2017年5月22日月曜日

玉ねぎの収穫と苗植えつけ

玉ねぎの収穫が近づき収穫したが、まだ少し早かったのか?白い玉ねぎは昨年と同じように大きな玉にならず不作??みたいな状態。そのため収穫が少し早いかとの思いもあり、一部遅らせて5月末にした。
ただ、赤玉ねぎはまあまあの収穫ができたかなぁ~と思うが、あと10日ほど延ばせばもう少し大きくなったかもしれない。
玉ねぎの収穫地にはバイオの鳴門金時の苗を25本植えた。毎年同じ畑地に植えているのであまり収穫が期待できないかもしれないが…。
今年の苗の植え付けも放っておいてもよいものとして、表の畑にカボチャ5本、ミニ冬瓜1本、鳴門金時のサツマイモ50本、裏の畑にはカボチャ8本を植えた。
果たしてどれだけ収穫できるかなぁ~、期待したいが…。

2017年5月21日日曜日

「滋賀サファリ博物館」

滋賀県甲賀市信楽町の国道307号線沿いで、新名神信楽IC下車、右折してすぐにある「滋賀サファリ博物館」、3年前に訪れたことがあるが、田舎(日野町)に行く途中に再度訪れてみた。
開館は土・日曜と祝日のみで入場料500円。初回、入ってみた瞬間、おぉ~すごい~と非常に驚いたが、今回はそうでもなかった。まるで生きているかのような美しい動物の全身剥製がみられる自然科学博物館。その種類は国内にとどまらず、野生羊の最大種であるモンゴルのアルタイアルガリ、世界四大珍獣にも数えられるボンゴ、カナダのへら鹿(ムース)、百獣の王・ライオン、獰猛なナイルワニ、キリン、ホッキョクグマ、トナカイ、コヨーテ、アフリカ水牛、イボイノシシなどなどの野生動物の剥製の勢ぞろい! 動物の剥製類約100点が常時公開されている。
加えて驚きなのが、これらの動物はすべてハンターの故近藤幸彦氏(2013年92歳で亡くなられたが、55歳から本格的に狩猟を初め、世界を駆け巡って80歳までハンティングして剥製展示された)が捕獲したものであるということ。危険と隣り合わせの狩猟の様子も知ることのできる博物館で、一見の価値ありか(*゚▽゚*) 興味のある方はどうぞ!! 
現在は息子さんが自営業をしながら館長として管理しておられるとのことだが、今後の管理も含めて大変だ~と思う。

中之島公園のバラ

16日、学友会のフォト同好会開催(9月末~10月初旬開催予定)に伴い、世話役二人で下見に出かけた。写真を撮るところを探しながら道頓堀・アメリカ村・心斎橋界隈をみて回った。昼食は大丸前の日航ホテル地下2階にある「和食個室 禅園」(美々卯心斎橋店の隣)で人気ランチを、雑談しながら楽しんだ。その後地下鉄で本町に移動して富士フォトサロンで素晴らしいというか凄いなぁ~と思うプロ級の写真をみて、出展者にも撮り方、撮影場所などを聞くことで参考となった。京阪に乗る前に中之島バラ園に立ち寄り、ちょうど見頃で綺麗なバラの写真を撮ってきた(*゚▽゚*)

2017年5月15日月曜日

天台宗「蓮花寺」

八瀬比叡山口駅より徒歩約10分にある天台宗の寺院「蓮華寺」をはじめて訪れた。ここも新緑が美しく、心和らぐよい庭園があり楽しませてくれた。やはり秋がよいと思うので、また訪れたい。
ここは創建年代についてははっきりしないが、もとは洛中に営まれていた時宗の寺で、応仁・文明の乱(1467~1477年)の乱以後荒廃していたものを、加賀藩の家老であった今枝近義が祖父・重直の菩提を弔うために現在地に再興しましたという。今枝重直は織田信長や豊臣秀次に仕え、勲功により豊臣の姓を許されるほどの人物で、秀次の死後は前田利家に仕えた後、隠退して宗二居士と名乗り、茶の湯をたしなむなど、余生を風流人として過ごしたとのこと。
庭園は、小堀遠州や石川丈山の名が挙げられているが、このうち遠州はすでに没しており、作庭者である可能性はないものと思われる。また、石川丈山については、今枝氏と親交があり、蓮華寺と深い関係があったことから、作庭者の有力な候補として挙げられているが、証明する史料は見つかっておらず、現時点では作庭者を特定することはできていないとのこと。


ルイ・イカール美術館

「瑠璃光院」の帰り道の途中にある「ルイ・イカール美術館」をはじめて訪れた。
ここはフランスの画家ルイ・イカールの作品を展示する美術館で、1958年に結ばれたパリ市と京都市の姉妹都市提携が50年を経過し、2つの都市の国際文化交流をさらに深めることを主旨に「瑠璃光院」の一角に誕生した。公開は「瑠璃光院」と同じ公開日にされている。
この美術館は芸術作品の鑑賞だけでなく、作品が展示された空間そのものも楽しんでもらうとの思いを込めて設計されているという。ルイ・イカール作品のコレクターの私邸という設定のもと、大きく5つの展示スペースを設け、各スペースそれぞれにも趣向を凝らして展示されている。ルイ・イカール画家の作品(女性を描いた作品)を鑑賞して楽しんだ。

