2012年3月16日金曜日

映画「マーガレット・サッチャー」鑑賞

本日、映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」が一般公開されたので鑑賞。 
あらすじは、イギリス史上初の女性首相で、その強硬な性格と政治方針から「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャーの激しく生きた現役時代を、認知症とたたかう現在の彼女が振り返る物語をメリル・ストリープ主演で描いたもの。父の影響で政治家を志すようになったマーガレットは1975年、50歳で保守党党首に選出され、79年にはイギリス初の女性首相となった。国を変えるため男社内の中で奮闘するマーガレットは「鉄の女」と呼ばれつつも、強いリーダーシップで国有企業の民営化や規制緩和を敢行。さらに消費税の引き上げなどをしながら、国の建て直しに成功する。そんな彼女にも妻や母としての顔があり、知られざる孤独と苦悩があった。そのマーガレットを支えた夫がデニスで、その役にジム・ブロードベント。第84回アカデミー賞ではストリープが主演女優賞(2度目)を受賞。
今回、この映画を観て、たとえ国民の猛反発を喰らっても英国再生のためにはこれしかない、という信念のもとに行動したこと。特に1982年のフォークランド紛争でサッチャーは断固とした態度を表明、「遠く離れているとはいえ、フォークランドは英国の領土である。これを侵す者は徹底的に叩く」という信念のもとに勝利し、それが彼女の地盤を磐石なものとし、ものの見事に英国経済の再生に成功したことを改めて認識した。 また、ストリープの演技はまるでマーガレット・サッチャーのようで(顔も口調などもよく似て)素晴らしいものだった。

2012年3月3日土曜日

朝日TV「SP警視庁警護課Ⅱ」放送

1月18日(日野町ブルーメの丘を中央アジアにある架空のキラリア共和国のオアシス地帯の牧場で事件が起こるシーンでの共和国人)、2月2日(栗東芸術文化会館でクラッシク演奏会の聴衆)として参加したドラマ、テレビ朝日ドラマスペシャル「SP警視庁警護課Ⅱ」(21時~23時)が放送された。監督は前回のSPと同じ、村川透であった。
あらすじは、主人公は過去にSPとして総理大臣の警護に失敗し、SPとしては一線を退いている竹内(渡瀬恒彦)。前作(SP、昨年10月放送)では高慢な女性代議士・石鍋キリ子(高畑淳子)を警護しながらも異様な殺人事件を解決したが、今回はキリ子の命令でアジアの独裁国家の民主化のため行動する有名女性バイオリニスト・鷲尾華子(上原多香子)の警護を担当させられる。華子には、マネージャーを務める一筋縄にはいかない母親・小夜子(かたせ梨乃)が常に寄り添い、竹内はまた「女性」たちに翻弄されることになる。 そんな中、華子の周辺には怪しいアジア人の影がつきまとい、ついには彼女の義父で小夜子の前夫・大谷(片桐竜次)が殺害されて・・・意外な展開となっていく。 というものであるが、これ以上書ききれないので省略。
今回、キラリア共和国のオアシス地帯の牧場(ブルーメの丘)で、ヒツジに餌を与えるシーン(写真のシーン)、鷲尾華子の記者会見のシーン、キラリア共和国の民主化に喜ぶ市民の撮影(新聞のトップページに掲載写真)と京都ホール(栗東芸術文化会館)でのバイオリニスト・鷲尾華子演奏会の聴衆のシーンがテレビ画面に映った。

