2012年1月21日土曜日

第13回「淡路島一周ウオーク」へ

雨の中をウオーキングする参加者、左下「伊弉諾神社」
第13回「淡路島一周ウオーク」(約11km)に参加。参加者はいつものように大阪市内・奈良・枚方高槻茨木方面からバス6台で約210名。土曜日ということで子ども達の参加もあり多かった。
行程は枚方6:55発→高槻→茨木→途中室津サービスエリアでトイレ休憩後、「伊弉諾(イザナギ)神社」に初詣、出発点の都志海水浴場(高田屋嘉兵衛翁記念館駐車場)に10時35分に到着。バス内で昼食(弁当)後、11時30分にスタート→夕日ケ丘公園(休憩)→五色浜→慶野松原に14時に到着(約11km、2
時間30分のウオーキング)。14時30分に出発し、途中淡路ハイウェイオアシスで休憩・買い物し、枚方には18時前に到着した。今回、天気は曇りの予報だったが、スタートする頃から小雨が降り出し、合羽を着てのウオーキングとなった。
これで淡路島一周のウオーキング距離は約147km、余すところ2回(2月:約13km、3月:約10km)の約23kmとなり、3月で一周が終わる。次の目標のウオーキングはどこにするか考える時期に来ている。案としては、愛知県岡崎で止まっている東海道53次の再開、伊勢神宮参拝道、しまなみ海道である。

2012年1月18日水曜日

スペシャルドラマのエキストラ参加

撮影のあったブルーメの丘
朝日系TVスペシャルドラマの撮影が、故郷の滋賀農業公園ブルーメの丘で8時半過ぎから17時前まで行われエキストラとして参加。
参加者は32名(男性17名、女性15名)で地元やその周辺の人達が多かったようだ。また、東映から若手の俳優3名もエキストラとして参加していた。
今回も参加した人と話す機会も多く、昨年定年退職して時間もあり面白そうとのことで初参加の2名の男性、常連の方、10年程前から参加している中高年の方など、エキストラに興味のある人達なのでいろいろと話が出来、それなりの情報も得られてよかった。
昼食は園内のレストランで種類は少し少ない?バイキング料理、コーヒー、紅茶、お茶などもあり、いつもの弁当とは違って大変良かった。(撮影などの詳細は放映された後で、今回も省略)

2012年1月15日日曜日

今年2回目の「どじょうすくい」へ

「どじょうすくい」を踊るメンバー
今年、2回目の「どじょうすくい」(踊り)のボランティアに東香里ケ丘の老健施設「ひらかた聖徳園」の新年互礼会(約60名の観衆)に出かけた。
持ち時間は約10分あって、安来節「どじょうすくい」(約4分)だけでは時間が余るため、同じくボランティアに来ていたフラダンスグループに1曲だけ余分にやってもらった。
メンバー4名で「どじょうすくい」を踊り、あとメンバーの紹介と各メンバーの自己紹介をして終えた。帰り際に数人の観衆(施設利用者)からよかったと握手を求められるなど、大変喜ばれた。この踊りを昨年の1月から始めたので、丁度1年となった。

2012年1月9日月曜日

「どじょうすくい」のボランティア

「どじょうすくい」を踊るメンバー
枚方ボランティアセンターからの紹介で、安来節「どじょうすくい」のボランティアに、長尾家具町集会所で行われた老人会の「新年会」(約50名)に出かけた。9月に老健施設「安心苑」に行って以来6カ月振りで、今回で3回目だった。
持ち時間は約20分であったが、安来節「どじょうすくい」(メンバー4名)と新年会に参加の3名の方に「どじょうすくい」を指導し一緒に踊った。その後、Mさんが「おてもやん」を一人で踊り、より一層会場をわかせて盛り上がった。予定より10分ほどオーバーしたが、大変喜ばれた。

