2011年12月28日水曜日

朝日新聞夕刊の10年後の記事

先日、朝日新聞夕刊のトップページに「素粒子」という小タイトルで、10年後について以下のことが列挙されていた。興味があり記載してみた。
10年後、①崩れた核燃料の取り出しは始まっているか。②非難した住民は戻っているか。③三陸の漁港に魚は揚がっているか。④金正恩体制が続いているか。⑤普天間基地はなくなっているか。⑥米国産の食品が並んでいるか。⑦消費税は10%以上か。⑧自動車は電気で走っているか。⑨気温が上がっているか。⑩生物のいる星が見つかっているか。⑪大地震が起きて、また原発が壊れていないか。これ以外に「八ツ場ダムがそびえているか。」があったがすでに動き出しているので省いた。
予想がつきそうなものもあるが、はたして10年後はどうなっているのであろうか? 
自分もだんだんと高齢になり10年後、どうしているのだろうか。 はたして元気に生きているだろうか? 死んでしまっているのだろうか? それとも生きていても病気で苦しんでいるのであろうか? 一番気になるところだ。

2011年12月24日土曜日

「楽しいおもちゃ作り」教室開催

作った連タコを揚げて喜ぶ子どもと両親
10時~12時、今年度第5回目のきららマナビスト講座「楽しいおもちゃ作り教室」(枚方市主催)を「きらら」(市立生涯学習情報プラザ)で開催。今回、ゴミ袋などを使って「連タコ」作りをして子ども達と一緒に楽しく遊んだ。参加者は子ども13名+保護者7名の計20名、SAひらかたのメンバーは10名であった。
毎回、保護者からアンケートを取っているが、全員から「大変楽しかった」「楽しかった」との回答が得られ、また自由記述欄には「簡単に連タコが作れ、上手く飛ばすことができて子どもは大変喜んでいました。家でも作ってみたいです。」「いつも優しく、丁寧に教えてくださり感謝しています。今後も楽しい企画を楽しみにしています。」「作ったタコがよく飛んだので夢中になりました。ありがとうございました。」などがあり、いつものことであるがやり甲斐のあるおもちゃ作り教室だった。次回は来年3月24日(土)「玉ころがし」作りの予定。

2011年12月18日日曜日

「第九ひろしま2011」に参加

聴衆とともに歌い上げた「第九ひろしま2011」
「第九ひろしま2011」(中国放送、中国新聞社主催で27回目)が18日、広島市西区の広島サンプラザであり参加した。(今回で3回目)
ベートーベンの交響曲第9番「合唱」を指揮者は円光寺雅彦氏、ソリストは市原 愛(ソプラノ)・坂本 朱(アルト)・水口 聡(テノール)・河野克典(バリトン)氏、演奏は広島交響楽団。北は北海道、南は鹿児島から参加した6~88歳の合唱団約1400人が参加し、総立ちになった聴衆約3300人とともに、最高潮の第4楽章で「歓喜の歌」(M部)を高らかに歌い上げた。
年末恒例となったこの演奏会であるが、ことしはまず、東日本大震災で亡くなった人たちの慰霊と復興への願いを込めて、モーツァルトの賛美歌などが演奏された。また、被災地から仙台フィルハーモニー管弦楽団のファゴット奏者水野一英氏も招かれて演奏された。
最後に「蛍の光」を聴衆とともに歌い、終了後合唱団の人達で乾杯(ビールやお茶)し、今年の「第九ひろしま2011」が締めくくられた。
このコンサートの模様は、RCCテレビで24日午後3時から、RCCラジオで25日午後7時から放送されるが、近畿では見られないのが残念。
写真は合唱団と総立ちになった聴衆が「歓喜の歌」を歌い上げた「第九ひろしま2011」、この写真は中国新聞からお借りした。

