2017年3月23日木曜日

「春うららコンサート」へ

寝屋川市立地域交流センター「アルカスホール」の主催で、寝屋川演奏家クラブ出演の気軽にクラッシク♪「春うららコンサート」が午後6時半から行われ聴きに行ったヽ(*´∀`)ノ。
メンバー5名(ピアノ2名、ソプラノ2名、クラリネット1名)で、約1時間半弱のミニコンサートで市民、常連、知人の方など約60名が聴きに来られて、このスタイル(夜間の1Fギャラリーコンサート)での演奏会では盛況だった。 ただ、ギャラリーでの演奏会で音楽には向かない部屋だったのが残念。
演奏曲はモーツアルト、シューベルト、ヘンデル、ウェーバーなどの歌、ブラームス、シュトラウス、ベートーベンのピアノ曲などクラシック曲約13曲の演奏を楽しむことが出来てよかった(*゚▽゚*)
この「寝屋川演奏家クラブ」は年3回程度演奏会を開催し、今日まで17年間続いている演奏家クラブ。メンバーも発足当時とは大分変わり、また生活環境も変わる中で、今日まで続いているのは大したもの。継続は力なりで、知名度も随分とアップしてきて、楽しみにしている人も多い(^O^)
次の演奏会は、第17回寝屋川フレッシュコンサート&定期演奏会が8月5日(土)14時から行われる予定で、また楽しみにしたいものだ(^O^)

2017年3月19日日曜日

「ひらかた男性合唱団」演奏会

第17回「ひらかた男性合唱団」(団員35名)の定期演奏会が、枚方市民会館大ホールで開催されるので、聴きに出かけた。会場はほぼ満席で盛況だった。
今回、高槻市の女性コーラス「今城エコー」(団員43名)の協助出演もあり、華やかな演奏会でもあった。
演奏会は、第一ステージ(ひらかた男性合唱団):男声アラカルトとして「知床旅情」、「サライ」、「北酒場」、男声合唱曲「富士山」から「Ⅱ作品第肆」。第二ステージ(今城エコー):女性アラカルトとして「赤いスイートピー」、「春一番」、女性合唱組曲「よかったなあ」から「小鳥たち」「ケヤキ」、「星☆ステラ☆の歌」。第三ステージ(ひらかた男性合唱団):男性合唱組曲「水のいのち」から「雨」「水たまり」「川」「海よ」。第四ステージ(合同演奏):「上を向いて歩こう」、「愛燦燦」、「夕焼け」、「群青」だった。
知っている演奏曲もあり、それなりに楽しめた。その中で昨年9月に神戸で開催された全国シルバー合唱コンクールにて銀賞を受賞した「サライ」は、楽譜を持たず暗譜での合唱でありよかった(゚∀゚) その他は楽譜を持っての合唱で、この程度であれば暗譜で歌ってほしいものだ。高齢者の合唱団であり仕方ないか~?と思うけどねぇ。
第二ステージの女性のみの合唱は、すべて暗譜で姿勢もよくてよかったなぁ~(´∀`)

2017年3月18日土曜日

堺市「大仙公園」

仁徳陵古墳や履中陵古墳を擁する百舌鳥古墳群内に位置するこの「大仙公園」は、「日本の歴史公園100選」に入選しており、古代史のロマンを秘めた百舌鳥古墳群のほぼ中心にあり広大で緑豊かな公園に、中央図書館、堺市博物館日本庭園、堺市都市緑化センター、自転車博物館サイクルセンターなどがあり、市民の憩いの広場にもなっている。今回は市立博物館と日本庭園を見物した。どちらも入場料は大人200円であるが、他市でも65歳以上であれば免許書など証明するものを見せれば無料だった。
堺市博物館は、市制90周年記念事業として昭和55年に開館。生涯学習と市民文化の向上のため、堺市の歴史、美術、考古、民俗に関する博物館として、多くの資料が展示されていた。
また、日本庭園では堺の歴史を背景にして作庭された庭園様式の『築山林泉回遊式』で中国大陸を望む名勝を模して造られており、全国各地で見られるような藩主が作った名庭園とは趣が異なる造りになっていて、なかなかよい庭園だった。

仁徳天皇陵・履中天皇古墳参拝

初めて仁徳天皇陵古墳と履中天皇陵古墳へ出かけた。JR阪和線の百舌鳥駅で下車して、まず仁徳天皇陵古墳拝所にて参拝、その後大仙公園を抜けて履中天皇古墳拝所にて参拝した。
が、両天皇陵も大きくて全体を見るには航空写真をみるしかないので、想像しながら歩いた。帰りに堺役所の新ビル21階(約80m)にある展望台からみてもこの天皇陵古墳の輪郭が見られなくて、ただ単にこんもりとした森にしか見えない。(上の写真) そこそこ全体がみえる展望台がほしいものだ。この展望台は基本的に年中無休で360度堺市内が見渡せる。
仁徳天皇陵古墳は、エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されている。日本最大の前方後円墳で北側の反正天皇陵古墳(田出井山古墳)、南側の履中天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳)とともに百舌鳥耳原三陵と呼ばれて、現在はその中陵・仁徳天皇陵として宮内庁が管理している。前方部を南に向けた墳丘は全長約486m、後円部径約249m、高さ約35.8m、前方部幅約307m、高さ約33.9mの規模で3段に築成されている。(詳細は省略)
履中天皇陵古墳は百舌鳥古墳群で仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)に次ぐ巨大前方後円墳で、10基ほどの陪塚を従えていたが、現在は寺山南山古墳など4基が残るのみで、形や出土した埴輪、陪塚の出土品などから仁徳天皇陵古墳より古く5世紀前半頃に造られたことがわかっているとのこと。墳丘の全長約365m、後円部径205 m、高さ約27.6m、前方部幅約235m、高さ約25.3mの規模の日本で3番目に大きい、前方部を南に向けた巨大前方後円墳である。(省略は省略)

