2010年12月31日金曜日

2010年の実績と反省

2010年の活動計画の実績と反省は、次の通り。
1)枚方市「生涯学習情報プラザ」は、5年目に入るが従来通りの仕事(月当たり7~8日)と小学5・6年生を対象の「ホームページづくり」及び大人のパソコン教室(ミニ体験)の見直し実施。
例年通り大人対象の「パソコンミニ体験」(入門、Word、Excel、インターネット体験)及び小学生を対象にした「おもしろパソコン教室」も春・夏・冬休みに実施。ただ6年生を対象の「ホームページづくり」の見直しを少ししたが大幅にはできなかった。大人のミニ体験の新規講座として「デジカメ写真の取込み体験」、「ハガキ作成の体験」を今年度(2011年3月25日以降)からスタートできるように準備したことはよかった。(結果:まあまあ)
2)田舎(滋賀日野)での野菜づくりも例年通りやろう。収穫がもう一つの野菜(カボチャ・サツマイモ等)についての土作りから考えてみよう。ヤンマー産業の「畑の大将」を使うのも1つだ。ヤンマー産業の「畑の大将」を使いながら野菜作りを行い、玉ねぎ、大根、カボチャ、冬瓜、ナスビ・ピーマン、キューリ等の収穫が多かった。しかし、サツマイモ・水菜・日野菜などがダメだった。(結果:まあまあ)
3)写真は季節の花はもちろんであるが、何かに特化して撮影に取り組もう。 これは今年の課題。それらを「eizouの部屋」HPに掲載してより充実させる。⇒計画通りに進まなかった。今年全日本写真連盟に入会し、春の撮影会、舞妓さんの撮影会などに参加した。特化した撮影への取り組みには至らなかった。(結果:まあまあ)
4)合唱の第九は2月末の東京両国「5000人の第九」、「鳴門の第九」、「かがわ第九」、「一万人の第九」、「第九ひろしま」に参加する。ウイーンの楽友協会大ホールでの「第九」の参加が夢だ。⇒東京両国「5000人の第九」、「鳴門の第九」、「一万人の第九」、「第九ひろしま」に参加したが、新たに「999人の第九」(札幌)にも初参加した。今年で34回目の出演となった。(結果:Good)
5)ボランティア活動では、昨年と同じくNALC「天の川クラブ」・「彦機会」HPの更なる充実、「パナソニック松愛会枚方支部」のHP委員としての活動、そして子ども達との「楽しいおもちゃづくり」も同じ。しかし、時間を取るためにも「天の川クラブ」の運営委員、松愛会HP委員での施設担当リーダ、きららのおもちゃづくり担当はやめる方向でいこう。⇒「天の川クラブ」の運営委員は、辞退したが来年の改選まで待ってほしいとの要望となった。松愛会HP委員での施設担当リーダは交代した。「きらら」のおもちゃづくり担当も各回、担当者を決めて実施した。(結果:まあまあ)
6)新たな挑戦として楽器(ピアノ・篠笛等)、芸能等か、または、過去にやったテニス・海釣り・尺八・カラオケ・ゴルフ・料理等だが・・・・・。 早く決めて進めよう。⇒新しい挑戦として、念願のエキストラに挑戦した。8月の「プリンセス・トヨトミ」映画のエキストラで5日間出た。大阪・滋賀のローケション協会に登録した。(結果:Good)
7)パソコンの勉強も更に進め上級者を目指す。Windows7(Word/Excel2007等含む)をより使いこなしてマスターする。 Flash、CSSも勉強しよう。⇒Flashは少し勉強できたが、更なる上級者への勉強はあまりできなかった。(結果:Bad)
8)映画、美術鑑賞にはできるだけ行って視野を広めよう。⇒映画は1月の「アバターAVATAR」から12月の「武士の家計簿」まで12本鑑賞した。美術鑑賞は2月の「ハプスブルク展」から「ウフィツィ美術館自画像コレクション」までの4展とアメリカ東部のシカゴ・ボストン美術館やニューヨークの近代美術館を観た。まあ満足のいく結果と思う。(結果:Good)
9)運動も最重要。ウオーキング、テニス、水泳などの運動(1日当たり30分以上の運動を入れて一万歩)を継続してやろう!⇒最低でも毎日30分以上のウオーキングを実施した。(結果:Good)
10)その他として、①海外(アメリカ東部)・国内旅行。 ②本を読むこと、目標:最低月当たり1冊以上。 ③NHK大河ドラマ「龍馬伝」を通じて坂本龍馬をみつめ、ゆかりの地も訪れてみよう。 また、幕末に活動した人物も合わせて勉強しよう。⇒①5月25日~6月1日にアメリカ東部旅行をした。国内は札幌や広島の宮島などに行った。②③最低1冊の購読や坂本龍馬のゆかりの地の訪れ、幕末に活動した人物も合わせての勉強はあまりできなかった。(結果:①はGood、②③はBad)