2012年1月7日土曜日

「高校ラグビー大会」決勝戦観戦

花園ラグビー場で決戦(スコアーボード、優勝旗授与、試合)
第91回「全国高校ラグビー大会」が、史上5高目の大会3連覇を狙う東福岡と5年ぶりの頂点を目指す東海大仰星(大阪第3、枚方市)の決勝戦が近鉄花園ラグビー場で行われ観戦に出かけた。
国内公式戦で79戦無敗を誇る東福岡が、主力選手の経験値の高さや選手層の厚さで優位にたつ。一方の東海大仰星も高校日本代表候補が6人おり、1戦ごとに戦い方を成熟させてきた。両校の決勝での顔合せは5大会(第86回)ぶりで、当時は東海大仰星が制止した。
今回の決勝は東福岡(福岡)が東海大仰星(大阪第3)を36-24で振り切っての攻守に群を抜いての3連覇で見事なものだった。東福岡は個々のパワーと突破力が上回っていた。東海大仰星は後半の最後まで果敢にパスを回し反撃したが、届かず残念な結果に終わった。常翔啓光学園(枚方市)は、今回東福岡と準決勝戦で28ー5で敗れた。
新聞の記事による東福岡の記録は次の通り。「東福岡が今大会奪った得点は5試合計292点で、第89回大会で同校が塗り替えた大会記録を18点更新。第88回大会準決勝で優勝した常翔啓光学園(第81回~84回の4連覇)に敗退したのを最後に、東福岡が続ける国内公式戦無敗記録は80に到達した。」

2012年1月2日月曜日

映画「山本五十六」を鑑賞

昨年23日に公開された「聯合艦隊司令長官 山本五十六」(太平洋戦争70年目の真実)、すぐ観に行く予定が多忙で行けず、本日観に出掛けた。  あらすじは以下の通りだった。
1939年夏。日独伊軍事同盟締結の是非をめぐり、日本は大きく揺れていた。支那事変勃発から2年。大陸での戦争が泥沼化する中で、支那を支援する米英と対抗するためにも、新たな勢力と手を携える必要があった。強硬に三国同盟締結を主張する陸軍、国民の多くもまた強大なナチスの力に熱狂し、この軍事同盟に新たな希望を託していた。しかし、そのその「世論」に屈することなく異を唱える男たちがいた。それは海軍大臣、海軍次官の山本五十六、軍務局長で、その理由は日本がドイツと結べば、必ずアメリカとの戦争になる。10倍もの国力を持つアメリカとの戦いを何としても避けなければならなかったためだった。陸軍の脅しにも、「世論」の声にも屈することなく、命を張って反対を唱え続け、その甲斐もあってやがて三国同盟問題は一旦棚上げとなる。それを見届けた山本五十六は、1939年8月30日、生涯最後の職「連合艦隊司令長官」に就任。
しかし、時を同じくして世界情勢は急転し始める。ヒトラー率いるナチス国防軍がポーランドに進攻。それを機に欧州で第二次世界大戦が勃発した。快進撃を続けるドイツの力に幻惑され、日本国内では再び三国同盟締結を求める声が沸騰する。そして、その流れに対抗しきれず、海軍大臣及川古志郎はついに従来の方針を改め、同盟締結に賛成してしまう。1940年9月27日、日独伊三国軍事同盟締結。日一日と戦争に向かう時代の流れの中で、山本五十六は対米戦を回避を願う自らの信念と軍人としての責務の挟間で苦しみ続ける。
しかし、1941年の夏、米国との戦争はどうあっても不可避と悟ったとき、ついに一つの作戦を立案し、軍部の反対を押し切って強行した。それが12月8日、太平洋上の空母から飛び立った海軍350機の大攻撃隊による真珠湾のアメリカ太平洋艦隊の奇襲攻撃だった。それは、戦争に勝つためではなく、一刻も早く終わらせるための苦渋の作戦だった。その後は五十六が予測した通り、ミッドウィー海戦の参敗、ガダルカナル島奪回作戦など幾多の作戦にも失敗し、急速に転がり落ちていく・・・・。そのなかで、1943年4月18日、前線基地の視察に向かう途上、ブーゲンビル島の上空で搭乗機が撃墜され、59歳で戦死する。
この映画を観て、昭和初期からその戦争が始まる10数年は、当時もまた人々は不況で雇用不安と所得格差に苦しみ、総理大臣が次々と短期間で交代を繰り返していた。その中で軍部、マスコミ、知識人、国民すべてが混然一体になってアメリカとの戦争に突入していった。その歴史背景の中で、アメリカとの戦争に反対し続け日本を何としても守ろうとした「山本五十六」の生きざまを改めて知ることが出来た。すごい人だったなあ~と思う。

