
この基地からは20年4月から6月にかけて、女学校の生徒たちがたかく激しくふる桜花に送られて、特攻機が飛び去った方向には、富士山のような整った山「開聞岳」(薩摩半島の南端に立つ,924メートル)があり、特攻隊は、その上を越え特攻隊員の誰もが、この山の姿を、これが最後と、眺めて行ったとのこと。その時の心境はいかほどのものであったのか、計り知れない。
この会館は当時の真情を後世に正しく伝え、世界恒久の平和に寄与するもので、二度と悲劇が繰り返されぬよう、戦争の悲惨さ、平和・命の尊さを教えてくれるところである。今では考えられない状態だったのだと深く考えさせられた。
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