2009年11月22日日曜日

一心寺へ参拝

紅葉の写真を撮りにと大阪城に出かけたが、少し遅かったこともあってこれといった写真が全く撮れなかった。そのため時間ができたので、以前から思っていた「お骨佛のお寺」として親しまれている一心寺(浄土宗(南無阿弥陀仏と唱える))に参拝に行った。一心寺は宗派を問わず、納骨を受けて納められた遺骨は10年分をひとまとめにしてお骨佛(遺骨で造られる阿弥陀如来像)を造立している。お骨佛は核家族化や現在の墓地事情などの環境変化に加え、先祖の遺骨をいつまでも大切に供養したい、という遺族の思いを受け止める理想的な先祖祭祀・供養法として親しまれ、納骨に訪れる方は年を追って増えているらしい。 現在、一心寺の納骨堂には現在7体のお骨佛様がお祀りされている。明治20年に第1体目が造立されて以来、10年ごとに開眼しており、通算では13体になるが、戦前に造られた6体は残念ながら戦災で焼失してしまったとのこと。本日も納骨する人や納骨堂への参拝の人で賑わっていた。写真は本堂の横にある納骨堂で、7体のお骨佛が安置されていた。

2009年11月21日土曜日

香港観光

19日、朝早く(7時30分)高速船乗り場へ。マカオの出国手続き後8時30分発の高速船で一路香港、到着(香港島)後入国手続き。
観光順は文武廟(イギリス領になってまもない1840年代に建立された最古の道教寺院)⇒レパルスベイ(香港を代表するビーチリゾート、映画「慕情」の舞台で有名、天后廟)⇒2階建て路面電車に試乗(1904年から105年の歴史)⇒香港コンベンションセンター(国際会議、見本市や展示会などのイベントができる複合施設)⇒ヴィクトリア港から九龍島までスターフェリー乗船(両湾岸の摩天楼の風景をみる)⇒貴金属・シルク店ショッピング⇒夜はヴィクトリア・ピークからの100万ドル夜景⇒再度スターフェリー乗船し湾岸の夜景⇒アベニュー・オブ・スターズにて8時から対岸の光のショー観賞。オプションは、2階建ての屋根なしバスで夜の繁華街を走りぬける爽快なナイトライブと女人街(道の左右に女性の洋服、下着、時計、アクセサリー等を売る露店がびっしりと並ぶ)。 この日は香港内の観光や100万ドル夜景を十分に楽しむことができた。
翌日(20日)、香港空港16時35分発が30分程遅れたが無事に帰国した。今回、いろいろとハプニングもあったが、食事もホテルもよくて無事に帰国もでき、思い出に残る大変よい旅行だった。 写真は九龍島から香港島湾岸の夜景。

マカオ観光

朝はゆっくりで9時20分出発、世界遺産マカオ歴史地区観光だった。観光順は媽閣廟(マカオ最古の寺院で船乗りや漁師の守り神阿媽を祭る)⇒ペンニャ教会(1622年に建てられたカトリック教会)⇒セント・ポール大聖堂(東洋一のキリスト教建築物と称され17世紀の大教会の遺構、マカオのシンボル的な存在)⇒聖ドミニコ教会⇒セナド広場(地面には波のようなデザインのモザイクが敷き詰められた賑やかな広場)⇒ワイン倉庫でのショッピング⇒マカオタワー展望台観光(338m、2001年完成)⇒オプションで「タイパ島・コロアン島」の観光をした。写真はセント・ポール大聖堂。

マカオ・香港旅行

高校のクラスメートと3回目の海外旅行(マカオ・香港17日から20日)へ出かけた。参加は10名(男性3名、女性7名で妹含む)で、阪急交通社トラピックスのツアー(決定版!「マカオと香港4日間PARTⅡ」、参加30名)に参加した。
関空10:00発CX503にて香港へ、入国手続き後バスで市内の高速船(ジェットフォイル)乗り場へ。マカオへ行くために出国手続き⇒高速船に乗船⇒約1時間で到着しマカオ入国手続きして入国するという旧体制のままで、あと38年間はこのような1つの国としての体制を維持するらしい。
この日はカジノ見学。マカオ(人口53万人)には33軒のカジノがあり一日約50億円の売上?があるとのこと、現在もカジノ・ホテル・ショッピングの複合施設が数か所建設中で、今後55軒になるとの話だった。そのためカジノと観光で成り立っていて、税金もほとんど徴収されることもなく、暮らし向きは非常によいとのことだった。写真はマカオタワー(高さ338m、2001年完成したマカオのシンボル)から見たマカオの市街。

