2016年3月21日月曜日

大阪城の櫓特別公開

歴史ある大阪城の魅力を今に伝えるものとして、重要文化財に指定されている櫓3棟が普段は外からしか見ることのできないが、今回櫓建造物の内部を拝観できる貴重な機会とのことで見に出かけた。「大坂の陣」以後、徳川幕府による再築工事により築き直され、火災や戦火をくぐり抜けて今もなお残る古建造物の中から、今回は渡櫓と続櫓からなる「多聞櫓」(1848年再建)、大阪城の大手口を守る重要な隅櫓の一つ「千貫櫓」(1620年)、面積約172平方mで高さ約5.4mもある石造りの火薬庫「焔硝蔵(えんしょうぐら)」の内部が公開されていた。大阪城天守閣を中心に広がる大阪城公園には大手門、千貫櫓、火硝蔵など13棟の重要文化財があるが、今回、この中の3つの櫓(蔵)の内部をはじめて見物するができて大変参考になった。
上の写真は大手門の入口からみた、左側が「千貫櫓」と内部の一部、右側が「多聞櫓」と内部、下の写真は西の丸庭園にある「焔硝蔵」と内部の一部である。

2016年3月16日水曜日

北浜「光林坊」食事会

親友2人(計3人)で、6カ月振りの食事会。いつものように大阪駅中央改札口前に10時半に集まって、まず徒歩で肥後橋の大同生命ビルで展示の「加島屋と広岡浅子」展をみに行った。NHK連続テレビ小説「あさが来た」の影響で、団体の人たちを含め多くの人たちで大賑わいですごい人気のようだった。そのため当初3月17日で終わる予定が3月31日(木)までになり、また9月30日(金)まで開催されることになったとのこと。ただし、4月から9月30日までは日・祝日、月曜日は休館とのこと。
そのあと、徒歩で北浜の老舗、日本料理の「光林坊」で、光琳弁当「あかね」を久しぶりの再会で歓談しながら美味しく食べた。また、ここはアサヒメートの会員であるため安く食べられた。
この「光林坊」は昭和43年11月に、加賀百万石の城下町、金沢の絢爛豪華さをテーマに加賀料理を提供する「光林坊1号店」が東京・新宿に開業、その後3号店として平成元年12月に関西初出店となる「光林坊北浜」が、古くから豪商の街と呼ばれる北浜の地に誕生し、今日に至っているとのこと。地下1階のため、夜の雰囲気にもなり高級と言うか落ち着いたよい料亭である。 美味しい日本料理で満足の一日でもあった。(´▽`)

2016年3月13日日曜日

エヴェレスト神々の山嶺

第11回柴田錬三郎賞を受賞した夢枕獏氏による小説「神々の山嶺」を、平山秀幸監督により映画化した「エヴェレスト神々の山嶺」が公開(12日)され鑑賞。
標高8848M、氷点下50℃、最大風速は50M以上、呼吸すら困難な、まさに「極限の世界」のエヴェレスト。本作では日本映画史上初、実際にエヴェレストの標高52000M級で、10日間にわたって撮影が敢行されたものである。
アルピニスト(登山家)である羽生丈二(阿部寛)が、前人未到のエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂に挑む姿を描くもので、山岳カメラマンの深町誠(岡田准一)、かつて天才クライマーと呼ばれながらも無謀で他人を顧みないやり方のために孤立した伝説のアルピニストの羽生丈二(阿部寛)、羽生に人生を翻弄されながらも愛し続ける涼子(尾野真千子)が演じたものである。 今回、実際にエベレストで撮影され、命をかけたリアルな作品で、エベレスト登頂の厳しさが見事に表現されていたのはよかった。 が、物語がもう一つ?で、余り感動しなかったことが残念だった。(あらすじは省略:「エヴェレスト神々の山嶺」公式サイトを参照)