2012年2月27日月曜日

横浜の親戚宅訪問と墓参り

東急が開発した高級住宅地の一角に。
大井町駅前のホテル「アワーズイン阪急」を8時半過ぎに出て、品川駅でコインロッカーに荷物を預け、渋谷駅で田園都市線に乗り換え「たまプラーザ」で下車。二十数年前に東急が開発した高級住宅地の一角に親戚宅がある。(徒歩5~6分) 行く途中に女優の紺野美沙子さんの家もある。
7年前に訪問した時は「たまプラーザ」の駅も古い駅であったが新しい駅になりきれいになっていたし、住宅街も空き地が見られたがびっしりと詰まってよい住宅街になっていた。また、駅前に羽田飛行場行きバス亭・待合室も出来て便利にもなっていた。
親戚のFさん82歳(夫人)、ご主人90歳で元気に暮らしておられ、娘さん2人(と言ってもおばさんになられる)がよく来られて面倒をみられているとのこと。このFさんと母とはいとこ同士で大変仲がよかったので、Fさんに会うと懐かしい母の話や母が随分と苦労したことなどもいろいろと聞けるが、ついついそのことが思い出され涙が出そうになる。今回、2人の綺麗で上品な娘さんも来られて、会うことが出来て大変よかった。
そのあと、青山墓地へ義父母の墓参りをして、品川駅から16時4分発「こだま」のグリーン車で帰宅した。(JR東海ツーアズのぷらっとフリープラン(宿泊付、31,000円)を利用した。)

2012年2月26日日曜日

国技館「5000人の第九」参加

参加した東京「ゆたろう会」の皆さんと記念写真
第28回「5000人の第九」コンサート(復活の祈り)は、10時から10時半まで並びの調整・発声練習、10時半からゲネプロ「第九」(第1楽章~第4楽章)があり、開演は14時から14時30分まで第一部として昨年と同じくベートーヴェン「献堂式」の演奏。休憩後14時50分から第二部として「交響曲第九」の演奏が行われた。今回、「交響曲第九」の指揮は円光寺雅彦氏、独唱は佐藤しのぶ・坂本 朱・吉田浩之・河野克典氏、管弦楽は「新日本フイルハーモニー交響楽団」、合唱は「国技館すみだ第九を歌う会合唱団5000人」。合唱団は北は北海道から沖縄までの38都道府県と中国、韓国、ドイツなど海外の7カ国からの人たちだった。最後はいつものように「花」を全員で合唱し、解団式があり17時過ぎにすべて終わった。 
昨年は池袋のサンシャイン60展望台へ行って夜景を楽しんだが、今回はどこにも行かずホテル「アワーズイン阪急」に直行した。

2012年2月25日土曜日

中学校の親友に会いに秩父市へ

秩父まつり会館、向かい側に秩父神社がある。
中学時代の親友M君が中学を卒業し、この地に就職して半世紀余り、「一度おいでよ!」と誘われ、約束して早や7年たって、これが最後との思いもあって行ってきた。
朝京都6時42分の新幹線で、品川で山手線に乗りかえ池袋から西武池袋線の特急で約1時間20分、西武秩父(到着11時48分)へ。
昼食後、「秩父まつり会館」の見物、「秩父神社」の参拝、矢尾酒造酒づくりの森」の資料館見物し販売所で試飲、山の中腹にある秩父ミユーズパークで秩父市内を展望、最後M君宅を訪問した。5時25分の特急で東京に戻ったので約5時間の滞在だった。
M君は中学を出てすぐ秩父(人口7万人弱)の矢尾百貨店に勤務し、出世して役員になり、また地元にも溶け込み秩父まつりや自治会の活動にも尽くして立派に暮らしている様子を垣間見ることができた。久し振りで話が尽きず、時間が足らなかったが、今回思い切って行ってみて大変よかった。他に同じ秩父に中学の友達K君や高校の同級の八尾酒造元社長夫人にも会いたかったが時間がなくて、またの機会にしたのが少し残念だった。

