳」を食べた。この「宴御膳」には、山形の牛すき煮、青森の帆立貝・鮭うに焼、青森・岩手の干しするめいかとねかぶのねぶた漬け、千葉の祭りずしダイヤ、岡山の祭りずし、岩手南部のわかめ飯、それに汁物があり東北地方の味を中心に味わい、大変美味しかった(^O^)
2号館のふるさとステージでは、以前所属していた「なにわ連」による阿波踊りを懐かしくみて、またやってみたいと思うが体力的にもこの歳ではもう無理だなぁ~と、残念だけど。また、日本の祭りライブステージでは、大阪だんじり祭りや子ども和太鼓演奏で楽しんだヽ(・∀・)ノ


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2017年5月4日木曜日

記念物「ほんしゃくなげ群落」

故郷の滋賀県日野町のしゃくなげ渓に国指定天然記念物「ほんしゃくなげ群落」があり、久しぶりに行ってきた。 連休でもあり結構多くの人たちが訪れていた。
今年は開花が桜と同じように遅く見頃を迎えていた(*゚▽゚*) この「ほんしゃくなげ」は、普通800~1000mの高所に自生しているが、ここでは標高250~400mの赤松の多い谷間、約4万平方mにほんしゃくなげが群生しているということで、大変珍しく昭和6年に国の天然記念物に指定されているヽ(・∀・)ノ  

2017年5月3日水曜日

近江日野祭

日野祭り(本祭)を2年振りに見物した。この祭りは生まれ育った処の祭りではないが、母親の実家の祭りで、幼少のころにいつも連れられて、ご馳走を食べて見物し、楽しかったことが思い浮かび非常に懐かしいヽ(・∀・)ノ 
この日野祭りは、馬見岡綿向神社の春の例祭で、1170年頃から800年以上の歴史を持つ日野で最も大きなお祭り。毎年5月2、3日にわたって行われ、2日は夕暮れより各町内の曳山が山倉前や辻まで引き出され、ちょうちんに明か りを灯して夜遅くまで祭ばやしがかなでられる。本祭の3日は朝早くからこの祭をとり仕切る神調社(シンチ ョウシャ)・神子(カミコ)等の渡御よりはじまり、昼前には各町内より十数基の曳山が神社境内に勢ぞろい、神輿3 基も繰り出して御旅所のひばり野まで往復担がれる。
この日一日、日野の町は祭一色となり、各地からの観光客も多く訪れ、大賑わいとなる。
動画は2014年に撮影したものを中心に再編集した(^O^)



2017年4月30日日曜日

京都競馬場での舞妓さんの舞

京都競馬場特設ステージでの京都舞妓さんのほんの2分ほどの舞ですヽ(・∀・)ノ

京都競馬第155回「天皇賞」GI

京都競馬場にて第155回「天皇賞」(春)GIが行われ、併せてイベントが開催されたので出かけた。そのイベントの中の「舞妓の舞&記念撮影会」が出かけたキッカケだった。
舞妓さんとの記念撮影会は、事前に整理券が配布され早い順かと思って、9時半過ぎに着いて整理券を受け取ったが、その整理券はアルファベットの一文字のH券だった。12時頃に抽選が行われ当選はアルファベットT券を持った60名のみ、残念ながらダメだった(´・ω・`)
舞妓さんの舞は、特設ステージにて14時から2組(各3名)の舞で約15分だった。その後、Tの整理券を持った人だけがステージ上で舞妓さん6名との記念写真。ただ舞妓さんの写真は撮ることが出来たので、それなりによかった(´▽`)
競馬は随分と昔にちょこっとしたことがあるが、勝負には弱く、すぐ負けてしまい面白くも楽しくもないのでやめていた。が、今回は「おみくじ馬券」が連勝5枚券(500円)が売られており、運だめしに買ってみた。が案の定全くのハズレだった。
「天皇賞」レース(競馬11R)は、発走時間 15時40分から芝3200mで行われた。結果は、3、6、15・・・となり、一着は3番の「キタサンブラック」(北島三郎オーナー、武豊騎手)、二着は6番「シュヴァルグラン」、三着は15番「サトノダイヤモンド」だった。

