2008年12月31日水曜日

2008年の回顧

2008年もあと2時間で終わりだ。日が過ぎ去るのは早いものだ。今年を振り返ってみると、
1)枚方市「生涯学習情報プラザ」での運営管理・パソコン教室運営(テキスト作成・講師)の仕事が4年目となり、週2日程度の仕事を行ってきた。今年は、新たな取り組みとして小学3・4年生を対象に「動物のアニメーション」づくり、小学1・2年生対象に「カード・カレンダーづくり」の教室を行い大変好評を得たことは大変よかった。
2)田舎(滋賀日野)で野菜づくりを始めて7年となった。あまり手のかからない野菜(春から夏は、玉ねぎ・かぼちゃ・ナス・キュウリ・ジャガイモ・サツマイモ等、秋からは水菜・ジャガイモ・大根・日野菜等)を中心に楽しみ、作り方などようやく分かった感じだ。特に目新しい収穫(成果)はなかった。
3)写真撮影は3月ごろより出来るだけ時間を取って出かけるようにした。その結果、「eizouの部屋」HPに季節の写真等を多数アップし充実させることが出来た。
4)合唱は第九に特化し、今年も「鳴門の第九」、「かがわ第九」、「一万人の第九」に参加した。それなりに合唱の歴史をつくることだ出来た。
5)ボランティア活動では、NALC「天の川クラブ」「いわふねクラブ」「彦機会」のHP更新と「松愛会枚方支部」のHP委員としての活動。そして子ども達との「楽しいおもちゃづくり」は、枚方市の小学校や枚方市「きららマナビスト講座」で行い、それなりに成果を得た。 (月平均1~2回開催)
6)昨年から始めた「阿波踊り」も徳島の本場に参加できたことはよかった。しかし、この歳になると体力的にも精神的にも苦痛を伴う。仕事ややりたいことも多く、9月以降は休会中だ。
来年は何か新しいものへ挑戦するか、それとも過去にやったテニス・海釣り・尺八・カラオケ・ゴルフ・料理等をするかだ。 来年、早々によく考えてみよう!

琵琶湖のコハクチョウ

シベリアから4000km離れた琵琶湖南岸の草津市志邦浜に、毎年10月末頃より3月初め頃まで越冬のため十数羽のコハクチョウが飛来する。
今年はどうしてか? 近くの野洲川河口付近には数羽飛来しているとの情報があるが、この志邦浜には待てど一羽も飛来しない状況が続いて、「草津コハクチョウを愛する会」の世話する人達が心待ちにしていた。 世話人と話をしている12時頃だったが、北の方から二羽のコハクチョウが西約200mの沖合に飛来、そして徐々に志邦浜に近づいて来た。 やっと待ちに待ったこの浜にやって来たことになる。 世話する人達はホットしていた。 見れてラッキだった。 動画はこの浜に近付いて、他の渡り鳥と一緒に泳いでいる風景。
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2008年12月27日土曜日

小学3・4年生のPC教室

冬休みの26日と27日の午前10時から12時、小学生3・4年生を対象にした第2回「楽しいおもしろパソコン教室」(動物のアニメーションづくり)を開催した。小学3年生が7名(内1名女の子)、4年生が3名(男の子)の10名(定員)が参加。第1回目と比べて背景や動物のトナカイが引くソリに乗ったサンタクロースのアニメーションが大変好評だった。 子ども達も大変喜んでくれたので嬉しかった。次回(第3回)は春休みだ。 背景や動物は何にしようか、今後の検討課題。 動画は作成したアニメーション。 video

2008年12月21日日曜日

「私は貝になりたい」を鑑賞

「私は貝になりたい」の映画が11月21日から公開されて、すぐ観たいと思っていたが時間が取れず、本日となってしまった。
中居正弘、仲間由紀恵主演の「私は貝になりたい」は戦争に巻き込まれた加藤哲太郎と言う人の悲劇の物語だ。清水豊松(中居)は高知の漁港で理髪店を営む。丁稚奉公で理髪店でやっと働き始め、免許を取った矢先に同僚の房江と知り合い、今で言うできちゃった婚をする。この時代では、実家に住むことも許されず、理髪店の店主からもつまみだされる。おなかの子健一と3人で、高知の町でひっそりと理髪店を開き仲睦まじく暮らしていた。やっと仕事も順調でこれから…というときに届いたのが赤紙。本土防衛のために配属された中部軍の部隊で、虫けらや牛や馬のような扱いを受ける。そして、任務として命じられた捕虜の始末を豊松にはとうていできないが仕方なく行う。が、銃剣は捕虜の右腕のかすかにかすっただけだった。後に、その捕虜が自然に亡くなったことを知ることになる。戦地から帰り、またもとの暮らしにもどり、房江のお腹の中の子が生まれるのを心待ちにしていた豊松、そこにまた戦犯を犯したとして東京の巣鴨の収容所に連れて行かれる。そこでは、同じ捕虜となった鶴瓶とのやりとりなど微笑ましい場面もあるのだが・・・。 1年もかかってロケをされたように、房江(仲間由紀恵)が豊松のために署名をもらいに行った雪の場面など本当に寒くて雪深くて大変だったと思う。やっと署名も集まり、刑が軽くなったと思った豊松の運命は・・・それは変わらぬ死刑だった。つまらない人生だった・・・。人を殺すような悪いことはしていない・・・。命令されればそれに背くことはできない世の中・・・。虫けらや馬や牛同然の扱い。今度生まれ変わるなら、そうだ!海の底に人知れず静かに住んでいる貝になりたい・・・。「私は貝になりたい」だった。 
あの第二次大戦の始まる10カ月前に生まれ、大戦中は幼少であまり記憶はないが、終戦間際に田舎にもB29が飛んできて、物陰に隠れたり電燈に黒い布をかぶせたりした記憶や終戦後の大変な時代が思い出された。 それに比べると今は何と平和な時代に生きているのだろうかと幸せに感じた。
それにしても、高知だろうか山陰だろうか海岸の景色がとってもすばらしく、ここが日本かと思うほどだった。 調べたら島根県隠岐の雄大な名勝「国賀海岸」(西ノ島町)であった。ぜひ一度行ってみたいものだ。

2008年12月18日木曜日

嵐山花灯路2008

12日から21日まで行われている「嵐山花灯路2008」に出かけた。嵯峨・嵐山地域の自然、竹林や歴史的文化遺産、景観などを生かし、日本情緒豊かな陰影のある露地行灯の「灯り」約2600基といけばな作品の「花」で演出されていた。 野宮神社から大河内山荘に至る竹林の両側を幻想的にライトアップ、渡月橋と山裾、水辺など周辺一帯をライトアップし、雄大で美しい夜の自然景観を演出されていた。 京都・東山花灯路と並ぶ二大イベントで、平日であるにも関わらず観光客が多かった。 写真の方は人も多いし思うほどうまく撮れなかった。  

2008年12月7日日曜日

今年最後の第九

今年最後の第九、「サントーりー1万人の第九」へ参加した。昨日(12/6)はリハーサル、本日本番だった。
第1部は、まずオープニング「歌のある星へ」のテーマのもと、4人のソリストがさまざまな国の歌を歌い継ぐもの。(「とても、いとしい方」:田村麻子、韓国民謡「舟歌」:キュウ・ウォン・ハン、「オ・ソレ・ミオ」:吉田浩之、「翼をください」:坂本朱の各氏) 演奏は中世バロック期の古楽器リュートで、演奏者は高本一郎氏。 次にCHEMISTRYの歌で、「恋する雪 愛する空」、「冬の星座」(第九オーケストラ、合唱団)、「約束の場所」(淀川工科高等学校吹奏楽部、合唱団)であった。
第2部はもちろん第九で、指揮者は今回で10回目の佐渡裕氏。ソリストはソプラノ:田村麻子、メゾ・ソプラノ:坂本 朱、バリトン:キュウ・ウォン・ハン、テノール:吉田浩之の各氏。オーケストラは一万人の第九オーケストラ(兵庫芸術文化センター管弦楽団を中心に現役の音大生、音大卒業した人で構成された総勢120名)。
今回の席はアリナの最前列の左側より(テレビカメラの後)で最高だった。 もう少し中央寄りであればテレビにも映るし超最高だったが、なかなかそうはうまくいかない。 今回の位置ではテレビに映るかぎりぎりのところではないかと思う。12月23日(祝)午後4時から放映されるとのこと、映っていることを期待したい。
終わってから仲間の女性達に見放されて?男性3名のみで京橋で打ち上げをした。 今年の第九は席がよかったこともあり最高の気分で終わってよかった。