2012年2月21日火曜日

京都東寺の「弘法市」へ

東寺境内外で露店がびっしりと並んで活気があった。
縁日の「弘法市」に初めて出かけた。東寺の境内や周辺の道路などに露店がびっしりと並び年配者、家族連れ、若い人、外国人など多くの人達が来ていて活気のあるものでびっくりした。売られている主なものは、骨董・古着・がらくたなどで昔の懐かしいものや珍しいものも沢山あって、おもしろかった。
「弘法市」のサイトには以下のことが紹介されていた。
『元々「縁日」とは神仏がこの世と「縁」を持つ日とされており、この日に参詣すると大きな功得があるということです。東寺では祖師空海入寂の3月21日を期して毎月21日に御影堂で行われる御影供のことを指しています。当初は年に1回行われていたものが、1239年以降は毎月行われるようになったそうです。
一方、人々が盛んに参詣に訪れるようになったので、当時『一服一銭』と言われるごく簡素な屋台で茶を商う商人(茶店の前身のようなもの)が出てくるようになり、江戸時代には茶店だけではなく、植木屋や薬屋なども出てくるようになりました。これが現在の「弘法さん」の起源だと言われています。現在では多数の露店が立ち並ぶ縁日となっていて、縁日を目的とする人も少なくなくなっています。境内のすぐ横まで広がる露店は常時およそ1200~1300店ほどで、毎月約20万人ほどの人が訪れています。 その内容も様々で、骨董・古着・がらくたなどが売られていますが、フリーマーケットなどと違う点は「みんな一般の人」ではなく「業者さん」が出店しているところでしょう。ほとんどの方が別の場所でお店を構えていて、弘法さんの日には露店を出している、といった感じです。弘法さんは毎月21日の朝5時ごろから夕方4時ごろ(日没ごろ)まで終日行われていますが、開店・閉店時間は季節や天候、出店者によって変化します。基本的には雨天決行ですが、たとえば古着屋や骨董など雨に弱い商品の店は開店休業状態だったりもします。
お客さんの層もご年配の方だけではなく、若い方や家族連れ、外国人の方なども多く、歴史ある弘法大師信仰の場と立ち並ぶ露店、店の人とのやりとりや珍しい品々を見ているだけでもとても活気ある楽しい縁日です。また、毎月第一日曜日には骨董市(がらくた市)も開催されており、こちらも大盛況です。』

2012年2月20日月曜日

第14回「淡路島一周ウオーク」へ

慶野松原で、出発前にコースの説明を聞く皆さん
第14回「淡路島一周ウオーク」(約13km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・枚方高槻茨木方面からバス4台で約100名。行程は枚方6:50発→高槻→茨木→途中室津サービスエリアでトイレ休憩後、出発点の「慶野松原」に9時50分頃に到着。バス内で早めの昼食(弁当)後、10時50分にスタート→湊公園(休憩)→津井港→ゴール点の丸山漁港に13時30分に到着(約13km、約2時間40分のウオーキング)。
あと近くの弁天島(海釣り公園)を見学した。14時20分に出発し、淡路島ファームパーク:イングランドの丘に入園。ここで初めて「コアラ館」でコアラをみることができた。16時25分に出発し、途中淡路ハイウェイオアシスで休憩・買い物し、枚方には19時20分に到着した。 今回、天気に恵まれ穏やかで少し汗をかく程度のウオーキングであった。
これで淡路島一周のウオーキング距離は、約160km、余すところ1回(約10km)となった。次のウオーキングの計画を考えないといけない。