2016年3月12日土曜日

映画「家族はつらいよ」

山田洋次監督が『男はつらいよ』シリーズ以来、20年振りとなる本格喜劇の『家族はつらいよ』が、本日公開された。 家族を演じる出演者には、『東京家族』(2013年)のキャストが再び集結。父役(橋爪功)、母役(吉行和子)、長男役(西村雅彦)、長男の妻役(夏川結衣)、長女役(中嶋朋子)、長女の夫役(林家正蔵)、次男役(妻夫木聡)、次男の恋人役(蒼井優)である。
あらすじは、モーレツサラリーマンだった時期を終えて今はすっかり隠居生活を送っている。今日も仲間とゴルフを楽しんだ後、美人女将・かよ(風吹ジュン)がいる小料理屋で散々女房の悪口を言って盛り上がり上機嫌で帰宅。長男・幸之助(西村雅彦)の嫁・史枝(夏川結衣)は酔っぱらっている周造に気を遣いながらも義父の苦言に笑顔で付き合う。妻の富子(吉行和子)もまたそんな夫を優しく迎え、寝室で脱ぎ捨てる服を拾い歩きながら着替えを手伝うのだった。周造はいつものように靴下を脱ぎ捨てながら、ふと寝室に飾られたバラの花瓶を見て「その花どうした」と尋ねる。なんでも誕生日に花をプレゼントする事は仲間の決まりで、今日は私の誕生日なのだと富子は言う。すっかり忘れていた周造だったが、たまには妻に誕生日プレゼントでもしてやろうかと欲しいものを聞いてみると、富子が机から持ち出してきたのはまさかの離婚届であった。突然の宣告を受け唖然と凍りつく周造。一方、富子はそんなことはお構いなしに冷静に部屋を出ていってしまう。翌日金井家に嫁いだ長女・成子(中嶋朋子)が浪費癖のある夫・泰蔵(林家正蔵)と別れたいと泣きついてくる。追い掛けてきた成子の夫の言い訳を聞いていらついた周造は、思わず自分も離婚の危機にあることをぶちまけてしまう。 突然起きたまさかの平田家の『熟年離婚』騒動に幕が開けた……。秋晴れの日曜日。周造と富子、幸之助と史枝、長女・成子(中嶋朋子)と夫・泰蔵(林家正蔵)が集まっている。その離婚問題について議論しようとしたとき、今日が家族会議だと聞かされていなかった次男の庄太(妻夫木聡)が恋人を紹介するため憲子(蒼井優)を連れてくる。なかなか本題に入れない一同だったが、ようやく憲子を交えた8人で家族会議が始まった。だが幸之助と成子が口論を始め、ついには史枝、庄太、泰蔵まで巻き込まれ、会議は思わぬ方向に進んでしまう。やがて長年抱え続けた富子の思いがけない本音「お父さんは朝起きると『がらがら』と大きな音でうがいするし、おならを平気でするし、帰ってくるとズボン、上着を脱ぎっぱなし、パンツや靴下も同じく脱ぎっぱなし、トイレの蓋やドアも閉めないし、もう我慢にも限界がきた。お父さんは家庭を支えるため頑張っているので我慢して尽くしてきたが、子どもも一人前になったし好きなことをして過ごしたい…」という。周造(橋爪功)は、「ワシは何も悪いこともしていないし、今まで家庭のために身体を粉にして頑張ってきたのに…と憤慨する。」 長女の夫役(林家正蔵)から小料理屋の美人女将・かよ(風吹ジュン)と仲が良くなっていると写真を見せて暴露。ここで週造は倒れて入院してしまう。数日が経ってやっと思いを叶えてやろうと思うことになり、「離婚届」に署名し印鑑を押して妻に渡しながら「君と結婚してよかった。今までいろいろと尽くしてくれて有難う…」と言って渡す。妻はしばらくして、このことを言って欲しかった…。そのことを待っていたと言って、離婚届を粉々に破ってしまう。
というものだったが、世の中の男性はこういう人がまだまだ多いのであろと、改めて考えさせられた映画でもあった。周造役の橋爪功さんの喜劇調の演技もうまかったし、8人の家族を演じた役者は、「東京家族」で気心が知れてた仲間であり、笑いなど呼吸がピッタリでよかった。

2016年3月10日木曜日

京都・淀の河津桜

京都伏見の淀地域の淀水路沿いで、早咲きの「河津桜」が見頃を迎えているとの報道があり、出かけてみた。
ここは地域の名所にしようと、住民でつくる「淀さくらを育てる会」が静岡県発祥の河津桜を2002年から植樹しているところである。
植樹の取り組みは、水路のほか小学校や地域の公園にも広がり、現在は約240本を育てているとのこと。
今年も2月中旬から咲き始め、現在も鮮やかなピンク色の花が咲きそろっているが、その中でもう大分散っている木もあり、今回見に来るのが一週間ほど遅かったようだ。
そんな中で、地域の住民やカメラを持って撮影する人など多くの人たちが春の雰囲気を楽しんでいる様子がみられた。
この早咲きの「河津桜」をみると心も癒される思いがした。 もうすぐ本格的な桜シーズンがやってくるので、今年はどこに見に行こうかと心もウキウキだぁ~~。