2008年12月4日木曜日

最後の紅葉へ

何とか時間を取って、今年最後の紅葉の写真を撮りに京都の南禅寺(南禅寺境内の写真のみ)⇒永観堂(外から見るとほとんど紅葉は散っていて、よい写真が撮れそうにない。以前に拝観しているし拝観料1000円は痛いので止める)⇒哲学の道を歩いて安楽寺(通常は未公開のお寺、拝観したが、紅葉の写真は余り撮れなかった。拝観料400円)⇒法然院(拝観なし)⇒真如堂(庭園があるが紅葉の写真が撮れそうにないので、止めて境内の写真のみ)を回って来た。写真を撮るには少し遅かったが、散り紅葉などそれなりに撮ることができてよかった。 写真は安楽寺の山門で、多くの観光客の出入りがあったが、人がいなくなるのをしばらく待っての撮影だった。

2008年11月30日日曜日

東福寺、泉涌寺へ!

初めて、総本山東福寺御寺泉涌寺へ参拝を兼ねて紅葉の写真を撮りに出かけた。東福寺は京都を代表する紅葉の名所で、休日であり観光客が多く通天橋・普門院庭園へ入るのに長蛇の列が出来て約40分かかった。 紅葉の写真を撮るには少し遅かったが、それなりに写真を撮ることが出来た。通天橋からの紅葉の眺めは最高であったが、人が多くて思うような写真が撮れなかった。ここ東福寺は摂政九条道家が、奈良における最大の寺院である東大寺、また奈良で最も盛大を極めた興福寺になぞらえようとの念願で、「東」と「福」の字を取り、京都最大の大伽藍を造営したのが東福寺である。嘉禎2年(1236)より建長7年(1255)まで実に19年を費やして完成した。 創建750年の歴史が脈々と引き継がれているお寺だ。
その後、徒歩約20分で東山三十六峯の一嶺、月輪山の麓にたたずむ泉涌寺へ。ここは紅葉の名所ではないので人も多くなく、適当な紅葉が見られ、それなりの写真を撮ることが出来た。ここは皇室の菩提所でもある。嘉禄2年(1226)に主要伽藍が完成し、その当時寺地の一角から清水が涌き出たことにより泉涌寺と改められた。この泉は今も枯れることなく涌き続けているそうである。東福寺と少し歴史が古いが、同じように歴史が引き継がれている。 改めて歴史のある京都を強く感じた。写真は東福寺の臥雲橋より通天橋を望む紅葉。

2008年11月28日金曜日

乗馬初体験!

乗馬クラブクレイン京都(1971年大阪府羽曳野市で発足、全国展開し30カ所のクラブを数える日本最大の乗馬クラブ、このクレイン京都は京都府八幡市欽明台にあり車で約20分のところ)にて、初めての乗馬無料体験をした。無料といっても靴・帽子・ボディープロテクタのレンタル料(1250円)が必要だった。約30分程度で、馬に触れることからスタートし、乗馬、ゆっくり歩く常歩、とまれ、速歩、乗馬での姿勢やバランスのとり方、下馬などであった。 ここには110頭がおり、平日でも100人程の乗馬があるとのこと、休日には子ども達の乗馬も多いとのことだった。
高級なスポーツというイメージもあり、やってみるとよいなぁーと思うが、それなりに乗馬ができるまで(初級終了)に約100鞍(騎乗45分を1鞍と呼ぶ)かかるとのことだから入会費も含めるとトータル費用は結構かかることになる。 今後、やるかどうかは別にしてよい体験が出来てよかった。

2008年11月18日火曜日

京都大原の里へ

京都、大原の里を訪れるのは30数年ぶりだろうか?昔に行った記憶があるが、いつか思い出せない。 
 今回、紅葉を撮影する目的で、三千院と寂光院を訪れた。紅葉の見ごろを迎えて、平日であるが観光バスなどで沢山の客が訪れていた。 特に三千院で多くの観光客で混雑していた。
紅葉での写真撮影となるとすでに葉が落ちたり、枯れたり、また青い葉もありで、遠くからの撮影には問題が少ないが、近くで紅葉だけの撮影となるともう一つだった。 もう少し早い方が良かったかもしれないと思う。少し期待外れに終わったようだ。

2008年11月15日土曜日

「レッドクリフPartⅠ」を鑑賞

製作費100億円、「三国志」の完全映画化で、西暦208年、1800年前の中国での物語だ。 おおよそのストーリ(PartⅠ)は、以下の通り。
帝国を支配する曹操(チャン・フォンイー)は、「天下統一」を掲げ、80万の大軍で、対抗勢力に襲いかかる。標的となった劉備軍は、撤退が遅れ、敗走をよぎなくされる。精強ながら、その軍勢わずか2万となり、窮地に追い込まれた劉備に、軍師の孔明(金城武)は、敵軍である孫権と同盟を結ぶことを進言。 ひとり孫権の許へ向かう。
孔明の同盟提案に戸惑う、若き皇帝孫権(チャン・チェン)。孔明は、孫権が兄と慕い、事実上のキーパーソンである司令官の周瑜(トニー・レオン)に出会う。始めは孔明に対し疑心暗鬼を抱く周瑜だが、その人柄に触れ、次第に信頼を覚えるようになる。孔明もまた、周瑜のカリスマ性に惹かれ、遂に孫権軍と劉備軍は、同盟を結ぶ。二人の姿に、同盟軍の心も、一つになっていく。
一方、80万の大軍で、決戦の地へと向かう曹操には、秘められたもうひとつの目的があった。それは、絶世の美女と言われる周瑜の妻、小喬(リン・チーリン)を我がものにすることだった。
80万の曹操軍に対する連合軍は、わずか5万。圧倒的不利な状況を覆すため、連合軍は、勇気と結束を武器に、孔明の奇策にかけることを決める。歴史に残る大激戦、"赤壁の戦い"の火蓋が切って落とされた。 次はPartⅡへ、2009年4月公開だそうだ。
大変迫力がある、雄大な高原での曹操軍と連合軍との決戦は見事だった。
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2008年11月4日火曜日

船橋小学校2年生とおもちゃ作り

船橋小学校2年生の「生活科」の授業2時間を使って、「おもちゃ作り」(クリオネと4枚羽トンボを各1時間)にメンバーと一緒に出かけた。
今回、2年生のクラス毎(3クラス)にSAメンバーを割り当て、2つのおもちゃ作りを実施。 前回の体育館ではなく、教室だったので時間をあまり気にせず出来てよかった。 子ども達も「楽しかった」と大変喜んでくれた。

2008年11月3日月曜日

「かがわ第九」演奏会に参加

2008「かがわ第九」演奏会に参加のため2日、午前10時5分発のJRなんば駅より高速バスで高松へ。午後3時半より発声練習、4時から6時まで飯守指揮者による指導だったが、ずう~と立っての練習で非常に疲れ、ぐったりだった。 夕食は割烹料理「天勝」で。
本番当日(3日)は、9時半より12時半まで発声練習後、指揮者の再度の指導とゲネプロだった。これも立っての練習のため疲れた。 2時に合唱指導(Mのところを入場者と一緒に歌うため)のメンバー(80名)と舞台へ、そして第2楽章が終わって再度全員で舞台へ。すべて終了は4時前だった。 合唱の参加者は323名(内県外109名)だった。
帰りは、午後5時20分発の高速バスにて、帰宅は10時だった。
今回、3回目の参加であったが、前日の指揮者の指導は立っての約2時間はきつかった。 また、新しい第九の歴史の1ページが刻まれた。