田舎(滋賀県日野)へ

大晦日の朝、田舎(日野)の自宅・墓の掃除もあって、田舎に出かけた。寒波襲来で国道307号線の信楽に入った途端に猛吹雪で道路上に雪が積もりだし、このままでは日野へは行けないと思い、途中のコンビニでタイヤチエンをつけた。走るに従って道路の雪も少し融けてきたのでチエンを外してゆっくりと走行し、雪が降る中何とかたどり着いた。8時半前に出発して到着は12時前で3時間半かかった。
目的の墓の掃除も雪が積もり(約7cm)できず、大根・白菜・水菜を取って13時頃出発。307号線を通って帰るには峠越えがあり通行が難しいと思い、国道1号線であれば何とかいけると思いそうした。名神の入口の栗東まで来ると栗東インターから京都南インターまでが雪で通行止め、京滋バイパスも通行止めになっていた。そのため栗東インターから下りる車で激しい渋滞に巻き込まれ、ほとんど動かない状態が続き、草津南笠(南草津付近)まで来たのはよいが、すでに午後5時で暗くなりつつあり4時間が過ぎていた。このままではいつ頃に帰れるか分からないので、思案し仕方なく日野に戻ることにした。
のぼり(戻る)方面は案外空いていたので、途中買い物をして午後6時半過ぎに着き泊まった。このようなことは、今までになかった。もしあのまま帰っていたら到着は真夜中か、朝方になっていたのではないだろうか?

2010年12月30日木曜日

映画「武士の家計簿」鑑賞

4日から公開されている「武士の家計簿」を鑑賞。朝日新聞24日付に映画ファンが、今年観た映画のベスト10が掲載されていた。①「十三人の刺客」、②「武士の家計簿」、③「悪人」、④「おとうと」、⑤「告白」・・・・・で、①③④は観たが②は観ていなかったので急きょ観に出かけた。
古文書から幕末の武士の暮らしを読み解いた磯田道史による教養書「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」を、森田芳光監督&堺雅人主演で映画化。激動の幕末を、剣ではなくそろばんで生き抜いた家族の絆を描いた実際の物語。
御算用者(経理係)として加賀藩に代々仕えてきた猪山家の八代目・直之。しかし当時の武家社会には身分が高くなるにつれて出費が増えるという慣習があり、猪山家の家計もいつしか窮地に追い込まれてしまう。一家の借金が膨らんでいることに気づくと、家財道具を売り払って返済、詳細な家計簿をつけ始める。彼は自分で返済方法を考え、自分で計画を立て、着々と家計建て直しを実行する。その一つには猪山直之が息子の着袴の祝いに親戚一同を招いた時、祝い膳にのせる塩焼き用の鯛が買えず鯛の絵で代用する。激動の幕末を、剣ではなくそろばんで生き抜く猪山家の団結と家族の絆を描いていた。
この映画を観て、祝い膳にのせる塩焼き用の鯛が買えず鯛の絵で代用で、親戚たちがあ然とする笑えるシーンもあり、同時に人になんと思われても、一度決めたことは曲げない直之の性格がうまくでていてよかった。また、妻のお駒(仲間由紀恵)も直之の考えにしたがい尽くす演技もよかった。先行き不透明な時代を生きる我々の指針の一つかもしれない。