2017年3月13日月曜日

「クイーン・エリザベス号」入港

開港150年目を迎えた神戸港に13日、世界で最も有名で、一生に一度は乗ってみたい豪華客船「クイーン・エリザベス号(3代)」が入港するということで、一度見ようと友人と3人で昼食(中華料理)後、神戸ポートターミナルに出掛けた。 
午後1時半過ぎにポートターミナルに着いたが、一目見ようと見学者や乗客などで混雑していた。 客船内部の見学者募集も事前に行われたようであるが、何倍?という応募での抽選もすでに終わって、外から見るしかなかった。まあぁ~バカでかい、ビルを見上げるようだった。また、夜間遊覧の募集も行われたようで約10倍の応募があり抽選で130名が恩恵に預かったと、今朝の朝日新聞に掲載されていた。(下の写真が新聞に掲載された写真、転載)
この「クイーン・エリザベス号」は2010年に竣工され、姉妹船のクイーン・ヴィクトリアに比べ、公室アレンジの違いなどにより90,400トンとヴィクトリアより400トンほど大きい。全長294m、全幅32.3m、旅客定員2,092名。2010 年10月の処女航海は29分14秒で完売という、史上最速の記録を樹立し、その人気の高さを証明したという。
13日午前6時に入港し、同日夜8時に日本発着する初めてのクルーズが出発、鹿児島、釜山(韓国)、広島を回って20日神戸に朝6時に再入港するという。 そして同日8時に上海に向けて出港するという。次の計画によると来年2018年3月15日大阪港に入港し、大阪港発着のクルーズ(釜山と広島・高知周遊、35万円)があるとのこと。一度乗ってみたいなぁ~と、しかし結構値段もするしねぇ。

2017年3月12日日曜日

京都伏見・淀の河津桜の第二弾

2月28日に行った京都伏見の淀地域の淀水路沿いの「河津桜」が満開になっていた。ヽ(・∀・)ノ

2017年3月11日土曜日

ヤンマー新本社の社員食堂

創業以来、100年以上にわたり食づくりに携わってきた企業として、生産者と消費者が直接的により深く繋がる場を提供したいとの想いから、ヤンマー新本社ビル(愛称:YANMAR FLYING-Y BUILDING、2014年秋竣工)の社員食堂を週末ランチ限定で一般開放されるとのことが新聞で報道され(2月初旬)、今回梅田に用事があり立ち寄って食事(昼食)をしてきた。
新本社ビル竣工以来、食づくりに携わる企業として、社員が生産者の想いをより身近に実感できることをコンセプトとした社員食堂を運営してきたとのこと。産地や生産者が見える旬の食材を積極的に使用した一汁三菜スタイルのセットメニューでは、おいしさと健康にこだわったメニュー作りを行っており、社員はもとより来社のお客様からも好評を得ているとという。今まで「Premium Marché CAFÉ」として運営してきた社員食堂を「Premium Marché OSAKA」へと名称を改め、2月4日(土)より週末ランチ限定で一般開放されている。
朝10時半頃にヤンマー本社に到着、整理券が配られていて既に63人が待っている状態で、64番の整理券をもらう。すごい人気らしく肉料理・魚料理(各150食)、カレー(50食)の計350食はほぼ売り切れるいう話だった。
11時頃か20人単位でエレベーターへ誘導され、64番目だったので11時20分頃に12階にある食堂へ。まず先に精算(3種類とも1000円、フリードリンク付き)してメニューの肉料理、魚料理、カレーの3種類から選ぶが、今回は肉料理を選んでみた。肉料理のカードをもらって受け取り場で料理を受け取り、席は自由であるが、もう窓際の席がなくて2人用のテーブルにて食事をとった。食堂は150席あるそうで、広々として大変綺麗であった。
肉料理は鶏肉だったが美味しかったし、ご飯も最高。フリードリンクは食中はウーロン茶、食後にコーヒー、紅茶を、ちょっと欲張りかと思うが…?
こんなに人気なのは、①産地や生産者が見える旬の食材を積極的に使用した健康的な一汁三菜スタイルであること。②値段も手頃(1000円)でフリードリンク付きだこと。③食堂も綺麗だし広々として眺めもよいことか…と。