2016年3月6日日曜日

日野ひなまつり紀行

田舎に用事があり、そのついでに2月14日~3月13日まで開催されている「日野ひなまつり紀行」をみて歩いた。
ここ日野町は蒲生氏の城下町であり、また近江日野商人の故郷でもある。 日野町の大窪から村井にかけて昔ながらの町並が今も残り、どこか懐かしさを感じるそんな街角や商家、商店街に江戸時代から現代にいたるまでのお雛様や創作人形を はじめとする雛飾りが行なわれている。その中には日野独特の風景である桟敷窓ごしなどに江戸時代から現代に至るまでのお雛様や創作人形などが飾られている。日野を代表する商家・正野玄三家(現在:日野まちかど感応館・観光協会)には、代々伝承された江戸時代の御殿びなが公開され、見事な御殿びなに思わずため息がこぼれる。また、近江日野商人館(静岡県御殿場に出店して大成功した日野商人の名家であり、山中兵右衛門の旧宅の資料館)でも立派な雛飾りがみられた。 また、この商人館では典型的な日野商人本宅の特徴を示す建物や館内には初期の行商品や道中具、店頭品をはじめ、家訓などが展示され、日野商人の歴史と商いぶりなどがよくわかる館になっているので、改めて併せて見物した。
雛人形が一般家庭で飾られるようになったのは、高度経済成長期の40年代になってからというが、日野町では古くから雛人形を飾る文化が定着しており、旧商家を中心に江戸時代の雛人形が多いというのは、日野商人が全国的な商いで身につけた経済力や文化・教養等が秀でていたという証だそうだ。今回、はじめて桟敷窓から見えるお雛さまや各家庭に飾られているお雛さんをみて歩いて楽しむことができた。
桟敷窓(上の写真、左上)とは? 800年以上の歴史のある日野祭は御輿や曳山が町内を巡行して豪華絢爛で祭を家の中に居ながらにして見物できる様に仕掛けられた窓。通りに面した家の板塀を四角にくり抜いて、その窓に御簾(みす)を垂らし緋毛氈(ひもうせん)をかけて見物席をつくる。 年に一度の日野祭の為だけに桟敷窓をしつらえた家造りとなっている。 

2016年3月4日金曜日

江崎記念館


江崎グリコのルーツが見られる「江崎記念館」を訪れた。この記念館はJR塚本駅から徒歩約15分にある江崎グリコ㈱本社構内にあり、1972年3月、創立50周年事業の一環」として、従業員に創業の志を伝え、社業の発展に寄与するために設立されたもの。
この記念館では創業者・故江崎利一氏(1882~1980)が故郷の佐賀県薬種業の長男に生まれたこと。1919年春(37歳)有明海で浜辺で漁師たちが中国に輸出するカキを大きな釜で煮て、煮上がるとそれを捨てていた。その煮汁から健康によいとされるグリコーゲンを抽出し、病気の治療より予防に役立てようと考え、「グリコーゲンを一番必要としているのは育ち盛りの子どもである。それならば子どもが喜ぶ菓子の中にいれて嗜好品として売ったらどうか」と考えたという。健康なからだづくりがグリコの創業の原点だったこと。その製品名は、グリコキャラメルでは他の商品と区別する意味で「グリコ」にした。箱の意匠は当時森永キャラメルが黄色で、それにならって他の商品も同じ黄色だった。が、何とか目立つ色にとの思いで赤色にした。商標(ゴールインマーク)は自宅近くの公園で子どもたちが遊んでいる姿をみて閃いて、手を上げてゴールする姿にしたこと。キャッチフレーズ(一粒三百メートル)も体重40Kgの人が一粒で三百メートル走れることで決めた。などなど用意周到に決めて、1921年(大正10年)3月佐賀から大阪に居(曽根崎)を移し、1922年(大正11年)2月に三越にて栄養菓子グリコが売り出されたのがスタートである。
1927年(昭和2年)には、「食べることと遊ぶことは子どもの二大天職である」。この思いの下、「グリコ」とおもちゃはひとつだと考えて、おまけ付きおもちゃを発売(以来50億個を超す)、子どもたちの創造性を育み、日本の生活文化を語る証拠として多くの人たちに愛され親しまれている。ここでは創業時から現在までの約4000点のおもちゃが展示されていた。それ以外には製品や広告の歴史、おまけ付きおもちゃの歴史などが展示されていたし、創業者江崎利一を偲ぶ部屋もあった。今回、江崎グリコの創業のことなど広く学ぶことができた。