2012年1月1日日曜日

片埜神社に初詣

片埜神社、本殿前に並べられた献酒
2012年が明けた。自宅から徒歩約10分にある片埜神社へ初参拝。いつもと違って、正月だけは?行列ができるほど多くの参拝客で賑わっていた。この6年ほど前から毎年清酒1本を献酒しているが、ずらあ~と並んだ献酒をみると1本はあまり見当たらなくて2本がほとんどであった。(1本献酒の人の割合は約15%) 昨年は家族にとっても、自分にとっても大変よい年だった。今年も家族の健康とよい年になるようにと祈願した。
「片埜神社」(概要)は、第11代・垂仁天皇(在位:元年~の御代、出雲の豪族・野見宿禰(土師・菅原氏の祖)が当麻蹴速との戦いに勝ち、河内一帯を賜わった。そして、当所、阪の地に出雲の神様「建速須佐之男大神」を奉鎮し、土師氏の鎮守としたのが始まりである。欽明天皇(539年~ 571)の御代に勅により「片野神社」と号した。鎌倉時代の末期、元弘建武の兵火に罹って社殿の悉くを焼失したが、室町中期になると、禁中から、吉田家によって荘厳な儀典が執り行われ社殿が再建された。しかしながら再び、天文・永禄年間に、三好・松永らの戦いによる兵火に見舞われること数回、社殿をはじめ旧記宝物の悉くが灰燼に帰したことは誠に惜しい事である。天正11年、豊臣秀吉公が大阪城築城の際、鬼門の方角に位置していた当社を大阪城鬼門鎮護の社と定めて尊崇、修築した。当社が大阪の鬼門除け、方除け社として世に知られる様になるのはこの時からである。さらに慶長7年には豊臣秀頼公が片桐且元を総奉行として復興、本社を大造営させたのが現在見る本殿、正門、築地塀である。

迎春(年賀状)


謹んで新春のお慶びを申し上げます。昨年「E(え)ちゃんの気ままな日記」をご覧いただき、誠に有難うございました。
あまりおもしろくもないブログ(日記)と思いますが、今年も新しいことにも挑戦し、記載していきますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
平成24年 元旦


2012年の計画について

2012年の活動計画は次の通りとする。
1)枚方市「生涯学習情報プラザ」は7年目に入るが、従来通りの仕事(月当たり6日間、パソコンの管理、講習会実施)と小学を対象にした「おもしろパソコン教室」及び大人の「パソコンミニ体験」(講習会)の見直しを実施する。
2)田舎(滋賀日野)での野菜づくりも例年通りやろう。しかし、収穫がもう一つの野菜(カボチャ・サツマイモ等)については、土作りや肥料も考えてみる。
3)写真は季節の花はもちろんであるが、何かに特化して撮影に取り組む。 
4)合唱の第九は50回出演を目指して東京両国国技館の「5000人の第九」、「鳴門の第九」、「一万人の第九」、「第九ひろしま」にも参加する予定。ウイーンの楽友協会大ホールでの「第九」の参加が夢だ。(行く時間があるが、費用の捻出が問題)
5)ボランティア活動のHP関連では、昨年と同じくNALC「天の川クラブ」の更新、「工学部学友会」HPの新設が取り組むべき課題である。
6)昨年から始めた映画・TVドラマを含めた作品のエキストラ出演に挑戦する。(昨年、映画2本、TVドラマ5本に出演)
7)パソコンの勉強も更に進め上級者を目指す。Windows7(Word/Excel2007/2010等含む)をより使いこなしてマスターする。Windows8にも対応。
8)映画、演劇、美術鑑賞などにはできるだけ出掛けて視野を広めよう。
9)運動も最重要で、日々ウオーキング、テニス、水泳などの運動(1日当たり30分以上の運動)を継続してやろう。 また、ウオーキングの目標(淡路島一周ウオークは3月で完歩達成)を立てよう。
10)その他として、昨年から始めた踊り「どじょうすくい」とあと一つマスターしよう。
以上、今年も元気に頑張って積極的に行動し、充実したよい年にしよう。