2017年4月27日木曜日

乙訓寺の牡丹・天満宮のツツジ

長岡天満宮(京都長岡京市)の近くにある牡丹で有名な「乙訓寺(おとくにでら)」と長岡天満宮のキリシマツツジをみて来た。
「乙訓寺」のホームページによると、ここの牡丹の始まりは昭和15年頃とのこと。牡丹が咲き誇る以前の乙訓寺は表門から本堂まで続く松の並木が美しいことで有名であった。それらが昭和9年の室戸台風でほとんどが倒木し応仁の乱も生き延びたと伝わるモチノキ、弘法大師お手植えの菩提樹も多大な損害を受けることになった。そこで「乙訓寺」第19世海延の伯父にあたる長谷寺の第68世能化(住職)海雲全教和上が被害著しい境内をみて、本尊への供花、荘厳花として、また同時に参拝者にしばしの安らぎをと念じられ、多年ご愛育の牡丹のうち2株を寄進されたのが当寺の牡丹のはじまりであるとのこと。(以上、「乙訓寺」のサイトより抜粋)
もう写真撮影で3~4回は訪れているが、初めてみた牡丹の綺麗な印象が今でも心に強く残っている。今回、見頃かと思って行ってみたが、まあまあの咲き状態であった(*^_^*)
その後、 長岡天満宮に立ち寄り赤い燃えるような満開のキリシマツツジを撮った(´▽`)

長岡京市「勝龍寺城跡公園」

長岡京市の「勝龍寺城跡公園」を初めて訪れた。 堀の周辺のツツジも満開で城跡公園内もよく整備されてよかった(*゚▽゚*) 
ここ勝龍寺城は暦応2年(1339)、足利尊氏の命により細川頼春によって築城された。 有名なエピソードとして、細川忠興とガラシャ(明智光秀の娘)が結婚式を挙げた場所、明智軍対秀吉軍の山崎合戦で敗れた明智光秀一行が退却した場所などがある。
戦国期までは三好三人衆の所領だったが織田軍の侵攻後、細川藤孝の居城となり、二重の堀や枡形虎口などを持つ堅固な城郭に改めた。戸時代初期に廃城となる。主郭跡地は平成4年(1992)に勝龍寺城跡に造られた都市公園として「日本の歴史公園100選」にも選ばれている。管理棟の2Fには資料展示室が設けられていて、城の歴史や細川忠興とガラシャの掛け軸など展示されている。 毎年11月の第2日曜日、玉の輿入れ行列の再現などによる「長岡京ガラシャ祭」がこの公園を中心に盛大に行われているとのこと。

2017年4月26日水曜日

山田池公園の春

大阪府立山田池公園も春が、ツツジが満開を迎えて綺麗だった(*゚▽゚*) 
無料の動画ソフト(kazoa.jp)で山田池公園の写真(ツツジ、山吹、桜草、新緑の風景など)を使って作成した。

2017年4月19日水曜日

仁和寺の御室桜

今年最後の桜、仁和寺御室桜の写真を撮りに6年振りに出かけた。
残念ながら2日前の雨と風の影響もあって南側の方は大分散っていた。しかし北側の方は満開の状態でなんとか写真も撮れて最後の桜を楽しんだヽ(・∀・)ノ
仁和寺の御室桜はソメイヨシノより1週間から10日遅い里桜(品種はほとんどが有明で、他に車返し、鬱金(うこん)など十種類の里桜)で、丈が低く(3m前後)、根元より香り高い白花を咲かせる特徴がある。御室桜の起源は古く、平安時代にまでさかのぼるが、現在のものは江戸時代初期に約200本植えられたもので、大正13年に天然記念物法により名勝に指定された。
仁和寺の歴史は、仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって「西山御願寺」と称する一寺の建立を発願されたことに始まる。しかし翌年、光孝天皇は志半ばにして崩御されたため、第59代宇多天皇が先帝の遺志を継がれ、仁和4年(888年)に完成。寺号も元号から仁和寺となった。明治20年(1887年)には御殿の焼失があったが、大正時代に再建。昭和時代に入ると、仁和寺は真言宗御室派の総本山となり、近年では平成6年(1994年)に古都京都の文化財の1つとしてユネスコの「世界遺産」に登録され、新たな歴史を刻んでいる。 (仁和寺のサイトから抜粋)
今年の桜見物と撮影は、2月末の京都淀の河津桜から始まり、3月中旬の河津桜、京都御苑しだれ桜、東本願寺別院「渉成園」のソメイヨシノ、醍醐寺のしだれ桜、牧野公園のソメイヨシノ、原谷苑のしだれ桜、平野神社、造幣局の桜、仁和寺の御室桜で終わった\(^ω^)/  
今年はよく行ったなぁ~と、思う(^O^) 行くつもりで行けなかったのが、大阪大川沿いの桜を観光船でみてのビデオ撮りだった(´・ω・`)

2017年4月16日日曜日

全日本写真連盟「春の撮影会」

全日本写真連盟大阪府本部主催の「春の撮影会2017」に参加した。会員や一般参加のカメラマン約200名?参加して10時から午後3時まで大阪城公園内の各所で行われた。
今回は一般人として参加した(以前会員であったが、2~3年前に脱会したため) 出演は武庫川女子大学チアリーダー、武庫川女子大吹奏楽部、コスプレモデル3名、南京玉すだれだった。この撮影会のコンテストも行われるが、応募しないつもりで、コスモデルモデルやチアリーダーを中心に撮影を楽しんだ(*゚▽゚*)
※ビデオをPCでみる場合、右下歯車印をクリックして画質を720P(HD)以上とするのが望ましい。