2016年2月29日月曜日

FREETELの格安スマホ

スマホの購入と各設定・調整で一日、潰れてしまった。家内が使っているガラケーのバッテリーが長持ちしなくなったことに加え電車に乗っていると若者はすべてであるが、中高年の人達もスマホを使っていて、ガラケーで操作するのは何となしに恥ずかしい? ということもあり、またちゃんと使えるか心配もあるが思い切って購入することになった。  
昨年8月に格安スマホ(FreeTel Priori2+FreelTelのSIM・使った分だけの支払い)を購入して約半年も過ぎ操作・使い方などもわかってきたこと、また今回、新製品Priori3Sが発売され、新規にFreeTelのSIMと併せて購入すと、1年間は1GB容量が無料とのキャンペンがされていることもあった。
ヨドバシカメラに午前11時過ぎに着き、いつもの格安コーナーにFreeTelの専用販売コーナーもできていて、FreeTelの躍進がめざましいようだった。今回、スマホ本体は、このPriori3SにしSIMもキャンペンで1年間無料でと思っていたが、担当者は今日まで本体とOCNのモバイルONE(SIM)にすると本体価格から5000円引きがあり、使い方では110MB/日(月当たり3.3GB、この容量を使わなかったら加算される)定額制のコース(月額1728円税込)がよいと勧められて決める。
最終的には本体価格19,222円から5000円引き+SIM代3240円等を入れて17,***円だった。 この代金は支払いして2年縛りはなし、あとは月あたり1728円+通話料(通話料も半額電話20円/分にした)のみ。ガラケーと比べても安価に上がりそう。その後、初期設定、メールの設定、Lineの登録、家族のカレンダー作成などなどを設定して、なんとか基本的な使い方ができるようにした。家内はボチボチと操作して使えつつありそうだ。

2016年2月28日日曜日

誕生日会

次女家族が誕生日祝いの食事会を開いてくれた。場所は2回ほど行っている自宅近くの創作料理レストラン「西本」。ここは毎日届けられる地元(枚方招堤)の野菜や国産肉、黒毛和牛、活オマール海老や産地直送天然鮮魚などの厳選素材を使用した創作料理のレストランで、経験30年以上のベテランシェフが腕をふるう和・洋・中のエッセンスを取り入れた見た目も華やかな数々の創作料理が楽しめる。 またお替り自由の専属パティシェの手作りデザートは食べ放題で、特に女性に人気があるようだ。
今回は3000円コースの創作料理を味わったが美味しかったなぁ~。 少し不便なところであるが結構沢山のお客さんで繁盛しいていた。写真はレストラン「西本」の外観と創作料理の一部。

伏見稲荷大社

今年、早々に伏見稲荷大社に参拝し、まだ行っていない稲荷山の山頂(一ノ峰、標高233M)までと思いながら本日になってしまった。
京阪電車伏見稲荷駅で下車、楼門をくぐり本殿に参拝後、千本鳥居⇒奥社奉拝所⇒熊鷹社⇒三ツ辻⇒三徳社⇒《四ツ辻》までは、上りの石階段が続き、スポーツジムで毎日約1時間のウオーキングをしているにも関わらず、何度も休憩しないとしんどくて上がれない状態。 もうここで(四ツ辻)やめようと思うが、休憩するとなんとか行けそうなので、ゆっくりと右回りの三ノ峰⇒間ノ峰⇒二ノ峰⇒頂上の一ノ峰に到着。 後は下り階段なので御膳谷奉拝所⇒《四ツ辻》に、そして本殿まで戻ることができた。┐(´д`)┌ヤレヤレ
二年連続、外人の人気ナンバーワンになっているだけに中国(台湾)人をはじめ多くの外人が、また日曜日で多くの老若男女の参拝者で賑わっていた。
身近な神社といえる「お稲荷さん」。全国に3万社あるといわれ、全国各地で老若男女を問わず親しまれているが、その総本宮が伏見稲荷大社。当社の御祭神である稲荷大神がこの稲荷山に御鎮座されたのは、奈良時代の和銅4年(711)2月初午の日のこと。その日から数えて平成23年(2011)に御鎮座1300年を迎えた。 