京都八瀬大原「瑠璃光院」

2年程前から行ってみたい~と思っていた京都八瀬大原「瑠璃光院」を訪れた。ここは年2回、新緑の美しい春と紅葉の鮮やかな秋に特別公開されていて、今回4月15日から6月15日の2ヶ月間特別公開されている。
ここは叡山電鉄、八瀬比叡山口駅より高野川の吊り橋を渡り清流に沿って歩くと山門が…。受付で拝観料2000円(ルイ・イカール美術館含むが結構高い?)を支払い、ゆっくりと登る参道の傾斜地に植えられた数十種のカエデの新緑が眩しい。玄関前には小さな浅瀬の池にゆったりと錦鯉が泳いで心を和まさせる。書院の玄関を入ると、まず2階に案内されて「瑠璃の庭」のカエデやそれが和机・廊下に映る新緑を味合うことが出来る。1階に降りて格調高い書院の「瑠璃の庭」をゆったりとして心穏やかに眺める。次は本堂で参拝してから「臥龍(がりょう)の庭」へ、数十種の苔のじゅうたんをぬって一条のせせらぎが清らかに流れるもので天にかけのぼる龍を水と石で表した池泉庭園である。眺める人の心を解放し、昇運の兆しをもたらすということとのこと。また、三条実美公命名の由緒ある茶室、日本式蒸し風呂の原型「八瀬のかま風呂」も見学した。拝観料は高いが見る価値は十分あるかなぁ~と思う。 秋はもっと素晴らしい紅葉がみられると思われるので再訪したい。
ここは本願寺歴代門跡もしばしば訪れたと記録に著され、明治の元勲三条実美公は、当時の庵に「喜鶴亭」と名付けて直筆の命名額を下されている (瑠璃光院に現存) その後、大正末から昭和の初めにかけて、一万二千坪の敷地に延二四〇坪に及ぶ数奇屋造りに大改築するとともに、自然を借景とした名庭を造営。日本情緒あふれる名建築・名庭として多くの人々に親しまれ、囲碁本因坊位の対戦場となったことなどでも知られている。

2017年5月12日金曜日

映画「美女と野獣」

先月21日公開の映画「美女と野獣」を観にいきたいと思いながら時間が取れず、今日(12日)になった。不朽のディズニー・アニメーション「美女と野獣」をディズニー自身が実写映画化したもので親しみやすいミュージカルであり、ディズニーらしいというか、さすがディズニーだなぁ~と思う。
あらすじは、ひとりの美しい王子が、呪いによって醜い野獣の姿に変えられてしまう。魔女が残した一輪のバラの花びらがすべて散る前に、誰かを心から愛し、愛されることができなければ、永遠に人間には戻れない。呪われた城の中で、希望を失いかけていた野獣と城の住人たちの孤独な日々に変化をもたらしたのは、美しい村の娘ベル。聡明で進歩的な考えを持つ彼女は、閉鎖的な村人たちになじめず、傷つくこともあった。それでも、“人と違う”ことを受け入れ、かけがえのない自分を信じるベルと、“人と違う”外見に縛られ、本当の自分の価値を見出せずにいる野獣──その出会いによって奇跡が生じ…、最後は呪いが解けてハッピーエンドで終わる。

2017年5月8日月曜日

大徳寺塔頭「興臨院・黄梅院」

大徳寺の本坊を拝観して後、春の特別公開している大徳寺塔頭の「興臨院」と「黄梅院」を拝観した。ここも初めてだったが、それぞれ詳しい説明を受けて歴史や重要文化財など多くを知ることが出来てよかったぁ(^O^) 
興臨院」は、大永年間(1521-1528)に能登(現在の石川県)の守護、畠山義総が創建。その法名を取って寺名を興臨院とした。畠山家の衰退と共に荒廃するが、天正9年(1581)に前田利家によって屋根の葺き替えが行われ、以後、畠山家に加え前田家の菩提寺ともなる。 創建当時の姿が残る表門と本堂(唐門を含む)が共に重要文化財指定されている。優美で安定感のある姿が静寂と落ち着きを感じさせる本堂や、「昭和の小堀遠州」とも言われた作庭家の中根金作が復元した方丈庭園があり、どれもよかった。
紅梅院」は千利休作庭「直中庭」を持ち、美しい苔とモミジが訪れる人の目を楽しませるところで落ち着きのあるものだった。また、織田信長、豊臣秀吉など戦国大名ゆかりの寺院でもあり、故郷(滋賀県日野)の城主:蒲生氏郷が京都屋敷で亡くなり、その亡骸がここに葬られて墓地がある。毛利元就の三男で豊臣秀吉政権の五大老をも務めた小早川隆景の寄進による、禅宗寺院において現存最古の庫裡(くり)や、加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰ったとされる釣鐘、また狩野永徳や長谷川等伯と並ぶ桃山時代の日本画家、雲谷等顔の障壁画(複製)などが公開されていた。