2017年3月7日火曜日

新選組屯所「八木家」

京の冬の旅「壬生寺・狂言堂」を参観したあと、壬生寺を出てすぐ近くにある新選組の屯所(宿所)があった「八木家」に立ち寄った。この八木家は、室町時代後期より壬生の地に住み、以来400年15代にわたり続いている家。幕末の1863年春、14代将軍家茂上洛にあたりその警護の為に上洛した浪士の芹澤鴨、近藤勇、土方歳三、沖田総司、山南敬助、新見錦、原田佐之助、藤堂平助、野口健司、井上源三郎、平山五郎、平間重助、永倉新八ら13名がここ洛西壬生村の八木家を宿所とした。そして1863年3月16日八木家の右門柱に松平肥後守御領新選組宿という新しい表札を掲げて、ここに新選組が誕生したという。(上の写真の門柱)
そして、9月18日(島原の角屋で大宴会日)のどしゃ降りの深夜に八木家の奥座敷において新選組三大内部抗争で芹澤鴨、平山五郎ら4人が斬殺された。その時の刀傷の一部が現存し、その凄惨さを物語っている。(下の写真)
こうして近藤が実権をにぎってから隊規も厳しくなり、又池田屋事件など新選組の最盛期を築いたが、1865年夏、壬生が手狭になってきたのを理由に西本願寺の太鼓番屋(現存)に屯所を移した。
その後、鳥羽伏見の戦いに敗れるまで、あしかけ3年、壬生を洋式調練の場所にするなどした新選組の歴史がここにあったことを改めて知ることが出来た(´▽`)

2017年3月4日土曜日

京の冬の旅「知恩院」

先日に続いて京の冬の旅「知恩院」に出かけた。よく知恩院三門前を通ったり、本堂(御影堂)を参拝したことがあるが、内部の拝観(大方丈、小方丈、方丈庭園など)は初めてだった。今回、三門をくぐり、御影堂は修理中で新玄関より入り、法然上人御堂(集会堂)で参拝し、大方丈、小方丈、方丈庭園を回って拝観した。その後は法然上人の遺骨が安置されているという御廟で参拝、大鐘楼などをみた。
ここ「知恩院」は法然上人を祖師と仰ぐ浄土宗の総本山で、地位が確立したのは、室町時代の後期とされ、また「知恩院」の建物が拡充したのは、徳川時代になってからとのこと。徳川家は古くから浄土宗に帰依しており、家康は生母伝通院(でんつういん)が亡くなると知恩院で弔い、また亡母菩提のため寺域を拡張し、ほぼ現在の境内地にまで広げて今日に至っている。
知恩院には古くから伝わる七不思議(鶯張りの廊下、忘れ傘、白木の棺、抜け雀、大杓、瓜生石、三方正面真向の猫)がある。が、その中で特に不思議だと思うのは、方丈の廊下にある杉戸に描かれた狩野信政筆の猫の絵で、どちらから見ても見る人の方を正面からにらんでいる(中の写真で、クリック・拡大して正面、左右からみると見る方向に目が向いている)。親猫が子猫を愛む姿が見事に表現されており、親が子を思う心、つまりわたしたちをいつでもどこでも見守って下さっている仏様の慈悲をあらわしているとのこと。また、御影堂から集会堂、大方丈、小方丈に至る廊下は、全長550メートルもの長さがあり、歩くと鶯の鳴き声に似た音が出て、静かに歩こうとするほど、音が出るので「忍び返し」ともいわれ、曲者の侵入を知るための警報装置の役割を担っているとされているとのこと。また鶯の鳴き声が「法(ホー)聞けよ(ケキョ)」とも聞こえることから、不思議な仏様の法を聞く思いがするともいわれている。(下の写真の右) また、大方丈入口の廊下の梁に置かれている大きな杓子。大きさは長さ2.5メートル、重さ約30キログラム。このような大杓子はあまりないところから、非常に珍しいもの。伝説によると三好清海入道が、大坂夏の陣のときに大杓子をもって暴れまわったとか、兵士の御飯を「すくい」振る舞ったとか。 「すくう」すべての人々を救いとるといういわれから知恩院に置かれ、阿弥陀様の慈悲の深さをあらわしているとのこと。 今回、「知恩院」が徳川家の菩提寺であること、七不思議があることを知ることが出来た(´∀`)

2017年2月28日火曜日

京都伏見・淀の河津桜

京都伏見の淀地域の淀水路沿いに超早咲きの「河津桜」や普通の「河津桜」があり見に出かけた。超早咲きの河津桜は満開であったが、他の桜はつぼみで、ちらほら咲いている程度、これからだった。あと1週間(3月7~8日)で満開になるだろう、また訪れてみよう。
ここは地域の名所にしようと、住民でつくる「淀さくらを育てる会」が静岡県発祥の河津桜を2002年から植樹しているところ。この植樹の取り組みは、水路のほか小学校や地域の公園にも広がり、現在は約240本を育てているとのこと。この超早咲きの「河津桜」をみると心も癒される思いだ。もうすぐ本格的な桜シーズンがやってくる、心もウキウキだぁ~~。

2017年2月27日月曜日

2/27(月)【虎ノ門ニュース】(2/26独立講演会の話あり)

真相深入り「虎ノ門ニュース」、昨日(26日)神戸芸術センター芸術劇場の「独立講演会」での話も出てくるので掲載(YouTubeより共有) したが、最近(3/20時点)取り消されている。
この真相深入りニュースは、月曜日から金曜日までの午前8時から10時までYouTubeで無料公開されている。 このニュースはいつでもYouTubeでみることが出来る。