2016年2月27日土曜日

城南宮のしだれ梅

京都・城南宮で「しだれ梅と椿まつり」が行われているので出かけた。(3月21日まで) 土曜日で天候もよく、見頃を迎えたしだれ梅をみようと多くの人たちで賑わっていた。
この城南宮は都の守護と国の安泰を願って、平安遷都の際に京都の南に創建されてから1200年。城南宮は、引越・工事・家相の心配を除く「方除(ほうよけ)の大社」と厚く信仰されている。家庭円満や厄除や安全祈願、また車のお祓いに全国からくる人たちも多いとか。また古くより、住まいを清める御砂や方角の災いを除く方除御札を城南宮で授かる習慣がある。
そして曲水の宴が行われる神苑は、しだれ梅、椿、桜、藤、青もみじ、秋の七草や紅葉に彩られ安らぎの庭で、京都の花の名所にもなっている。
今回、神苑で満開を迎えた約150本のしだれ梅にはピンクや白い花が咲きほのかな甘い香りが漂い、楽しませてくれた。今年は例年より約2週間早く見頃を迎えてているとのことらしい。奇しくも朝日新聞夕刊に、このしだれ梅の写真が掲載された。

2016年2月20日土曜日

華麗なる美人画

佐川美術館にて培広庵コレクション「華麗なる美人画」展(2月20日~4月10日)が開催されているので田舎からの帰りに立ち寄って鑑賞した。
この展示は日本有数の美人画コレクター培広庵が所蔵する作品より、明治から昭和初期にかけて描かれた名品が展示されていた。
鏑木清方、その門下の伊藤深水、さらに上村松園、北野恒富、紺谷光俊など美人画の黄金期を築き上げた画家たちが追い求めた理想の女性美が描かれ、女性の艶やかさとともに、各時代に流行した風俗、着物などの日本の伝統的な美や四季の情景を取り入れた美人画を見ることができて魅了した。(´▽`)

2016年2月17日水曜日

京都府立植物園

下見を兼ねて久しぶりに京都府立植物園を訪れた。ここは日本で最初の公立植物園として、1924(大正13年)1月1日に開園。戦後一時連合国軍に接収され閉園をしたが、1961(昭和36年)4月に再開し今日に至っている。
園内は面積24ヘクタールの広大な敷地に約12000種類、約12万本の植物が植えられている。日本の四季の花が見られる花壇や洋風庭園、熱帯植物を集めた温室があり、いつ行ってもその時期の花々など楽しめる。今回も温室内で珍しい花々を、また早春の草花展も行われていて、寒い中で早春の花々を楽しんだ。
北風が冷たく寒い中、園内の草花やもうすぐ満開の梅花の写真を撮っている人などで賑わっていた。

2016年2月15日月曜日

親友の写真展

心斎橋ピルゼンギャラリー3Fにて、第14回フォトグループ「001」、第32回オートフォーカスフォトグループの合同写真展が開催されているので観に出かけた。 この写真展は写真家 大鋳真一先生の指導を受けた2つのグループが年1回開催しているもの。親友も含めて13名のメンバーから約50点が展示されていた。 各人、それなりの観点で撮った写真が展示され素晴らしく感心する作品もあって参考になった。(上の写真が会場内) 
今日は京阪淀屋橋駅から中之島フェスティバルタワー19階に3月16日開催の藤原道山「風雅竹韻」のチケットを取りに、その後本町の富士フイルムフォトサロンの写真展示場にも立ち寄って心斎橋ピルゼンギャラリー3Fまでウオーキング。久しぶりの御堂筋を楽しみながらウオーキングした。

2016年2月10日水曜日

大阪城の梅林公園

昨日、朝日新聞の夕刊に大阪城の梅林公園の早咲きの梅花が去年より約2週間早く満開とのことで、写真が掲載された。
守口市に用事があり、その帰りに京橋駅まで乗車して徒歩で梅林公園へ出掛けた。
春先を感じる梅の花を求めてカメラマンや中国観光客など多くの人たちが訪れていたが、全体が満開にはもう少し時間がかかるようだ。見頃は2月末~3月初旬か、満開の時期にはもう一度訪れてみたいものだ!
この園は大阪万縛の2年後1972年に北野高校同窓会から22種880本を寄贈されたのを機会に1947年3月に開園された。現在では97品種1240本を数える規模になっており、品種
の豊富さでは関西随一の梅園。大阪城をバックに、またツインタワーなどの高層ビル群をバックに梅花を見るのもよいものだヽ(・∀・)ノ