2017年4月15日土曜日

造幣局の桜の通り抜け

今年も大阪の春の風物詩である「造幣局の桜の通り抜け」が11日からスタートしたが、まだつぼみの状態が多いとの新聞情報もあり、15日の午後から見物した(17日まで開催)
毎年訪れているが、今年の桜は開花が遅くスタートから4日遅れに行ったが、まだ5~6部咲きだったりと全体的には少し早い状態だった(´・ω・`) もうあと4~5日後が満開で見頃になるのではないかと思われた。 その中で満開の桜も多数あり、写真を撮りながら楽しむことができた (´▽`) 今回はビデオ撮影して掲載したヽ(・∀・)ノ
※ビデオをPCでみる場合、右下歯車印をクリックして画質を720P(HD)以上とするのが望ましい。

2017年4月13日木曜日

「平野神社」の桜

「原谷苑」の帰り「わら天神宮」から徒歩約10分にある、ここも京都の桜名所の一つ「平野神社」に参拝(8年振りに参拝)して桜見物した。
生命力を高める神様の象徴として、平安時代より植樹されてきた桜は、境内全域に約60種類400本。3月上旬から開花する「桃桜」をはじめ、春のお彼岸のころには特に有名な「魁桜」が見頃となる。そして4月中までソメイヨシノのほか、珍しい種類の桜が次々と開花する。今回、ソメイヨシノは大分散っていたが、平野寝覚(ひらのねざめ)、胡蝶(こちょう)、松月(しょうげつ)などの桜が見頃だった。
「平野神社」は、もともと奈良の平城京に在った田村後宮という皇后様の御殿の中にあった。 そして皇城や都の災いを鎮めお守りしていた。794年に奈良から京都へ都が遷ったのと時を同じくして、今のこの地に鎮座した。つまり“Since 794”桓武天皇のお引っ越しと同時に平安京に遷った。このように遷都と同時に神社ごと一緒に移ってきたのは、沢山ある京都の神社の中でも「平野神社」だけで、それほど宮廷と密接に関係を持っていたということ。
広さは150メートル四方、約8,000坪あり、鬱蒼としたお社の森に囲まれている。  もともとはもっともっと広く、室町時代に建立された金閣寺を含めた2キロ四方という広い範囲が平野神社の境内だった。  平安時代から鎌倉~室町~桃山~江戸と公家社会から武家社会に移り行く歴史の流れの中、「平野神社」の様子も随分と変ってしまった。昭和になってからも西大路通を広くする為に西側が削られ、今の大きさになったとのこと。江戸時代初期に再建された重要文化財の社殿を中心に京都御所から移築した御門や社務所などがある。

京都北「原谷苑」

2~3年前から一度訪れたいと思っていた京都の穴場と言われた桜名所「原谷苑」に行ってきた。京阪三条駅前から市営バス立命館前行に乗車して「わら天神宮前」で下車、その前からマイクロバスが運行されていて(桜のシーズンのみ)、それに乗車して現地「原谷苑」まで約10分。
「吉野の桜と原谷の桜、一度は観ておけ!」と、そんな風にも言われているらしい。 苑内のさくらは20数種類で400本以上、紅しだれ桜が咲き出し、薄墨桜、染井吉野、メインの八重紅しだれ桜、黄桜、緑桜、菊桜、郷桜などで、とにかく桜が凄い!どこを見ても桜!さくら!サクラ! という感じだった。これだけ多くの紅しだれ桜があるのは、ここ「原谷苑」だけで、視界を包み込むほどの密度で凄かったなぁ~…につきる。
ここ「原谷苑」は個人の所有地で、昭和32年頃から花好きの村岩家の二代目が景色のよい丘を選び数百本の桜や紅葉ほか数十種類の樹木を植樹したことが始まり。当初は、親類・友人等の身内だけで花見をしていたが人伝えに評判が広まり、現在は桜・梅・紅葉のシーズン中にも一般公開されるようになったとのこと。現在は四代目が引き継いでいるとのこと。
※ビデオをPCでみる場合、右下歯車印をクリックして画質を720P(HD)以上とするのが望ましい。