2017年2月26日日曜日

第62回「独立講演会」に参加


神戸芸術センターの芸術劇場で第62回「独立講演会」(主催:独立総合研究所)に初めて参加した。参加者は小学生から学生、後期高齢者までざぁ~とみて約800名か(内女性は約20%か)で、改めて人気の凄さを知った。
もう62回も行われていて、東京と大阪(神戸)を交互に開催されている。講師はもちろん青山繁晴参議院議員。午後2時半から7時までの4時間半の講演で、まず、前段の諸々の話があり、その後参加者の事前の質問(申し込み時での事前質問、従来は当日質問を受ける形式が改まった)に対する解説であった。
その質問の集計では、まず①青山さん個人の生き方などのこと、②中国・韓国の情勢、③拉致問題の現状と今後、④教育について、⑤メタンハイドレートの現状と今後、⑥トランプ大統領の動向と今後、⑦反日メデイアについて、⑧天皇陛下の譲位などであった。これらについて深く掘り下げ、真相をわかりやすく解説した内容で、虎ノ門ニュースで聞いていることも、またオフレコの話も多く大変参考になった。ここでの記述は省略するが、改めて青山さんの凄いパワー(解説能力、知力、体力、精神力など)を痛感した。上の写真は神戸芸術センター、下が講演会に参加の皆さん(YouTubeの虎ノ門ニュースの「トラ撮り」からGet)

2017年2月24日金曜日

「壬生寺本堂・狂言堂」

島原を散策後、北へ徒歩約10分にある「壬生寺本堂・狂言堂」を訪ねた。この本堂には本尊延命地蔵菩薩立像(重要文化財)、列仙図屏風(長谷川等伯筆・重要文化財)などあり、説明を受けて見物した。仏像については、あまり関心がないので、よいのかどうかよく分からなかったなぁ…。また、大念仏堂(狂言堂)では能舞台にない「飛び込み」「獣台」など特異な構造や壬生狂言の衣装や小道具、面も公開されていた。この舞台で演じられることなど分かったし、まだ一度も見たことのない「能狂言」(重要無形民俗文化財)なので見てみたい~。春の公開は4月29日~5月5日午後1時から行われるのでこようか~!
この壬生寺は991年、園城寺(三井寺)の快賢僧都によって創建された古いお寺。昭和37年(1962)、本堂を全焼し本尊地蔵菩薩像を含む多数の寺宝を失った。が、新しい本尊延命地蔵菩薩立像(重要文化財)が、唐招提寺から移されて、昭和45年(1970)に本堂の落慶法要が行われ今日に至っている。そのため本堂はまだまだ綺麗だった。この壬生寺は、「壬生狂言」と新選組ゆかりの寺として有名で、境内の壬生塚には新選組隊士の墓塔があった。

京都「島原」界隈

JR山陰本線の丹波口駅で下車して、島原「角屋」を拝観後、初めて島原界隈を散策してみた。
この島原は丹波口駅前にある中央卸売市場の南側一帯にある。よく江戸の吉原と比較される京の島原は、江戸時代に六条三筋町(現在の東本願寺の北側あたり)と呼ばれた遊郭が前身で、1641年に現在の場所に移されてきた。その移転騒動が島原の乱と同じようなことから島原と呼ばれるようになった、というのが現在もっとも定着している説とのこと。 一般には「島原遊郭」のほうがなじみがあるような気がするが、関係者は遊郭と呼ばれることを嫌うそうで、一応公称では「花街」(かがい)と言うことになっている。それは和歌や俳句、能楽、歌舞伎など文芸を研鑽する場所とする向きが強く、文化の中心としてあくまで「芸」を売っていた、という自負のようなものがあるからだそうである。しかし、最高位であった太夫(たゆう、遊宴のもてなしを公認された女性)を頂点に、当然芸妓にも上下に序列化された位階制があり娼妓もいたらしい。
島原はその歴史も古いが、衰退するのも早く、明治以降は祇園や七条新地など新興の遊里に客を奪われ、衰退の一途をたどり1977年(昭和52年)にはお茶屋組合も解散となった。その後は普通の住宅地となって、すっかり観光名所となってしまった島原大門、置屋「輪違屋」、島原西門、それと「角屋」が当時のまま残っている。
今回、この島原大門、置屋「輪違屋」、島原西門を中心に当時の様子を想像しながらみて回った。改めて島原のことなど、その歴史を知ることが出来た。
写真の上が島原大門、中が「輪違屋」(ここは内部の見学は不可で外観のみ)、島原西門の住吉神社・石碑。