2012年2月15日水曜日

映画「はやぶさ遥かなる帰還」鑑賞

2010年6月に地球に戻り、日本中を沸かせた小惑星探査機「はやぶさ」の偉業が、昨年秋から今年にかけて、まず最初は20世紀フォックス、次に東映、松竹の順に映画化され、同じ題材で3作が相次いで公開されるのは極めて異例のことだそうだ。まず、1本目は20世紀フォックスの「はやぶさ/HAYABUSA」で10月1日公開された。監督は堤幸彦氏、竹内結子が女性研究生役で主演、西田敏行が上司で、はやぶさ計画を統括した川口淳一郎教授を佐野史郎がそっくりに演じている。派手な演出を加えず「完全なコピー」を目指したもの。2本目が 東映が60周年を記念して「はやぶさ 遥(はる)かなる帰還」で2月11日に公開されている。監督は瀧本智行氏で、リーダーとは何かを問うもので、渡辺謙が川口教授役。東映得意の男臭さが魅力の映画になっている。夏川結衣が朝日新聞科学部の記者を演じている。 しんがりは松竹の「おかえり、はやぶさ」で3月11日に公開される予定。監督は本木克英氏、3D映像が売りもので、藤原竜也が新人エンジニア役で主演する。藤原には科学者の父(三浦友和)がいて、松竹お家芸の家族の絆を描く映画になっているらしい。川口教授役は大杉漣(れん)。 最初の1本目と今回2本目を鑑賞したが、監督や出演者などを変えても、はやぶさが困難を乗り越えて帰還する筋書きに違いはない。が、主演者の演技や何を訴えて描くかが違っているので、それなりに楽しめた。
小惑星探査を目的に十数年をかけて開発された「はやぶさ」が、「ITOKAWA」(イトカワ)と名付けた小惑星まで約3億キロの距離をイオンエンジンを使って飛行を行い、自律的に小惑星に近づき、その表面から物質のサンプルを持ち帰ることの技術(サンプル・リターン)が確立されたことは宇宙開発にとって極めて大きなこと。 2003(平成15)年5月9日に打ち上げられ、目標の「ITOKAWA」に到着し科学観測を実施、2005年12月に通信途絶、2009年11月についに最後のエンジンが停止するなど危機的な状態を克服し、2010年6月13日に地球へ帰還し、搭載カプセルをオーストラリアへ落下させたことはすごいことだなあ~と改めて強く感じた。
今年1月宇宙開発員会で、危ぶまれていた火星と木星の間にある小惑星を探査する「はやぶさ2」の打ち上げが2014~15年に決定したそうだ。

2012年2月10日金曜日

雪をみに琵琶湖一周

近江塩津駅、昨年と比べて積雪が約30cm少なかった。
左下は手前の永原駅の積雪状況、塩津駅より逆に多い。
今年は昨年以上に大雪とのテレビ報道もされているので、田舎も積雪で見られるかと思って、昨日出掛けたが、雪が全く降っていないようで、家の軒下や木陰などにも見当たらなかった。 少し意外だった。
そのため、今年も雪が見たくて一区間切符を買って一年振り(昨年2月1日)に近江塩津駅の積雪をみて、北陸線に乗り換え、次の余呉駅付近の吹雪をみる琵琶湖一周の旅をした。
その行程は京都駅から大津駅まで切符(190円、山科駅180円で10円高い)を購入→京都10時45分発敦賀行き快速電車に乗車→12時01分に近江塩津駅着、ここですぐ乗り換えせず、次の電車まで約1時間、自動改札もなく駅員による検札もないので駅の待合所で昼食し少し散策→12時5分発新快速網干行きに乗車→13時35分大津駅着、一旦自動改札を通り、京都駅までの切符を買って京都駅で下車。運動をかねて京阪「東福寺」まで約20分ウオーキング、そこから乗車し帰宅した。
昨年と比べると積雪が少なく(約30cm)、少しがっかりしたが積雪がみられてよかった。

2012年2月2日木曜日

スペシャルドラマのエキストラ参加

栗東芸術文化会館、入口のクラッシクコンサートの立看板
朝日系TVスペシャルドラマの撮影が、「栗東芸術文化会館」行われ、午後12時半過ぎから4時前までエキストラとして参加。
今回、クラッシクコンサートの聴衆者として総勢約200名。その内午後からの参加者は、阪神地区から約40名だった。
今年最強寒波襲来のピークの日で、風も吹き非常に寒く電車も雪の影響で往復とも大幅に遅れて運転されていた。この寒い中、午前中は会館の外での撮影だったので、震え上がって大変だったようだ。午後は大ホール内での撮影だったので助かった。(撮影などの詳細は放映された後で、今回も省略)