京紫野・大徳寺本坊

春季京都非公開文化財特別公開(4月28日~5月7日、18カ所)が行われ、4月28日にはじめて「大徳寺」の本坊を訪れて拝観した。
唐門、方丈、玄関、狩野探幽筆襖絵など詳しく説明を受けながら見物し、歴史やいろいろな重要文化財などをみて知ることができてよかった(´▽`) ここに掲載した唐門・方丈の写真は、撮影禁止であったので大徳寺のサイトから唐門、方丈をコピーして掲載した。
臨済宗大徳寺派の大本山とは、大燈国師(宗峰妙超)が紫草の茂る洛北の野原に大徳という小庵を結んだことに始まる。大燈国師の教えは次第に世に知られるようになり、後に花園・後醍醐両天皇の帰依を受け、勅願所として嘉暦元年(1326)に現在の龍宝山大徳寺と命名された。 室町時代には幕府から冷遇されるが、それが厳しい禅風を残す要因ともなる。優れた禅僧を多数輩出し、桃山時代には豊臣秀吉や前田利家、細川忠興など多くの大名が自らの帰依した禅僧を開祖として、塔頭寺院を創建する。千利休が建てた金毛閣は、この楼上に利休木造を置いたことから秀吉の逆鱗に触れ、利休切腹の要因になったことでも知られる。(以上、サイトから抜粋)

2017年5月5日金曜日

2017年食博覧会・大阪

2017年食博覧会・大阪(9回目)が開催され見物に出かけた。ゴールデンウィークでもあり会場内はすごい人で賑わっていた。2009年「食を知り、食を楽しむ」をテーマに7回目が開催された時に見物して以来2回目だった。 その動画がブログに残っていたので、画質があまりよくないけど再度掲載、ここには故郷の日野町のブースもあって、みると懐かしい(*゚▽゚*)
この食博覧会は、「食の都」大阪を舞台に1985年から4年ごとに開催され、日本最大級の「食」のイベントとなっている。今回(9回目)で「日本の祭り・日本の味くらべ」の開催をテーマに、日本各地の地域資源である「食」と「祭り」の魅力を広く発信することで、国内はもちろん、世界の国や地域へ日本の「おもてなしの心」と「元気」を届ける「宴」にするとのこと。
会場の2・3・4・5・6A・6B号館を一通り回ってみたが、美味しいものがたくさんあり、昼食は何をと探しながら5号館に行くと「宴茶房」というところが人も少なくて、ゆったりとしていたので、ここで「宴御膳」を食べた。この「宴御膳」には、山形の牛すき煮、青森の帆立貝・鮭うに焼、青森・岩手の干しするめいかとねかぶのねぶた漬け、千葉の祭りずしダイヤ、岡山の祭りずし、岩手南部のわかめ飯、それに汁物があり東北地方の味を中心に味わい、大変美味しかった(^O^)
2号館のふるさとステージでは、以前所属していた「なにわ連」による阿波踊りを懐かしくみて、またやってみたいと思うが体力的にもこの歳ではもう無理だなぁ~と、残念だけど。また、日本の祭りライブステージでは、大阪だんじり祭りや子ども和太鼓演奏で楽しんだヽ(・∀・)ノ


video

2017年5月4日木曜日

記念物「ほんしゃくなげ群落」

故郷の滋賀県日野町のしゃくなげ渓に国指定天然記念物「ほんしゃくなげ群落」があり、久しぶりに行ってきた。 連休でもあり結構多くの人たちが訪れていた。
今年は開花が桜と同じように遅く見頃を迎えていた(*゚▽゚*) この「ほんしゃくなげ」は、普通800~1000mの高所に自生しているが、ここでは標高250~400mの赤松の多い谷間、約4万平方mにほんしゃくなげが群生しているということで、大変珍しく昭和6年に国の天然記念物に指定されているヽ(・∀・)ノ  

2017年5月3日水曜日

近江日野祭

日野祭り(本祭)を2年振りに見物した。この祭りは生まれ育った処の祭りではないが、母親の実家の祭りで、幼少のころにいつも連れられて、ご馳走を食べて見物し、楽しかったことが思い浮かび非常に懐かしいヽ(・∀・)ノ 
この日野祭りは、馬見岡綿向神社の春の例祭で、1170年頃から800年以上の歴史を持つ日野で最も大きなお祭り。毎年5月2、3日にわたって行われ、2日は夕暮れより各町内の曳山が山倉前や辻まで引き出され、ちょうちんに明か りを灯して夜遅くまで祭ばやしがかなでられる。本祭の3日は朝早くからこの祭をとり仕切る神調社(シンチ ョウシャ)・神子(カミコ)等の渡御よりはじまり、昼前には各町内より十数基の曳山が神社境内に勢ぞろい、神輿3 基も繰り出して御旅所のひばり野まで往復担がれる。
この日一日、日野の町は祭一色となり、各地からの観光客も多く訪れ、大賑わいとなる。
動画は2014年に撮影したものを中心に再編集した(^O^)