2016年2月9日火曜日

細見美術館の春画展

細見美術館(京都市)で期間限定開催の「春画展」(2月6日~4月10日)をみに行った。この「春画展」は、国内ではじめて昨年12月23日まで東京・永青文庫で開催されて約21万人の入場者があり、すごい人気だったそうである。
今回、この京都展では、一部内容を変更して開催されたようで、デンマークや日本の美術館・研究所・個人が所有する春画、鈴木春信や鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎など、浮世絵の大家による肉筆の作品も多く展示されていた。
「春画」とは、性的な事柄を盛り込んだ江戸時代の浮世絵版画や肉筆画の総称をいうが、入場者は男性ばかりと思いきや多くの若い人や中高年の女性(約40%)も来ているではないか、びっくりぽんだった。 写真は特に問題のないものを選んで掲載した。

2016年2月2日火曜日

琵琶湖草津湖岸のコハクチョウ

田舎(日野)の帰り、久しぶりに琵琶湖草津湖岸のコハクチョウを見たくなって立ち寄ってみた。
コハクチョウ3羽や水鳥が沢山飛来していた。対岸にみえる蓬莱山・琵琶湖バレーの雪景色が綺麗だった。
ここで観測と保護活動をしている「草津湖岸コハクチョウを愛する会」(ボランティア団体)の観測小屋では、コハクチョウの写真や資料が展示されていた。

2016年1月31日日曜日

徳島市内観光

過去に「阿波おどり」で、数回徳島市を訪れているが、ゆっくりと観光もできていなかったこともあって今回行った。
まずは、阿波おどり会館の2階の小ホールで11時から阿波おどり会館専属の「阿波の風」による40分間の演出を見物。
さまざまな動きやかたちのバリエーションを持った魅力のある「阿波おどり」を改めて見ることができた。そして、男踊りや女踊りの基本の練習があってからステージで一緒に踊る体験もあり、久しぶりの「阿波おどり」を楽しんだ。
その後、どの方向から眺めても眉の姿に見えることからその名がついたといわれる徳島市のシンボル的存在の眉山にロープウェイで。標高290Mの頂上では天気も良くて徳島市内が一望できてよかった。(中の写真は徳島駅方面を望む)
その後、徒歩で約20分、徳島城跡(旧徳島藩主蜂須賀公の居城跡)の公園へ。平成元年に市政100周年を記念して鷲の門の復元や数寄屋橋の架け替え、徳島城博物館の開館により城跡公園として整備され現在に至っているところである。この公園では、旧徳島城表御殿庭園や徳島城博物館を見物した。
旧徳島城表御殿庭園は、旧徳島藩主蜂須賀公の居間や表書院の庭として造られたもの。枯山水庭(書院の庭)と築山泉水庭(居間の庭)の二庭からなる観賞式と池泉廻遊式を兼ね具えた桃山様式を伝える名庭であった。
 

2016年1月30日土曜日

とくしま第九演奏会

「世界に広がれ!とくしま”歓喜の歌”プロジェクト」が徳島市「アスティとくしま」にて徳島県の主催で行われ参加した。
これは2018年に第九アジア初演100周年、2020年のベートーベン生誕250年に向けて機運を盛り上げようと県などが主催。 指揮は秋山和慶氏、ソプラノ:腰越満美・メゾソプラノ:山下牧子・テノール:小原啓楼・バリトン:甲斐栄次郎の各氏、管弦楽はとくしま国民文化祭記念管絃楽団、合唱は徳島を含む21都府県から公募で集まった約1800人のとくしま”歓喜の歌”合唱団、来場者は約1400人で満席であった。
「第九」は、第1次世界大戦下の1918年6月1日、鳴門市にあった板東俘虜(ふりょ)収容所で、ドイツ兵の捕虜が、交流のあった地元の人らに全曲演奏したのがアジア初演とされている。毎年6月の第1日曜日に鳴門が演奏会を開いているが、1800人もの合唱団は県内で過去最大の規模、国内では3番目の規模である。(「一万人の第九」「国技館5000人の第九」に次ぐ規模)
飯泉県知事の挨拶では、初演100周年となる2018年に向けて、まず今年は第1回目(ホップ)、来年はステップ、再来年はジャンプで開催し、更にはベートヴェン生誕250周年と東京オリンピックの開催が重なる2020年に向けて、一層の機運醸成を図るためにも大規模な「第九」演奏会を継続して実施していきたいとの話があった。