2010年12月25日土曜日

「楽しいおもちゃ作り教室」開催

 今年最後(6回目)のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃづくり教室」(枚方市生涯学習課主催の講座)を開催。
今回はビニールシート、竹ひご、たこ糸を使ってオリジナルの凧作りをした。
参加は幼稚園児、小学1年生などの子供17名+父兄10名、「SAひらかた」のメンバーは10名が参加、凧の作り方指導・支援をして、一緒に凧をあげて楽しんだ。
寒波襲来で非常に寒く風も強かったが、作った凧はどれもこれもよくあがって、子供達はキャキャート歓声をあげていた。
次回は、3月26日(土)に「動くコトコトカメさん」を予定している。
上の写真は凧作りの様子。下の写真は凧をあげて遊ぶ子供達。

2010年12月22日水曜日

映画「最後の忠臣蔵」鑑賞

池宮彰一郎の同名小説をテレビドラマ「北の国から」の杉田成道が映像化した時代劇。“忠臣蔵”として有名な赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件で生き残っていた男2人の物語を追う。事件前夜に逃亡した瀬尾孫左衛門に役所広司、大石内蔵助(片岡仁左衛門)よりとある命を受けた寺坂吉右衛門役に佐藤浩市。男たちに課せられた宿命を生々しく映し出すものである。
あらすじは、赤穂浪士が吉良邸へ討ち入りした事件から16年。そのなかのひとり吉右衛門は、大石内蔵助より真実を後世に伝え、浪士の遺族を援助するという大役を与えられ生き残っていた。最後の遺族を捜し当て京都に向かったある日、彼は討ち入り前日に逃げた孫左衛門と再会。吉右衛門は、孫左衛門にもある密命が与えられていたことを初めて知る。それは、討ち入りの前日、京都の可留という妾と妊娠している子供(可音)を守ってほしいという命令だった。可留は出産してすぐ亡くなり、赤子の可音を抱いて隠れ家に住み育てる。可音(若手清純派女優17歳の桜庭ななみ)も16才となり人形淨瑠璃を観に行って豪商「茶屋」の息子(山本耕史)と大旦那に見初められ嫁がせる。孫左衛門は死ぬことを許されず、ようやく内蔵助の命令、可留との約束を果たし、可音が嫁いだ日に位牌の前で使命を果たしたことを報告し、割腹して果てる。
この「最後の忠臣蔵」を観て、自分の役目を成し遂げるのに16年の歳月をかけ、大抵の人が求める金欲や性欲、楽しみや幸せは無縁のところに自分を置き、ただ大石内蔵助の命令を遂行するためだけに身分を隠し、ほそぼそと粛々と役目を果たす姿は志高く、意思が強く、忠誠心に満ちているものだった。歳のせいではないが、この生き方に感動し、つい泣けてしまった。佐藤浩一と役所公司の演技も素晴らしいものだった。また、可音を演じた若手清純派女優桜庭ななみもよかった。

2010年12月19日日曜日

「ひろしま第九」2010へ

 18~19日、RCC(中国放送・中国新聞主催)の第26回「ひろしま第九」2010があり参加。
19日、チサンホテルを8時半前に出発して、会場へ9時半過ぎに到着。10時から席の調整、発声練習、第1部のゲネプロは11時半、第2部は12時10分から行われた。本番の1部は15時、2部は16時10分からだった。今回の合唱団は北海道や九州宮崎を含む18都府県と海外から6~87才の過去最高の1508人だった。場内もほぼ満席(約3500人)の状態で盛大なコンサートだった。今回、過去最高の参加者(合唱団)で客席がほぼ満席だったのは、人気歌手佐藤しのぶさんの出演が大きかったのであろう。
第1部は各ソリストによる独唱、第2部はベートーベンの「交響曲第九」で指揮は円光寺雅彦氏、ソリストはバリトン河野克典・テノール水口聡・アルト坂本朱・ソプラノ佐藤しのぶ氏、オーケーストラーは広島交響楽団だった。いつもの通りであるがベートーベンの交響曲第9番「合唱」のMの部分は、聴衆も総立ちになり(総勢約5000人)高らかに歌い、最後全員で「蛍の光」を歌って終わった。第九も今回で34回目の参加となったが、宮島の観光や第九でそれなりに楽しむことが出来た。
上の写真は市民合唱団が聴衆と一体となって歌声を響かせた「第九ひろしま」の様子。(RCCサイトのニュースの写真)