2008年11月1日土曜日

「湖風会テニスの集い」に参加

第5回「湖風会テニスの集い」が彦根市新海浜「琵琶湖コンファレンスセンター」であり参加した。参加者(宴会の参加者)は「湖風会」会長、濱田・内藤・山本先生の3名、彦根工業会12名、保育2名、県大4名の計22名。 午後1時にロビーに集合、2時からソフトテニスの練習、試合を行い4時50分で終了。入浴後、浴衣に着替えて午後6時から8時半前まで宴会。
宴会では、奥村会長、太田副会長、種橋会長のあいさつ、乾杯の音頭は田頭名誉会長。 その後、すぐ食べながらの自己紹介は初めてだ。普通、食事の時間を約20~30分おいて、それからするとちょうど気分的にも落ち着いてよいが、それも自己紹介の時間制限をしないものだから延々と話す人がおり聞くのがうんざりだった。やり方がまずい・・・。宴会の開始より何故か?約15分遅れる人がいたり、自己紹介の時間制限をしないもだから時間が長くかかったこと等で歓談、カラオケ、阿波踊りなどの十分な時間がなくて、もう一つ盛り上げに欠けたものだった?と感じた。 翌日、「かがわ第九」演奏会に参加のため二次会には参加せず、枚方に帰った。午後11時だった。

2008年10月26日日曜日

Panasonicの新社歌

10月1日から松下電器産業株式会社がパナソニック株式会社に変更になった。 それに伴い社歌も変わった。グループソング新社歌の「この夢が未来」だ。 作詞は森雪之丞氏、「崖の上のポニョ」のテーマソングを作曲した久石譲氏で、曲調はJポップ風にし、歌詞には若者受けするフレーズを多く、荘重なメロディーや歌詞ではなく今の時代に合わせて気軽に聴き、歌える、カンパニーソングというよい社歌だ。 会社と社員の事業理念共有につながり、就職活動の学生や取引先からもイメージアップに繋がればと思う。
<Panasonic新社歌の歌詞(一部)>
遥か先人が描いた未来に 今 私達は生きてる 
だから信じよう たおやかな科学を
この夢が次の 未来になることを
一人ひとりが希望のかけら
繋がりあえば光に変わる 
Let's get together at panasonic 世界を結ぶ
先進の響き
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ブーリン家の姉妹

10月25日から公開された「ブーリン家の姉妹」を鑑賞した。 あらすじは16世紀のイングランド。新興貴族のトーマス・ブーリン卿は一族繁栄のために才気あふれる美しい娘アンを国王ヘンリー8世の愛人に差し出すことを目論む。ところが、王の心を捉えたのはアンの妹で凡庸だが気立ての良いメアリーだった。一家は宮中に移り住み、メアリーは王の子を身籠る。一方、妹に栄誉を奪われたアンは一時フランスへ追放されるが、やがて呼び戻され、大胆にも王妃の座を狙って策略を巡らすのだった。国王を王妃キャサリンとの離婚のためにローマ・カトリック教会と決別させ、自らが王妃となったが、念願の男子を産むことがないまま、事実無根の姦通罪(弟ジョージと)の咎を受けて二人とも処刑されてしまう。 メアリーは故郷に戻り結婚し、エリザベスを引き取り王子と一緒に暮らす。一方トーマス・ブーリン卿はその3年後に死去、叔父は処刑されてしまう・・・・・。 アンはイギリスに大きな足跡を残した。第一に、キャサリンとの離婚のために、ヘンリー8世をしてローマ・カトリック教会と決別させ、国教会を設立する口実を与えたことである。それによってイギリスの風土は大きく変貌していく。 もう一つの功績とは、息子にこそ恵まれなかったが、一人の女の子を遺児として残したことである。後のエリザベス1世である。メアリ1世(ヘンリ8世とキャサリンとの娘)亡き後に即位した彼女の治下、イギリスは安定を回復し、世界の強国へとのし上がっていく。それがゆえに、アン・ブーリンはイギリスの歴史の礎を築いた母として、イギリス人にとって密かな敬意の対象になっている。歴史上は無名だった妹メアリーの関係にスポットを当てたフィリッパ・グレゴリーの同名ベストセラー小説を原作に、どちらか一方が日の目を見れば、もう一方は影となる姉妹の愛と葛藤が描かれていた。 演じるのはハリウッドの若手トップ女優ナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソン。

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2008年10月22日水曜日

京都時代祭へ

一度見物に行きたいと思いながらも今日まで行けなかった時代祭、はじめて京都御苑に出かけて見物した。 この時代祭は、1895年(明治28年)、平安遷都1100年を記念して平安神宮が創建され、その時平安神宮の大祭、建造物、神苑の保存のため、市民により平安講社が組織され、記念事業として、この時代祭が始まった。 祭が行われる10月22日は、桓武天皇が794年(延暦13)に長岡京から平安京に都を移された日。 この祭の特色は、神幸祭、行在所祭、還幸祭の神儀のほか、時代風俗行列が行われることである。 明治維新から延暦時代へさかのぼって、順次風俗、文物の変遷が再現される。  本日は20列、約2000人に達した行列で、長さは2キロに及んだ。 祇園祭、葵祭とともに京都三大祭の一つに数えられている。 山国勤王隊を先頭に正午、京都御所建礼門前を出発⇒烏丸通⇒御池通⇒河原町通⇒三条通から平安神宮まで4.5キロ間に華麗な一大時代絵巻を展開するものだった。
本日の近畿中部の天気予想では、夕方から雨降りとのことであったが、午後1時前から降り出し、やんだり降ったりであった。 すでに行列もはじまって、中止するわけにはいかない状況、行列の人は大変だったと思う。 行列の終了は午後2時だった。 写真は、恒武天皇の神霊を乗せた鳳輦(ほうれん)である。

2008年10月18日土曜日

中之島ウォーク&トークに参加!

第4回「中之島の明日を考えるウォーク&トークのつどい」があり、はじめて参加した。 参加者は約1500名。  
内容は午前10時からフェステバルホールにて行われ、主催者の挨拶(朝日新聞大阪本社代表)、報告と対談(建築家の安藤忠雄氏より「美しい大阪」の取組みで、中之島を桜の島へ・剣先地区に大噴水の設置・ビルの壁面にツタをはわせる緑化計画などの報告と声楽家の鮫島有美子さんとの中之島を考えると題しての対談)、ミニミニコンサート(鮫島有美子さんの日本の歌)があった。
その後、ウォークとして6コース(京阪中之島線試乗・科学館と美術館・舟で見る中之島・朝日放送新社屋見学・フェスで歌おう(第九を歌う)・フェステバルホールの舞台壇上見学コース)に分かれて、それぞれに参加。 小生は京阪中之島線試乗コースに参加した。
明日(10月19日)、京阪中之島線が開業するのに先立って、「なにわ橋駅」から乗車し「大江橋駅」を経て「渡辺橋駅」まで、新車両での試乗であった。 また、「なにわ橋駅」や「渡辺橋駅」内の見学もあり、安藤忠雄氏が設計した新しい駅、従来のコンクリート作りではなく「木(無垢)と水を象徴するガラス」で統一されたやわらか味のある個性的な駅になっていた。 総工費は約1500億円、京阪天満橋駅から中之島駅まで3Kmで1m当たり約5000万円かかったそうだ。
この中之島線がやっと出来て、大阪国際会議場やリーガロイヤルホテルなど中之島に行くのに大変便利になったし、大きく変わっていくだろうと思う。