2016年1月20日水曜日

今年2回目芸能ボランティア

今年になって2回目の芸能ボランティア。枚方の出口自治会館で「一人暮らし老人会の新春懇親会」の皆さん約45名とお手伝い6名の方を対象に行った。参加の皆さんは我々と同じまたは、それ以上の方々でお元気な方ばかり、男性は5名であとはすべて女性だった。
今回も「げんき~」Gの4名で行い、出し物はいつもの通り、要望の約1時間を楽しく行って、皆さんに大いに喜んでもらった。(´▽`)

2016年1月18日月曜日

追悼「山崎豊子展」

高島屋京都店にて、追悼「山崎豊子展」が開催されているのでみに行った。大阪店でも20日から開催される。
これは2015年9月29日に3回忌を迎えたことを機に、各作品から溢れ出る昭和という激動の時代を振り返りながら、時代と対峙し続けた故山崎豊子氏の軌跡を紹介するもの。
「不毛地帯」「白い巨塔」「沈まぬ太陽」など、本やドラマ・映画などを通し、世代を超えて多くの反響を呼ぶ作品を書き続けた作家故山崎豊子氏。その社会性の強いテーマや複雑に絡み合う人間模様は、徹底した取材から生まれたものであるという。 
1924年 大阪・船場の昆布の老舗「小倉屋山本」で生まれ、京都女子高等専門学校(現在の京都女子大学)卒業後、新聞記者として事実を追い続ける取材への姿勢、世間や人間の本質を捉える観察眼を養い、上司であった作家 井上靖氏の背中を見つめて、執筆の道に。生涯書き続けた数々の作品には、故郷であり今はなき大阪・船場の風俗や戦争の悲劇を伝えたいという思いが、込められている。また、高度成長期に渦巻く社会の不条理を世に問わねば、という強い使命感も。そうして生まれた各小説の登場人物には、想像を超えた人間ドラマが生まれ、読者の心を揺さぶったものだった。
本展では、作家としての原点から遺作となった作品まで、個々の物語に潜むテーマを取材内容や創作秘話、膨大な資料や映像をもとに、その魅力が紹介されていた。 また、着られていた原色柄の服、帽子、手袋、バッグなども展示されていたし、最後まで執筆に打ち込んでいた机や椅子、書棚など書斎が再現されていた。今回改めて過去にみたドラマ・映画「白い巨塔」「沈まぬ太陽」「華麗なる一族」などを思い浮かべながら、その人間故山崎豊子氏の偉大さを思い知らされた。デビュー作の「暖簾」、直木賞を受賞した「花のれん」もDVDでみてみたい。

2016年1月16日土曜日

芸能ボランティア

今回は枚方市養父西の「やぶにし集会所」での「やぶにし老人会」にはじめて訪問して、老人会の皆さん43名を対象に「げんき~」Gによる芸能ボランティアを行った。メンバー6名ので行う予定が、今回も4名で行った。
出し物はメンバーが減ってもいつもの出し物である歌体操(4曲)→新舞踊(2曲)→踊り「どじょうすくい」→「南京玉すだれ」→踊り「おてもやん」→全員で踊りの「河内音頭」、「炭坑節」で約55分。この集会所は少し狭くてやりづらい面があったが、何とか最後の「河内音頭」、「炭坑節」を老人会の皆さんにも加わってもらい、それなりに楽しいひと時を過ごしてもらった。 (*゚▽゚*)
今年は「げんき~」Gの出し物に、もう2~3新しい物を追加してより充実を図り幅を広げたいものだ。 