2010年12月18日土曜日

宮島「厳島神社」へ参拝

 「第九ひろしま」2010に参加のため広島へ。午後2時45分からリハーサルがあるが、それまで時間があるので、日本三景・世界文化遺産の宮島の「厳島神社」へ参拝に行った。
新大阪8時45分発のぞみ3号に乗車→広島着10時05分→山陰本線に乗り換え「宮島口」に10時40分着→徒歩3分で桟橋へJR西日本宮島フェリーに乗船(約10分)→宮島桟橋11時過ぎ着、土産物・食べ物屋のある通りを抜けて厳島神社へ参拝→多宝塔→五重塔、千畳閣→元の宮島桟橋へ戻り13時15分のフェリーで宮島口へ、約2時間の短時間の観光だった。
厳島神社は海を敷地とした大胆で独創的な配置構成、平安時代の寝殿造りの粋を極めた建築美で知られる日本屈指の名社である。廻廊で結ばれた朱塗りの社殿は、潮が満ちてくるとあたかも海に浮かんでいるようで、背後の弥山の緑や瀬戸の海の青とのコントラストはまるで竜宮城を思わせる美しさとのこと。今回、潮が満ちていなかったので、浜辺にある神社という何となくあっけない感じだった。神社内では潮の香りがただよっていたが、潮が満ちているとよかったのにと残念。
そのあと、広島電鉄に乗車して商工センター前から第九コンサートのある「広島サンプラザ」へ。 発声練習、第4楽章のリハーサルがあり16時過ぎに終了。JR新井口駅から広島駅、広電に乗車し「銀山」(八丁堀の手前)で下車、チサンホテルへ。そのあと徒歩で平和大通りでの「ひろしまイルミネーション2010」を観て写真を撮った。
上の写真は「厳島神社」の参拝入口、下の写真は「ひろしまイルミネーション2010」の「ピース城と平和の鐘」のイルミネーション。

2010年12月17日金曜日

夢ROBOの展示イベント

上海万博の日本産業館で壁をよじ登るロボットとして人気を集めた「夢ROBO」3体が、サンタクロースに扮して大阪市中央区の「京阪ビルディング」(京阪電気鉄道天満橋駅)西側の壁面(大川側)を登り下りするイベントが10日から始まった。
夢ROBOは高さ約1・4メートルの人型で、赤い衣装を着て高さ約10メートルのはしごを登り下りし、クリスマス気分を盛り上げた。
サンタ姿の夢ROBOが登り下りするのは今月25日ごろまでで、それ以降は別の衣装に替わり、1月16日まで展示される。
夢ROBOは関西の中小企業15社が共同開発した。休みなくがむしゃらに動く姿が万博で話題となった。
みているとなかなかユーモアがあり面白いROBOだ。

2010年12月11日土曜日

「大阪コンソール」第4回リサイタルへ

先輩ご夫妻が所属している合唱団「大阪コンソート」の第4回リサイタル『メサイア』(バーンスタイン提唱により2部構成のメサイア)が「いずみホール」であり聴きに出かけた。
この『メサイア』は音楽監督・指揮者の富岡健氏、ソリストは松田昌恵・田中友輝子・小餅谷哲男・井上敏典氏、ハーモニアス室内管弦楽団、オルガン片桐聖子氏、合唱団は61名(男子21名、女子40名)のもと120分に及ぶ大作を歌い上げられた。ホールは満席で、素晴らしい歌声のもと大盛況に終わった。この大作『メサイア』の練習は、多分2年以上もかかり大変だったのではないだろうか。団員の方々は飽きることなく練習に練習を重ねられた結果だと思う。次のコンサートを期待したい。
合唱団「大阪コンソート」は、毎日放送主催の「一万人の第九」富岡クラスの有志によって富岡健氏の呼びかけのもと1999年に発足。その発足経過からもわかるように、初めて合唱を人生の中に迎え入れたメンバーが合唱経験者よりも多いのが特徴で、誇りはこつこつと真摯に作品と向かいあうことによって、高いレベルの合唱音楽を楽しめるようになること。今までオーケストラとともに、モーツアルトやバッハの作品を演奏したが、メンバー一人一人がこれまで受身でしか楽しめなかった偉大な作曲家の作品を、自らの声で歌いあげることによって、豊かな芸術に触れる歓びを享受している。(合唱団「大阪コンソート」のサイトから抜粋)