京の冬の旅「島原角屋」

「京の冬の旅」非公開文化特別公開(14ケ所)が1月7日から3月18日(土)まで行われていて、今回「島原角屋」と「壬生寺本堂・狂言堂」を拝観した。
門をくぐると新選組の刀傷が、また一階は台所及び居住部分がそのままの形で展示されていた。この一階の室内は、明るくするため多くのロウソクの燭台や灯油の行光が用いられ、油煙で天井や襖など室内が真っ黒で趣があった。今回、二階は非公開で見られなくて残念だった。この角屋は、揚屋として明治5年(1872)まで営業し、それ以降は茶屋業として昭和60年まで「松の間」にて宴会業務を行っていたとのこと。この「松の間」は、勤王派の久坂玄瑞や西郷隆盛、坂本龍馬などの密談にも使われたとのこと。また、新選組40数名の大宴会(1863年9月18日)が行われ、初代筆頭局長の芹澤鴨は泥酔になり、深夜屯所の八木邸で暗殺されるという歴史ある部屋でもある。そこから眺める「臥龍松の庭」(京都市指定名勝、下の写真の左下)は大変よかったヽ(;▽;)ノ 
この角屋は、島原開設当初(1641年頃)から連綿と建物・家督を維持しつづけ、江戸期の饗宴・もてなしの文化の場である揚屋(あげや)建築の唯一の遺構として、昭和27年(1952)に国の重要文化財に指定された。角屋は遊廓の店ではなく、今の料亭にあたる揚屋(あげや)という業種の店で、太夫や芸妓を抱えず、置屋から派遣してもらって、お客様に歌舞音曲の遊宴を楽しんでいくところ。揚屋は江戸時代、民間最大の宴会場で、遊宴のみならず、お茶会や句会なども行われ、文化サロンとしての役割も果たしていた。そのため、揚屋建築は、大座敷に面した広庭に必ず茶席を設け、庫裏と同規模の台所を備えていることを特徴としていた。江戸初期から中期までの揚屋は、間口が狭く、奥行きのある小規模の建物であったため、一階を台所および居住部分とし、二階を主たる座敷としていた。その二階へお客様を揚げることから「揚屋」と呼ぶようになったとのこと。

2017年2月16日木曜日

大阪城の梅林公園

大阪城の梅林公園の梅花も咲きはじめ、天気もよく暖かな日なので出かけてみた。全体的には5分咲き程度であるが、春先を感じる梅の花を求めてカメラマンや見物客、絵画教室の人たち、海外観光客など多くの人が訪れていた。満開にはもう少し時間がかかるようで、見頃は今月末~3月初旬か、満開の時期にはもう一度訪れてみたいものだ!
この園は大阪万縛の2年後1972年に北野高校同窓会から22種880本を寄贈されたのを機会に1947年3月に開園された。現在では97品種1240本を数える規模になっており、品種の豊富さでは関西随一の梅園。大阪城をバックに、またツインタワーなどの高層ビル群をバックに梅林を見るのもよいヽ(・∀・)ノ

2017年2月15日水曜日

「京セラ本社」の施設見学

京都市南区にある京セラ本社(京都国際見本市の南側)の1Fの「京セラ美術館」と2Fのショールームと「京セラファインセラミック館」を見学した。
「京セラ美術館」は社会貢献活動の一環として、地域文化の発展を願い、1998年10月に本社ビルの1階にオープン。ここでは、主に乾降ガラス(けんりゅうガラス:中国・清代乾隆帝の時代のガラス器のこと)、ピカソ銅板画347シリーズ、現代日本画、ファインセラミック茶器・花瓶、彫刻、洋画が展示されていた。展示点数は少ないが、現代日本画やファインセラミック茶器・花瓶に興味を持った。
「京セラファインセラミック館」は、京セラが取り組む文化事業の一環として、同じく1998年10月に本社ビル2階にオープン。ファインセラミックスを学ぶ学生や研究者はもとより、広く一般の人に理解を深めてもらうことを願い、創業以来のファインセラミック技術の発展過程やつくり方などが公開されていた。ファインセラミックスの基礎的なことやその特性などを学ぶことが出来た。
ショールームでは、京セラが取り組んでいる「環境・エネルギー」「自動車関連」「通信・ネットワーク関連」「生活文化・医療」「産業機器・その他」の分野における最新製品やサービスを分かりやすく展示されていて、改めて京セラの広範囲な取り組みとその製品を知ることが出来た。ヽ(;▽;)ノ

2017年2月11日土曜日

琵琶湖一周

今季一番の寒気到来で滋賀県北部に大雪警報が発令されていたが、雪景色をみようと一区間切符を買って2年振りに近江塩津駅で乗り換える琵琶湖一周をした。その概略行程は京阪東福寺駅でJRに乗り換え、山科駅まで切符(200円)を買って乗車→京都駅9時48分発近江今津行(普通は敦賀行き快速電車であるが、大雪の影響で列車を乗り換え)に乗車→11時01分に近江塩津駅着→次の12時5分発までの1時間程は、ホームや近江塩津駅を降りて雪景色をみて撮影→12時5分発米原行きに乗車→米原で網干行に乗り換えて→13時35分に大津駅で一旦改札口を出て昼食後、東福寺駅までの切符(240円)を買って帰った
JR湖西線に入り大津京から北へ進むにつれて積雪量も増え、近江塩津に着くと40~50cmの積雪で、吹雪の世界だった。

