2012年11月27日火曜日

「きらら」スタッフ交流会に参加

通称「きらら」(枚方市立「生涯学習情報プラザ」)のスタッフ交流会(日帰り旅行)があり参加(12名が参加)。
JR京橋駅7時10分に集合、姫路の書寫山圓教寺(966年、性空上人によって開かれた。)に参拝、姫路城の大天守閣改修の見学施設「天空の白鷺」・好古園を見物し、久しぶりに秋の姫路を楽しんだ。(●´ω`●)    初めて書寫山圓教寺を参拝、この圓教寺は兵庫県姫路市の北西部約6㎞に位置し、海抜371kmにあり西国の比叡山とも呼ばれ、西国三十三観音霊場第二十七番札所として現在もなお参詣者が絶えないところ。その境内には、重要文化財の建物や仏像群がたくさんあり見所が一杯、特に 重要文化財である建造物の大講堂・常行堂・食堂は凄いもの。よく映画やテレビの撮影に使われているとのこと。特に大規模なのものでは、トム・クルーズ主演の「ザ・ラスト・サムライ」。
姫路城の大天守閣大改修は、屋根の吹き替えも終わりに近づき、これから白壁の修復の状況だった。午後2時半頃に見物したが、当日の27日(火)午前中に「天空の白鷺」の入館者が100万人(開館し1年8カ月)を突破し、四条畷市から来た女性が市長から記念品をもらったとのことが、公式サイトに掲載されていた。我々の入館は100万何十人目だったようだ。o(^o^)o

2012年11月25日日曜日

「人生の終(いま)いじたく」講座

京阪天満橋の「エル・おおさか」2Fエルシアターにて、朝日新聞厚生文化事業団主催の「人生の終いじたく」講座を聞きに。
第1部は講演で講師は中村メイコさん、第2部は中村メイコさんとアエラ編集長で朝日テレビの報道ステーションのコメンテータもされている一色清さんの対談。
第1部は中村さんの自己紹介で、御年78歳、夫の神津善行氏80歳、2歳半で映画「江戸っ子、健ちゃん」にてデビュー、15~16歳の時普通の女性に戻りたいと思ったこと、20歳で婚約し23歳で結婚し(昭和32年11月)夫の両親と同居(その当時、レギュラー番組週13本⇒7本)、3人の子どもを育て独立させたこと、義父母の介護のこと、現在は夫と二人くらしで夫との会話・生活のこと、その間77年間女優・家事などず~と働き続けてきたことなど々1時間にわったての話。
第2部では対談として、一色さんからの質問に答えるという形で、今回のテーマである「しまいじたく」について、①3カ月程度病気になり入院して死にたいこと。(ピンピンコロリは家族に可哀そうだから・・・・)②葬式はお金がかからいように。③葬式は自宅で質素に、公のお別れはスタジオ(東宝)で。④お墓は中村家の墓(母親の実家豊橋に作った)に入ることになっていること。⑤60代から意識して身の回りのものの整理をし出したこと、特に衣装・装飾品など、約30分の短い対談だった。
今回、人生の終いじたくということで、なるほどなあ~と感心することや参考になるかと思って期待したが、あまりなくて少しザンネン。 この講座の中で、2~3度も言われた「明るく生きる方がよい、そして前向きに!」の言葉が改めて考えさせられた。(^◇^) 一番感心したことは、これまで夫にも義父母につかえ家事(食事)はすべてされ、外食はしたことがない。子ども達の弁当も大学卒業まで作っていたし、今日の講演に来るのにも朝・昼・夕食の準備もしてしてきたとのこと。(お手伝いさんはおられるらしいが?) 普通ではちょっと考えられない感じがし、さすがにすごいなぁ~~と。
いづれにしてももう歳だし、さあ~今年買ったマイ・エンディングノートに今後のことを書き、しまいじたくにかかろうか!! 

2012年11月21日水曜日

大阪府庁の「正庁の間」見物

『正庁の間』、東窓から大阪城が
2年数か月ぶりに京阪京橋駅から大阪城(天守閣)~NHK大阪放送局~大阪府庁5F『正庁の間』~京阪天満橋をウオーキング。
今日の目的は復元した大阪府庁5階にある『正庁の間』を見物するため。この『正庁の間』は大正15年に竣工し、モダニズム建築のさきがけとなるデザインで、大阪府庁本館の5階中央にあるもの。かつて年末年始の行事や人事発令・式典などに使われていた特別な部屋とのこと。近年庁舎が手狭になったことから、執務室等として使用してきたが、大正時代当時の姿に復元改修をとのことで昨年末に完成、今年(平成24年)1月25日(水)から、来庁者に公開(週2日、水金曜日)されている。
国内最大級の大きさの天井ステンドグラス、壮麗な室内装飾、当時の部材のまま復元されたシャンデリアや寄木貼の床、大阪城が望める東窓などが見所だった。復元する前に(一昨年8月)、この部屋で映画「プリンセス・トヨトミ」の会計監査の模様が撮影された。 (●´ω`●)