2010年12月6日月曜日

「サントリー1万年の第九」へ

第28回「サントリー1万年の第九」演奏会に参加(10回目)。演奏会の概要は、まずオープニングとして日本サッカー応援ソング「THE JAPANESE SOCCER ANTHEM~日本サッカーの歌~」(1994年に坂本龍一が書き下ろしたもの。)を淀川工科高校吹奏楽部によって吹奏されホールに響き渡った。
1ST STAGEはゲストに平原綾香を迎え、まず『Jupiter』(指揮:佐渡裕氏・演奏:淀川工科高校吹奏楽部、スーパーキッズ・オーケストラ、合唱:1万人の第九合唱団)、『威風堂々』、『LOVE STORYベートーヴェン交響曲第9番 第3楽章』(「世界一、美しいメロディ」と呼ばれる第3楽章に、平原綾香がベートーヴェンと対話を繰り返しながら詩を綴ったもの)、『JOYFUL JOYFUL』(平原綾香が高校時代の学園祭ミュージカル「天使にラプソングを2」でこの曲を歌い音楽プロジューサーに見初められデビューに至ったもの)。
2ST STAGEは、もちろん『交響曲第9番』(指揮:佐渡裕氏、ソリスト:安藤赴美子・手嶋眞佐子・吉田浩之・キュウウォンハン氏)、最後に「蛍の光」を全員で合唱し、すべて終わった。
今回も座席は舞台アリーナ左7列25番だった。大阪3クラスになってから7年間アリーナでるが、なぜか最前列にならないのが不思議だ。
第九を歌って11年、33回目の参加で、あと19日の「ひろしま第九2010」を残すのみとなった。
写真は「高松(かがわ)の第九」・「なにわ第九うとたろ会」の参加メンバーと、大阪城ホール前での記念写真(第九演奏会前)。

2010年12月2日木曜日

「ウフィツィ美術館自画像コレクション」鑑賞

大阪中之島の国立国際美術館で11月27日から開催されている「ウフィツィ美術館自画像コレクション」(巨匠たちの「秘めた素顔」1664~2010年)に出かけた。あまり自画像などは観ないのであるが、今回「朝日友の会」(アサヒメイト)の会員は無料であるので、それにつられて観に出かけた。(観覧料は当日、大人1400円)
イタリア・フィレンツェを代表するウフィツィ美術館には、ルネサンス絵画の宝庫として有名であるが、一方で1700点を超える画家や彫刻家の自画像が所蔵されていることはあまり知られていない。これらの膨大なコレクションは、アルノ川をはさんで対岸にあるピッティ宮殿と美術館をつなぐ空中通路「ヴァザーリの回廊」(ヴェッキオ橋の上の建物がヴァザーリの回廊)などに保管され、通常は一般公開されていない。今回は約70点を厳選・展覧し、形成期から現代までの350年におよぶ流れを概観するものである。
ヴァザーリの回廊とは、イタリア・フェレンツェの支配者であったメディチ家の自宅(現ピッティ宮殿)と執政所(現ウフィツィ美術館)を結び、一族だけが市内を安全に通行できるように造られた空中回廊。1565年、当時の当主コジモ1世が建設を命じ、画家であり、建築家でもあるジュルジュ・ヴァザーリが設計したもの。その長さは1kmにも及び、回廊内部はルネサンス期の偉人達を含む肖像画が数多く並んでいる。回廊の窓からはフィレンツェ市内を見下ろすことができ、サンタ・フェリチタ教会ではメディチ家専用バルコニーも設けられている。 (パンフレットから抜粋)
写真の看板の左側がピッティ宮殿からみたアルノ川にかかるヴェッキオ橋の上の「ヴァザーリの回廊」、右が展示された自画像の一部。