2008年10月5日日曜日

天満宮参拝と繁昌亭へ

本日は生憎の雨ふりであったが、午前10時に大阪天満宮を参拝して、隣にある天満天神『繁昌亭』へ、初めて聞きに行った。 
この『繁昌亭』のことが、石柱に次のように刻まれていた。「上方落語の始まりは、1700年頃、京都に露の五郎衛、大阪に米沢彦八が現れ、神社の境内などでおもしろい咄を聞かせ見せた。これらは「辻ばなし」とも言われ、ここが出発点とされる。一時的にすたれるが、1800年頃、大阪坐摩(ざま)神社で桂文治が小屋掛けの常打ちの寄席をはじめ、以来各地で落語専門の常打ちの小屋ができる。1900年頃、上方落語は隆盛を誇るも第二次世界大戦で大阪が焦土と化し、すべて定席を失う。 2006年9月15日、多くの上方落語を愛する篤志の皆様の浄財で、大阪天満宮、天神橋筋商店街のご協力により、1957年上方落語協会結成以来の積年の夢であった定席が、明治から昭和にかけて、天満八軒と呼ばれた、上方落語に縁の深い、ここに建立され、上方落語定席が61年振りに復活した。 4500を超える方々の厚志に応えるべく、さらなる上方落語の隆盛を誓う。 社団法人 上方落語協会」
本日早朝の部は、露の団姫、笑福亭由瓶、桂文華、笑福亭二福の5名の落語・演芸があった。 落語は「ふぐなべ」、「タイコたたき」等の小話、演芸ではコマ回しだったが、結構オモロイ。 また、機会をみつけて聞きに行こう。 早朝ということで6割程度の入りだったが、午後は満席(補助椅子も入れて)と書かれていた。 よくはやっているらしい、結構なことだ。

2008年9月27日土曜日

寝屋川フッレシューコンサートへ

寝屋川演奏家クラブの第9回「寝屋川フレッシュコンサート」が門真市民文化会館ルミエール小ホールで、18時半より行われ聴きに行った。  このクラブは、2000年に音楽大学出身者たちを中心に発足し、今日に至っている。 このコンサートの目的は音楽を専門に勉強し、大学を卒業した若い演奏家に演奏を提供し、かつ一般の人に音楽を身近に楽しんでもらうために行われている。 
今回、今春相愛大学音楽部、大阪音楽大学のピアノ・フルート・クラリネット、サクソフォン、声楽を卒業した若い人の演奏であったが、聴き応えのあるよいコンサートだった。

2008年9月25日木曜日

シルバーアドバイザー認定証授与

大阪府橋下知事から「シルバーアドバイザー」の認定証の授与があった。 これは、大阪府シルバーアドバイザー養成講座を修了し、自らの経験や知識、技術を活かしボランティア活動など、地域社会の活動を実践する者として認められた人に授与されるものである。 今回、更新した429名と新たに217名(今春養成講座を修了した人)が認定された。 これは2年に1回更新手続きがあり、審査の結果認定証がもらえるもので、今回3回目の更新だった。
大阪府下の各市町村では、認定された人たちにより「SA****」(SA:シルバーアドバイザーの略、****:市町村名が多い)の組織をつくり、経験や知識を活かしてボランティア活動が活発に行われている。
現在「SAひらかた」に所属し、小学校やイベント等で子ども達へのおもちゃづくりなどのボランティア活動を行っている。 他のボランティア活動としては、現在NPO法人のホームページの作成・更新、パソコンの個人指導等である。

2008年9月23日火曜日

明日香村の彼岸花

明日香村の彼岸花(曼珠沙華)が有名だ。 丁度お彼岸の時期に咲くこの曼珠沙華の写真を撮りに出かけた。 9月21日から23日(祝)の3日間、「彼岸花祭り」が行われた最後の日で案山子コンテスト、飛鳥時代行列、劇団「時空」10周年記念公演「蘇我入鹿」(天皇になろうとした男)などのイベントが盛り沢山あり、また模擬店もあり大変賑わっていた。 彼岸花の方は、全体的には数日遅かった感じだったが、部分的には今盛りの花もありそれなりに撮影ができた。 

2008年9月21日日曜日

「おくりびと」を鑑賞

月1回、定期的に映画鑑賞をしようと考えているが、観たい映画がないとか忙しいとかで月1回は観られていない。 先月は「崖の上のポニョー」を観た。 本日、天候も悪く時間もあったので、松竹映画「おくりびと」を観に出かけた。
ストーリは、所属している東京のオーケストラが解散し職を失ったチェロ奏者の大悟(本木雅弘)は、演奏家を続けることを諦め、妻の美香(広末涼子)を連れて故郷の山形(庄内)の家(母親が残した家で古い喫茶店)に戻る。 早速、求人広告(「旅のお手伝い」という見出し、画像の広告内容)で見つけたNKエージェントに面接に出かけ、その場で社長(山﨑努)と面談し即採用になる。 が、それは遺体を棺に納める納棺師という仕事だった。 戸惑いながらも社長の佐々木に指導を受け、新人納棺師として働き始める大悟だったが、美香には冠婚葬祭関係の仕事に就いたとしか告げられずにいた。  ある日、机の引出しに入れていた広告用に撮ったビデオ(大悟が遺体のモデル)を美香に見られて、納棺師の仕事だとわかってしまう。 美香はこの仕事を辞めてほしいと懇願するが、大悟はよい返事をしなかった。 そのため美香は実家へ帰ってしまう。 しばらくして、美香が子どもが出来たと言って戻ってきて、再度子どものためにもこの仕事を辞めてほしいと言うが・・・・その時、昔からなじみでよく行っていた風呂屋のおばさん(吉行和子)が急死したので、そこに行くように電話が入る。 急きょ、二人は風呂屋に出かけ、その夜大悟は納棺師としての仕事をする。 それを見ていた美香もだんだんと、この仕事をする大悟を尊敬し許すようになっていく。 最後は大悟が幼小の頃に愛人と家出した父親が死んだとの知らせの電報が届く。 子どもを捨てた父親で、行くのをためらうがNKエージェントの事務員(余貴美子)の説得もあり、美香と一緒に遺体が安置されている漁村の会館に出向き、父親と対面し納棺師として父親を送る。
映画の前半(大悟が納棺師の仕事をしていく頃まで)はそれなりに面白かったが、後半は何人かの旅立ちの仕事(納棺師)で、その親族に「生き返ったような顔にしてもらって・・・・」と感謝されるなど涙が出る場面が多かった。 山﨑努、本木雅弘、余貴美子、吉行和子、広末涼子などの豪華なキャスターで、特に山﨑努、本木雅弘の演技はさすがにうまいなぁと思う。
最近、近親者の死に直面していないので知らなかったのであるが、昔は親族が体を清め、服装を替えたり化粧したりして納棺するものだったが、今もそうしている人も多いかもしれないが、こういうことをしてくれる納棺師という仕事があるのだなぁということを知った。 近い将来、自分も納棺師にいい旅立ちの支度をしてもらおうかなぁ・・・。  

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2008年9月16日火曜日

「天の川クラブ」のカラオケ取材

NALC(ナルク)「天の川クラブ」の文化活動の一つに「カラオケ友の会」があり、毎月第一と第三の火曜日に枚方市駅近くのカラオケ喫茶「おおの」でメンバーが集まって行われている。 この「カラオケ友の会」の活動の様子を「天の川クラブ」のHPに紹介しようとの企画で取材に出かけた。 
本日の参加者は12名(男性3名、女性9名、いつもこの程度の参加者らしい)で、おまり大きなカラオケ喫茶ではないので、カウンター席は一杯だった。 いつもの親しいメンバーであり新曲に挑戦して唄う人、懐メロ、昔の懐かしい歌など競って和気あい合いと楽しく唄っていた。 「カラオケ」はストレスの解消に繋がるし、仲間との触れ合いも出来て結構楽しそうだった。
何か一曲ということで言われ、断り切れず一曲だけということで千葉一夫の「吉野川」を唄う。 もう1年程は唄っていなかったので、少し間違っているところや声の出がおかしいところもあったが、それなりに唄えた。  その後に是非、「カラオケ友の会」に入って一緒にとの誘いがあった。 が、これもやり出すと新曲も覚えないといけないし、現時点ではあまり興味もないので行くつもりはない。 
今回、取材し写した写真・ビデオで近日中にまとめてHPへ掲載する予定。