2012年1月21日土曜日

第13回「淡路島一周ウオーク」へ

雨の中をウオーキングする参加者、左下「伊弉諾神社」
第13回「淡路島一周ウオーク」(約11km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・枚方高槻茨木方面からバス6台で約210名。土曜日ということで子ども達の参加もあり多かった。
行程は枚方6:55発→高槻→茨木→途中室津サービスエリアでトイレ休憩後、「伊弉諾(イザナギ)神社」に初詣、出発点の都志海水浴場(高田屋嘉兵衛翁記念館駐車場)に10時35分に到着。バス内で昼食(弁当)後、11時30分にスタート→夕日ケ丘公園(休憩)→五色浜→慶野松原に14時に到着(約11km、2
時間30分のウオーキング)。14時30分に出発し、途中淡路ハイウェイオアシスで休憩・買い物し、枚方には18時前に到着した。今回、天気は曇りの予報だったが、スタートする頃から小雨が降り出し、合羽を着てのウオーキングとなった。
これで淡路島一周のウオーキング距離は約147km、余すところ2回(2月:約13km、3月:約10km)の約23kmとなり、3月で一周が終わる。次の目標のウオーキングはどこにするか考える時期に来ている。案としては、愛知県岡崎で止まっている東海道53次の再開、伊勢神宮参拝道、しまなみ海道である。

2012年1月18日水曜日

スペシャルドラマのエキストラ参加

撮影のあったブルーメの丘
朝日系TVスペシャルドラマの撮影が、故郷の滋賀農業公園ブルーメの丘で8時半過ぎから17時前まで行われエキストラとして参加。
参加者は32名(男性17名、女性15名)で地元やその周辺の人達が多かったようだ。また、東映から若手の俳優3名もエキストラとして参加していた。
今回も参加した人と話す機会も多く、昨年定年退職して時間もあり面白そうとのことで初参加の2名の男性、常連の方、10年程前から参加している中高年の方など、エキストラに興味のある人達なのでいろいろと話が出来、それなりの情報も得られてよかった。
昼食は園内のレストランで種類は少し少ない?バイキング料理、コーヒー、紅茶、お茶などもあり、いつもの弁当とは違って大変良かった。(撮影などの詳細は放映された後で、今回も省略)

2012年1月15日日曜日

今年2回目の「どじょうすくい」へ

「どじょうすくい」を踊るメンバー
今年、2回目の「どじょうすくい」(踊り)のボランティアに東香里ケ丘の老健施設「ひらかた聖徳園」の新年互礼会(約60名の観衆)に出かけた。
持ち時間は約10分あって、安来節「どじょうすくい」(約4分)だけでは時間が余るため、同じくボランティアに来ていたフラダンスグループに1曲だけ余分にやってもらった。
メンバー4名で「どじょうすくい」を踊り、あとメンバーの紹介と各メンバーの自己紹介をして終えた。帰り際に数人の観衆(施設利用者)からよかったと握手を求められるなど、大変喜ばれた。この踊りを昨年の1月から始めたので、丁度1年となった。

2012年1月9日月曜日

「どじょうすくい」のボランティア

「どじょうすくい」を踊るメンバー
枚方ボランティアセンターからの紹介で、安来節「どじょうすくい」のボランティアに、長尾家具町集会所で行われた老人会の「新年会」(約50名)に出かけた。9月に老健施設「安心苑」に行って以来6カ月振りで、今回で3回目だった。
持ち時間は約20分であったが、安来節「どじょうすくい」(メンバー4名)と新年会に参加の3名の方に「どじょうすくい」を指導し一緒に踊った。その後、Mさんが「おてもやん」を一人で踊り、より一層会場をわかせて盛り上がった。予定より10分ほどオーバーしたが、大変喜ばれた。

2012年1月7日土曜日

「高校ラグビー大会」決勝戦観戦

花園ラグビー場で決戦(スコアーボード、優勝旗授与、試合)
第91回「全国高校ラグビー大会」が、史上5高目の大会3連覇を狙う東福岡と5年ぶりの頂点を目指す東海大仰星(大阪第3、枚方市)の決勝戦が近鉄花園ラグビー場で行われ観戦に出かけた。
国内公式戦で79戦無敗を誇る東福岡が、主力選手の経験値の高さや選手層の厚さで優位にたつ。一方の東海大仰星も高校日本代表候補が6人おり、1戦ごとに戦い方を成熟させてきた。両校の決勝での顔合せは5大会(第86回)ぶりで、当時は東海大仰星が制止した。
今回の決勝は東福岡(福岡)が東海大仰星(大阪第3)を36-24で振り切っての攻守に群を抜いての3連覇で見事なものだった。東福岡は個々のパワーと突破力が上回っていた。東海大仰星は後半の最後まで果敢にパスを回し反撃したが、届かず残念な結果に終わった。常翔啓光学園(枚方市)は、今回東福岡と準決勝戦で28ー5で敗れた。
新聞の記事による東福岡の記録は次の通り。「東福岡が今大会奪った得点は5試合計292点で、第89回大会で同校が塗り替えた大会記録を18点更新。第88回大会準決勝で優勝した常翔啓光学園(第81回~84回の4連覇)に敗退したのを最後に、東福岡が続ける国内公式戦無敗記録は80に到達した。」