2017年2月9日木曜日

「桂離宮」参観

1カ月程前にインターネットから申し込み、初めて「桂離宮」を参観した。この日は生憎の雨からみぞれに、そして雪に変わるという気候で傘をさしての参観だった。参観は外人さんも含めて34名、宮内庁関連の職員の案内で約60分回遊式庭園をみて回った。日本最古である回遊式庭園には、桂川の水を引いた池を中心に、茶屋、築山、州浜、橋、石灯篭などを配してある素晴らしいもの。建造物は書院群と池の周囲に散在する御茶屋群で構成されていて、ほぼ創建当時のままの姿を残している稀有な建物で、見応えがあった。今回は冬場であったが、新緑や紅葉の時期ににも是非訪れてみたい~ヽ(;▽;)ノ
パンフレットによれば桂離宮は、江戸時代の初期17世紀に皇族の八条宮の別邸として創設された建築群と庭園からなる。もともとは藤原道長の山荘・桂家があった場所に1590年創設された宮家の八条家の初代智仁親王(初代八条宮)が1615年造営に着手し、約47年後の智忠親王(2代)の代にほぼ完成した別荘である。造営が始まってから400年以上の間、一度も火災に遭っていない。ところどころ修繕を行っているが、ほぼ創建当時のままの姿を残している稀有な建物で、当時の朝廷文化の粋を今にそのまま伝えている。回遊式の庭園は日本庭園の傑作とされていて、建築物のうち書院は書院造を基調に数寄屋風を採り入れている。 庭園には茶屋も配されていて、敷地面積は全部で約6万9400平方メートル。うち庭園部分は約5万8千平方メートルもある。 離宮とは皇居とは別に設けた宮殿の意であるが「桂離宮」と称するのは明治16年(1883年)から。桂離宮が世界中で知られるようになったのは1930年代に来日したドイツ人建築家ブルーノ・タウトが「日本建築の世界的奇跡」と絶賛した時からとのこと。

2017年2月3日金曜日

「成田不動尊」節分祭

「成田不動尊」の恒例の節分祭に出かけた。
境内に全長約150Mの豆まき舞台を設け、中央には日本一の大きさを誇る「千升大福枡」が設置され、開運厄除けとともに交通安全を祈る豆まき式が行われた。多くの参拝客で境内が埋め尽くされた。第1回目の豆まきは、11時前から交通関係諸団体・関西政財界人・有名芸能人(NHK連続テレビ小説の「べっぴんさん」の主役の芳根京子さんや谷村美月・百田夏菜子・土村芳さん、桂福團治・ぼんち おさむ・宮川大助・花子さん、京阪電車CMキャラクターのおけいはんの林真帆さんや京都の芸妓・舞妓さんなど)により豆(落花生)が「福は内」~「福は内」~の掛け声でまかれた。華やいだ豆まきだった。新聞の情報では、最前列の人たちは朝の3時頃から並んだ人たちとのこと。いつもながらすごい人だった。午後からは2回目の豆まきに大関豪栄道も来る予定が、初場所のケガのため不参加。3年前の午後にハッピを着て特設の舞台から豆まきを楽しんだことがあるが、初穂料が3,000円もかかるので節約して今回はやめ、その代わりとして「福豆」(500円)を4袋買って帰った。

2017年1月29日日曜日

あべのハルカス美術館

あべのハルカス美術館にて「拝啓ルノワール先生」ー梅原龍三郎が出会った西洋美術ーを鑑賞。
日本の近代洋画界を牽引し一時代を築いた梅原龍三郎 画家(1888年~1986年、98歳没)がフランス近代絵画の巨匠ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841年~1919年)との師弟関係を軸に、その画業を追い、ルノワールのほかルオーやピカソなど、梅原が出会い収集した西洋美術コレクションもまとめて約83点が紹介されていた。
今回、初めて梅原龍三郎画家のルノワールの出会いで教えを受けたことで大きな影響を受け、日本の近代洋画の一時代を築いたことなどもよくわかった(^-^)/  梅原画家やルノワール、ルオー、ピカソなどの絵画も多く展示され鑑賞できてよかったヽ(;▽;)ノ 
上の写真の右上はルノワールの絵画、左下が模写した梅原画家の絵画、下の写真が展示してあったほんの数枚の絵画。
梅原龍三郎 画家は、京都市下京区の染物問屋の次男(末っ子)で、裕福な家庭で育った。20歳(1908年)から1913年の5年間、フランスを中心とに滞欧生活を送った。フランスに到着の翌朝、さっそくリュクサンブール美術館を訪れて初めて実物のルノワールの絵を見た。当時の若い心の躍動がそのまま伝わってくるような彼の印象深い回想記『ルノワルの追憶』のなかで彼は「此の画こそ私が求めて居た、夢見て居た、そして自分で成したい画である。かゝる画を見る事が出来てこそかく遠く海を越えてこゝに来た価値があつた」と心に叫んだ、と記している。翌年の2月、紹介状1つなく臆する心と闘いながら勇を鼓して南仏カーニュに当時68歳の老大家を訪ねた。取り次ぎの人に「日本からきた」と強調したのが効いたのかどうか、幸いにして本人と面会することができた。そして日本のこの若者を気に入り、以来親密な師弟関係が結ばれることになる。(以下省略) 