2008年9月13日土曜日

岸和田のだんじり祭り

自民党総裁候補の演説を聞いた後、南海電車で岸和田へ「だんじり祭り」の見物に出かけた。
この祭りの様子はテレビなどで観ているが、太鼓とかねの音が速くなり、子どもから大人まで数百人が曳く「だんじり」(約4トン)がスピードを増し交差点を直角に曲がる「やりまわし」には迫力を感じた。 これが「だんじり祭り」の最大の魅力だろう。 
岸和田の「だんじり祭り」は、元禄16年(1703)時の岸和田藩主・岡部長康公が五穀豊穣を祈願して行った稲荷祭りが始まりだそうだ。 町民たちは地車を曳きいれて藩主の面前でさまざまな芸事を演じて見せるのが、唯一の悦びであり、大いに人々の支持を得た、そのよき伝統がいまも続いている。 町内での地車の保守管理や幼児から大人まで総出のお祭りで、伝統を守るには大変だろうが、参加している町民の人たちは生き生きとした表情で祭りを楽しんでいた。
本日は新聞によると35台(岸和田・春木地区)の「だんじり」が市内を走り回ったとのこと。 明日14日が本番だが、町内にある39台の地車が同じく城下町を勇壮・豪華にショーを繰りひろげるそうだ。
最後に岸和田「だんじり会館」(入館料600円)に入館し、「だんじり」の歴史(今昔)、「だんじり」の彫刻の技、飾りや祭りのしくみ、はっぴと提灯、体験コーナーなどを観て岸和田「だんじり祭り」の概要をつかむことが出来た。

総裁候補者の街頭演説

なんば高島屋百貨店前で12時半より自民党の総裁候補5名(石原・小池・麻生・石波・与謝野候補)による街頭演説会が行われた。演説の順番は届け出順の石原伸晃⇒小池百合子⇒麻生太郎⇒石波 茂⇒与謝野 薫候補でマイクを握った。
演説の内容は、だいたいテレビや新聞等で報道されている通りであり、あまり目新しいものがなかった。 石原氏は行政改革の重要性を強調。小池氏は「小泉改革」の継承を約束。本命視される麻生氏は、「明らかに景気が悪い。公共工事など財政出動をしなければ、地方はなかなか自立できない」と述べ、景気対策を重視する考えを。 また、石破氏は国内農業の強化を、与謝野氏は持論の財政再建を訴えた。
ここ大阪での人気は、まず麻生さんで声援も多かった。 次に小池さん、関西弁で橋下知事が大阪維新ということで頑張っていることを取り上げ、「霞ヶ関をぶっ壊す!」と小泉改革の継承を訴えていたことが、特に印象に残った。
さて、誰が総裁になるのであろうか? 我々には指名する権利はないが、新聞・テレビの報道では、本命視されているのが麻生さんとのことだが・・・・・。 その後、即衆議院選挙が行われるとのこと、総裁選挙の余勢で自民党が思惑通りに過半数(公明党含め)を取るのか、それとも民主党が取るのだろうか。 国民の中には、一度民主党にやらせてみても良いのではないかとの空気があることも事実だ。
小生の予想では総裁選挙の余勢で何とか自民党がギリギリ過半数を取るのではないかと思うが、当たるだろうか? 

2008年9月12日金曜日

枚方市立「やすらぎの杜」へ

枚方市40万人都市に、最後のお別れにふさわしい落ち着きとやすらぎに満ちた「やすらぎの杜」(新火葬場)が、5月にオープンして早や3カ月が過ぎた。 オープニングでの見学申し込みが多く、その要望に応えるため今回、コンサート兼施設見学会として夕方6時半より開催されたので参加した。(約100名)
コンサートは「悠々弦楽四重奏団」(4名)によるクラッシック(愛の挨拶、G線上のアリア等)、四季の歌(故郷、みかんの花咲く丘、冬景色等6曲)、懐かしいの調べ(星影のワルツ、千の風になって等)と題して、この場にふさわしい12曲演奏された。
「やすらぎの杜」は、公害防止策として、無煙・無臭化を実現した最新式の火葬炉8基と高性能な集塵装置を備え、また太陽光発電等による電力供給や雨水を利用した散水設備等環境にも配慮された最新式の施設だ。 最後にお世話になるところだ。

2008年9月5日金曜日

「1万人の第九」の練習がスタート

昨日(9/4)よりサントリー1万人の第九」の練習(大阪クラス3で指導者は橋本さん、PM6時半~8時半の2時間)が京阪天満橋のエルー・シアター(エルーおおさか内)で始まった。 リハーサル・本番(12月6日・7日)まで6回の練習と佐渡さん(指揮者)のレッスンがある。 
今回で、この「1万人の第九」も8回目の参加となるが、今まで一度も抽選に外れることなく参加できた。 今年も申込みが約13,000人あったそうで、参加費6,000円と高いが例年通り大変人気だ。

2008年8月31日日曜日

北千里阿波踊り終了!

本日(8/31)、阪急北千里駅前ショッピングセンター「ディオス北千里」の第10回北千里阿波踊り大会が終了した。 『なにわ連』は午後5時20分から「健康広場」、6時10分から「メインステージ」、7時40分から「サブステージ」での踊りがあった。 最後に参加した16連合同の踊りと市民も参加した総踊りがあり、盛り上がった阿波踊り大会も無事に終了。 これで夏の行事はすべて終了した。

2008年8月30日土曜日

北千里の阿波踊り

本日(8/30)、阪急北千里駅前ショッピングセンター「ディオス北千里」にて第10回北千里阿波踊り大会が行われ参加した。 この大会は「伝統的な祭りのないニュータウンを阿波踊りで盛り上げよう」と始まったもので、今年で丁度10年となる。 30日は本場・徳島から招待連の「殿様連」「こぎく」の2連、地元の連14連が集まり華やかに開催された。 「なにわ連」は5時からサブステージ、6時半より8番館広場、8時よりメインステージにて踊った。 また、金田たつえ演歌ショーも開催され、新曲「阿波の恋唄」が歌われ、そのバックに「なにわ連」の女性5名が踊ってショーを盛り上げた。 朝から雨が降ったリしていたので、心配されたが大したこともなく会場全体が盛り上がっていた。
この阿波踊りをはじめて1年、みた感じでは簡単な踊りであるがなかなか難しい。 若い人の踊りや有名連の踊りを見るにつけ思うように踊れない自分をみると、どうしたらよいのかと悩む。 まだ1年しかやっていないし、歳も歳だし仕方ないかもしれないが、早くそれ相応に踊りたいものだ。 明日(8/31)も同じように行われるので参加するつもりだ。