2017年4月9日日曜日

醍醐寺「豊太閤花見行列」

 京都・醍醐寺にて「豊太閤花見行列」が行われるので、初めてあるが見物に出かけた。これは毎年4月第2日曜日に行われていて、今年は9日であったが、桜の開花が遅くソメイヨシノなどは満開、くしだれ桜は少し散ってきていたが、まさに豊太閤花見行列に相応しい様子が再現されていた。すごい観光客で賑わっていた。
豊太閤花見行列は、国宝に指定されている三宝院の唐門からスタート。子供たちの行列から始まり、護衛の侍、山伏と続き、メインの秀吉や秀頼、正室・北政所、側室・淀、松の丸(京極竜子)、三の丸(織田信長の六女)、加賀(前田利家の娘)らに扮した一行が練り歩き、金堂へ。 金堂では、特設舞台が設置されており、雅楽や狂言が披露される。その舞台を見た後に、豊臣秀吉の行列は再び三宝院に戻って行事は終了となる。
豊太閤花見行列が観賞できる場所は、無料区間と有料区間に分かれて、三宝院から仁王門までは無料。 仁王門から金堂までが有料となっていた。いい場所でビデオ撮影をしたかったが、桜の写真を撮っていたため時間がなくなり、何とか仁王門の端からの撮影となり残念ながらうまく撮れずに終わった。その後、金堂に行くつもりも、もう少し桜の写真を撮りたいこともあって行かなかった。雅楽や狂言を見られなかったことも、また残念(´・ω・`) 是非来年は見たいものだ。
この醍醐寺にて慶長3年(1598)の春、秀吉は花見に際して畿内から700本の桜を植え、三宝院の建物と庭園を造り、盛大な宴を開いたという。息子・秀頼や正室・北政所、側室の淀、三の丸など女房衆1300人余りが参加したといわれている。

2017年4月6日木曜日

名勝「渉成園」(枳穀亭)

京都御苑から東本願寺の別邸である「渉成園」(枳穀亭・きこくてい)までウオーキングして初めて訪れた。1641年に三代将軍・徳川家光から当地(約一万坪)が寄進され、石川丈山の趣向を入れた池泉回遊式庭園をもつ東本願寺(真宗本廟)の飛地境内地(別邸)。園内の諸殿は1858年、1864年の二度にわたって焼失したが、現在の建物は明治初期から末年ごろに至る間に順次再建されたものとのこと。
庭園には四季折々の花が咲きほこり、変化に富んだ景観は「十三景」と称されて、高い評価がなされているとのこと。
今の時期は桜で、意外にも大きな古木が少なく、全体の桜の本数も少なかった。その中でソメイヨシノがちょうど満開で見頃を迎えていた。 池泉回遊式庭園を散策して楽しんだ((^O^)

京都御苑のしだれ桜

京都御苑のしだれ桜の写真を撮りに出かけた。ここのソメイヨシノはまだ満開ではなかったが、近衛邸跡のしだれ桜(糸桜)は満開で、見頃を迎えて中国人を含めた外人や市民の多くの人たちで賑わっていた(*゚▽゚*)  
そのため人の顔や後ろ姿などが入り思うように撮れず少し困った(´・ω・`) また、しだれ桜を撮るのはなかなか難しい~、と思う(´・ω・`)
去年は京都府立植物園のしだれ桜の写真を撮りに行ったが、今年は東本願寺の名勝「渉成園」(枳穀邸・きこくてい)を初めて訪れた(^O^)

2017年4月4日火曜日

冨田一樹「凱旋コンサート」

2016年7月、ドイツ・ライプツィヒで開催されたバッハ国際コンクールのオルガン部門にて、冨田一樹さんが日本人初の第1位を受賞した。冨田さんは大阪出身で学生時代よりいずみホールのオルガンを演奏し、ホール主催のマスタークラスにも参加されてきた。ホールのオルガンと共に自身の音楽経験を育んできたことを祝して、凱旋コンサートが行われ満席の大盛況だった。
今回、家内がオルガンをやっていて、チケットを購入して行くことになっていたが急遽行けなくなり、友人にも声をかけたが行けないとのことで、おハチが回ってきて聴きに出掛けた。
パイプオルガンの演奏会は初めてであったが、D.ブクステフーデ作曲(3曲)、バッハ作曲(9曲)のオルガン演奏を聴き、それなりに楽しめてよかった(´▽`)

「げんき~」G演芸ボランティア

今年2回目の芸能ボランテイアを枚方公園近くのディーサービス「喜楽屋」で、対象者15名と職員4名を対象にメンバー5名で行った。
出し物は、相変わらずの歌体操(4曲)→舞踊(2曲)→踊り「どじょうすくい」(安来節)→「南京玉すだれ」→皿まわし→踊り「おてもやん」(おてもやん民謡)の約60分の演芸ボランティアだったヽ(・∀・)ノ
今回、元気そうな方たちを対象にしたボランティアで、和やかな雰囲気でそれなりに楽しいひと時を過ごしてもらった(´▽`)
「どじょうすくい」の上衣は、実妹が和裁教室をしていることもあって、義弟の浴衣から袖を赤白柄にして新しく作ってもらっての初披露となった(*゚▽゚*)