2017年1月26日木曜日

守山市「なぎさ公園」菜の花


守山市の琵琶湖湖畔にある「第1なぎさ公園」に立ち寄ってみた。23日の積雪で早咲きの菜の花「カンザキハナナ」の茎が折れたり、曲がったり、花も散ったりで無残な姿、折角行ったが残念だった。それでも多くのカメラマンや散策する人たちで賑わっていた。
ここには、早咲きの菜の花「カンザキハナナ」が約12,000本ほど咲き(面積約4,000㎡)雪の残る比良山系(びわこバレー)とのコントラストを楽しむことが出来る冬の絶景の場所として有名。
今回、午前中は比良山系に雲が掛かってダメ、午後3時頃に再度行ってみると雲がなく良かったが、横にあるマンションの影や太陽光線の具合で比良山の冠雪がもう一つ?で少し残念な写真となった。

2017年1月23日月曜日

映画「沈黙-サイレンス-」

昨日(21日)から公開の映画、原作である遠藤周作の名作小説を映画化した「沈黙-サイエンス-」を観に行った。
あらすじは、17世紀、江初期。宣教師フェレイラが日本で棄教(それまで信じていた信仰・キリスト教を捨てること)したと聞き、フェレイラの弟子の若き宣教師ロドリゴとガルペは、日本人キチジローの手引きで、マカオから長崎にたどり着く。幕府による激しいキリシタン弾圧の嵐が吹き荒れる中、ロドリゴらは隠れキリシタンと呼ばれる人々の存在を知る。やがてキチジローの裏切りで捕らえられたロドリゴは、長崎奉行から棄教を迫られる。激しい拷問を受ける信者たちを救うために棄教するべきか、それとも信仰を守り抜き殉教するべきか。ロドリゴは決断を迫られるが…。残酷すぎる現実の前で、ロドリゴは「神よ、あなたはなぜ何も答えないのですか」と問い、身をさくような葛藤のはてに踏み絵についに足をおいてしまう。そして岡本三右衛門という名と妻を与えられ、江戸のキリシタン屋敷に押し込められる。そして、最後を迎えるがその葬儀は仏式で監視の下で行われる。(以上があらすじ)
キリシタン弾圧下で、ポルトガル人宣教師が体験する苦悩を描く人間ドラマである。ハリウッドの俳優たちの熱演も見事だったが、日本人キャストの存在感、演技力もよかった。信者や神父に対して、温泉の元湯を掛ける、十字架に張り付け荒海にさらす、逆さつりなど幾多のむごい拷問をするシーンは凄かった。何故、江戸幕府が異教を禁じて、このような拷問をしたのであろうか?と考えさせられた。
<YouTubeの本予告編>

2017年1月18日水曜日

第3回はんなり舞妓写真展

第3回はんなり舞妓写真展が8日から京都四条通りの「がゃらりい西利」で行われ、昨年の第2回に続いて見に出かけた。
この一年間に4回程のはんなり舞妓写真会が行われ、出展者15名の写真が展示されていた。やはり若くて綺麗な芸舞妓さんのふと見せる仕草や表情など、こころを揺さぶられる作品が約50点あり楽しませてくれるものだった。会場には舞妓さんの姿がちらほらみられた。この写真撮影会は、季節に応じて年4回程度開催されるようで、昨年の応募チラシには、参加費が午前コースで昼食付きで19、000円、午後コースが15、000円となっておりよい価格で、う~~と考えされられる。しかし、一度は参加してみたいなぁ~と思うが…。

2017年1月16日月曜日

「げんき~」G芸能ボランティア

今年最初の芸能ボランテイアを枚二校区福祉協議会約70名の方を対象にメンバー6名で行った。
出し物は、相変わらずの歌体操(4曲)→舞踊(2曲)→踊り「どじょうすくい」(安来節)→「南京玉すだれ」→皿まわし→踊り「おてもやん」(おてもやん民謡)の約60分の演技ボランティアだった🙆
今回は枚二校区のお元気な方たちを対象にしたボランティアで、それなりに楽しいひと時を過ごしてもらった感じだった (´▽`)  今回 「南京たますだれ」演技専門の女性が休みで、今回演じた「南京たますだれ」は、まだ初めての演技で経験も少なくて?少しぎこちなかったか、これからの練習を期待したいものだ。