2008年8月27日水曜日

E-ディフェンス、極東開発工業㈱の見学

「彦機会」の今年度行事の一環として午前中、兵庫県三木市志染にある兵庫耐震工学研究センター、E-ディフェンスを見学した。ここは阪神・淡路大震災の5年後に作られたもので、世界で最大の実大三次元振動破壊実験施設(投資金額約450億円)がある。実際の地震と同じ複雑な三次元の揺れを作り出す15m×20mの振動台に最大1200トンの構造物を乗せて阪神・淡路大震災クラス(震度7)の地震を再現さすことができる。これらの能力を最大限に利用した振動実験により、様々な構造の破壊過程と新しい耐震技術を検証することができるものである。 現在まで木造建築の実物大、鉄筋コンクリート住宅、橋脚などの種々の実験に使われて、地震に強い社会環境を目指した取り組みがされている。 見学時には橋脚の構造破壊実験の準備が進められていた。 この見学で最大規模の実大地震実験施設をみることができたこと、地震に対する認識を改めて強くしたことである。ちなみに、この施設の使用料金は一日当たり800万円とのこと。 また、この施設は天皇陛下も視察されたそうである。
午後は三木市の工場公園にある極東開発工業さんの工場見学をした。ここでの主な取扱製品は、コンクリートポンプ車(CP、ミキサー車からコンクリートを送り込む車)、タンクローリー(TL)、ごみ収集車(GB)である。 身近に使われているごみ収集車、タンクローリー車等の生産工場を初めて見学して、そのものづくりのポイントや諸課題についていろいろと学ぶことが出来てよかった。

2008年8月20日水曜日

早乙女太一舞踊ショーへ


08夏京都「早乙女太一舞踊ショー」(8/19~21の朝昼夜の公演)が祇園甲部歌舞練場であり、初めて観に行ってきた。指定席は満席、自由席はすこし席が空いていたが16歳の早乙女太一の人気はすごい。客席は中高年の女性が約75%、若い女性が約20%くらいか圧倒的に女性だ。男性は約5%と少なかった。あでやかな女形の妖艶な姿での舞踊はなかなか見事なもので、観客から盛んに喝采を浴びていた。 自由席から観たので遠くて十分に観えなかったが、終わって団長(父親)と一緒に出口に立っての見送りがあり、その時近くでみることができた。魅力ある天才女形の少年だった。
早乙女太一(本名:西村太一、1991年9月生まれの16歳、4歳4カ月で舞台に立ち10歳をすぎて女形を始める。劇団「朱雀」二代目)は、大衆演劇界で「流し目王子」として話題になっている。舞台以外でも北野武監督作品やドラマにも多く出演してファン層を拡大中であり、野球、ゴルフとスポーツ界でも10代の王子が活躍しているが、この「流し目王子」の目線の行方にも注目だ。
この舞踊ショーや出口での写真やビデオ撮影は、禁止が徹底されていたので撮れなかった。この早乙女画像はインターネットから取り込んだ。

2008年8月13日水曜日

2日目の阿波踊り

阿波踊りも2日目となった。午前中は部屋でゴロゴロし、午後「徳島県郷土文化会館」で行われた有名連の阿波踊りを観賞しに出かけた。昨日と同様に若い人の踊りをみるとすばらしい。夕方5時12分「NHK前広場」(徳島放送局内)での組踊り、6時24分「紺屋町演舞場」(有料の桟敷)の2カ所で踊ったが、さすがに有料の演舞場での踊りは、見物客も多く気分的にも引き締まり、それなりによい踊りが披露できたのではないかと思う。そのあと貸切バスで帰阪して帰宅は11時、今年の本場の阿波踊りが終わった。 video

2008年8月12日火曜日

12日本番の阿波踊りスタート

12日から徳島阿波踊りの本番がはじまった。午前10時徳島駅をスタートし阿波踊り会館前や東新町両国橋までの振興協会(所属16連の約100人)の流し踊りがあり見物に出かけた。午後は「徳島県郷土文化会館」で行われた有名連の阿波踊りを観賞、若い人の踊りをみるとすばらしいものだ。もうこの歳では動き回る速い踊りは残念ながら無理だ。夕方からは、本場での阿波踊りのスタートだ。「はなしか連」(笑福亭學光さんの連)と一緒に6時40分「元町演舞場」、7時48分「両国演舞場」の桟敷踊り、そして、商店街の総流しをする。最後は9時20分新町橋の「おどり広場」の組踊りであったが、どうしてかもう一つ揃っていなかった?ようだ。
どこともすごい人で、街全体が熱気あふれる阿波踊り一色だった。(写真は本番へ向けて、「ビジネスホテル栄月」前での男踊りの練習風景)
video

2008年8月11日月曜日

阿波踊りの前夜祭、鳴門へ

徳島遠征の阿波踊りがやってきた。11日に「アスティ徳島」で行われた「選抜阿波踊り・前夜祭」を観賞、選抜の各連の素晴らしい工夫をこらした阿波踊りを観ることができ、勉強にもなった。
その後、鳴門に移動し鳴門の最終日に「大道おどり通り」→有料「東演舞場」→有料「西演舞場」→「本町おどり広場」(組踊り)の4カ所で踊った。汗だくだくの快い踊りだった。

2008年8月5日火曜日

小学生の「おもしろパソコン教室」終了

小学生3・4年生を対象にした「おもしろパソコン教室」の”動物のアニメーションづくり”も昨日(4日)と本日(両日共午前中)の2日間行ったが、子ども達に楽しかったと大変喜んでもらって無事終了した。
昨日のお絵かきでは、思うように進まずどうなるのかと気持ち的にもイヤな思いもあったが、本日はやり方を少し考え進めることで、当初計画していた通りの内容(時間配分も含めて)で終えることが出来てホットした。 進め方のストーリー考えてやると大体思った通りに進むものだ。
7月24日と25日に行った幼稚園から小学2生を対象にした”カード・カレンダーづくり”と合わせて、今回の子ども達の夏休み「おもしろパソコン教室」の企画は成功だった、と思う。
また、冬休みや春休みに企画したいと思うが、この3・4年生はどうも「お絵かき」するのが大変すきそうで、自分で動物などの絵を描くことは少なく、パソコンにあるいろいろな動物や乗り物などの絵をスタンプして楽しむことが多いように思った。 次は「お絵かき」のみの企画を考えると面白いと思う。 下の動画は今回作成した背景と犬のアニメだ。 その他の鳥、アヒル、ヘリコプターのアニメはおまけだ。

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2008年7月25日金曜日

小学生の「おもしろパソコン教室」開催

枚方市の施設、通称「きらら」において、はじめての子供向けのパソコン教室を7月24日と25日(午前10時から12時)の2日間、同じ内容で開催した。今日まで約3年間は大人向けのパソコンミニ体験を月曜日から土曜日の午前中に実施し、延べ約3500名の市民が受講し市民のパソコンのレベルアップに貢献してきている。
今回、何とか子供向けのパソコン教室を開き、子どもたちがパソコンに興味を持ち楽しんでくれるようにしたいとの思いで、昨年よりどのような内容で、対象はどこに置くかなど考えて来た。 今回、企画立案したのは幼稚園から小学校2年生を対象にした「カード・カレンダーづくり」と、小学校3・4年生を対象にした「動物のアニメーションづくり」である。
この2つの申し込みは、当初の予想を超える申し込みが多くありうれしい悲鳴である。 今回、この子どものパソコン教室の企画立案からテキスト作成を含めたすべてを担当、また本日の講師も行ったが、終わってから子ども達から「大変楽しかった」と非常に喜んでくれたことはよかったと思う。
このあと、8月4~5日の「動物のアニメーションづくり」のテキスト作成と当日の講師が残っている。 なんとか頑張って、今回企画した子どもの「おもしろパソコン教室」を成功させたいものだ。

2008年7月15日火曜日

「第2回風景フォト展」へ

朝日新聞社1Fで全日本写真連盟関西本部主催の「第2回風景フォト展」があり、観に出かけた。全国の460人から2407点の応募があり金賞、銀賞、銅賞の各1点と入選作101点が展示されていた。入選率は4.3%と厳しいコンテスト?であった。(コンテストであれば、これが普通かもしれないが)
その中で、親友の時ちゃんが「ゆとりの空間」の題名で入選、都会でしか見れない風景でよく撮れていると感心した。この入選作は、「eizouの部屋」のフォトコン入選作品に掲載している。
金賞、銀賞、銅賞はさすがによいなぁーと思うが、その他の入選作は全体的によく見慣れた類似の風景作品が多いと感じた。