2012年11月18日日曜日

洛北の曼特院門跡、圓光寺の拝観

京都洛北の曼特院門跡園光寺へ紅葉の写真を撮りに。
叡山電車「修学院駅」で下車(約20分)⇒「曼殊院門跡」の拝観(院内及び庭園見物)⇒「圓光寺」内の拝観(庭園見物)⇒「詩仙堂」~「金福寺」は外からで拝観せず⇒京阪電車「出町柳駅」まで約40分のウオーキング。ここ数日振りの遠距離ウオーキング。
今日は休日でどこもかしこも多くの観光客で賑わっていた。この2つの寺院は数年前に近くまで来たことがあったが、拝観は初めて、寺院内から見る庭の景色はさすがに素晴らしかった。しかし、全体的な紅葉風景の写真はよいが、アップしての紅葉はすでに葉っぱが散っているのも多いし、葉先がチリジリもあってもう一つ。 だが、久しぶりの紅葉をそれなりに楽しめた。o(^o^)o

2012年11月14日水曜日

「マウリッツハイス美術館展」を鑑賞

神戸市立博物館へ「マウリッツハイス美術館展」の『真珠の耳飾りの少女』(1665年頃制作)を観に出かけた。オランダの画家 ヨハネス・フェルメールの絵画であり、彼の代表作の一つ。『青いターバンの少女』・『ターバンを巻いた少女』とも呼ばれ、オランダのデン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵するもの。口元にかすかな笑みをたたえるかのようにも見えるところから「北のモナ・リザ」「オランダのモナ・リザ」と称される事もあるそうだ。
平日にもかかわらず、多くの来場者で、この『真珠の耳飾りの少女』をまじかに観るため約20分の待ちがあったが、じっくりと観ることができてよかった。 横39cm、縦44.5cmの小さな絵画であるが、黒をバックに色白の顔立ち、目の輝き、かすかな笑みの口元の何とも言えない表現、真珠の首飾りがキラーと光る表現など本当に素晴らしいものだった。(*^_^*)
今回、マウリッツハイス美術館の歴史として6点、風景画で14点、肖像画と「トローニー」で13点、静物画として7点、風俗として8点の計48点が展示され、マウリッツハイス美術館の所蔵している絵画を楽しむことができた。

2012年11月3日土曜日

映画「北のカナリヤたち」を鑑賞

東映創立60周年記念作品、吉永小百合主演116本目の映画『北のカナリアたち』が封切られたので初日に鑑賞。この映画の主な舞台となるのは日本最北端の島、荒涼な大地広がる礼文島、利尻島。体感温度マイナス30度を超える極寒の冬と、高山植物が鮮やかに咲き誇る夏と、ふたつの季節をつなぎ一大ロケーション撮影が展開されたもの。特にバックに利尻富士の冬、夏の姿が映り素晴らしい景色だった。
あらすじは小学校の教師・川島はる(吉永小百合)が赴任したのは北海道の離島にある生徒6人の小さな分校だった。生徒たちの歌の才能に気づいたはるは、合唱を通してその心を明るく照らし、響きわたるその歌声は島の人々を優しく包み込んでいった。そんなある日衝撃的な事故が彼らを襲う。その出来事で島を追われ、生徒たちの前から姿を消すはる。「先生は俺たちを捨てたんだ」生徒たちもまたそれぞれが心に深い傷を残してしまう。東京で暮らすはるに生徒の一人が起こした事件(殺人)の知らせが届く。「なぜ、あの子が…」真相を知るため、北へ向かうはる。成長した生徒たちの姿に喜びながらも、20年もの間、それぞれがあの時に言葉にできなかった想いを抱え、生きてきたことを知り愕然とするはる。そして自身もまた、心に閉じ込めていた想いを生徒たちに明かしていく。凍てついた感情が真実となって氷解する時、物語は感動のクライマックスを迎える。(省略)  川島はる(吉永小百合)の演技は、さすがにうまくて素晴らしいかったし、最後に6人が合唱するシーンは( ;∀;) カンドーシタ

2012年11月1日木曜日

やわた流れ橋(上津屋)橋へ

津川に架かる八幡市と久御山町を結ぶ上津屋橋の通称・ながれ橋。昨年に引き続き非常に強い台風17号(9月30日)の影響で橋が流されたとの知人のブログで知り見に出かけた。ほんまに流れている!!(@_@;) このような橋をみたのは初めてだ。
この橋は、全長約356.5mあり現存する最長級の木橋で、昭和26年に架けられた。当時永久橋を架ける予算がなく、かといって普通の木造橋では増水の度に流されてしまう。そこで水の流れに逆らわない構造の橋が架けられた。つまり、木津川が増水して橋板まで水に浸かると橋板が自然に浮かび、八つに分割してワイヤーで繋がれた橋板が吹き流しのように流れる「流れ橋」。水が引けばワイヤーを引っ張り橋板をたぐり寄せ元にもどすというもの。だが、大変な作業で費用もすごくかかるなぁ~。

昭和26年に架けられて流されたのは、昭和28年8月の1回から今回で19回とのこと、橋脚のごみなどの撤去作業は終わっていたが無残な姿! 昨年の流出時には、橋脚にものすごく被害が出たが、今回の流出では橋脚に被害はなかったようで、案外早く修復出来るのではとのこと。(交流プラザ「四季菜館」のブログに掲載あり) この付近一帯は木津川の砂地の河原が広がり、コンクリート護岸や電柱もなく、橋をバックに時代劇のロケーション等に利用されることで有名。四季菜館にその主な撮影記録が掲示されていたが、平成17年までの記録をざあ~と数えと500回弱と凄い。最近、時代劇がすたれてきているが、まだまだいろいろな小規模の撮影も行われているらしい。