2017年1月12日木曜日

現代アートに挑戦する青山繁晴展

現代アートに挑戦する青山繁晴展(1月12日~21日)がギャラリー「大雅堂」にて開催され初日に観にいった。このギャラリー「大雅堂」は、京都の祇園会館の前(八坂神社の北)にあり若手作家の日本画・洋画・現代美術の作品を中心に展示され、画廊として30年を越えるという。
今回、この「現代アートに挑戦する 青山繁晴展」は、作家、大学教授や講師として幅広く活躍し、現在は参議院議員を務める青山繁晴さん。音楽や絵画といった芸術への理解も深く、「自分自身がアートを発信する」こととなり、初めての展示をされた。多様な仕事の間隙を縫って言葉の力を用い現代アートに挑戦したもの。
展示は、1Fは「脱」という字の掛け軸や2Fでは帯、掛け時計、零戦戦闘機の模型、Tシャツ・ブレザー、花瓶、色紙などに文字が入ったもの約70数点が展示され、販売も行われていた。現代アートとは、イメージ的には白いキャンパスに創意のもと描くものかと思っていたが、このようなものも現代アートかと…改めて考えさせられた。青山さんが初めて現代アートに挑戦して展示されたことはすごいことだなぁ~~と思う。当日は多くの青山ファンも駆けつけ大変賑わっていた。最新作「ぼくらの哲学」にサインをしてもらい、記念写真を撮った。
<作家コメントは次の通り>
『まったくの異分野からの挑戦です。挑戦こそ現代アートです。非力なりに戦います。ぼくは危機管理、外交・安全保障、資源エネルギーの専門家として参院議員を務めつつ東大、近畿大で教えていますが、芸術分野では文章のにんげん、物書きです。日々、パソコンで打ち、活字になる文字を書きながら想うのです。これがもし生きて物に張り付く文字であったなら…と。その妄想を実行してみます。言霊の邦でのこのちいさなチャレンジを、よろしければ共有してくださるよう祈ります。 青山繁晴 拝』
<1/18 追記>
会場に来られるのが最後の日ということで、書籍2冊にサインをもらうため出かけた。午後2時の予定が約40分遅れてこられ、1Fでこの現代アートの出展に至った経緯や「脱」という文字の説明など、2Fでは展示品の詳細説明が、約1時間強にわたってされた。青山ファンをはじめ多くの人で満室、凄いなぁ~と改めて思う。午後4時半からのサイン会になり、事前に整理券が渡され37番をもらっていたが、まだ1時間ぐらいかかるので、残念だけど棄権して帰った。

2017年1月10日火曜日

片埜神社の枚方えびす祭

1月9日・10日・11日、自宅から徒歩約10分にある片埜神社で「枚方えびす祭」が行われているので、10日の夜に久しぶりに出かけ参拝して佐久間美華さんの奉仕歌謡ショー(約40分)を楽しんだ。 この歌謡ショーは、毎年「えびす祭り」と「秋の祭り」に行われている恒例の行事である。

佐久間美華さんの最新のオリジナル曲「炎の器」(YouTubeより)

2017年1月9日月曜日

二条城特別企画へ

 7日から1月末まで、二条城で大政奉還150周年記念特別企画として、二の 丸御殿大広間の廊下 からの特別名勝 ・二の 丸庭園の眺めと、通常は観ることが出来ない二の丸御殿の中庭が公開とのことで出かけてみた。
まず、京阪清水七条駅で下車して、七条通りを徒歩で「本願寺(西本願寺)」へ。竜虎殿(本願寺事務所)から入り親鸞聖人の御影(木像)が安置されている「御影堂」、阿弥陀如来像が安置されている「阿弥陀堂」に参拝した。
その後、堀川通りを徒歩で「元離宮二条城」へ。堀川沿いの通常の東大手門は工事中で、入城は北大手門(下の写真の左上)からだった。唐門から二の丸御殿に入り、大広間(一の間・二の間で大政奉還が表明された広間)の廊下から二の丸庭園をみた。いつもは障子が閉まっているが(大広間の障壁画を守りため)、今回オープンで外の庭園が見えるようになっていた。 また、二の丸御殿の中庭(下の写真の右下)も観たが、思っていたようなよい庭ではなく、少し残念だった。この企画につい々つられて出かけたがもう一つだった。
帰りは、徒歩で京阪三条駅まで、結構な距離を歩いていい運動にはなったかなぁ。

2017年1月6日金曜日

お伊勢さんまいり

3年ほど前からお伊勢さんにと思いながら、9年ぶりにやっと実現。今まで2~3回は車でのおまいりだったが、今回は近鉄特急で出かけた。
宇治山田駅に11時頃到着してバスで皇大神宮(内宮)へ。まず大鳥居をくぐり宇治橋を渡り神苑を右に見ながら第一鳥居を過ぎたところに五十鈴川の御手洗い場がある。が危険性もあるので御手洗はその第一鳥居の前に設けられている。第二鳥居をくぐり参道を進む、この参道を行くことでお清めになるという。皇大神宮(正宮)に参拝し、帰りの途中に荒祭宮にも参拝する。
参拝後は、おはらい町通りをぶらぶらして昼食と赤福を食べたが、久しぶりの赤福は非常に美味しかったなぁ~。(最近、血糖値を気にして甘いものを控えている関係だろう)
おまいりする順番が逆になったが時間もあり、バスで豊受大神宮(外宮)へ向かう。 第一・第二鳥居をくぐり豊受大神宮(外宮)に参拝、また風宮・多賀宮・土宮にも参拝した。
参拝後、第62回神宮式年遷宮を期して、創建されたせんぐう館に入館。ここは20年に一度行われる神宮式年遷宮の社殿造営・御装束神宝奉製の技術、我が国が誇る技と心の精華を永く後世に伝える理念のもとに創設されたという。
ここでの展示の主なものとしては「遷御の儀」を再現した渡御御列模型、御装束神宝の調整工程品、社殿造営の技として「外宮正殿の原寸大」の展示、神宮の建築様式「神明造り」の技や造営作業に合わせて工夫した匠たちの大工道具などの紹介がされて伊勢神宮のことがよくわかるようになっていた。また、伊勢サミットG7首脳の伊勢神宮の印象も展示されていた。
今回、伊勢神宮おまいりが実現し、心も安らぎご利益をもらったので健康で穏やかな年を過ごせそう~と思う。