2008年7月6日日曜日

「塚口さんさんタウン」合同イベント

阪急塚口駅前の「さんさんタウン」で「噺家連」と「みゆき連」との3連合同のイベントがあり参加。
1時30分、3時30分の2回、会場へは各連の合同の総踊りをして入場、そのあと各連での踊りが15分程あり、最後はまた客席の人も参加しての総踊りだった。合同イベントであると各連の踊りが見られ、参考になることもありよいものだ。特に徳島の「苔作」の鳴り物のすごさや、独特な踊りが印象に残った。

2008年7月5日土曜日

京都廬山寺の桔梗

京都上京区、御所の東側にある廬山寺(京阪出町柳より徒歩約10分)に出かけた。ここは源氏物語の舞台で、日本人で唯一人「世界の五大偉人」に選出され、フランスのユネスコ本部に登録された世界最古の偉人並文豪紫式部が、「平安京東郊の中河の地」すなわち現在の廬山寺の境内(全域)に住んでいたところである。それは紫式部の曽祖父、権中納言藤原兼輔(堤中納言)が建てた邸宅(堤第)であり、この邸宅で育ち、結婚生活を送り、一人娘の賢子を産み、長元四年(西暦1031年)五十九歳ほどで死去したといわれている。紫式部は藤原香子と呼び、「源氏物語」「紫式部日記」「紫式部集」などは、ほとんどこの地で執筆されたとのこと。そのため、世界文学史上屈指の史跡、世界文学発祥の地とも言われているそうだ。
ここにある「源氏庭」は、平安朝の庭園の「感」を表現したもので、白砂と苔の庭である。源氏物語に出てくる朝顔の花は今の桔梗のことであり、その桔梗がこの庭に植えられ綺麗に静かに咲き誇っていた。 桔梗の写真は「eizouの部屋」のトップページに掲載中。

2008年7月1日火曜日

ルノワール+ルノワール展へ

京都国立近代美術館での「ルノワール+ルノワール展」に出かけた。この 展覧会では、印象派の巨匠ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)と、その次男でフランスを代表する映画監督ジャン・ルノワール(1804-1970)を取り上げ、絵画と映像が展示されていた。父ルノワールは1874年の第1回印象派展への出品以降、クロード・モネと並ぶ印象派を代表する画家として近代美術史に名を残すとともに、身近な人物や裸婦を暖色で描いたその作品は多くの人々から愛され、世界各地の美術館で所蔵されている。(描いた肖像画が中心で約2000点、風景画は少ない) 
幼い頃から父のためにモデルを務めた息子ジャンは、第一次世界大戦での戦傷の療養中に映画に興味を持ち、1920年代から映画製作の道に進み、『大いなる幻影』(1937年)や『ゲームの規則』(1939年)、『フレンチ・カンカン』(1954年)など、人間の持つ多様性への深い眼差しに支えられたその作品は高い評価を獲得し、後世の映画監督に多大な影響を与えたそうだ。 
これらの映画5本が上演(DVDで上演)されており、今回『フレンチ・カンカン』を鑑賞した。この映画は、モンマルトの酒場で生き生きと踊る娘(F・アルヌール)に心を動かされ興行師(J・ギャバン)が、かってのカンカン踊りを復活させようと「ムーラン・ルージュ」を建設する。踊り子たちのはじけるような笑顔や華やかなダンスに彩られるルノワールの代表作品である。カラー作品で、踊り子たちの華やかなダンスが印象に残ってよかった。

2008年6月26日木曜日

松下電器産業㈱の定時総会へ

第101回定時株主総会が「ホテルニューオータニ大阪」で開催されたので、はじめて出席した。 出席者は約2700名であった。
今回の株主総会での1つの大きな議案は、10月より社名を「パナソニック株式会社」にすることであったが、意見や質問もなく賛成多数で変更が承認された。 
「松下」「ナショナル」「パナソニック」と3つに分かれていたブランド名も「パナソニック」に統一すること。松下電工がパナソニック電工になるなど約120社の子会社や関連会社も社名が変更される。ただし、中国の関連企業は英文での登録が認められていないため、当面、松下の名前を残すとのこと。
社長は社名変更に当たって「グループ社員のすべての成果をパナソニックの名前の下に結集し、さらに強いブランド力をグローバルに築いていく決意だ」と述べられた。 「松下」の名前が消えるのはさびしいことではあるが、この社名・ブランド名で世界的に企業価値もあがり、世界の優良企業へより一層発展していくスタートであれば大変良いことだ。 OBとして、陰ながら応援したいと思う。

2008年6月18日水曜日

「もりやま芦刈園」の紫陽花

朝早く、9時過ぎに滋賀県守山市の世界のあじさいの殿堂「もりやま芦刈園」へ、西洋や日本の紫陽花がそれぞれ5000株(計1万株)植えられ、今見ごろを迎えているとのことで写真を撮りに出かけた。三室戸寺や山田池公園等にない紫陽花を沢山見ることができ、写真も多く撮った。この写真は近日中に「eizouの部屋」に掲載する予定である。
そのあと、田舎日野へ。 本日の収穫は、今年初めてのキュウリ3本、サニレタスであった。あとカボチャ、冬瓜、スイカ、マクワ等の追肥と家の周りの草むしりをやって夜8時前に帰宅した。

2008年6月15日日曜日

「アオリ鳳」の3連合同イベントへ!

堺市鳳の「アオリ鳳」で阪神地区の有名連の「なにわ連」、「神戸楠公連」、「大阪天水連」の3連合同のイベントがあった。4時から「なにわ連」続いて「神戸楠公連」、そして最後に「大阪天水連」が屋外のイベントステージで各連25分の持ち時間で阿波踊りを披露した。大阪ではこの「大阪天水連」が有名だし、連の会員も多く、踊りが綺麗だ。そのあとは全員で総踊りを行い6時に終わった。 よい汗をかいてよい運動量だった。 

2008年6月12日木曜日

NALC「天の川クラブ」定時総会

NPO法人のNALC「天の川クラブ」 (6年前に入会したボランティア団体で、現在運営委員でHPの担当)の定時総会が、1時45分から「メセナひらかた」の大会議室にて開催された。出席者は会員903名の内約120名で、来賓は竹内枚方市長、中田交野市長、ボランティア団体の役員であった。この日は記録係りとして写真やビデオの撮影を行った。今年で4年目だが、この写真やビデオを「天の川クラブ」のホームページに掲載するためでもある。 
第1部は定時総会で2007年度の活動報告・会計報告、2008年度の活動計画等の審議が行われた。 第2部は篠笛とお琴の合奏で「白夜、この道、生きていてよかった」などの音楽鑑賞と踊り・大道芸をする『恵比寿げんき会』による「安来節のどじょうすくい」や「手品、皿回し、南京玉すだれ」があり大変賑やかであった。 第3部は懇親会がありすべて5時半頃に終了した。
このあと、家での写真、ビデオの編集をしてHPへの掲載だが、5日程度はかかりそうだ。

2008年6月10日火曜日

三室戸寺と勧修寺へ!