2012年1月2日月曜日

映画「山本五十六」を鑑賞

昨年23日に公開された「聯合艦隊司令長官 山本五十六」(太平洋戦争70年目の真実)、すぐ観に行く予定が多忙で行けず、本日観に出掛けた。  あらすじは以下の通りだった。
1939年夏。日独伊軍事同盟締結の是非をめぐり、日本は大きく揺れていた。支那事変勃発から2年。大陸での戦争が泥沼化する中で、支那を支援する米英と対抗するためにも、新たな勢力と手を携える必要があった。強硬に三国同盟締結を主張する陸軍、国民の多くもまた強大なナチスの力に熱狂し、この軍事同盟に新たな希望を託していた。しかし、そのその「世論」に屈することなく異を唱える男たちがいた。それは海軍大臣、海軍次官の山本五十六、軍務局長で、その理由は日本がドイツと結べば、必ずアメリカとの戦争になる。10倍もの国力を持つアメリカとの戦いを何としても避けなければならなかったためだった。陸軍の脅しにも、「世論」の声にも屈することなく、命を張って反対を唱え続け、その甲斐もあってやがて三国同盟問題は一旦棚上げとなる。それを見届けた山本五十六は、1939年8月30日、生涯最後の職「連合艦隊司令長官」に就任。
しかし、時を同じくして世界情勢は急転し始める。ヒトラー率いるナチス国防軍がポーランドに進攻。それを機に欧州で第二次世界大戦が勃発した。快進撃を続けるドイツの力に幻惑され、日本国内では再び三国同盟締結を求める声が沸騰する。そして、その流れに対抗しきれず、海軍大臣及川古志郎はついに従来の方針を改め、同盟締結に賛成してしまう。1940年9月27日、日独伊三国軍事同盟締結。日一日と戦争に向かう時代の流れの中で、山本五十六は対米戦を回避を願う自らの信念と軍人としての責務の挟間で苦しみ続ける。
しかし、1941年の夏、米国との戦争はどうあっても不可避と悟ったとき、ついに一つの作戦を立案し、軍部の反対を押し切って強行した。それが12月8日、太平洋上の空母から飛び立った海軍350機の大攻撃隊による真珠湾のアメリカ太平洋艦隊の奇襲攻撃だった。それは、戦争に勝つためではなく、一刻も早く終わらせるための苦渋の作戦だった。その後は五十六が予測した通り、ミッドウィー海戦の参敗、ガダルカナル島奪回作戦など幾多の作戦にも失敗し、急速に転がり落ちていく・・・・。そのなかで、1943年4月18日、前線基地の視察に向かう途上、ブーゲンビル島の上空で搭乗機が撃墜され、59歳で戦死する。
この映画を観て、昭和初期からその戦争が始まる10数年は、当時もまた人々は不況で雇用不安と所得格差に苦しみ、総理大臣が次々と短期間で交代を繰り返していた。その中で軍部、マスコミ、知識人、国民すべてが混然一体になってアメリカとの戦争に突入していった。その歴史背景の中で、アメリカとの戦争に反対し続け日本を何としても守ろうとした「山本五十六」の生きざまを改めて知ることが出来た。すごい人だったなあ~と思う。

