2017年7月9日日曜日

妙心寺塔頭「桂春院」

「法金剛院」を拝観後、慶長3年(1598年)に創建された、妙心寺の塔頭「桂春院」をはじめて訪れた。
ここには清浄の庭、侘の庭、思惟の庭、真如の庭の四つの庭園があり、国の名勝・史跡に指定されている。
清浄の庭は石組、井戸、白砂を配置した坪庭、侘びの庭は書院正面には石組・灯篭・楓が並んで、 柱が額縁のようになり、一枚の絵画のように見える。真如の庭は春にはつつじが、秋には紅葉が庭を彩る。 今回、花の季節ではなかったので訪れる人も自分ひとりだったが、庭園を眺めて心が安らぐひと時を過ごした。
また、花の咲く頃や紅葉時期に訪れたい。方丈内部には狩野山雪の障壁画が飾られている。









関西花の寺「法金剛院」

関西花の寺25カ所霊場の1つの「法金剛院」をはじめて訪れた。JR花園駅前の法金剛院は名高きハスの名所で、小雨が降る中、ハスの花が咲き始めて多くの人が訪れいた。
特別名勝の回廊式庭園に7月上旬から8月初旬にかけて約90品種ものハスが次々と咲き揃うという。庭園の池のハスの花は、あまり咲いていなかったが、鉢植えのハスは綺麗に咲いていた。
案内人の話では、ハスの花は開花初日、夜明けから10時頃まで猪口(ちょこ)のように咲き、2日目には椀のように11時頃まで咲く。3、4日目は昼過ぎから夕方頃まで咲き、そして散ってしまう、という。
この寺の起こりは平安時代の初めに右大臣清原夏野(なつの)が山荘を寺に改めたこと。その後、大治5年(1130)に鳥羽天皇の中宮待賢門院(たいけんもんいん)が都の西方に極楽浄土を求めて壮麗な伽藍を建立し、法金剛院と号したという。
















2017年7月6日木曜日

会社訪問「高橋金属㈱」

7月6日(木)14時~、2017年度会社訪問(工場見学会)が行われ参加した。 訪問先は高橋金属株式会社(〒526-0105 長浜市細江町864-4 http://www.takahasi-k.co.jp/)で、『私達の成長で世の中が良くなる会社に』を経営スローガンに掲げ、主に部品加工事業、環境商品事業を展開されている会社である。
ここの会長は滋賀県立大学工学部の旧支援会の会長を務められ、また県短・県大のOBが14名も在籍されている、県大にとっても縁の深い会社でもある。
参加者は昨年に引き続き滋賀県立大学工学部機械システム工学科3回生の学生諸君のカリキュラムとしての工場見学の扱いでもあったので、計63名の大勢であった。
多人数での訪問であったが、事前の計画・準備が周到になされ、会社役員の挨拶、会社概要説明、3グループに分かれての工場見学、質疑応答などあり有意義な会社訪問(見学会)であった。
詳しい報告は、近日中に湖風会「工学部学友会」HPに掲載する。当日の写真はFacebookの湖風会「工学部学友会」に掲載されている。

2017年7月5日水曜日

関西花の寺「浄瑠璃寺」

「岩船寺」の近く(車で約10分)にある「浄瑠璃寺」を、ここもはじめて訪れた。
ここも当尾の山里(京都府木津川市加茂町)でひっそりと千年の歴史を刻む。小さな山門がある北側だけが開かれ、東から南、西の三方は深々とした山に囲まれている。山門をくぐると、宝池を中心に西側に九体阿弥陀堂(本堂・国宝)、東側に三重塔(国宝)を配した浄瑠璃寺庭園(特別名勝及史跡)が広がる。気負いもなく、山の自然を生かした悠然たる雰囲気。この庭は鑑賞ではなく、深く篤い祈りの庭。煩悩の河を越え、阿弥陀仏に迎えられて西方浄土に至ることが感じられる仏の庭だ。今回、本堂内の拝観はやめて外からの参拝、浄瑠璃寺庭園を一回りした。関連サイトによると九体阿弥陀堂(本堂)に入ると、その圧倒的な迫力に引き込まれ、息をもつけない。丈六像(224cm)の中尊と半丈六像(139~145cm)の8体の阿弥陀如来像(国宝)が金色を放って一列に並んでいるとのこと。この阿弥陀如来は未熟な私たちを理想の未来へ迎えてくれる仏様。祈らずにはいられない存在感があるそうだ。また、五穀豊穣、天下泰平を授けるたおやかな吉祥天女像(重文・開扉日限定)なども祀られているとのこと、後で考えると拝観しなかったことを少し後悔した。

関西のあじさい寺「岩船寺」

関西花の寺25カ所霊場の1つで「関西のあじさい寺」と呼ばれる岩船寺へはじめて訪れた。
ここは摩崖仏や石地蔵が数多く見られる当尾(とうの)の里(京都府木津川市加茂町)にあり、三方を深い樹林に囲まれ、緑の中にすっぽりと入ってしまったようなたたずまい。その境内にそこかしこにアジサイが咲く。その数は35品種・5000株ほど。淡い紫、赤紫、青紫と一雨ごとに微妙に色を変え、その幽玄な景色はまさに花曼荼羅。 昭和12年頃に先代住職が植え始め、現在の住職が引き継いで育て上げたという。
ここのアジサイは境内を埋め尽くす壮観の美ではなく、背後の緑や本堂・三重塔の建造物、庭の木々などを考慮に入れた配し方が素晴らしい。
この岩船寺は、天平元年(729)に聖武天皇の勅願によって行基が阿弥陀堂を建てたのが始まりと伝わる。その後、弘法大師と智泉大徳(弘法大師の姉の子)によって堂塔伽藍を建立。最盛期は広大な境内に39坊が立ち並ぶ大寺だったが、承久の変(1221)によって大半が焼失した。しかし、貴重な寺宝は数多く残されている。まずは本尊の阿弥陀如来坐像(重文)である。平安時代の行基作と伝わり、そのおおらかで包容力のある表情に自ずと心が鎮まる。これは10世紀彫刻の基準作例となる。平安時代の普賢菩薩騎象像、鎌倉時代の石室不動明王立像も重要文化財だ。また、平成の大修理が完了し、朱色と白色の対照美が樹影に美しく映える三重塔と十三重石塔も重要文化財である。(関連サイトから抜粋)