2009年11月15日日曜日

第5回「彦機会」記念総会

2年振りに第5回「彦機会」記念総会が、「彦機会」が発足して12年の記念総会として開催され、来賓に滋賀県立大学の内藤名誉教授、田中教授、「湖風会」の種橋会長、「彦根工業会」平田理事長、協賛会員6名と会員43名(参加55名)が参加して盛大に行われた。
午前の記念総会では、先ず会長より挨拶のあと「彦機会」の定例幹事会・会社訪問・同好会等の活動状況と今後の取り組みについての説明があり、最後に各活動への参加の呼びかけと、より一層のご支援・協力をお願いしたいとの話があった。続いて田頭顧問より「彦機会」の発足と経緯についての話の後、歴代の「彦機会」会長の紹介があった。また、祝辞として内藤名誉教授から『鳴門海峡の渦潮とプッシュ・プール局排装置』についてのお話しと今回、記念総会ということで、田中教授からは、『機械技術者から見た個人の成長と国々の興亡』と題しての特別記念講演があった。
午後、懇親会の前に「くらわんかカルテット」による前半のハーモニカ演奏(4曲)を行う予定であったが、特別記念講演等が長引いたため中止し、後半のみの演奏となった。
懇親会では、「彦根工業会」の平田理事長の挨拶、小生の音頭で乾杯して歓談が行なわれた。アトラクションとして「マジックショー」、後半のハーモニカー演奏(6曲)があり、内藤・田中両教授も途中からマイクを持たれ全員で「琵琶湖就航の歌」「河内おとこ節」「大阪ラブソディー」「故郷」「好きになった人」、アンコールとして「青い山脈」を大合唱して大いに盛り上がった。あと2~3曲は歌いたい雰囲気だった。最後に西澤顧問の締めの万歳三唱で無事に閉会した。
今回の記念総会は大いに盛り上がりがあり、今までにない総会でよかったと思う。写真は「くらわんかカルテット」のハーモニカ演奏で「故郷」を歌う。

2009年11月12日木曜日

大根の収穫

8月30日に種まきした大根の収穫をした。今年は例年より約1週間早く種をまいたことと、畑にヤンマー産業が販売している「畑の大将」を使ったので、例年以上によく育って太った大根のような気がする。
10日前(2日)に玉ねぎの苗220本(赤:120本、白:100本)を植えたが、その後雨が降らず枯れたのではないかと心配したが、枯れずに根付いていたのでホットした。
玉ねぎの植えつけも「畑の大将」と、元肥として有機飼料を少量まいて土と一緒に混ぜてから植えつけた。来年の5月にはよい玉ねぎができることを期待したい。

2009年11月10日火曜日

「FMひらかた」放送の収録

本日、17日(火)9:00~9:15に放送されるFMひらかた「枚方 きいて納得!」の収録があった。内容はきららのパソコンミニ体験に関するインタービューだった。過去に「SAひらかた」のボランティア活動で3名で収録したことがあったが、この時は3名で心の余裕もあってそれなりに受け答えができた。しかし、今日は一人で余裕もなく?受け答えがもう一つだっだ。もう少しうまくいくかと思ったが、トチッタリ、行き詰った答弁でスカットした受け答えができず、残念な収録に終わった。一回のリハーサルがあってからだとらうまくいくのだが・・・、いきなりの本番収録で、精神的にも余裕なしだった。うまくいかなかったのは、慣れの問題かそれとも話し言葉能力の問題か? 今日は新たな一つの経験と失敗をした。
担当の聞き手は、岸本香織さんという「南京玉すだれ」が趣味の丸顔の可愛い女性(写真)。担当ディレクターは一本杉さん。

2009年11月8日日曜日

2009「かがわ第九」へ

秋の風物詩になっている「かがわ第九」演奏会が8日、高松市玉藻町の「アルファあなぶきホール」の大ホールで開かれた。今年で4回目で、「なにわ第九うとたろ会」から2名が参加した。今年の「第九」は小学3年生から80代の愛好家まで約330人の合唱団。ソリストは小豆島町出身の高橋薫子さんら4人、オーケストラは11年連続の関西フィルハーモニー管弦楽団。指揮は香川でも人気のある藤岡幸夫さんだった。昨年と違って歌唱指導もうまく、そんなに疲れなかった。
演奏はベートーベンの「序曲コリオラン」に続いて「交響曲第9番」だった。クライマックスの「歓喜の歌」では2000人近い観客が総立ちになり、合唱団と一緒に歌声を響かせた。
今回、土日曜が有料道路でどこまで行っても1,000円(但し阪神高速は含まず)になったので、高松へは車で行った。往復約465kmで約4時間かかったが、トータル的には安く行けた。