2012年1月1日日曜日

片埜神社に初詣

片埜神社、本殿前に並べられた献酒
2012年が明けた。自宅から徒歩約10分にある片埜神社へ初参拝。いつもと違って、正月だけは?行列ができるほど多くの参拝客で賑わっていた。この6年ほど前から毎年清酒1本を献酒しているが、ずらあ~と並んだ献酒をみると1本はあまり見当たらなくて2本がほとんどであった。(1本献酒の人の割合は約15%) 昨年は家族にとっても、自分にとっても大変よい年だった。今年も家族の健康とよい年になるようにと祈願した。
「片埜神社」(概要)は、第11代・垂仁天皇(在位:元年~の御代、出雲の豪族・野見宿禰(土師・菅原氏の祖)が当麻蹴速との戦いに勝ち、河内一帯を賜わった。そして、当所、阪の地に出雲の神様「建速須佐之男大神」を奉鎮し、土師氏の鎮守としたのが始まりである。欽明天皇(539年~ 571)の御代に勅により「片野神社」と号した。鎌倉時代の末期、元弘建武の兵火に罹って社殿の悉くを焼失したが、室町中期になると、禁中から、吉田家によって荘厳な儀典が執り行われ社殿が再建された。しかしながら再び、天文・永禄年間に、三好・松永らの戦いによる兵火に見舞われること数回、社殿をはじめ旧記宝物の悉くが灰燼に帰したことは誠に惜しい事である。天正11年、豊臣秀吉公が大阪城築城の際、鬼門の方角に位置していた当社を大阪城鬼門鎮護の社と定めて尊崇、修築した。当社が大阪の鬼門除け、方除け社として世に知られる様になるのはこの時からである。さらに慶長7年には豊臣秀頼公が片桐且元を総奉行として復興、本社を大造営させたのが現在見る本殿、正門、築地塀である。

迎春(年賀状)


年賀状(迎春)
謹んで新春のお慶びを申し上げます。昨年「E(え)ちゃんの気ままな日記」をご覧いただき、誠に有難うございました。
あまりおもしろくもないブログ(日記)と思いますが、今年も新しいことにも挑戦し、記載していきますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

平成24年 元旦

2011年12月28日水曜日

朝日新聞夕刊の10年後の記事

先日、朝日新聞夕刊のトップページに「素粒子」という小タイトルで、10年後について以下のことが列挙されていた。興味があり記載してみた。
10年後、①崩れた核燃料の取り出しは始まっているか。②非難した住民は戻っているか。③三陸の漁港に魚は揚がっているか。④金正恩体制が続いているか。⑤普天間基地はなくなっているか。⑥米国産の食品が並んでいるか。⑦消費税は10%以上か。⑧自動車は電気で走っているか。⑨気温が上がっているか。⑩生物のいる星が見つかっているか。⑪大地震が起きて、また原発が壊れていないか。これ以外に「八ツ場ダムがそびえているか。」があったがすでに動き出しているので省いた。
予想がつきそうなものもあるが、はたして10年後はどうなっているのであろうか? 
自分もだんだんと高齢になり10年後、どうしているのだろうか。 はたして元気に生きているだろうか? 死んでしまっているのだろうか? それとも生きていても病気で苦しんでいるのであろうか? 一番気になるところだ。

2011年12月24日土曜日

「楽しいおもちゃ作り」教室開催

作った連タコを揚げて喜ぶ子どもと両親
10時~12時、今年度第5回目のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」(枚方市主催)を「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)で開催。今回、ゴミ袋などを使って「連タコ」作りをして子ども達と一緒に楽しく遊んだ。参加者は子ども13名+保護者7名の計20名、SAひらかたのメンバーは10名であった。
毎回、保護者からアンケートを取っているが、全員から「大変楽しかった」「楽しかった」との回答が得られ、また自由記述欄には「簡単に連タコが作れ、上手く飛ばすことができて子どもは大変喜んでいました。家でも作ってみたいです。」「いつも優しく、丁寧に教えてくださり感謝しています。今後も楽しい企画を楽しみにしています。」「作ったタコがよく飛んだので夢中になりました。ありがとうございました。」などがあり、いつものことであるがやり甲斐のあるおもちゃ作り教室だった。次回は来年3月24日(土)「玉ころがし」作りの予定。