2016年1月12日火曜日

真田丸の史跡

大変楽しみにしていたNHK大河ドラマ「真田丸」が10日からスタートした。ドラマの後半には大阪が舞台となり、その史跡などに来る観客も増え賑やかになるだろうと推測できる。
それに先立ち関連の史跡を訪れてみた。まずJR玉造駅で下車して西へ徒歩約10分の三光神社へ。この神社は西暦4世紀末、反正(はんぜい)天皇の時代に創建されたと伝えられる歴史ある神社。真田幸村の銅像と「真田の抜け穴」で全国に名を馳せ、幸村ファンにとっては、あこがれの「聖地」となっているらしい。大坂冬の陣のとき、ここに真田丸の出城があったと言われ、この高台から徳川勢を見下ろしていたのだという。本殿にあがる階段の左側に真田幸村の像と抜け穴が並んでいる。幸村の銅像は昭和62年、大阪真田山ライオンズクラブ15周年の記念に建立されたもの。采配を打ち振るう陣中指揮姿の幸村は誠にりりしく、幸村といえば三光神社のこの銅像が必ず登場するほど有名。 銅像の横にあるのが「真田の抜け穴」。大坂城から真田丸までつながる、地下に掘った連絡トンネルといわれている。かつては、三光神社以外にも、7つか8つ抜け穴があったが、今ではここだけが残っているとのこと。「抜け穴」は普段は鉄格子の扉で閉められているが、1年に1度「抜け穴開放」の日があり、その日は三光神社が開催している「真田まつり」の日。この日に限って、抜け穴を直接見ることができ、全国から幸村ファンがつめかけるという。
今回みると鉄格子の扉で閉められているが、人一人が這って通れるぐらいの穴が続いているのが見られた。
三光神社からすぐのところに心眼時(しんがんじ)がある。元和8年(1622)4月、白牟和尚が戦国武将真田幸村父子の冥福を祈り堂宇を建立したのが始まりで、境内地は幸村が戦捷(せんしょう)をおさめた大坂冬の陣の大阪城出丸城郭跡(真田丸跡)があり、ここが中心とも言われている。創建から寺の定紋は真田家家紋の六文銭とされ、山号は真田山と称する。
信州上田城から九度山を経て大坂城に入り、大坂冬の陣の時、ここで幸村が幕府軍と戦ったところであることに思いを馳せて見物した。 これからのドラマが楽しみだ。次は時期をみて九度山や戦死した最後の地である安居天満宮(天王寺の一心寺の近く)にも訪れてみよう。

2016年1月11日月曜日

あべの・天王寺イルミナージュ

今年開催4回目となる「あべの・天王寺イルミナージュ」へ出かけた。天王寺公園101周年に向けて、101匹のLEDアニマル・イルミネーションのキリンやシマウマ、トラ、ライオンなどの動物たちで夜の動物園を表現していた。
また、「大坂の陣」で名を上げた「真田幸村と真田十勇士」も勢ぞろいしていた。 このイベントは、「大坂の陣」400年プロジェクトの一環として、「すごいこと、おもろいこと、うまいもんなら天下一」という心意気のもと、光で心を和ませ、エンターテインメントと食(屋台)で楽しめる、非日常の世界を提供するとして開催されていた。


「あべの・天王寺イルミナージュ」は大阪府内で4位のイルミネーションスポットであるが、祝日であり親子連れや若者たちで賑わっていた。その中でLEDアニマル・イルミネーションを楽しんだ。掲載の写真は、うまく撮れていなかったので、関連サイトから借用した。

2016年1月9日土曜日

甲賀市若宮神社参拝

滋賀県甲賀市大河原にある若宮神社に参拝。もうかれこれ60数年前に母親と一緒に参拝して以来、今日に至っている。 この神社は甲賀武士53家のひとつで大河原氏の祖である足利又太郎を祀っている商売繁盛と選挙の神様である。境内社に熱田神社、津島神社、愛宕神社、そして元伊勢の伝承が残る皇大神宮がある。 ここの神主は神様のお指図で、大河原の部落の人たちがなり、1年間交代しながら今日まで続けられている。
この神社の横には野洲川ダムのすぐ下流側の野洲川のほとりに国民宿舎「かもしか荘」がある。 数年前に改築され大変綺麗な国民宿舎に生れ変わっている。 昨年は20~30CMの積雪があったが、今年は暖冬で積雪もなく参詣することができた。 今年も心身健康でより良い年であるように祈った。

2016年1月7日木曜日

Line Snap Movie作成の動画


京都市美術館の「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち 世界劇場の女性」の絵画展を鑑賞してから東山の青蓮院・知恩院・高台寺前を通り、清水寺参道を経て大谷本廟の本堂と納骨堂(日野町本誓寺の納骨堂)に参拝した。その各単動画をスマホのLine Snap Movieというアプリを使って撮影し、タイトルや音楽を入れてテスト的に作成してみた。 30秒という短時間のためちょっと物足りない感じがするし、撮影した時点での削除・取り直しはできるがタイトルや音楽を入れて完成後に、当然かもしれないが撮り直しやタイトル・音楽の再編集ができない。今回作成の動画をみると知恩院・円山公園など画面が暗いものがあり、撮影時の工夫が必要だ。 このLine Snap Movieの使い方は、いろいろと考えられるので、また工夫して使ってみると面白い!