2011年12月17日土曜日

「ひろしま第九」のついでに呉市へ

てつのくじら館に展示の潜水艦「あさしお」と操縦席
17~18日、RCC(中国放送・中国新聞主催)の第27回「ひろしま第九」があり、17日阪急交通社の広島1泊2日フリープラン(7時35分発ひかり「広島」行き、帰りは20時1分発ひかり「名古屋」行き、宿泊は広電の銀山駅で下車5分のところにある「コートホテル」、費用は18800円で3年前16800円だったので、2000円高かった)を利用し行って来た。
17日はリハーサルまで時間があるため一度呉市を訪れて観光したいので、広島駅に9時5分に着き次第、荷物をコインロッカーに入れ呉市へ。
観光コースはてつのくじら館(海上自衛隊呉史料館、無料)→大和ミュージアム(ここからレンタルサイクル)→海上自衛隊呉地方総監部(旧呉鎮守府)前→歴史の見える丘→入船山記念館→市内れんがとおり→呉中央桟橋ターミナル。「歴史の見える丘」から「アレイからすこじま」まで行きたかったが、潜水艦が日曜日しか見られないこともあってやめた。
てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)では、潜水艦と掃海を展示する史料館。ここでは主に潜水艦「あさしお」(排水量2250t、長さ76.2m、幅9.9m、深さ10.2m、乗員75名)が入口に展示され、巨大な外観や内部の寝室、食堂、トイレ、洗面所、操縦室などが見学できた。大和ミュージアムは、呉が生んだ世界最大の戦艦「大和」を中心に、明治以降における日本の近代化の歴史や「呉の歴史」などを紹介していた。ここではなんと言っても10分の1の戦艦「大和」が見ものだった。歴史の見える丘では、戦艦「大和」を建造したドッグ跡をはじめ呉港を一望できるところであった。入船山記念館は旧鎮守府の司令長官舎で、国の重要文化財になっており館内はもちろんのこと、歴代の司令長官の展示などもみることが出来た。これらを見学し、この呉に海軍が置かれた経緯や海軍の歴史(経緯)などを改めて学ぶことが出来た。今週12月23日に公開される映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」も、この呉にて多くのシーンの撮影が行われたとのことで楽しみだ。

2011年12月12日月曜日

第12回「淡路島一周ウオーク」へ

海岸沿いをウオークする人達が延々と続く
第12回「淡路島一周ウオーク」(約11km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・枚方高槻茨木方面からバス4台で約100名。前回よりも少ない参加者だった。
行程は枚方7:15発→高槻→茨木→途中室津サービスエリアでトイレ休憩後、出発点の多賀の浜海水浴場に到着。この多賀の浜海水浴場を10時45分にスタート→平見神社・法華寺→明神崎→五斗崎→都志海水浴場→高田屋嘉兵衛翁記念館駐車場に13時に到着(約11km、2時間15分のウオーキング)。バス内で昼食後13時50分に出発し、長林寺・智禅寺を参拝。15
時15分出発して途中淡路ハイウェイオアシスで休憩・買い物し、枚方には18時15分過ぎに到着した。天気もよく、風もなく寒くもなかったので絶好のウオーキング日よりであった。
これで淡路島一周のウオーキング距離は約136km、余すところ3回(1月:11km、2月:13km、3月:10km)の34kmとなり、来年の3月で一周が終わる。次の目標のウオーキングはどこにするか考える時期に来ている。案としては、愛知県岡崎で止まっている東海道53次の再開、伊勢神宮参拝道、しまなみ海道である。

2011年12月4日日曜日

第29回「サントリー1万人の第九」

「1万人の第九」に参加のメンバーと記念写真
第29回「サントリー1万人の第九」演奏会に参加(11回目)。東日本大震災の被災地と阪神大震災を経験した関西を映像でつなぎ、大阪城ホールを主会場に初めて仙台市青葉区の宮城学院女子大にも会場が設置され、宮城、岩手、福島県から約200人が合唱団として参加。演奏会の概要は、第1部のオープニングとして、スーパーキッズ・オーケストラによるバッハ「G線上のアリア」の演奏のもと、福島在住の詩人・和田亮一氏が、現在の南三陸の防災避難ビルの前で『高台へ』を朗読された。迫りくる津波の恐怖の中で、最後までみんなに高台へ避難する様に必死に放送を続けた女性(役場に勤めていたある女性)、そして帰らぬ人になったことを書いた詩『高台へ』(高台へ非難してください!、高台へ非難してください!)である。この朗読で指揮する佐渡さんの目にも涙が滲んでいたし、小生も目頭が熱くなった。 朗読が終わり全員で1分間の黙祷をささげた。
大震災が起き、佐渡さんから是非とももう一度「LOVE STORY」「Jupiter」を歌ってほしいと昨年に引き続き平原綾香さんをゲストに迎え、まず『おひさま~大切なあなたへ』、『LOVE STORY 交響曲第9番第3楽章』、『Jupiter』を指揮は佐渡裕さん、演奏は1万人オーケストラで、『Jupiter』の合唱には1万人の第九合唱団も加わり素晴らしい歌声がホールに響きわたった。
第2部は佐渡さんの指揮のもとに「第九」、「故郷(ふるさと)」を演奏し約1万人が大合唱。仙台会場の参加者もその中継映像を見て声を合わせて歌っていた。今回のソリストは、横山恵子・手嶋眞佐子・西村 悟・甲斐栄次郎氏、最後に「蛍の光」を全員で合唱しすべて終わった。今年は特別に感動する第九で、心に残るものだった。
座席は7年間アリーナ席であったが、今年はスタンドのF4列16番(バスの右端の方)だった。アリーナ席のパイプ椅子と違って、座り心地も間隔もあり席への出入りもできやすくてよかった。テレビに映ることはない位置だが、スタンド席もよいものだ。
第九を歌って12年、36回目の参加で、あと18日の「ひろしま第九2011」(37回目)を残すのみとなった。 写真は「1万人の第九」に参加のメンバーとの記念写真。