久し振りに宇治の三室戸寺の紫陽花と京都山科の勧修寺の花菖蒲の写真を撮りに出かけた。宇治の三室戸寺は、西国観音霊場10番の札所で、約1200年前、光仁天皇の勅願により、三室戸寺の奥、岩渕より出現された千手観世音菩薩を御本尊として創建された。5千坪の大庭園は枯山水・池泉・広庭よりなり、5月のツツジ(二万株)、シャクナゲ(1千本)、6月の紫陽花(1万株)、7月のハスや秋の紅葉など四季を通じて楽しめるお寺である。 また、京都山科の勧修寺は西暦900年に醍醐天皇が創建され、千有余年の歴史のあるお寺である。庭園は「勧修寺氷池園」と呼ばれ、「氷室の池」を中心に造園され、庭の中に前方の山を取り込で庭の風景が造られ、広大な自然美を楽しむ「池泉庭園」である。古く平安時代には、毎年1月2日にこの池に張った氷を宮中に献上し、その氷の厚さによってその年の五穀豊凶を占ったと言われ、京都でも屈指の古池になっている。
「紫陽花」と言うと、雨降りのほうがよかったのであるが、天気がよくて紫陽花の写真としてはもう一つであった。 また、ここの紫陽花の種類は少ない感じ。 勧修寺の「花菖蒲」は、氷室の池に多くはないが、見頃を迎えて綺麗に咲いていた。 適当にアップの写真を撮った。

2008年6月3日火曜日

ルーヴル美術館展へ!

4月26日~7月6日まで「ルーヴル美術館展(フランス宮廷の美)」が開催されており、神戸三宮の神戸市立博物館に出かけた。 
18世紀のフランス宮廷において、ルイ15世の寵愛を受けたポンパドゥール侯爵夫人やルイ16世の王妃マリー・アントワネット、宮廷人らが、特別に注文した装身具や調度品には、高価な材料と高い技術が惜しみなく用いられ、フランスの美術工芸のひとつの頂点を極めた。 宮廷で使われた品々の多くは、フランス革命によって失われたそうだが、ルーヴル美術館の美術工芸部門には、革命期の動乱をくぐり抜けた貴重なコレクションが残されており、その中から今回は選りすぐった絵画および美術工芸の名品約140点が展示された。
ポンパドゥール侯爵夫人好みの繊細な金銀細工、王妃マリー・アントワネットの趣味があらわれたシリンダーデスク(書き物机、1784年)や旅行用の携行品(1787年)入れなど、多くが日本初公開だそうだ。
すでに入場者は、数日前に10万人を超えたとの報道もされており盛況である。 平日で来館する人も多かったが、ゆっくりとフランス宮廷の美術工芸の名品を鑑賞することができてよかった。 チラシの画像はポンバドゥール伯爵夫人。

2008年6月1日日曜日

なるとの「第九」へ!


徳島県鳴門市の坂東俘虜収容所にて、1918年にドイツ人の捕虜たちによってアジアで初めて「第九」が全曲演奏されてから、本年6月1日で90周年を迎えた。その記念として、ベートーヴェン「第九」90周年記念コンサートが、本日(6/1午後1時)開催された。 また、明日(6/2午後7時)も同じ指揮者で「第九」が行われる。そして、これは神戸淡路鳴門自動車道全線10周年記念事業の1つでもある。
このコンサートは、鳴門文化会館が建設されて以来、毎年開催され、今年で27回目である。今年も「なにわ第九の会」として男性5名で出演した。
今回、大阪府出身の西本智実さんが指揮者であった。 この西本智実さんは世界でも数少ない女性指揮者で、「男装の麗人」と称されるその聡明な美しさと、観客を魅了してやまない指揮者としての実力は、国内外問わず高く評価されている。 現在、ロシア、ヨーロッパ、日本でも広く活躍し大変人気のある指揮者だ。 そのため、県内・外からの出演の応募者も多くあり、事務局も調整に苦労されたようだ。 合唱団は49団体が参加し、総勢530名(6/1の合唱団)であった。
また、入場者も指定席1600席が詰まり後部、通路などにパイプ椅子が並べられるなど超満員の大盛況だった。歌う方も気合いが入っていたし、全員終わったあとは感動した。 大変良い思い出に残るコンサートだった。 西本智実さんの公式サイトは こちら   NPO鳴門「第九」を歌う会のホームページは こちら

2008年5月25日日曜日

篤姫展とBBQ

午前中は大阪歴史博物館で開催されている「天璋院 篤姫展」を観に行ってきた。篤姫の一生涯がどうであったのかがよく分かったし、毎週、NHK大河ドラマ『篤姫』を楽しみに見ているが、より見る楽しみが増えそうだ。
午後は去る4月26日の徳島市「はな・はる2008」の阿波踊りコンテストで県外の部で準優勝したので、バーベキューパーティーが大阪城公園であり参加、そのあとはいつものように阿波踊りの練習だった。

2008年5月21日水曜日

豊受大神宮(外宮)へ参拝

今年1月3日に皇大神宮(伊勢神宮内宮)に参拝したが、当日初詣での車の渋滞で、豊受大神宮(外宮)へ参拝するつもりが出来なかった。そのため優游三四会(高校のクラス会、「合歓の郷」で開催)のあと、豊受大神宮(外宮)へ立ち寄って参拝した。お伊勢まいりは外宮から・・・・・が逆になった。
この神宮は天照大神のお食事を司る神の豊受大神をおまつりしている。内宮創建から500年後に山田原に迎えられた。衣食住をはじめあらゆる産業の神様だ。
伊勢神宮は日本人の心のふるさとといわれ、「お伊勢さん」「大神宮さま」とも呼ばれている。正式の名称は「神宮」といい、宇治の五十鈴の川上にある皇大神宮(内宮)と、山田原にある豊受大神宮(外宮)の両大神宮を中心として、14所の別院、43所の摂社、24所の末社、42所の所管社がある。「神宮」はこれら125の宮社の総称でもある。(パンフレットから抜粋)

2008年5月19日月曜日

おもちゃ作り(2)


18日(日)、今年度第1回目のきららマナビスト講座の「おもちゃ作り教室」を開催した。集まった子どもは少なかったが、紙コップで作る「鳴くニワトリ」(画像左側)、「かけっこ風車」を楽しく作って遊んだ。特に「かけっこ風車」はかけっこすることでよく回るので大変喜んでいた。

2008年5月13日火曜日

映画村・太閤園の阿波踊り

4月8日に京都・東映映画村、12日に京橋・太閤園で「阿波踊り」があり参加した。この両日とも東南アジア(インドネシア、フイリッピン、タイなどから両日とも200名程度、6~7割は女性でほとんど和装して参加)からのお客さんで、宴会のイベントの1つとして、「阿波踊り」の参加だ。
両日とも舞台踊りをして、そのあとはお客さんと一緒に踊る。 結構盛り上がり、楽しんでもらったようだ。 少しは国際交流の貢献ができたかなぁ~?と思う。(写真は2枚とも映画村で撮影、「なにわ連」のHPからGetしたので画質が悪い)

2008年5月6日火曜日

日野祭へ!

5月3日、4~5年振りに友達と一緒に「日野祭」を観に行って来た。この「日野祭」は古き儀式と慣例を今なお引き継いだ800年以上の伝統を持つ湖東地方最大の祭りで、馬見岡綿向神社の春の例大祭である。 毎年5月2日に宵宮、3日に本祭が行われ、神子・神調社を先導として、神輿3基を中心とする渡御の祭礼である。更に、祭礼を飾る16基の曳山とその囃子はすばらしいものだ。  幼少の頃から母親の実家で、よく「桟敷窓」(道中の家々で板塀に、この日のために作られた切窓を1年に1度開け、祭りを見物するもの)から見物したり、綿向神社へも行ったものだ。 年を取っても幼少のころの思い出が鮮明に浮かんでなつかしい。
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2008年5月2日金曜日

京都・蹴上浄水場のツツジ

5月1日から4日まで、京都東山の蹴上げ浄水場の一般公開(無料)が行われ出かけた。この敷地内には約7000本のツツジ・サツキが植えられている。(種類と本数は、オオムラサキツツジ・リュキュウツツジ合わせて約3400本、キリシマツツジ・クルメツツジ・ヤマツツジ合わせて約1000本、ドウダンツツジ約200本、サツキツツジ約2100本) 満開のツツジ、まだつぼみのツツジもあったが、見ごろを迎え多くの人が訪れて楽しんでいた。